第45話 港町ローゼンにて

「うわあ! ここがローゼンかー。おいグラム見てみろよ、あそこすっげー旨そうな肉が売ってるぜ」


 今にも涎をたらしそうなガラドが、通りに並ぶ屋台の1つを指差した。


「なぬ、肉とな! お、おいグラム、我はお腹がペコペコだぞ!」


 そして、その言葉につられ俺の服を引っ張ってくるベル。


「ふたりとも落ちつけってー。まずは宿屋に行くってさっきグラムが言ってたろ?」


 そんな騒がしいふたりをさとすのは、濃藍こあいのショートカットが良く似合う、元気系美少女エレインだ。


 エレインとガラドは、初めてあったときこそベルに怯えていたみたいだけど、何度か話すうちにベルに悪意も敵意もないとわかり、今では普通に話すようになっている。

 エレインなんかは、同じ元気系の女の子として気が合うのか、けっこう仲良くやっているみたいだ。


 そしてそのエレインから視線を感じたので、何の気なしに見ようとしたら、すぐさま目をそらされてしまった。

 恐らく、怯えられているのだと思う。


 と言うのも、ダンジョン騒動からしばらくしてエレインの足の具合が良くなった頃、ガラドとエレインに剣を教えてほしいと頼まれ、基礎的なことを教えることになった。

 俺なんかが人に教えるなんてって気持ちもあったけど、また危険な目にあったらかなわないと、最低限身を守るだけの力はつけさせたほうがいいかと、判断したのだ。


 そしてその指導は、こいつらにとっては鬼のような厳しさだと思う。

 なぜなら剣とはたやすく命を奪うものだからだ。

 相手の命もしかり、自分の命もしかり。

 だから基礎は徹底的に叩き込んでいるのである。

 ふたりのためにも、これだけはゆずるつもりはない。


 でも怯えられるのはちょっと寂しいし、あとで食い物でつってみるかな。

 あっちこっち旨そうな屋台があるみたいだし。


「坊ちゃま、この通りの先に『海猫の翼亭』と言う、リーズナブルでご飯が美味しい宿がありますよ」


 俺がキョロキョロしていたから宿を探しているとおもったのか、エルネが声をかけてきた。


「そっか、エルネはアルテミジア大陸出身だがら、船にのってローゼン経由でうちに来たんだったな」


 そのエルネが勧めるのなら間違いないだろうと、俺たちは海猫の翼亭を目指すことにした。


 ところでなんで俺たちがローゼンに来ているかというと、俺とガラドとエレインの魂の洗礼のためである。


 魂の洗礼とは、この世界の理に合うように、魂のありようを神様に組みかえてもらうという、なんとも神秘的な儀式である。


 そんな神秘的な儀式なので、いつでもどこでも行えるというわけにはいかず、1年に2回神様の力が強くなるという期間に、日本で言うパワースポット的な場所で行う必要があるのだ。


 そして明日から7日間がちょうどその期間であり、ローゼンの近くにあるサイディアリィルの丘の教会で、洗礼を行ってもらうというわけである。

 本当は父さんが引率をする予定だったんだけど、急遽人と会うことになったみたいで、俺とエルネが引率者である。


「ところで坊ちゃま、宿についた後の予定はもう決まっているのですか?」


 さすがエルネ、予定確認をかかさないとは引率者の鏡である。


「そうだな。行きたいとこは色々あるんだけど、まずはご飯がいいんじゃないか? みんなお腹が空いているみたいだし」

「おお、さすが我のグラム。よくわかっているではないか」

「いつからお前のになったんだよ」


 って、ご飯の話が出たからか、ぜんぜん聞いていないな。

 ガラドとふたりで屋台を物色してやがる。

 ――ん?


「エレインどうした? 何か言いたそうな顔して」

「いや、グラムとベルってさ……」

「俺とベルがどうした?」


 やはり怯えているのか、少しぎこちない様子のエレイン。


「きょ、兄妹みたいだな! ほら仲がいいしさ」

「そうかあ? そんなこと言ったら、エレインとガラドだって兄妹みたいじゃねーか。あ、でも、エレインのほうがお姉さんっぽいな」


 アリアンナならわかるけど、ベルは妹って感じじゃないよな。

 遊び友達とかのほうがしっくりきそうな……。


「坊ちゃま、つきました。ここが海猫の翼亭です」


 なんてことを言っているうちに、どうやら目的地に到着したようだ。


「じゃあエルネ、すまないけど2部屋とってきてもらえるか?」

「はい、わかりました」


 悲しいことに10歳の見た目では、宿の主人にイタズラと思われるかも知れないからな。


 その後俺たちは、大き目の荷物を部屋に置き、宿の食堂で遅めの昼食をとった。

 そして、まだ食べたりないから屋台めぐりをしたいと言う、ガラドとベルの引率をエルネにお願いし、俺は今エレインと一緒に露店通りを歩いていた。


「さっきのソテーうまかったな。あの分だと今日の晩も楽しみだな」

「ん? ああ、うん。そうだな……」


 すでに目も合わせてくれないエレイン。

 まずい。さすがにこれはまずいな。

 エレインは女の子なんだから、もうちょっと優しくするべきだっただろうか。

 10歳の女の子に毎日素振り500回はないよな……。


 それか、エルネと買い物の約束をしていたみたいだから、エルネがベルとガラドの付添いを申しでたことを悲しんでいるのだろうか。

 としたら代役なりに、しっかり楽しませてあげないとな。


「ところでエレイン、今日は何を見たかったんだ?」


 コミュニケーションの基本にのっとり、爽やかスマイルを意識する俺。


「うん、ローゼンは色んな国から綺麗な服が入ってくるってエルネさんに聞いたから、それを見たいなって思って……」


 お、効果はバツグンだ! ってほどではないか。

 でも、顔こそ露店のほうを向いたままだけどちゃんと返してくれたぞ。

 よしよし、会話のキャッチボールだ。


「へー、お前いつも動きやすそうな服着てるからあんまり興味ないと思ったけど、やっぱり女の子なんだな」

「わ、悪かったな。私なんかが服を見たいだなんて……」

「あ、いや、すまん」


 しまった! エルネに言われていたことなのに、早速やってしまった!

 どうやら俺にはデリカシーがないらしく、エレインをちゃんと女の子として見るよう、釘を刺されていたんだった。

 3歳の頃からガラドと3人でよく遊びまわっていたから、どうしても同性友達のようになってしまうんだよな。

 あとエルネに、傷のこともフォローしろって言われてたけど、どうしようか……?


 実は今エレインの右頬には、ガラドをコボルトから助けたときの、傷が残ってしまっている。

 そんな大きなものではないけど、縦に裂けた跡がクッキリと。

 俺が「それくらいの怪我でよかった」なんて言ったものだから、そのあとエルネに、女の子の顔に傷ができることの重大さについて、ひどく怒られたもんだ。

 せっかくの機会だからフォローしておくように言われたけど、どうやってフォローするんだ?

 その傷残念だったなってのは違うし、カッコいいと褒めるのも違うことくらい俺でもわかる。


 うう、わからねえ! ってこんなこと考えている場合じゃないな。

 まずはさっきの件をフォローしないと。


「おいエレイン、あそこの店なんてどうだ? ほら、可愛いのがいっぱいあるぞ」


 それはフォローではなく、誤魔化しただけって意見は却下である。


「……グラムは、ああいうのが好きなのか?」


 俺が指さしたのは、簡素ながらも可愛らしいデザインの服が並ぶ店。

 値段も手頃そうで、町の女の子も何人か服を手にとり眺めている。


「ああ、そうだな。派手すぎず控え目な可愛い

 さがいいと思うぞ。きっと、エレインにも似合うんじゃないか?」

「……」


 無言で何やら考えこんでいるエレイン。


「って俺の意見なんか別にいいよな。エレインはどこか気になる店とかないのか?」

「……てみる」

「ん? どこがいいって?」

「グラムが言った店、ちょっと見てみる……」


 そう言うとエレインは、店のほうにひとり歩いていった。


 エレインの好みにあったみたいで良かったけど、さて俺はどうしたらいいのだ?

 女の子と買い物なんかしたことないから、わからないぞ……。


 あくまでイメージだけど、俺の脳内で2つの選択肢が出て、カウントダウンが始まる。

  中に入って一緒に選ぶ

  ゆっくり選べるよう外で待つ


【ゆっくり選べるよう外で待つ】


 ほぼ迷うことなくこっちを選んだ俺を、笑うなら笑えばいいさ。

 だってまた顔をそらされたら、怖いじゃないか。


 そんなこんなで店の入り口そばで、服を手にとるエレインを眺めることにした俺。

 エレインの普段着は、麻のハーフパンツに麻の白シャツといった、少年のようなスタイルで今日もその格好である。

 だからよく男の子と間違われるけど、よく見たらすごく綺麗な顔立ちをしているんだよな。


 そんなことを考えながら、黒いワンピースをあてがうエレインに見とれていたら、何やら不快な笑い声が耳に入ってきた。


「クスクス……。ほら、見てあの子」

「やだ、なんでこんなところに」


 見てみると、10代後半くらいに見える町娘風のふたりが、エレインを指さし冷ややかな視線を浴びせていた。


「なんで男の子がこんなところに」

「いえ、みすぼらしい格好をしてるけど、女の子みたいよ」

「ええ、やだぁ! あんな黒い肌に顔に傷までつけて野蛮ねえ……」


 俺の中で何かがキレる音が聞こえた。

 こいつら、エレインのこと何もしらない癖に……!


 胸ぐらでも掴んでやろうかと駆けよろうとしたその時、俺とエレインの目があった。

 途端にじわりと溢れる涙。

 エレインは両手で口を押さえながら、俺から逃げるように駆けていった。


「待て、エレイン!」


 すぐさまに後をおう。

 恐らくエレインは今、誰の顔も見たくないだろう。俺もなんと声をかけたらいいかなんて、わからない。

 でも俺は、前を走るエレインの手を掴んだ。


「は、離せ! なんで追いかけてくるんだよ!」


 当然のように抵抗するエレイン。

 俺の手を振りはらおうとあがくたびに、涙がこぼれ落ちる。


「うるさい! お前こそなんで逃げるんだよ!」


 言いたいこともまとまらぬまま追いかけたのだから、もうメチャクチャである。

 でも、そんなこと知るか!

 どうせ俺はデリカシーのない人間なのだ。


「いいかエレイン。俺はどうやら女心がわからない男らしい。だがら、俺が気のきいたことを言うなんて思うんじゃねーぞ!」

「べ、別にそんなの期待してねーよ。は、離せ!」

「いいから最後まで聞け! 気のきいたことが言えないから……、だから俺は思ったままのことを言う。いいか?」

「……な、なんだよ?」

「俺は正直お前のことを、同性だと思って遊んでいるときがある」


 俺の言葉を聞き、捕まれた手を振りはらおうとするエレイン。

 俺は、黙ってろと言わんがごとく、その手を強く握りしめた。


「でも良く見ると、まつげの長い切れ長の目や、ぶっきらぼうながらも言葉尻にでる優しさとか、そこらの女よりずっと女の子だっておもってるよ」


 力ではかなわないと諦めたのか、エレインは抵抗をあきらめ俺を睨んでいる。


「そう思ったら、お前の濃藍こあい色の髪がすごく綺麗に見えて、もう少し伸ばしたら似合うんじゃないかなって思った。その褐色の肌だって、元気なお前をさらに魅力的にしてくれるチャームポイントだ。だから、あんな下らないやつらの言うことなんか、いちいち気にすんじゃねーよ!」

「……」

「その頬の傷だって、ガラドを守ってできた傷だろ? ならかっこいいじゃねーか。それはお前の魅力を引きたてる傷だ。俺にはさっきのやつらよりそんなお前のほうが、ずっと綺麗に見えるさ!」

「……言いたいことってそれかよ?」

「ああ」


 返事をしたあと、激しい後悔に包まれる。

 え、結局何が言いたかったんだ俺!?


「グラム。お前ってほんと女心がわからないやつだな……」


 またそれかよ!

 でも今回ばかりはまったくもってそのとおりである。


 と思ったらエレインは涙を溢れさせながらも、これ以上ないくらいの笑顔を見せていた。


「だから言ったろ、俺は女心がわからないって」

「ふふふ、グラムらしくていいね」

「ん、なんだよそれ? わかったほうがいいんだろ?」

「ううん、今はまだわからなくていいよ。グラム……、ありがとね」


 夕陽に照らされたエレインは、太陽に縁どられたみたいで、とても眩しく、とても綺麗だ。


「そうだ、エレイン。服を買ったら着て見せてくれよな。あの店の服、お前ぜったい似合うから、……ん? なに赤くなってるんだ?」

「……ばか」


 短く吐きすてるとエレインはふいとそっぽを向いてしまった。


 しかしすぐこちらに向きなおり、それから俺たちはすっかりいつものふたりに戻っていた。

 くだらないことを言ったり、大声で笑いあったり。

 そして今日のご飯はなんだろうなと話しながら宿に帰っていった。


 それからご飯も食べて、ガラドとふたり部屋で落ち着いていたとき……。


「坊ちゃま、少しいいですか?」


 扉をノックする音に続き、エルネの呼びかける声が聞こえてきた。


 ははん、きっと今日の俺の活躍を聞いて、女心検定の合格を言い渡しにきたのだな、なんて考え扉を開ける俺。

 しかし開けてみるも、エルネは何かを待っているらしく、俺とは違うほうを見ている。


「ほらエレイン、せっかく綺麗にしたんだからこっちにきて……」


 どうやら外開きの扉の影に、エレインが隠れている様子である。


「エレイン、どうしたんだ?」

「……」


 扉の向こうの見えないエレインに声をかけるが反応がない。


「ほら、エレイン!」

「わわっ、エルネさん待って……。きゃっ!」


 エルネに引っぱられ、とたたと現れたエレインの姿を見て、俺は言葉を失った。


 いつも着ている少年のような服が、襟と袖の部分に黒い刺繍をあしらった、白いシャツワンピースに様変わりしている。

 横でリボンにしてとめた黒い腰紐は、きゅっと結ぶことで体の線が強調され、少女の可愛らしさと女性の美しさを両立させている。


 こ、これはほんとにエレインか……?

 こいつこんなに胸、大きくなかったと思ったんだけど。

 それに、首に巻かれた黒いリボンラリエット――首に巻く紐形のアクセサリー――が、無垢な少女を汚しているような背徳感が……。

 って俺は何を言ってるんだ。


「お、おい。何か言えよ。グラムが見たいって言ったから着て来たんだぞ」

「きっとエレインに見とれているんですよ」

「そ、そうなのか?」


 あまりにビックリしてなんといっていいかわからず、俺はとにかく必死にうなずいてみせた。


「――ッ!」


 それを見たエレインが、一瞬のうちに顔を真っ赤にし走って逃げていった。

 そして優しく微笑み、扉をしめるエルネ。


 振りかえると、ガラドがバカみたいな顔をして固まっていた。

 俺は、きっと自分もこんな顔をしていたんだろうなと思い、しばらくひとり笑っていた。

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