永遠に消えた少女

「それはね、6年前の出来事だった」




 マグロは僕の隣に腰掛けながら流暢に話し始めた。




「彼女はある日、突然消えたの。それは彼女がクラスメイト数人とお昼休みにお弁当を食べている瞬間だった。弁当箱と包みの風呂敷ともども、彼女は教室から忽然と姿を消した」




 一見、荒唐無稽なオカルト話に思えるが、その消えた少女が時間停止の能力者であったのならあり得る話ではある。




「彼女の消失を目撃していたクラスメイト数人は慌てて彼女の姿を探した。しかしクラスのどこにも彼女の姿を見つけられなかった。すると休み時間が終わる数分前になって、彼女は教室にお弁当箱を抱えて現れた。何事もなかったかのような顔をして」




「その時、その子はなんて言ったの?」




「ちょっと気持ち悪くなってトイレに行っていた、とクラスメイトに弁明したらしい。でも当然、クラスメイトたちは納得できるはずもない。中にははっきりと目の前から消える瞬間を目撃した生徒もいたらしいのだから」




 雨脚が少し強くなってきた。マグロは本が濡れないように鞄へしまい込むと、話を続けた。




「この事件は教員やほかの生徒たちを巻き込んで一時、大きな騒ぎになった。でも結局、懐疑的な目を向けられて終わってしまった。目撃をしたクラスメイトたちと消えた少女はいわゆる仲良しグループで、彼女たち以外の目撃者がいなかったことが主な要因だった。少女たちの手の込んだイタズラ。そんな風に大人には受け取られてしまったということね」




「確かに物的証拠がなにもないのなら、そう思われるのが普通だろうね」




「そう。でもこの話には続きがある。その後、何度も消えたり現れたりを繰り返す少女の姿が、仲良しグループ以外からも頻繁に目撃されたらしい。それでも彼女は頑なに自分が消失している事実に対して認めなかった。そしてある朝、永遠に消えてしまった。いつも通り家を出て、学校には来なかった」




「行方不明ってこと?」




「もちろん、事件や事故に巻き込まれた可能性があるため警察が捜査したわ。でも何一つ手がかりを掴めなかった。少女は机の引き出しに翌日の教科書類を置いたまま、忽然と姿を消した」




 マグロは例によって不敵な笑みを浮かべる。




「不思議じゃない? まあこの話は私がその学校のオカルト仲間から聞いた話なんだけど、生徒数が減って空き教室になった少女の教室に、今でも彼女の机だけがそのまま放置されているらしい。一番窓際の前から3列目にね」




「そ、そうなんだ」




 ただの怖い話じゃないと僕は思った。今はどんなオカルト話も砂時計に関わる重要な手掛かりにも思える。




「私、この話と6年前の○○駅での事故の話。繋がってると思うの」




「あの被害者が見つからなかったっていう?」




 マグロの洞察力は大したものだ。6年前、中学生の少女、突然消える。二つの事件が繋がっていく。




「そう。あの事件も少女が消失したと考えるとすべてが合致する」




 マグロは僕の肩に顔を寄せてきた。




「ねえ、佐々良くん。何か知っていることがあるなら話してほしい。それとも何も言えない決まりなの?」




 マグロの顔はもう僕の隣まで来ている。傍から見たらキスでもしているのかと言わんばかりの距離だ。長い前髪が濡れてまとまり、右目だけが露わになっている。こうしてみると意外にもマグロは可愛い顔をしていた。背も小さく、庇護欲を掻き立てられる顔だ。




「ごめん、麻倉さん。何も知らないんだ」




「……ほんとに?」




 マグロに見つめられて、僕はあろうことか照れてしまった。




「ほんとに何も知らない」




と強引に彼女を押しのけると、僕はベンチから立ち上がる。途端に強い風が吹く。




「雨も強くなってきたし、帰るか」




僕がそう言って歩き出すと、マグロも




「私も、帰る」




と言ってついてきた。台風の影響で電車が動かなくなるのはまずい。僕は最悪、時間を止めればいいがマグロはそうはいかない。無意識のうちにマグロを雨風から守るような立ち位置で僕は歩く。




「麻倉さんはなんでこんな日に、こんな場所で読書してたの?」




 さりげなく気になったので聞いてみた。マグロは間髪入れずに答える。




「誰もしないことをするのが、好きだから」




 ちょっといい感じになった気がしたが、なんとなく台無しになった。マグロはやっぱり変な奴だ。公園前の駅まで来て、方角が違うため別れる。




「佐々良くん何かあったら、連絡して」




 マグロはそう言ってLINEのアカウントを差し出してきた。僕もすぐにスマホを出し、アカウントを交換する。あまりにも少ない友達リストが少しだけましになる。強まる雨脚に僕はマグロの家まで電車が動いてくれることを願った。


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