第57話 王都アングリスカ→氷の封魔城④


「周囲の空間が、何らかの強大な魔法式によって固定されているのね。この土地の魔力マナが著しく減少しているのは、どこかにある魔法式に無理やりかき集められてるから……王都以外の土地で吹雪が止まない原因、これじゃないかしら」


 そう、空を見て気づいた。

 晴天にふんわり浮かぶ沢山の雲が、何一つぴくりとも動いていないんだ。

 風は吹いているし、太陽の光もちゃんと地面に届いているのに、周囲の森の木が揺れたり、太陽光を反射してもいない。


 まるで、時が止まっているかの様に。


「うーん……」


 メイド服のスカートをポンポンと叩いて雪を落としながら、ミィは深く考え込む。


「……明らかに外界の魔法学の常識を超えている術式だわ。現在の学術院アカデミーの時代遅れで頭でっかちな学者たちには到底考え付かないレベルね」


「どうする? 行くの止めるかい? 護衛役であるアタシ的には、姫を連れて歩くにはいろいろと不安がある状況なんだけど」


「……姫、どうしてもお城見たいの?」


「う、うんっ! 上手く言えないんだけど、行かなきゃいけない気がするんだ!」


 どっ、どうにかしてエイミィの居場所を見つけて助けないといけない。

 ヨゥとミィがオレを心配してくれる気持ちはとっても嬉しいんだけど、でもオレ……エイミィと約束したんだ!


「──────そう。そうね。この旅は姫の身体の検査って言う目的以外にも、この世界について学ぶ為の旅でもあるわ。だから姫が興味を持った物はなるべく見せてあげたいし、触れさせてあげたい。それにそもそも私たちは姫が本気で望んだ事なら、可能な限り応える様に造られているわ」


 ため息一つを何だか嬉しそうに浅く吐いて、ミィはオレの両頬をモミモミと揉む様に撫でた。


「と言うわけでヨゥ。ここからは常時警戒態勢よ。屋敷との連絡は可能な限り密にして頂戴。常態能力もほぼ無制限で解放。スカルクラッシュや他の武具のアクティブスキルも任意で発動して良いわ。最悪の場合、姫の身体にかけられている制限も、私の判断のもとで解除する事も視野に入れます。それで良いわね?」


 そう言いながらミィがグローブ越しに右手の人差しをヨゥに向けた。

 その指先に赤い光が灯り、ミィの指を離れてヨゥの胸の中心へとゆっくり飛んでいく。

 その光はやがてヨゥの心臓の位置まで来ると、吸い込まれる様に身体の中へと入っていった。


「うん、確かに承ったよ。1号から貰ったミィの監督権限、まさか使うハメになるとはねぇ」


「まぁ、もしもの為にと思って移譲して貰ってて良かったわね。なんだかんだ言って1号も心配性だったからちょうど良かったわ」


 え、えっと。今の、なに?


【猫たちは造られた順番にそれぞれ上位権限を有しております。例えば5号より4号、4号より3号、3号より2号と番号が若い順に命令系統と上位の現場判断の決定権が魔法的な『制約』として決められているのです。今の赤い光は最上位。1号の持つ監督権限の『制約』ですね。これで事実上、ヨゥとミィは各々の判断で自らの最大出力を発揮できる様になりました】


 ふへぇええええ。そうだったんだ。知らなかったぁ。

 1号がみんなのリーダーだったのは知ってたけど、他の四匹にもそういうのあったんだね。


【あくまでも役割上の序列ですよ。1号以外はほぼ横並びですが、今回の件で言えば3号に『制約』を譲渡する事で柔軟に判断できる様にしていたのでしょう】


 そっか。猫たちにそう言う仕事での上下関係みたいなの似合わないし、イメージとしては兄妹みたいな関係を想像しちゃうね。


【今の姫のイメージで概ね間違いございません】


「よっし、じゃあ役割分担と今後の行動方針だ。姫はお城を見て、どうしたいんだい?」


「えっ、えっと。その」


 ど、どう説明しよう。

 精神世界でエイミィと会って約束した……って話をするとなると、イドについても説明しないといけなくなる。


 システム・イドは猫たちにもその存在を明かされていない秘密だ。


 大魔導師ゼパル──────お父様が何でそう決めたのかはわからないけれど、システムを司っているイド本人もずっと猫たちには気付かれない様にしている。


【なぜ猫たちにも秘匿しなければならないのか、それはイドにも分かりません。全てはお父様がそう設計・命令した事ですから】


 だよね。でもわざわざそうしたってことは、明確に理由がある事だと思うんだ。

 じゃあイドの事を上手く避けて、エイミィの事を説明するって言うかなり難しい言い訳をしなければならない。


 難易度、高いなぁ。


「あー、あの、えっとね? な、なんて言ったら良いのかなぁ」


 しどろもどろになりながらも何とか説明しようと頭を高速回転させるけど、元々嘘や建前が苦手なオレには全然考えつかない。


「ふーむ。アタシたちに説明し辛い明確な目的が、姫にはあるんだね?」


「えっ!? あっ、あの!」


 そんな挙動不審なオレをじっと見ながら、ヨゥが腕を組む。

 眼帯に覆われた左目と覆われていない右目、両の目にまるで見透かされている様で、オレはさらに焦る。


「そうね。姫には何か思うところがあって、それで王都に来て城を見たかった。違う?」


「あ、あう。あの、ええと」


 ミィにも同じ様な目で見られてしまい、何だか責められている様な感じがしてきた。


「姫、良いのよ」


 ぽん、と。

 ミィの手がオレの頭に上に置かれてる。


「ふぇ?」


 優しくふんわりと笑うミィの表情に、オレは呆気に取られた。


「姫は私たちにも気を遣ってくれる。それはとても嬉しいことよ? でも私たちは元々姫のためだけに造られた存在なの」


「ミ、ミィ?」


 頭上に置かれたミィの手に、オレの両手を添える。


「だから姫が本当に言いたく無い事や言えない事があるなら、別に無理に聞き出そうだなんて思ってないわ。私もヨゥも、姫──────ラァラ様のためなら何だってできるししたいの」


「そうそう、もし姫が心から望む事があるのなら、遠慮なく命令したって良いんだ。アタシたちはそれがどんな事でも、全力でこなすだけさ」


 で、でもそれは。

 まるでミィやヨゥを部下とか召使とか、道具みたいに扱うって事で──────オレにはとてもじゃないけど、できそうも無い事で……。


「言い方が悪かったみたいだね」


 ニッカリと笑うヨゥが、オレの頭の上に置かれたミィの手の上に自分の手を重ねた。


「ラァラ・テトラ・テスタリア様。幼き主よ。我ら人工猫妖精ケット・シーは、貴女があの日あの培養器の中で目を覚ますずっと以前から貴女がどんな主人なのか、とても楽しみにしておりました」


 普段とは違う口調で、ヨゥはオレの目をまっすぐ見て微笑む。


「貴女が初めてその二本の足で歩き、初めて私の手を握り、初めて私に言葉を下さった時の喜びは、きっと貴女には想像できないでしょう。まさに天にも昇る気持ちとは、あの時の感情の事を言うのです」


 ヨゥと同じ口調、同じ表情でミィが言葉を引き継ぐ。


「貴女は優しく穏やかで健やかで、我々の理想以上の自慢の主だった。無垢で純心で、汚れのない気高き主だった。だから我々は、貴女を信じております」


「貴女は決して、我らを落胆させる様な事はしないでしょう。貴女は決して、自らを貶める様な事はなさらないでしょう。貴女は決して──────その眩き銀の輝きを曇らせないと、我々従者一同は信じております。だから」


「そう、だから」


 二人は交互に、同じ様な声量で、同じ感情を込めて気持ちをオレへと投げかける。


「命じてください。貴女のお心のままに、貴女の目的を達する為に」


「理由を教えてくださるならそれはとてもありがたい事ですが、言えないのであればそれでも構いません」


「我らの喜びは、主の笑顔が見れる事」


「貴女の笑顔の為なら、例えこの身が傷つこうとも構いません」


「我らが誇らしき主、ラァラ・テトラ・テスタリア様」


「我らは最早主従と言う関係を遥かに越えて、貴女に大きな好意と大きな敬意を抱いているのです」


 ヨゥとミィは笑顔を浮かべたまま、オレを優しい瞳で見下ろしている。


「…………ふたり、とも」


 視線から。そして暖かいその手から確かに伝わる二人の気持ちに一体何と返せば良いのか分からず、オレはただただ二人の顔をじっと見つめる事しかできなかった。

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