0:07 過ぎていく季節

相応しい使い道

 幼いころからヒーローに憧れていた。いつかこんな僕でも、必要としてくれる存在が現れる。そんな根拠もない漠然とした自信に裏付けされた希望が、張りぼての幻想だと分かった。分かるまでにこんなにも時間がかかってしまった。


 僕は虚しく家に帰ると、誰とも話すことなくシャワーを浴び、布団に丸まった。スクランブル交差点からはじまった一日が、頼んでもないのにリピートされる。ヨスガの笑顔、横顔、ふくれっ面。さまざまな表情の彼女が僕の頭の中に姿を出す。暗闇のゴンドラで何も言わずにうつむくヨスガの姿もだ。もう時間が止まった世界に僕の居場所は存在しない。ダサい僕はまた自分から居場所を失ってしまった。苛立って砂時計を床に投げつけると、床を転がって横倒しになる。時を止めることも、砂を貯めることもない状態。それを見て安堵した僕は、疲れて眠りにつく。




☆☆☆




 次に時間を止めた際にヨスガに会わねばならないと思うと、僕は砂時計を使うのが億劫になった。しかしそれは杞憂に終わった。僕がいくら時間を止めても、ヨスガはもう現れることはなかった。


 デートの翌日、一日に一回は能力を使うルールのために仕方なく砂時計を使ったが、音もしない空間に僕一人だけ。はじめて砂時計を時と同じように、僕だけの世界が広がっていた。虚空に向かって何度もヨスガの名前を呼んだ。それでも僕の声が響くだけで、彼女は返事をしなかった。まるではじめからヨスガなんて存在していなかったかのように。




 スマホのアルバムの中にある、霊園での一枚の写真。それだけがヨスガの存在と僕に起こった一か月の出来事を事実だと証明していた。しかしこの写真も夏が終わればただの霊園の景色になる。僕はヨスガも砂時計も忘れ、自信を失った虚しさだけを残した屍のような存在になる。僕はこの先、誰のためにどうやって生きればいいんだろう。沙綾も小林も絵里香もマグロも、ヨスガという大きな存在の前にすべてが霞んでしまう。勉強にも手が付かず、ふらっと外に出ては、時間を止めて家に帰る。そんな日々が続いた。




 いっそ獣のように時間停止を欲望のままに使ってしまったほうが気楽になれるかもしれない。最底辺の僕にはそれが相応しいんじゃないだろうか。うつろになった目で夕暮れの街を歩いていると、一人で歩く女子高生が目についた。奇しくも沙綾や綾野先輩と同じ、名門高校の生徒だ。ただ誰かもわからない。分からないほうがいい、もう誰でもいい。僕は重たい足取りで彼女の後を追いかける。まわりには自転車にのった中年の女性が一人、正面から向かってきているだけだ。時間をとめてしまえば、僕だけの世界になる。自転車とすれ違ったところで、僕は砂時計に手をかける。もう後戻りはできない――。




「あっ、ちょっとあなた!」




 茜色の前に、自転車の女性が僕を見て叫ぶ。僕は驚いて砂時計を地面に落とす。横になってころころと地面を滑っていく。




「え、な、なんですか?!」




 小心者の僕は、今から行う悪事を咎められると思って声を上げる。女性は自転車から降りて僕のほうへ詰め寄る。




「やっぱりそうだわ」




「え、ぼくまだなにもしてないですよ」




「してくれたじゃない」




 そういって彼女は涙目になって続ける。




「命がけで私を助けてくれたじゃない。あなたも生きてて本当に良かった」




 目じりに涙を輝かせて、女性は僕の手を握る。やっと思い出した。あの日、僕が砂時計を手にした日、なけなしの勇気で助けた自転車に乗った女性だった。




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