第25話 シスカへ

 森から一匹アミラージが出てきて、幸一の方に向かってきた。と思ったら弱そうだと判断したのかシスカを襲おうとする。


「まずい!!」


 すかさず幸一がシスカとアミラージの間に割って入る。幸一はすぐにウサギの耳をつかんで再び背中にナイフを突き刺す。



 うろたえるシスカ、しかし彼女にもこの作業をさせるようにと言われている。だから彼女の気持ちを察してもやめさせるわけにはいかなかった。


「でも、家族や親友を救いたいんだろ? 乗り越えなきゃ、俺がそばにいるから」


「こ、こわいよ、生き物なんて、殺せないよ……」


 明らかにシスカはアミラージを目にして震えていた。恐らくは生き物を捕まえたり殺したりするといった経験がないのだろう、俺も解体作業は最初だったから理解できる。


「でもこれは必須の授業です、これが出来ないと戦場へは連れていけないって言われていますし」


 サラはさっきそう言っていた。確かに遠征などで手元にある食料が無くなった場合、自分たちで食料を調達しないといけない。そのためにこの研修がある。


 だが無理に解剖なんかしてトラウマを植えつけることになったら元も子も無くなってしまう。どうしたものかと幸一は考え始めると


「何だこの使えないガキは!! もう追い返せ!!」


 ルーデルが罵声を浴びせる。彼はすでにアミラージを五秒ほど捕まえて捌いていた。


「ちょっと2人っきりで話がしたい」


 幸一はルーデルに睨みつけながら話しかける。



「そんなに楽しいか? 小さい子を威圧するのが、弱い奴は自分より弱い奴に異常に強く当たる、自分の弱さを隠すためにな」


「何が言いたい!! あんな動物の死体一つで動揺するどころか震えあがるようでは冒険者なんて不可能だ。 だったらこの俺が直々にあのガキに印籠を渡すまでだ!!」


 ルーデルは臆することなく幸一を睨み、反論。


「もうお前はこの子と話さなくていい、この子の指導は俺がする」


 そう言って彼女の肩を持つ。


「ふっ、まあいい、俺は小さい女には興味がない好きにしろ。俺は一人でやる」


 ルーデルがそう叫びこの場を去り、森の中へ入って行く。

 それを見た幸一は、シスカを見ながらどうすればいいか考え始める。


(まずはこの子を平常心に保つところから始めないと……)


 そう考えそっと背中に当ててさする。まずは彼女をリラックスさせる。


「まずは一回深呼吸をして落ち着こう」


「う、うん……」


 その言葉通りシスカはゆっくりとスーハーと深呼吸をして落ち着き始める。そして再びアミラージの死体をじっと見る。見ているだけで手が少し震えているのが分かる、


 幸一はそれを見て複雑な気分だった。

 確かに彼にだって抵抗はある、生き物を殺して捌くことに……


 自分の手が少し震えているのを確認しながら、それでもシスカをに話しかける。


 確かにシスカにとってつらいのはわかっている。


 しかし彼女が冒険者になりたいなら避けては通れない道である、だから彼女のために心を鬼にしてこの捌きの作業をやり遂げさせる必要があった。


「俺も一緒になる、一人でつらい想いなんかさせないだから一緒にやろう……」


「う、うん、わかった」


 そして二人はゆっくりとナイフでアミラージにナイフを入れていく、少しずつ切り取っていく。


 そして臓器を取る、びくびくとその行為を続けるシスカ。


「お願い、神様……私を見捨てないで──」


 シスカは少し涙を浮かべながら天に向かって懇願する。

 余程以前の貧しい生活に戻るのがいやなのだろうか──。


 幸一は少しでも力になるようにシスカの肩に触れる。そしてゆっくりではあるが確実に肉を裁き終えた。


「良く頑張ったな──」


 幸一はシスカに労をねぎらう。シスカはそのアミラージを見つめながらうっすらと涙を浮かべていた。



「すいませーーん、ちょっと分からないことがあるんですけどいいですか?」


 前方の茂みに茶髪で眼鏡の犬の亜人の子が叫ぶ。


 彼女は内臓の取り方が分からないところがあるようで、幸一はその子のもとに向かっていき、シスカは再び一人に。


 幸一は思考を重ねながら、何とかブタのような動物の内臓をとっていく。

 幸一の意識は必然的にそっちへ集中。


 シスカが彼への感謝を胸に、じっと幸一を見ていた。


 ガサガサガサ──。







 シスカは背後に何者かの気配を感じ、そっと後ろを振り返る。



「え──?」




 その姿に思わず言葉を失うシスカ、そこにいたのはなんと一匹の猪だった。



 相対するシスカとイノシシ、そして。


 タッタッタッタッタッ──。


 イノシシがシスカのもとに向かって突っ込んできた。初めて会った自分より大きな動物に足がすくんで動かない、一瞬どうすればいいか頭が真っ白になってしまう。


「い、い、いやああああああああああああああああああああああああああああ」


 何とか勇気を出して大声を出す、その声に幸一や周りにいた少女たちも反応しシスカを見る。


(しまった──)



 幸一がその事実に気づく。慌ててシスカの所に向かうが、イノシシはすでに彼女に急接近しており遠くに離れていた彼からは間に合いそうもない。


 サイズは二メートルにも及び、あんなのが突進したらシスカの命が危ない。

 その時、背後の木の陰から誰かが現れ、シスカの方に。


「え? あなたは──」


 シスカをかばったのは何とルーデルだ。彼はシスカを右に投げ飛ばしイノシシの脅威から彼女を守ると、手に持っていた市販の槍カシラニコフを握りイノシシに立ち向かう、そしてイノシシに向かって薙ぎ払う。


 イノシシは悲鳴を上げその場に倒れ絶命する。言葉を失う周囲の少女たち。

 すぐに幸一がその場に向かう。シスカも体制を立て直し小走りで動揺しながらも自らを救ってくれたルーデルの所へ向かう。


「あ、あの──、その……ありがとうございます」

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