第220話 最後くらい、天使らしく

「遅かったのですわ」


「遅……かった?」


「あなたは、一度エーテル体となり、心が侵食されてしまいました。その代償として、肉体の魔力を食らいつくし、体そのものまで維持することができなくなったのですわ。もともとエーテル体は人間が使っていいものではないのです」


(本当は、大天使の暴走が終わった後の平和な世界。見てみたかったんだよね。イレーナとも、もう少しいたかった)


 冒険者として生きる以上、死というのはいずれやってくる。自分達だって理由はどうあれ、魔王軍や敵の冒険者と命のやり取りをしているのだから。


 幸一も戦っていくなかで、それは理解していた。だから無念なんてない、訳がなかった。


(イレーナとも、サラとも、もう一度会いたかったな──)


 そんな心残りを残しながら、身体の感覚がなくなっていくのを感じる。その光景を見ていたイレーナの眼に、思わず涙がこぼれる。


「こ、幸君」



 すると──。



 ぎゅっ。


 幸一は感じ始める。

 誰かが自分を抱き締める感覚。優しく、暖かい感触。


(誰だ?)



 そっと目を開ける。そこには、幸一を強く抱きしめるツァルキールの姿があった。

 それだけではない、彼女の全身から、自分の体に何か流れ込んでいるのを感じる。


 温かく、優しい十分の体を包むような力。


「最後くらい、天使らしいことしましょうか」


 優しさが詰まった、「天使」にふさわしい笑みでささやく。

 すると、消滅しかけていた自らの体が元に戻っているのを感じた。


「あなたは、生きなければなりません。これから、たくさんの人たちを救うために──」


「──でも、ツァルキールの体が」


 幸一が気づく。彼女の肉体が、幸一の代わりに消滅していくことに。


「私は。いいんです。あなたという未来を託せるものを見つけることができたのですから──」



 この光景を見ているすべての人間たちが感じた。

 その微笑みは、慈悲深く、世界の平和と繁栄を願っていたかつての大天使そのものであったと。


「幸一さん。皆さん。この世界の未来──、託します。どうか、皆さんに幸せが待っていますように」




 そして、彼女は消滅していった。




 消滅していく彼女。そしてその足元には、先ほど破壊した水晶のネックレスの残骸。

 幸一はそっとネックレスを手に取り、ぎゅっと握る。


「ツァルキール。お前のことは、忘れない。誓うよ。絶対に世界を平和にするって」


 そして──。


「幸君──。勝ったんだ……」


 意識を取り戻したサラが、ゆっくりと歩いて向かってくる。


「うん。何とかね──」


「おめでとう……」


 女神のような、優しい微笑みに、幸一は思わず顔赤くする。すると──。


 ゴゴゴゴゴ──。


 どこからともなく地響き。慌てて周囲を見回すが、何をどうしていいかわからず戸惑っていると。後ろから誰かが説明しはじめた。


「おそらくこの空間が崩壊しているのじゃ。見た限りお主はツァルキールに勝利したようじゃ。それで未来が変わったのじゃ」


「この『滅した世界』は存在しないこととなり、消滅していくと──」


 ユダとヘイム。ボロボロになっている二人の言う通りなのだろう。

 そしてこの場所一帯が徐々に真っ白になっていき、消滅していく。



 もやがかかったような真っ白な空間が消滅し、たどり着いた先は。




「ここは、出発した古代遺跡──」


 そう、テレポートしたかのように幸一達は遺跡に中に戻っていた。


「おめでとうございます。皆さん。本当に勝利したのですね。素晴らしいです」


 大広間の中心に立っている。人物がフッと微笑を浮かべて話しかけた。

 純白の衣装。長身の大人の女性。ロングヘアで、細身。遺跡にいた天使アルミール。


「皆さん? ってみんな、生きていたんだ」


「当然よ。見させてもらったわ、あなたの活躍」


「かっこよかった……です」


 メーリングとシスカ、それだけでなく、全員いた。全員、幸一の活躍を見ていたのだ。

 そして──、一番会いたかった人が、そこにいた。


「こ、幸君」


「イレーナ……」


 幸一がもっとも想っている人、幸一をもっとも想っている人。


 イレーナだった。ぽろぽろと涙を浮かべながら、ゆっくりと幸一に近づく。


「幸君。全部、見てたよ。良かった。本当に良かった!!」


 そして一気に幸一の胸に飛び込む。周囲に人がいることも気にかけず、その胸の中で感情を爆発させるように泣き叫ぶ


「幸君! 心配だった。幸君が、元に戻らなかったり、いなくなっちゃったりしたらどうしようって。私、怖かった」


「ありがとう、イレーナ」


 幸一は泣きじゃくるイレーナを抱き締めながら髪を優しく撫でる。

 ぎゅっと優しい匂い。ボロボロだけど、温かい彼女の体。それを感じながら幸一は誓う。


 彼女を、一生大切にすると──。幸せにすると──。



 そして、彼らは元来た道を、戻っていった。

 長く厳しい激闘が終わり、これから平和な時間が訪れる。



 しかし彼らの戦いは終わらない。



 共通の敵を失った後で、どうやって世界をまとめていくか、平和な世界を作っていくか。


 いままでとはまた違った、彼らのロードが始まるのだ。

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