第37話 騒がしくなる日常



朝、何時もの鍛錬を終えてシャワーを浴び、学校に行く為駅に向かうと沙希が改札前の広場で待っていた。

毎日、暇がある時沙希は俺にメッセージを送ってくるので、予定とかほとんど知っている。


俺を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。


「先輩、おはようございます」

「あ、ああ、おはよう」


沙希との会話は何故か慣れない。

そして、何故か胸が苦しい。


「しばらく会えませんでしたね」

「そうだな……」

「先輩は、私に会えて嬉しくないのですか?」


返答に困る。

正直、言って辛い……


「後輩だしな」


そんな返答しかできなかった。


「そうだ、先輩。こんな物があるんですけど〜〜」


沙希の手には映画のチケットらしき物が2枚あった。


「これ、日曜日までなんですよね〜〜」


そう言いながらチラチラ俺に視線を向ける。


「行きたいのか?」

「はい!」

「じゃあ、友達と行けばいい」

「えーーっ!上げて落とすなんて先輩は酷いです。意地悪です」


プンスカ怒りながら俺に抗議してくる。

そう言われてもな……


「土曜日は用事がある」

「じゃあ、日曜日、10時に駅で待ってます」


勝手に約束させられてしまった。

沙希は積極的なタイプなのか?

小さな頃は泣いてばかりだったが……


沙希と登校すると、学校では噂話が持ち上がっていた。

あの、中等部のアイドルに男ができたと……


沙希はそんな風に言われていたのか?


俺は今更ながらその事を知る。

直接俺に話しかけてこなくとも噂話は聞こえるのだ。


そんな朝、ホームルームが始まる前に鴨志田さんが俺のところに来て怒った様子で目の前に立った。


「東藤君、ちょっと来て!」


挨拶も無しにそう言われて、俺はトコトコ鴨志田さんの後をついて行った。

行き着いた場所は空き教室。

中に入って振り返った鴨志田さんは、こう言った。


「ちょっと眼鏡外して髪を上げて見せて!」

「どういうことだ?」

「いいから!」


俺が返事をする前に、鴨志田さんに眼鏡を取られて前髪を掴んで上げた。

俺の顔をジッと見つめる鴨志田さん。

何がしたいのか理解できない俺。


「はぁぁぁあ、何で私より先に羅維華ちゃんに顔を見せたの?」


大きなため息を吐きながら意味のわからない事を言っている。


「博物館から羅維華ちゃんを助けたのは、東藤君と樫藤さんでしょう?その時、羅維華ちゃんに素顔を見られたんでしょう?」


あの時の人質事件の事を言っているらしい。

お面を被っていたのだが、鴨志田さんにはバレていたようだ。


「何でわかったんだ?」


「だって、手に包帯を巻いてるのって東藤君だけだよね。そうよね」


凄い迫力で迫ってくるのだが……

今の鴨志田さんには、あのほんわかした様子が微塵も無い。


「ああ、ちょっとした事があってだな……」


公安との取引の事だ。

そんな事お構いなしに鴨志田さんは怒っている。


「そんな事どうでもいいの!」


「何でそんなに怒ってるんだ?」


「な、な、何でって!何で私より先に羅維華に素顔を見せたのよ〜〜!東藤君のバカ、アホ、アンポンタン、死んじゃえ〜〜っ!」


そう言って走り去ってしまった。


何で俺の顔を見た女子は、似たような事を言って走り去って行くのだろう?


俺は意味がわからず呆然とした。





教室に戻りと同時にホームルームが始まった。

校外学習のレポートを提出していない者は出すように言われた。


鴨志田さんは、時折、俺を見ては『ぷいっ』として、黒板を見る。

何で怒ってるのか気になって、さっきの会話に出てきた鈴谷羅維華の方を見てみる。

何だかポーッとして先生の話を聞いてない様子だ。

そんな事が昼休みまで続くのだった。


お昼になるとお弁当を持って何時もの木陰に出かける。

今日は珍しく穂乃果が先に座っていた。


「どうぞ、こちらへ」

「ああ、すまない」


お弁当を広げて食べ始める。

今日は鴨志田さんは鈴谷達と食べてるはずだ。


「なあ、穂乃果は俺の素顔を見た事あるだろう?」

「はい、拝見した事はあります」


「俺の素顔を見て女子がバカだとかアホだとかアンポンタンだとか死んじゃえ、とか言って走り去る光景を2度体験したのだが、やはり、この傷のせいか?」


「ほう、それは貴重な体験をされましたね。そうですね、その傷は一般の方には怖いのかもしれませんね。武芸を嗜み者にとっては傷は勲章でもありますし、その点が我々と認識が違うのかも知れません」


そうか、この傷は一般的には文句を言うレベルのものなのか……


「参考になった」

「いいえ、些細な事です」


そう会話をしながら俺と穂乃果は同じ雫姉が作った弁当を平らげたのだった。





鴨志田さんが怒ったまま放課後を迎えた。

『傷のせいですまない』って謝るのもどうかと思ってそのままの状態だ。


帰ろうとしたら珍しくというか初めて佐伯さんが俺のところにやってきた。


「東藤君、校外学習、楽しかったね」

「ああ、そうだな」

「あのさあ、結衣が何か怒ってるみたいなんだけど、東藤君、原因知らない?」

「まあ、知ってると言うべきなのか?多分、俺のせいだ」

「そうなんだ。それで何があったの?」


この傷の事を言うわけにはいかない。

鈴谷羅維華にバレたら、裏の人間だと知られることになる。


「今は言えない。でも、何とかする」

「そうか、でもなるべく早くしてね」

「わかった」




俺は、教室を出て校舎を出るとこれの前に立ち塞がる男達が現れた。

中等部の生徒もいるようだ。


「東藤和輝だな。我らのアイドル神宮司沙希様のことで話がある」


なんだろう。何かしつこそうなタイプが集まった感じは……


「俺には話はない」


「会員番号6番、奴を押さえろ!」

「無理です、会員番号1番」

「では、会員番号3番、お前がやれ!」

「無茶言わないでくださいよ〜〜会員番号1番」


わあ、なんか疲れる連中だ。


「ところでお前達は何者?さっきから会員番号とか言ってるが?」


「よくぞ聞いた!我々は中等部のアイドル神宮司沙希様の非公認ファンクラブである。貴様、頭が高いぞ!」


俺に言ってるらしい。


すると、校門で待っていた沙希が俺に気付いてこっちに来た。


「カズキ先輩、遅いですよ〜〜」


何も知らずに俺のところに来る沙希。

すると、目の前にいた連中がバラバラと逃げ出した。

そして、少し離れた場所からこっちを見てる。

聞き耳を立てると……


「はあ〜〜沙希様、マジ神」

「あの笑顔見られただけで、ご飯三杯はいける」

「天使だよ〜〜天使がここにいる」

「まあ、胸はBカップぐらいだけど、そこがいい!」


好き勝手言ってる。


「先輩、友達居たんですか?男子に囲まれてましたけど」

「何でもない。道を聞かれただけだ」

「そうですか、知ってる中等部の男子もいましたけど?」

「気のせいだ」

「ふ〜〜ん、じゃあ行きましょう」


沙希は嬉しそうに腕を組んでくる。


『うおおおおおおおおお』


遠くで男子の雄叫びが聞こえた。





沙希と並木道を歩いていると、スマホに連絡が入る。

雫姉からだ。


〜〜〜〜〜

「珠美様のお迎えをお願いしてもよろしいですか?」


場所は知ってるし、用事があれば沙希と離れられる。


「いいよ。今、学校出たところだから」

「ありがとうございます」

〜〜〜〜〜


スマホをしまおうとすると、沙希が覗いてたようだ。


「あっ、見えちゃいました」


わざと覗いてたくせに……

我が妹ながらズル賢い。


「誰を迎えに行くんですか?」

「今、知り合いの家にお世話になっているんだ。その家に住む幼稚園児だよ」

「女ですよね?」

「女の子だよ」

「私も行きます!」

「何で沙希が……」


「やっと私の事を沙希って呼んでくれました。嬉しいです」


沙希にいろいろな面で勝てる気がしない……


「じゃ、行きましょう、カズキ先輩」

「無理してついてこなくていい、後輩」


沙希にまとわりつかれて、俺は珠美の通う幼稚園に向かった。





「ここのはずだ……」


「あ、ここって私が通ってた幼稚園です。懐かし〜〜い」


偶然にも珠美が通ってた幼稚園は沙希も幼い頃通ってたらしい。

俺は生まれた時から保育園だったので、沙希とは別だが。


小さな門を入ると、庭で遊んでる元気な幼稚園児が目に入った。

送迎用のバス待ちをしてるようだ。


珠美を探していると先生に声をかけられた。


「保護者の方ですか?」


俺を怪しむ顔をしてるので、不審者ではないかと思ってるらしい。


「紫藤珠美を迎えに来ました。東藤と言います」


「あ、斎藤さんから聞いています。珠美ちゃんなら中で遊んでいますよ」


雫姉が連絡を入れてくれたようだ。


部屋の中に入ると、珠美がいた。

数人の子供と遊んでいるようだ。

俺を見つけた珠美は、慌てて飛び出して駆け寄ってきた。


「わ〜〜い、カズお兄ちゃんだあ」


無邪気な声が部屋に響く。

沙希がビクンと驚いた顔をした。


「珠美、迎えに来たぞ」

「うん、やったーー!!」


飛び跳ねる4歳児。

そんな様子を年配の先生が見ていた。


「あら、もしかしたら沙希ちゃん。神宮司さんの?」

「あ、鯉坂先生。久しぶりです」

「大きくなったわね。あの泣き虫な沙希ちゃんがこんな素敵な女の子に変身したのね〜〜」


沙希が通ってた時の先生のようだ。

2人は仲良く昔話をしている。


「ねえ、カズお兄ちゃん、あの女と知り合いなの?」


「学校の後輩だ」


「ふ〜〜ん」


何か珠美が怒ってるような……


その時、珠美と遊んでた子供が近づいて来る。


「珠美ちゃん、その人だれ?」

「カズお兄ちゃんだよ」

「珠美ちゃんがカッコいいって言ってた人」

「そうだよ」

「何か変」

「カズお兄ちゃんはカッコいいの」


女子2人が言い争いをはじめた。

すると、男子が、


「お前、おれのタマミに近づくな」

「さとし君、タマミちゃんはさとし君のものじゃないよ」

「うるさい。ゆうこそいつもあゆみにべったりしやがって」

「あゆみちゃんとは仲がいいんだ。さとし君には関係ないだろう」


今度は男子2人が言い争いを始めてしまった。


俺の周囲にいる幼稚園児が喧嘩しそうな勢いだ。


すると、部屋に入ってきた人物が喧嘩しそうな男の子の一方の手を掴んで鬼のような形相で喧嘩の仲裁をした。


「さとし、いい加減にしないと夕飯抜きだぞ」

「あ、ねえちゃん」


お姉ちゃんだったようだ。


でも、俺と同じ高校の制服を着てる。

お互い、顔を見る……


「「あっ……!」」


そこには、さとしの手を掴む同じクラスのクール系美少女、木梨由香里がそこにいた。



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