第42話 迷宮創造《ダンジョンメーカー》の応用 その1

 産業革命とは17世紀半ばから18世紀にかけて……。


 なんて話はいいとして、俺たちは今クロムウェル領の未開拓区域に来ている。

 未だ開墾も済んでいないため、辺りは雑木や岩がゴロゴロといった有り様だ。


 ここらを真面目に開墾しようとしたら、さぞ多くの人手と月日が必要となるだろう。


 そこでまずは1つ目の実験。

『ベルの迷宮創造ダンジョンメーカーで、ここら一体を更地にしてみよう!』である。


 ダンジョンを作る能力なのに、そんなのできるわけないだろ!

 なんて思うかも知れないけど、実はこれは結構自信があるのだ。

 ようは使い方次第。


 そんな俺の企みを、とりあえずベルに話してみたところ


「うーん、どうだろうな。試してみぬとなんともわからぬな」


 と、なんとも頼りない返事である。


「ってことは、やってみたことはないのか?」

「当たり前だ。我には地表を整地する利点もないし、そもそもそんな大規模生成に必要な魂力、持っているはずもなかろう」


 うん、確かにその通りだ。

 ベルからしたら、ダンジョンが目立てばそれだけ自分の危険も増すわけだ。

 なのに地表を綺麗にして、入り口を露呈するような真似するわけないよな、

 でも魂力については問題なしだ。


「じゃあ、今から試してみようぜ」

「そういうことなら、まずは我の食事からだな。ほれ、くせんか」


 待ちきれないといった表情で、俺を見るベル。

 魂力を吸わせてやるなんて簡単に言ったけど、よくよく考えてみたら、美少女に指をしゃぶらせるなんて、なんとも背徳的な行為だよな。

 と言ってもそれがないと始まらないわけで……。


「ほらよ。その代わりしっかり頼むからな」


 気恥ずかしさが顔に出てしまわないよう、わざとぶっきらぼうにする俺。

 典型的な童貞の行動パターンである。


「ふふふ、これだこれだ。んむっ……、相変わらずの美味よのお」


 頬を赤らめ恍惚の表情で、俺の指に吸いつくベル。


「そんなに美味しいのですか?」


 それが余程美味しそうに見えたのか、エルネが物欲しそうに問いかけた。

 暴食のエルフの再来である。


「一応言っておくけど、エルネの分はないからな」

「ただ、ベルに感想を聞いただけですよ!」


 どうやら俺の勘違いだったらしく怒られてしまった。

 本当に他意はなかったんだろうか?


 なんてことを考えていたら、いつの間にかベルが大人ベルに変身していた。


 透き通るように美しく白い肌。

 スラリと伸びた長い腕と脚。

 腰まで伸びた絹糸のように艶やかな真っ白い髪。

 胸は控えめだが、まるでそれが美の完成形と言わんばかりにバランスが取れている。

 それは触れることさえはばかれる、はかなく美しい妖精のような存在で、ニヤニヤと嫌らしい顔を……。

 ニヤニヤと…?


「な、なんだよ?」

「いーや、なんでもないが」


 満面の笑みで返すベル。

 くそおおお!

 思わず見惚れてしまった上に、おもいっきりバレてるじゃないか!


「ところで、そろそろ実験分の魂力は溜まってきたが、グラムのほうはもう良いか?」

「もう良いかって、何がだよ!」

「ほほう、我に説明させても良いのか?」

「勘弁してくださいベルさん……」


 これ以上ないくらい意味深な笑みを見せるベルと、何も返せない俺。

 だってさっきから、心なしかエルネの視線が冷たい気がするんだもん。


「ふっふっふ、仕方ない許してやるか。それではそろそろ始めるとして、どれくらいの広さをやれば良いのだ?」

「そうだな、じゃあここからあっちの大きな枯れ木まで、幅もだいたい同じくらいで試してもらえるか?」


 サッカーコートのハーフサイズくらいをとりあえず指定してみる。


「そこの枯れ木までだな。よし、では始めるぞ……」


 ――『迷宮創造ダンジョンメーカー』――


 ベルが素早く印を結び唱えると、近くの地面にひとりでに穴があき、見るまに下りの階段ができていく。

 ダンジョンと定義付けするための入り口作りである。


 そしてここからでは見えないけど、今ごろ地面の下で、ただ大きいだけの部屋がどんどん拡張されているはず。

 そのサイズはさっき指定した、サッカーコートのハーフサイズである。


 本来であればダンジョンで部屋を作るときは、土を圧縮し固めて石材などで補強していくんだけど、今回は敢えてそれをしないようお願いした。

 するとどうなるかというと、地面は重みに耐えられなくなり、当然のように崩れていく。


「す、すごい……」


 その突然の光景に、エルネは目を丸くしている。

 いきなりサッカーコートハーフサイズの穴が、ぽっかり空いたんだから驚くのも無理はないだろう。


 さらに変化はとどまらず、再び地面を揺らしている。

 穴の底から徐々に土を盛りあげているのだ。

 そしてそうこういってる間に、目の前に地ならしまでしたかのような、平らな地面ができあがっていた。


 まるで料理番組でよくある、完成したものがこちらです、みたいなノリである。


「ふぅ、どうやらうまくいったみたいだな。どうだ、さすが我であろう?」


 両手を腰にあて、えへんと胸を張るちんちくりんベル。

 すっかり力を使いきったようだ。


「ああ、想定以上だよ。あんな短時間でこんなに綺麗に仕上げるなんて、さすが深紅のコアを持ったダンジョンだな」

「そうだろ、そうだろー」


 調子に乗ることとどまらずである。

 うん、やっぱベルはこっちのほうが安心するな。


「ところでベル、地面にあった雑木や岩は今どうなってるんだ?」

「とりあえず地中に埋めておいたぞ」

「ダンジョンって、地形や地質をを元に自由に形を組みかえられるんだよな? そこの階段みたいに」

「ああ、そうだ。地中にある硬くて丈夫な石を加工して、階段を作ったりするのだ」

「よし、じゃあ今から言うのを作ってみてくれよ」


 1つ目の実験が成功したので、いよいよ2つ目の実験だ。

 もしこれも成功するのであれば、ベルの能力はとんでもないチート能力確定である、

 まあ膨大な魂力がいるから、普通はほいほいできないんだろうけどね。


「ふむ、なにを作るのだ?」

「それはな……」


 俺の裏ワザ的計画をベルに伝えてみる。


「はあ? 我は大工ではないぞ! そんなダンジョンに関係ないものを作れるわけなかろう」


 まあ普通はそう思うよな。

 でも発想の問題なはずなんだ。


「よく考えてみてくれよ。ダンジョンの定義は『入り口が1つ』『侵入できない部屋や通路がない』『外から中の全容が把握できない』だろ?」

「ああ、そうだ。それがダンジョンと言うものだ」

「なら作れるはずだろ? 俺が作って欲しいものも、ぜんぶ当てはまってるんだから」

「それは! ……確かにそうだのお」

「だろ? ようはこれも1つのダンジョンって考えたらいいんじゃないか?」

「そうか、1つのダンジョンか。うん、これはダンジョン、1つのダンジョンだ……、そう間違いなくダンジョン……」


 自分の認識を改変せんと、ぶつぶつ繰りかえすベル。

 きっと迷宮創造ダンジョンメーカーの発動に必要なことなのだろう。


「よし、できるかも知れん。でも、それならもう一度、グラムの魂力を吸わせてもらわんといかん」


 そうだった。

 今はちんちくりんモードだった。


「大きくなったり小さくなったり、なんとも忙しないやつだな」

「グラムは、アダルトな我のままのほうがいいものなあ?」

「うるせー!」

「坊ちゃまは私の胸を触ったこともありますし、そうかも知れませんね」

「なんと! 色欲魔であったか!?」

「あれは事故だって納得してくれただろ、エルネ」

「ふふふ、そうでしたね。申しわけありません、坊ちゃま」


 ベルのはっきりした物言いや底抜けの明るさが、エルネに良い影響を与えているようで何よりだ。

 でもこのまま女子ふたりに弄られては身が持たないので、早急に父さんに女心ってやつを学ばないといけないぞ。

 でも父さんって、母さんの尻にしかれてるんだよなー。

 よくよく考えてみたら、俺も妹に振り回されていたし、そういう運命なのかも知れない……。


「おい、そこの色欲魔。そろそろ始めんのか?」

「その呼びかたはやめい!」


 魂力だけじゃなく、色欲も溢れ出てるのは否定できないけどな!

 その色欲が顔を出さないよう、素数を数えながらベルに指を出す俺。


「我もひとつ試して良いか?」

「ん? よくわからんけどいいぞ」

「グラムの魂力は次から次へ溢れるから、吸収したままできるか試してみたいのだ」

「あー、確かにそれはできたら便利そうだな」

「では……、はむっ! このままでいくぞ」


 ――『迷宮創造ダンジョンメーカー』――


 すっかり慣れてしまった、いつもの地響きに包まれる。

 どうやら力を吸ったままの|技(スキル)使用は、うまくいったみたいだな。

 ちなみに魂力を吸ったそばから消費するためか、ベルはちんちくりんなままである。


 そんなことを考えているうちに、地面に縦長長方形の穴ができていく。

 これが今回の入り口だ。

 そしてその入り口ごと地面がせり上がっていき、目の前に巨大な土の箱が完成する。


 大きさは少し大きめの小屋サイズ。

 まあ小屋を作っているんだから、当たり前の話だけど。


「ベル、入り口をこっちに移動してくれよ」

「ああ、わかった」


 ベルが返事をすると、天井部にある入り口がすすうと移動し、目の前に現れた。


「なんともデタラメな光景だな」

「これをダンジョンと言いはる坊ちゃまの発想も、なかなかにデタラメと思いますが……」


 確かにエルネの言う通りであるが、それをそのまま実行するベルもなかなかにデタラメだ。


 そう言えば9つの大罪の『暴食』ってのは、ただ食べすぎるって意味だけじゃなく、新しいことに目がない様も表しているんだったな。

 うん、なんだかすごい納得できる気がする。


「じゃあこれからもっとデタラメなことを、始めるとしますかね」


 そう、こんな豆腐ハウスなんかで満足できるものか!

 なんだか、例のクラフトゲームみたいで楽しくなってきた俺は、ひとり興奮するのであった。

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