白馬よ。私の王子を連れて来い
新巻へもん
缶詰がキューピッド
槇田くんはデカかった。しかも顔が怖い。その三白眼に睨まれるとクラスの誰もが縮みあがる。さらに加えて、声を荒らげるわけではないけれど、野太い声には迫力があった。いつも苦虫を噛みつぶしたような様子に誰も積極的に話しかけようとはしない。別にそれに不満は無いようで、一番後ろの席で一人で過ごしていることが多かった。
そんな槇田くんのことを遠巻きにしていたのは私も一緒。なんとなく良く分からないままに避けていた。身長が150センチに満たない私からすると、槇田くんは同じ人類とは思えないほどに大きく感じる。ほとんど巨人を見上げる気分。すぐそばにいるとうなじの毛がチリチリしてしまう。
元々、体が小さいことを馬鹿にしてくるので男子は苦手だった。高校生にもなってアホかと思うけど、しょっちゅうわざとぶつかってくる。そして、まったくすまなそうな様子もみせずにいけしゃあしゃあと言うのだ。
「わりい。小さすぎて目に入らんかったわ」
他にも私のものを取り上げた手を上にあげて、必死になってジャンプして取り戻そうとする私の姿を見て笑うこともある。しばらくしたら返してくれるのでイジメではないと思うのだけど、やられる方の身としては正直面倒くさい。槇田くんはそんな馬鹿ガキのようなことはしないのだけど、男には違いなくて、いつの間にか避けてしまうのだった。
そんな私と槇田くんの距離が縮まったのは、ずぼらな母と缶詰のせいだ。その日、昼休みにお弁当の包みを開けると、タッパーの上に鎮座していたのは、個包装された薄いスライスチーズとラップにくるまれた食パン2枚ずつ。そして、コンビーフの缶詰がころんと転がっていた。タッパーの中身はサニーレタス。
私はあきれるやらはずかしいやらでそのまま仕舞おうかと思ったが、お腹がきゅると鳴った。花の乙女でもお腹は減る。それにこの組み合わせのサンドイッチは結構おいしい。名付けてLCCサンド。格安だけどローストビーフサンドに負けない味……だと思う。気を取り直してコンビーフを開けようとつかんだそれを誰かがひょいと取り上げた。
見ればクラスのアホ男子ズの一人がニヤニヤ笑っている。
「小島。これなんだ? 随分と変わった弁当だな」
「ちょっと返してよ」
「なんだこりゃ? 鍵みたいなのがついてら」
私の手の届かない上の方で、缶詰のオープナーを外す。
「それが無いと開けられないんだから返して」
隙を見て缶詰本体を取り返すことに成功したが、オープナーは別の男子に向かって投げられた後だった。
ノーコンが投げたオープナーは窓の外へ飛んでいく。
「あ」
悪ふざけのつもりだったのが大事になって、オープナーを投げた奴はしまったという顔をしたが後の祭りだった。
手の中の缶詰の映像がじわりと滲む。こうなるとLCCサンドが食べられなくなったことがとても悔しくなった。レタスとチーズだけじゃ全然おいしくない。犯人に文句を言おうとしたが逃げ出した後だった。そこへ大きな手がにゅっと伸びてくると私の手から缶詰を取り上げる。
槇田くんが缶詰を手に立っていた。文句を言おうとした私の口は相手が分かって言葉を出すことができない。槇田くんは缶詰に細長い物を当てるとチマチマと動かし始めた。大きな手の中では缶詰が小さく見える。気が付くと切り込み部分を巻き取って中身がこんにちはした缶詰が私の前に差し出された。
「……」
無言で私の手に缶詰を押し付けると槇田くんは自分の席に戻っていこうとする。何が起きたのか理解できずに固まっていた私は、席の近くまで戻っていた槇田くんに慌ててお礼を言った。
「あ、ありがとう」
とっさに出た声はかすれていて小さい。聞こえなかったかなと思って、咳払いするともう一度言った。自分の席に窮屈そうに座って大きなお弁当箱を取り出しながら、槇田くんは低い声を出す。
「たいしたことじゃないよ」
それだけ言うと前かがみになってそっぽを向くようにお弁当を凄い勢いで食べ始める。その耳はコンビーフよりも赤い色をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます