妹と父と異世界を救うための物語 ~転生して神に比肩する力を手に入れたのはいいけど、あまりにも強大すぎていきなり封印されちゃいました~

多奈 優吾

第1話 いつもの物語

 な、なんだこれは?

 時間が止まっている……、のか?

 一体どうなっているんだ?

 いやそんなことはどうだっていい。

 今の内に妹を連れて安全な場所に――って、動かない!?


 視線の先に、トラックの運転手が居眠りしているのがわかる。

  下のほうに、恐らく妹の髪であろうものも視認できる。

 しかし動かない。指先はおろか、視線すら動かすことができない。


 どうなっているんだ?


「……ますか?」


 ん?

 なんだ?


「私の声が聞こえますか?」


  不意に、幼子をさとす様な柔らかな女性の声が、頭の中に響いてきた。

  優しげで透きとおっていて、とても綺麗な声だ。


  「私の声が聞こえますか? 聞こえているのであれば言葉を念じてください」


 どうやって返事をしようかと悩んでいたら、答えを教えてくれたので、俺は『はい』と念じてみた。


「良かった。いきなりの事態で混乱しているでしょうが、貴方に助けていただきたくやって参りました」


  助ける? 指先すら動かせない人間に何を期待しているんだ?

 むしろ俺と妹を助けてほしいのだけれど。

 しかし、今まず確認すべきことは……。


(あなたは何者ですか?)


 俺は先ほどと同じように、念じてみた。


「私は異世界の神です」


 はい?

 神?

 異世界?


「にわかに信じがたい話だと言うことは理解しております。しかし、今貴方に起きている状況を再度確認してみてください」


  神だ異世界だなんてゲームや漫画じゃあるまいし、高校生にもなって誰が信じるものか。

 と言いたいが、このセピア色の停止した世界と、頭に直接響きわたる声は、超常的な何かが確かにあるというこれ以上にない証拠であった。


(異世界の神様が、俺なんかになんの用ですか?)


「私の世界は邪悪なる者の侵略を受け滅びの危機に晒されました。その力はあまりに強大で、大地は裂け空は焼かれ、多くの命が犠牲となりました。愛する子らを守るためなんとか撃退したものの、その代償として私は力の大半を失ってしまいました。しかし邪悪なる者はまた必ず戻ってくるでしょう。今は力を蓄えていますが、そう遠くない未来に必ず」


(ま、待ってください! 俺はただの人間でただの高校生ですよ)


 助けてくれと言っていたけど、そんな状況で俺にできることは何ひとつないぞ。

 神でも太刀打ちできなかった存在を相手に、俺がいったい何の手助けをできるというのだ。


「私にとってはただの人間ではないのです」


(へ? どこからどう見てもただの人間ですが!)


「私の世界での強さとは、魂の強さにあります。しかし魂は肉体のように、簡単に鍛えられるものではありません。たゆまぬ鍛練を通じて、悠久の時をかけ、徐々に鍛えられていくものです」


(悠久の時って、まだ18年しかし生きてませんよ俺! それに鍛練だってしたことないし)


「異世界に渡るにはその世界の理に合うように、魂の再構築を行う必要があります。それは幾度となく繰り返される破壊と再生。貴方の魂はその度に、刀を打つかのごとく研ぎ澄まされていくでしょう。さらに神でない貴方が私の世界まで渡るとなると、2千年ほどの時が必要となります。私の世界に着く頃には、貴方の魂は人の域など優に越えた、強大なものとなっていることでしょう」


(魂の再構築って……。そ、それはつまり、俺は死ぬってことじゃないんですか!?)


「確かに一時的な死と言えるかも知れません。しかし安心してください。私の願いを叶えてくださったあかつきには、この世界に戻すことを約束します」


(で、でも、なんで俺なんですか!? もっと強そうな奴を連れていけばいいのに)


「申し訳ありません。正直に言うと別に貴方でなくても良かったのです」


(なら!)


「私がこの世界に着いたと同時、偶然この場面に遭遇しました。そして、気がついたら時を止めてしまっていたのです」


 そう言われて俺は、固定されている視界に意識を戻した。

 目の前にトラックが迫り、今にも俺と妹に衝突しようとしている。

 今は見ることのできない妹の笑顔を思いだすと、胸が締めつけられそうになる。


「私なら助けることができます」


(え?)


「もし貴方が私の願いを聞きいれてくださるのなら、貴方の妹を助けることを誓いましょう」


(ほ、本当ですか?)


「はい。そして先ほど申し上げたとおり、私の世界を救ってくださったあと、貴方をこの世界に戻すことも可能です。私の力が回復した状態であれば、時のズレを生じさせないこともできるでしょう」


(……もし、断れば?)


「貴方たちを助けようと時を止めてしまったことで、私は残された僅かな力も使いはたしてしまいました。私にはこれ以上の選択肢がありませんので、申し訳ありませんが貴方にも選択肢を与えることはできません」


 脅迫されているようにも感じる。

 しかし、この異世界の神が介入しなければ、俺たちはすでに死んでいたのだ。

 わざわざどこにでもいそうな高校生の俺に声をかけずとも、もっと強そうな人間に声をかけることもできたはず。

 それに、断れば二度と妹の笑顔を見ることができないんだ。


 なら迷うことなんて何もない。


(わかりました。俺にできることなら力になります)


「ありがとうこざいます」


  異世界の神がそう言うと、俺の視界は真っ白な光に包まれた。

 こうして俺の、妹と異世界を救うための物語が始まったのである。


 ◇◇◇◇


(ところで2千年ほどかかるんですよね? 退屈で死んでしまいそうな……)


「大丈夫です。魂の再構築中は深く眠っているような状態になりますので、貴方が次に目が覚めたときには私の世界についているでしょう」


 毎朝学校のために早起きしていると、気がすむまでゆっくり眠りてー、とか考えたりもするけど、2千年か……。

 って、え?


(そ、そう言えば邪悪な存在が間もなく復活するんですよね? だ、大丈夫なんですか? 2千年もたって着いたら、世界は滅んでましたじゃ洒落にならないですよ)


「それも大丈夫です」


 ふむ、神様となると2千年なんてたいした年数じゃないから、間もなくといってもずっと先なのか?

 でも恐らくで済む話でもないので、確認はしないとな。


(何か根拠があるのですか?)


「自分の世界のことでしたら神の力を使うことで、私はあらゆる可能性を模索して未来予知のようなことができます。そのいずれの結果からも、貴方が着く前に邪悪なる者が力を戻して攻めてくることはないと言いきれます」


(それでも、俺が着いてまだ右も左も分からない段階で攻めてくる可能性だって……)


「いえ。私の予知の映像では、幼い貴方がたくましく成長していく姿が見えます」


(確かに童顔とは言われるけど、俺こう見えて18歳なんですけど!)


「いえ。今の貴方は魂だけの存在なので、私の世界では新たな体が必要です」


(新たな体?)


「はい。ただ身を委ねていれば、あなたの波長に合う肉体に導かれることでしょう」


(ちょ! それってつまり、どこの誰ともわかからない体に入るってこと? と言うか俺の元の体は――)


「申し訳ありません。私はそろそろしばしの眠りにつかなければなりません。まずはとにかく力をつけてください。そして、信頼のおける仲間をひとりでも多く作るのです」


(ま、待って! まだ心の準備が――)


 俺の決意が固まらないことなんてどうでもいいかの如く、俺の魂は急速にどこかに吸いよせられ、やがて意識が途絶えた。

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