温暖化
地球温暖化が叫ばれて久しい現代。
しかし、人類はその深刻さにいまだ気づいていない。
-2034年-
日本では夏は連日40度を超える超猛暑が続き、アスファルトの表面温度は60度を超えるといわれていた。
そんな中、犬の散歩をやめない一部の人間がいた。その人間たちは犬のために散歩していたのではなく、自分のために犬を散歩していたのである。犬たちは灼熱のアスファルトに肉球を焼き、熱風を吸い込みながら日々を生きていた。
彼らは暑さでイライラしやすくなった人間たちから、言語が伝わらないもどかしさに腹を立てられ、いいようのない暴力を受けるときもあった。
温暖化は進む一方で先の見えない現状だった。それでもただ怒りやすくなっただけでまるで人間はのんきだった。それにくらべ犬たちは必死にこの地球を生きるすべを探していたのだった。
***************
-2542年-
日本の平均気温は45度、夏は55度まで上がるようになった。
犬たちは、頭を地面から遠ざけるように2足歩行に進化した。脳は肥大し、寿命もはるかに延びた。どちらも人間のそれとそう大差はない。
だが、地球上の王者として君臨するのはいまだ人間である。
犬たちはその人間とコミュニケーションを図るために人間の言葉を話せるようになっていた。犬たちは労働にも参加し、参政権も持っていた。テレビには犬語の副音声もつくようになっており、犬たちはすっかり社会を構成する一員になっていたのである。
あるファミレスのキッチンで男の声が響く。
「おい!ケン!遅せえよ!」
男の視線の先には、全身白色の体毛で覆われた犬がいた。ケンと呼ばれた犬はしゅんと背中を丸めながら
「え、でも今日は11時からなので、規則通り10分前に入っているのですが・・・」と恐る恐る口を開いた。
「は?めちゃくちゃ客きてんだよ!それくらい予想して来いよ!」
男の言い分は理不尽だったが、地面につくケンの2本の足は震えた。
「はい。すみません・・・・」
「ったく」
男に一人の店員が近づき、紙ナプキンに包んだ何かを渡した。そして店員が何かぼそぼそというと、瞬時に男の眉毛が吊り上がり店員にどなった。
「え?何?毛が入ってた?どういうことだよ!」
店員は肩をすくめ震えている。
男は憤慨したようすで振り向き、ケンをにらんだ。
「おい!!お前だろ!」
「え?」ケンは始めその怒鳴り声が自分に向けられたものだとは分からなかった。
「お前だよ!」
「ぼ、僕ですか・・・?」
「お前だよ!おい、これお前の毛だろ!」男が紙ナプキンから毛のようなものをつまみ上げる。
「え、違いますよ?僕今来たんですよ?」ケンの言う通りたった今厨房に入り、調理はおろか皿洗いさえしていないケンの体毛が今いる客の料理に入っているとは考えにくい。
しかし男は
「毛が入るとか考えられねえんだよ。全身毛だらけのお前以外にはな!」と怒鳴り続ける。
否定し続けるケンも次第に腹が立ってくる。その様子をみた男は
「おっと、なんだよ、怒ってんのか。尻尾が立ってんぞ。だからなんだよ、その顔は?ドッグハラスメントってか?でもほんとのことだもんなあ?」
さすがのケンも怒りが隠しきれない。2本の足でズカズカと店長の方へ歩み寄ると「あの!これ、僕の毛じゃないと思うんですけど!」と毛を指して言った。
「あ??」店長はケンをさらに睨む。
「僕の父はマルチーズ。母は雑種ですがトイプードル系から来ています。だから僕の毛も白みがかった、くせ毛です。けど、この毛は黒くてまっすぐじゃないですか!」それには店長はさすがに何も言えないようだ。
ケンは続ける。「黒くてまっすぐ・・・しかも、短い・・・。これ、店長の髪の毛なんじゃないですか。最近、後頭部の毛も生え変わりの時期みたいですしね。」
怒りをあらわにするケンの口に牙はない。
ケンの剣幕に店長は1歩後ろに下がりつつも、ケンの歯茎と指先を見て落ち着きを取り戻す。
「なんだ!お前は!!店長に向かってそんな口をききやがって!だから犬なんて雇いたくなかったんだよ!キャンキャンキャンキャン吠えやがって。首にしてもいいんだぞ。けどな、しょせんお前らみたいな犬はアルバイトくらいしか仕事がないんだよ。よかったなあ。お前らは一生、いやお前らの祖先までずっと人間に使われる運命なんだよ。ははははははっははは!」
店長が憎たらしい笑い声をあげていると、厨房についているテレビから緊急速報の音が流れた。
―ピロリロリン・ピロリロリン
『臨時ニュースです。
たった今、選挙の開票が終わり、ポチ・太郎氏が新総理大臣に就任しました。
なお、現在の国会は人間が投票所に向かわず犬の投票数が圧倒的であることから、議員の半数以上を犬が占めており、今回の首相選挙もそれが原因ではないかという見方もあります。
ポチ氏は、「犬が暮らしやすい社会へ」をモットーに、現在の刑法1000089条に基づく、20歳の犬の抜歯と抜爪を撤廃する動きを見せています。また、犬の愛玩の自由を確保するために、人間をペットとして買うことを許可する法案を提出しています。
以上、お送りしたのは、ハナコと通訳のクッキー4世でした。』
・・・・・・・・
静かな店内にフロアの店員の声が響く。
「4名でお待ちのクラウンさま~お待たせしました。」
「2名でお待ちのわさびさま~」
「5名でお待ちのメロディさま~」
「…おい、なんで犬ばかりなんだ」
ケンが静かに話始める。
「店長、進化を怠った人間はこの気温の中もう外には出ていけません。実際に店長だって、生まれた時からこの店と渡り廊下でつながった自宅から出てらっしゃらないじゃないですか。」
「そ、そんな・・・」
「店長はテレビのいうことを真に受け、人間優勢のその狭い世界で見ていらっしゃったかもしれませんが、今や外の仕事のほとんどは犬がやっています。人間は家でもできる事務仕事やこういった自営業をやっているようですが、それもそのうち犬にとって代わられるでしょう。」
「そんな・・・どうやって暮らしたら・・俺たちを餓死させようっていうのか!」
「いえいえ!そんな滅相もない。人間様たちはきちんと私たちが働いたお金で飼ってあげますよ。」
「そうだよ!だいたいいつの間にそんな人間をペットにする法案が作られたんだよ!」
少しの沈黙のあと、ケンは驚くほど冷たい顔で笑いながら
「臨時ニュースやテレビの犬語の副音声、あれ本当に内容の通訳だとおもっていたんですか?」
店長はすべてを察した。犬たちは副音声を使って秘密裏に人間にとって代わる計画を進めていたのか。政治ももう犬に乗っ取られるだろう。頭脳もあり、牙や爪を携える犬には簡単に歯向かえなくなる。日本は、世界はどうなってしまうのか。
店長はうずくまり、もう叫ぶことしかできなかった。
店長の断末魔を聞いたケンはぽつりとこういった。
「店長、立派な負け犬の遠吠えですね。」
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