美脚ミミック、ハルミさん ~転生モンスター異世界成り上がり伝説~
藤孝剛志
1章 アルドラ迷宮
第1話 ブリーフィング
これは夢なんだろう。うん。
わけがわかんなかった私はとりあえずそう思うことにした。
なにせ周りはバケモノだらけ。
犬人間だとか、豚人間だとか、骨人間だとか、そんなのがうじゃうじゃいるのだ。
まー、夢だとしたら悪夢だよなー、これ。
今のところ、このバケモノたちは私に興味を持ってないらしい。気付いてないってことじゃなくて、さっきから何度か目は合ってるんだけど、どうでもいいって感じなのだ。
まあ、これが夢なんだとしても、バケモノに餌だと思われてないとしても、このままここにいるのはまずい気がする。いつこいつらの気が変わるかわかんないし。
ということで、ゆっくりさりげなく去っていこうと思ったところで、動けないことに気付いた。
うん。びっくりなことに動けないんだこれが。
ぴくりとも。
まーったく動けない。
これが金縛りってやつ? とか思ったけど、ことはもっと単純だった。
手足がないのだ。
うん。自分でも何言ってんだか、と思うんだけど、事実だから仕方ない。
私は、箱だった。ちょい大きめの、海賊とかが財宝入れるのに使ってるみたいな宝箱だったのだ。
なんでそんなことがわかるのかというと、自分の姿が見えてるから。
どうも私の視点は、私の身体から離れてて、好きな方向を見ることができるらしい。
で、音も聞こえてて、匂いもわかったりする。目も耳も鼻もない宝箱だけど、そういう感覚はあるのだ。
ふむ。私はこんなおかしな身体じゃなかったはずなんだけど?
と思ったんだけど、じゃあ、どんな身体だったのかと考えると、それがわからない。
そう。この状況にいたる前の記憶がまったくなかったのだ。
もう一度あたりを見まわす。
あ、なんか視点は思ったように動かせるみたい。自分の身体である箱の周りならどこにでも動かせた。
ここはどこかの部屋のようだった。
がらんとした石造りの部屋で、扉が一つあって、バケモノがいっぱいいる。
よく見てみると自分と同じような箱もいくつかあった。で、その箱は蓋をばくばくと開けたり閉めたりしていて、中には鋭い牙がずらりとならんでいる。
なるほど。どうやら、ここにいるのは箱も含めて全てバケモノってことらしい。となると、当然私もバケモノってことになる。
私も口を開けようと思ってみた。
バカン!
開いた。他の箱と同じように牙が生えていて、中は暗くなっていて、そこからおっきな舌が生えていた。
べろべろーん!
舌も思いどおりに動く。
……ってこれでどうしろと!
蓋の開け閉めと、舌をべろべろするしかできなくてどうしろと!?
これじゃどこにも行けないじゃん! あれか、舌か! この舌を活用して、どうにか移動しろというのか?
うーん。どうしたらいいんだろう。
夢だと思い込みたかったけど、どうにも現実感があって、覚める気配はまるでない。
まあ、これが現実だとしても、動けない状態で私はどうしたらいいんだろうか。
「はい、生まれたてのみんなー、こんにちは! 私はアルドラ迷宮で地下10階のボスをやっている、マリニーって言いますよー」
声がしたほうを見てみると蜘蛛女が一段高いところからみんなに語りかけていた。
うん? 生まれたてってなに?
いやいやいや、さすがにそれはないんじゃなかろうか。
確かに自分に関しての記憶はないんだけどさ、でも、私はいろんなことを知ってるわけじゃん。
こうやって考えてるわけじゃん。
生まれたてでこうはいかないんじゃないの?
たとえばさ、そのマリニーさんは大きな蜘蛛の頭の部分から、人間の女の人の裸の上半身が生えているわけなんだけど、蜘蛛とか人間とか女とか裸とかの単語の意味を私は知ってるわけですよ。
「みんなは、生まれたばっかでわけわかんなーい、って思ってるかもしんないけどー、どうせほとんどの子が死んじゃうから、説明するだけ無駄だし詳細は省くねー。みんなはまず地下一階に配置されるんだけど、とりあえず1シーズン、つまり五日間をどうにか生き延びてね! 生きてたら説明してあげるねー」
説明する気はさらさらないみたい。
マリニーさんの話は本当にそれで終わりらしくて、さっさと部屋から出ていった。
そして、代わりとばかりに、リヤカーを引いたおっさんがぞろぞろと中に入ってきた。
大きくて、ハゲで、ムキムキのおっさん。形だけなら人間っぽいけど、肌が岩のような感じなので、岩人間ってことみたい。
その岩のおっさんが私に近づいてくる。
な、なに? どうすんの?
と焦ってると、むんずと掴まれて、リヤカーに乗せられてしまった。
どうも、ここにいる私たちをどっかに運んでいくみたい。
おっさんは、他にもぽぽいっとバケモノをリヤカーに積み込んでいく。
私と一緒のリヤカーに乗せられたのは、犬人間五匹だ。
犬人間っていうか、犬が立ち上がって、武器とか持てるようになりました。みたいな感じかな。
リヤカーはそれでいっぱいになって、おっさんは私たちを連れて部屋を出ていく。
外に出ると夜だった。月が出ててあたりを照らしてる。
けどやっぱり、こんなところには見覚えがまったくなかった。
がたがた、ごとごと。
舗装されていない地面の上をリヤカーが進んでいく。
さっきまでいた場所を見てみると、石造りの建物で、他にもそんなのがいくつも並んでいた。
街、なのかなー。
進んでいくと鬱蒼とした森があって、そこに大きな石造りの塔があって、私たちはそこに入っていった。
そこは小さな部屋で、おっさんが壁のパネルを何やら操作すると、部屋がガタンと動きだした。
エレベーターかな。
そう思って部屋の中をきょろきょろ見てみると、階数表示っぽいものがあった。
B16、B15、B14とカウントダウンしていくので、地下から上に向かってるみたい。
そのまま地上まで行くのかと思ってたら、エレベーターはB1で止まった。
部屋を出ると石造りの通路。
おっさんはまたもやリヤカーを引っぱって通路を進んでいって、どこかの扉を開けて中に入っていく。
そして、おっさんは私たちをそこでおろして、出ていった。
ここは石造りの部屋で、天井がぼんやりと光ってる。広さは五メートル四方ぐらいで、そこに犬人間と一緒に閉じ込められて、えーと、だからどうしたらいいんだ?
『マリニーでーす! アルドラ様に代わってみんなにお知らせするよー。今から、シーズン389を開始しまーす! みんなでがんばって冒険者たちをやっつけましょうねー』
考え込んでいると、何やら声が聞こえてきた。
冒険者? やっつける?
「わんわん!」
犬くんたちは張り切ってるけど、意味わかってんだろうか。
ふむ。困った。
現状、何かが進んでるんだろうってことだけはわかって、何かしなきゃいけないような気もするんだけど、どうしていいのかさっぱりわかんないのだ。
「ねえ、きみたち、なにかわかってるの?」
犬くんたちに話しかけてみた。というか、喋れることに今気付いた。
「わんわん!」
犬くんたちが近づいてきた。けど、意思の疎通は無理っぽい。犬くん同士ではわんわんで通じてるっぽいけど、私には何を言いたいのかさっぱりわかんないのだ。
「誰か説明してよ! わっけわかんないんだけど!」
と、思っていると、唐突に犬のモンスターはワードッグというのだと思い出した。
思い出したっていうのも変かもしれないけど、急にそんなことがわかったのだ。
じゃあ、他にも同じようにわかったりするんだろうか、と思って部屋を見まわしていると、この部屋のような場所を玄室ということも知っていた。
玄室は報酬が用意されている部屋のことで、一緒にモンスターも配置されるのだ。
……ん? モンスターがワードッグだとすると、報酬ってのは私のことか!?
自分の存在に疑問を抱いていると、何かが目の前に浮かび上がってきた。
名前:ハルミ
種族:ミミック
性別:女
レベル:1
天恵:美人薄命
加護:なし
スキル:
・言語(無機物系+2、人間)
・収納
・擬態(宝箱、?)
装備アイテム:
なし
どうやら、私の情報のようだ。
私はハルミっていうらしい。聞き覚えはまったくないんだけど、名前がないのも不便なのでハルミってことにしておこう。
で、ミミックってのが、この宝箱姿のモンスターのことらしい。
けど、そうなると報酬ってどうなるんだろう。私、見た目は宝箱だけどただのモンスターだよね。
けど、そこで、スキルに収納ってのがあることに気付いた。私には宝箱として、中に何かを入れておく機能があるんじゃないの?
「スキルってのも、使いたいって思えば使えるのかな」
・ストレージ
・10G
なんか出た。私の中には、財宝っぽいものが一応入っているらしい。
ふむ。なんとなくわかってきたような。
ちょっと整理してみよう。
ここは地下迷宮の玄室で、私は報酬として配置されている。ここには冒険者がやってくるってことなので、モンスターとかを殺したり、宝箱を漁ったりするんだろう。で、そこで五日間生き延びろってことか……ってなんだそりゃ!
詰んでるじゃん!
私、動けないんだけど! 冒険者が来た時点でアウトなんですけど!
と、玄室の扉が開いた。
そして、冒険者らしき奴らが入ってくる。
えーと……。がんばって! ワードッグのみんな!
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