第16話 Stay Foolish


 私にとって仕事はあの人のそばにいるためだけの口実だ。

 完全な個人主義者だろうと言われても構わない。

 私はあの人に救われたのだから。

 

 救世主や英雄と呼ばれるのをあの人は嫌う。

 そういう柄じゃないと言うが、客観的に見ればその分類だろう。

 いつだって先陣を切り、ずっと走っていたあの人。


 

 だから、今度こそ私はあの人を助ける。

 ――――どんな時だって。



 ◆  ◆  ◆

 


(伸び具合からして、今月はこれくらいの剪定かしらね)


 右手に鋏。

 左手に袋。

 普段通りのスタイルで。


「いつも悪いね、スズカさん」

「いえ、仕事なので、お気になさらずに」


 いつも通り無駄な枝を切る。

 地味な仕事だと思うが重要な仕事だ。

 毎月決まった日に庭師としての仕事をしている。


 使うのは道具は鋏一本で十分だ。


 素早く地面を蹴り、何もない空中も蹴る。

 二段ジャンプと言われたりもしたが空中を蹴るための足場作ってるだけだ。

 補助の魔法は得意な方だ。もっとも得意と言っても上にはもっと上がいる。

 ノレヴァンという化け物じみた魔法使いとあの【大魔女】。

 比較対象が比較対象なだけに、私は常識的な範囲では上の方でいいらしい。


 正直、腑に落ちないが……いや、あの二人はヤバすぎる。

 そりゃね……馬鹿みたいな魔力量かつ馬鹿げた応用力を持つノレヴァン。

 完全に常識外の存在の【大魔女】。

 ま、その二人のトンでもエピソードを話し始めたらきりがない。


 さて【大魔女】はここ何年か会ってないが、最近になって来たその弟子の二人。

 

 オルフェちゃんとカナロくん。

 

 確かにオルフェちゃんはあの【大魔女】と同じ系統だとは思う。

 だが、カナロくんの方は真逆の戦闘スタイル。

 いや、あの【大魔女】のことだ。

 『ああ、魔法以外だって余裕余裕、むしろこっちの方が得意』

 と、でも言い出しそうだから困る。


 いや、そんなことよりも、まずは最初の仕事だ。

 この程度素早く丁寧に終わらせる。

 この後もまだまだやるべきことが残っているのだから。


(肥料の分量はいつもの通りで……よし、と)


「それでは今回の依頼金もいつも通りに、それでは」

「スズカちゃん、待って」

「はい? 何でしょうか?」

「これ、持っていきなさい」

「ありがとうございます」


 お饅頭を貰った。

 あとで食べよう。

 その前にするべきことは……新人研修か。


 今日は私の順番であり、指導するのはオルフェちゃんとクリスちゃんだ。

 一応、後輩だから【ちゃん】付けだ。

 ……可愛くはない。

 オルフェちゃんはともかく、あの娘をクリスちゃんと呼ぶのは本当に抵抗がある。

 だって、あの娘は初対面の時から印象が悪い。

 どこかふてぶてしさがある。

 悪い奴ではない、だが、善人でもない。

 多分、アイツは私と同類だ。


 所謂、同族嫌悪という奴であろうか。


 ……初見で似たようなものを感じた。

 多分、似たようなことを内心抱えてるものがあるのだろうが。

 そういう人らが集まるのがあの場所、あのギルドだしな。


 さて、そろそろ昨日伝えておいた集合場所についた頃合いかしらね。

 仲良くなりたいとはあまり思わないが、最低限のコミュニケーションほ取れておいた方がいい。

 ……少なくとも背中を預けれる程度には信頼関係を築くのがベストだろう。



『なぁ、スズカちゃん、近いうちに新しい奴らがウチに来るんだけどさぁ』

『初耳ですが?』

『今言ったばかりだからな』

『それは急な話ですね……では、私は仕事がありますので』

『いやいや、塩対応は今はいいから、意見を聞きたい』

『悪くはないとは思いますが、何故私に意見を求めたのでしょうか?』

『そりゃね、スズカちゃんが一番ウチでお堅いから』

『……どんな人が来るんですか?』

『アイツの弟子』

『それは相当なクソ野郎ですかね?』 

『かもな』

『かもなって……』

『ま、どうにかなるだろ』



 と、まあ聞いてた二人はどうにかなったね。

 だが、あとから来た二人がなぁ……。

 片方は遅刻常習犯。

 もう片方のクリスちゃんはクリスちゃんで問題児。


 で、今日はその問題児の新人研修だ。

 オルフェちゃんがいるのがせめてもの癒しだな。 


「おはようございます!」

「おはよう、オルフェちゃん」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう……ってどこのお嬢様学校気取りだ」

「いんやぁ、こないだ知り合ったお嬢さんがお嬢様学校の生徒だったみたいなんでね」

「お前、結構ミーハーだな」

「『郷に入っては郷に従え』って奴ですわ」

「普通にしなさい」

「おはようございました」

「はい、おはようございました」


 ああ、すっごく面倒な奴扱いされてるな。

 私、先輩だぞ!


「で、今日はスーさん、何すんの?」

「今日は……誰がスーさんだって?」

「スズカちゃんと呼ぶと怒るし、スズカさんとも呼びたくない、妥協してスーさんで」


 呼びたくないって……うん、これは戦争かな?

 私に対する態度以外真面目だから困る。

 ……何か嫌われることしたかな……。


「まあ、好きに呼べばいい」

「了解した、言質取ったからな」

「あのう……お二人ともそんなピリピリしなくても……」

「してない」

「してないが?」

「えぇ……」


 

 ◆  ◆  ◆



 空気がひたすら重たい。

 なんだこれ……。

 二週間以上同じ家に住んでいるが、こんな彼女の姿を見るのは初めてだ。

 

 今、彼女が彼女に向けられている感情は【憎悪】ではない。

 かといって【嫉妬】等の悪いような感情ではない。


 師匠は『人間はとても興味深い研究対象』。

 そうは言っていたが、なんとなくわかってきたような気がする。

 いや、師匠はそういう見方をした方が『人生を楽しむコツ』だとは言っていただけだ。

 だけども…………。

 

「…………」

「…………」


 超速で目の前に積まれた本が所定の位置に戻される。

 図書館での本の整理とは聞いていたが……正直怖い。


「どうした、まだまだ次があるぞ」

「抜かしなさんな、スーパイセン」

「…………次、あとスーパイセンはやめろ」

「了解した」


 空気がピリピリしている。

 私としてはこの状況をどうにかしたい。

 いつ命の取り合いが始まってもおかしくない緊張感がある。

 ……いや、それはないか。物騒だもの。


「お嬢ちゃん、スズカさんの後輩かい?」

「あ、はい」

「いやぁ、あんなスズカちゃんを見たのは久しぶりでね。

 楽しいったら、ありゃしねぇわ」

「そうなんですか?」

「まるで昔のスズカちゃんに戻ったみたいだ」

「昔ですか?」

「俺としちゃあ昔のやんちゃだった頃の【雷姫】スズカの方が好みなんだよな」

「へぇ……そうですか(雷姫……?)」

「ああ、そうなんだぜ、ちなみに君らんとこのマスターも昔は尖がりまくってた」


 人に歴史ありというが。

 今は落ち着いていても、昔はあんな感じだったのだろう。

 

「えっとお嬢ちゃん……」

「オルフェです」

「オルフェちゃんね……俺はこの図書館の管理者をしている『ライ・クラフト』だ」


 ライと名乗った男。

 非常に澄んだ目をした男。

 だが、目を引くその両腕に巻かれた包帯と継接ぎだらけの上着。

 なんか胡散臭さがある。


「オルフェちゃんね……君、魔王と同じ目と名前をしているな」

「魔王……?」

「ああ、ある有名な昔話さ【ある魔王が世界を滅ぼそう】とする話だよ」

「それは物騒な話ですね」

「おう、そうだな……というか知らないのか?」

「あ、はい」


 どうやらかなり有名な話らしい。

 私がここに来た理由の一つだ。

 あの時から、私の中で何かが常に引っかかっているみたいだ。


「その本、ありますか?」

「あるよ、原本やら脚色満載のバージョンやら子供用の絵本やら色々と」

「人気の物語なんですね」

「まあ人にとっては最高の娯楽、人生の道標……さらには初めて触れる物語になるからね」

「それは、まあ……なんとも大層な……」


 大層な物語だ。

 私の知らない物語。

 師匠が意図して隠していたのか。

 師匠ならやりそうだがな……

 

 『隠し事や謎を作るのが大好きで、それを解いてほしくてたまらない』


 そういうことをする。

 私の知っている師匠はそういう性格だから。


「あとにしなさい、暇な時間を作るくらい頑張りなさい」

「あ、はい」

「というか、ライ……また瘦せたんじゃない? 最近ちゃんと食べてんの?」

「まあ、一日最低分は食ってる……本売れねぇがな」

「お兄さん、売れない作家?」

「はい、売れない作家でごぜーますよ」

「なるほどね、一冊くらい本余ってる?」

「1000ギニーな」

「……しょうがない、釣りはいらないから」

「お、太っ腹だな……ってのは女性に向ける言葉じゃねぇな、あんがとよ」


 そういうとクリスさんは懐からお札を一枚取り出した。

 こないだ、謝礼を少しばかりもらったとかなんとか言ってたな。 


「あ、そいつ、詐欺師よ」

「マジか……騙されるところだった」

「いんや、俺は詐欺師じゃねぇよ、フィクション作家」


 作家さんなのか。

 初めて作家という職業の人を出会ったけども、こういう感じなのか。

 

「……私から見ればなんも変わんないわよ。

 ありもしないことをつらつらと文章に書き起こしてるんだから」

「おっ、それは世界中の作家に喧嘩売ってるな?」

「事実じゃない?」

「……やんのか、スズカちゃん?」

「お生憎、最近フラストレーションが溜まっていてね。

 どっかで発散させたい気概はある」

「あー……そういうことか、完全に理解した。

 だが、もう一線を退いたロートルの俺がバリバリ現役のスズカちゃんに御眼鏡に適うはずないじゃん?」

「ロートルねぇ……」


 ロートルという割にはかなり若いように見える。

 どことなくだが、アインさんに似ているかもしれない。

 見た目ではなく、雰囲気が。


「そんなことよりもアンタの本をアタシに売らないの?」

「っ……そんなこと?」

「おっ、いい事言うねぇ……えっと……」

「クリス・S・ネウコックよ」

「オッケー覚えた、クリスチャンね」

「……にしても、この本どこで刷った?」

「そりゃあ、隣の国に決まってんだろ? 知らんのか?」

「生憎、超田舎からこの身一つと相方で来たから、地理とかよく知らないのよね」

「なるほど、それは少々興味があるな」

「アタシのネタは高くつくぞ」

「ならいいか、そういうのは俺が決める」

「そう……じゃあ、適当に一冊、これもらうわね」

「おっ、クリスチャン、いい本選んだな、それは俺が……」

「それ長くなる?」

「まあ、読んだ方が速いな、読んだら感想くれ」

「読んだらね」

「そう言って、読まん奴は沢山いる」

「他人は他人、自分は自分……そんな奴らとアタシを他の誰かを比べなさんなって」

「ほう、言うなぁ、面白れぇ嬢ちゃんだわ」

「嬢ちゃんはよしな、アタシは20超えてんだから」

「オッケー、それなりに場数に踏んでるってことでいいか?」

「まあね……」


 ああ、二人の間で勝手に盛り上がっている。

 これが今のカナロなら2秒で話が終わる。

 そして、「そうか……」で話を切り上げるだろう。

 少し前のカナロだったら何かよくわからない話を挟むだろう。

 ……少し前というか、この街に来る数か月前くらいからかな。


 今のカナロはなんというか、カッコ付けてる。


 いつボロが出てもおかしくなさそうなのに全く出さない。

 本人は『昔から特殊な訓練を受けている』と妙なことを言っていたが、やっぱりよくわからない。

 カナロの召喚主であるから、ぼんやりはわかるが、2年くらい一緒にいるがやっぱりよくわからない。

 

 『だからこそ、知りたい』

 

 師匠なら真相にはもう辿り着いているだろうが、私もいつかはそこに行く。

 ……これは私に与えられた課題だろう。

 そのために『外の世界』のここに来た。


「……そろそろいい?」

「ああ、別にいいが?」

「終わったから、事後報告。それと今回のお代を頂戴するわ」

「今、金ねぇわ」

「嘘をつくな、さっきあの子から10000ギニー札を貰ったでしょ」

「これは……」


 10000ギニー札!?

 1000ギニー札じゃなかったの!?


「……釣りはいらないはずだったんだがな」

「何それそいつにマウントでも取りたいのか?」

「まあ、精神的に上に立ちたいだけ」

「そう……」

「まあね」

 

「ストップ、喧嘩するほど仲がいいとは言うが……

 お前らの場合はマジで命の取り合いしそうだから、マジでやめて」  


「別に……」

「了解した、ほらアタシはちゃんと反省したぞ?」

「…………」


 クリスさんはわざとやってるのか?

 この人の全く読めないところはどことなくだが師匠に似ている。


「ま、いいでしょう……ライ、これでも昔馴染みだから安くしてるのよ」

「しょうがねぇな……今度飯くらいおごれよ」

「しょうがなくはないでしょ……というか飯くらいマスターのとこに行けばタダで……」

「それは出来ねぇ、あいつの作る飯に金出さねぇで食うとかどういう神経だ、俺でもしねぇわ」


 確かにいつまでもお金を払わないのはよくないな。

 私だって、ちゃんと返さないとは思っているが、幾分まだ仕事が回ってこない。

 家の家賃だって支払わないといけないしな。


「貰えるものは病気と借金と責任以外貰っときなさいよ」

「えぇ……」

「いや、クリスチャンのいうことも確かにそうだが……すまんな、やっぱ出来ねぇわ」

「そう……というかさっきからイントネーションがなんかおかしい」

「ん? そうなのか?」



 と、そんな感じで図書館での仕事が終わったわけだが。

 ……肝心の「魔王の話」の本をすっかり忘れてしまったわけだ。

 今度の休みの日にでもまた行こうと思いました。




 ◆  ◆  ◆




 今日、分かったことが一つあった。


 もしも、こういう出会いをしなかったら。


 彼女とは本当に殺しあっていたかもしれない。


 生涯の天敵ってのはこういうものなのであろう。

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