第15話 京の悩みと呼び出された三人

 いきなり現れた綾辻さんの妹を自称する少女を前にして、後ろの席の京はヤキモキしていた。

 彼女に妹がいないことは知っている。そんなの小学校の頃から知っている。では、彼女は何なのか。正体などどうでも良かった。

 親しく話し合っている現場を前にしてはそんなのどうでもよかった。京は怒りで鉛筆を折ってしまいそうだった。芯ではなく、真ん中を。

 鉛筆は丈夫だったので折らなくて助かった、などと思っている余裕は今の京にはない。目の前の状況は落ち着くものではない。

 一番を取る事にしか興味がなく他人を道端に転がっているドングリ程度にしか認識していない綾辻さんが親しく話している相手がいる。

 とうてい納得が出来なかった。


(わたしが二番なのに!)


 天馬君と親しくするのは仕方がないよ。彼は綾辻さんと同じで一番の生徒だもの。これからのテストで追い抜いて蹴り落とすまでは大きな顔をさせておくのは仕方が無い。

 でも、どこの馬の骨とも分からない奴が仲良くするのは許せない。

 京は自分の気持ちを抑えられなかった。なので京は休み時間に彩夏を呼び出す事に決めた。




「綾辻さん、ちょっといいかな?」

「ん? なあに」


 チャイムが鳴って緩んだ空気のやってくる休み時間。

 あたしが勉強の疲れに伸びをしていると、京が立ち上がって声を掛けてきた。

 彼女はいつも平和そうな顔をしているが、今はいつになく難しい顔をしていた。

 さっきの授業で分からない事があったのだろうか。ここの授業は小学校の時よりも難しい。

 二番で良いとのんびりと構えていた京でもさすがに危機感を抱いたのかもしれないとあたしは思った。

 彼女には世話になっている。分からない事があるなら教えてやってもいいか。あたしが気楽に応じてやろうとすると、いきなり放送のチャイムの音が鳴った。

 放送の内容は生徒の呼び出しだった。


『一年生の綾辻彩夏さん、黒井天馬君、笹原美月さん。至急理事長室にお越しください』

「パパが何の用なんだろう」

「さあ? まあ、ちょうど暇してたし、ちょっと気晴らしに行ってきてやるか」


 いきなりの呼び出しに不思議そうな顔をする美月。あたしにとっては都合が良かった。

 神様に任された仕事はあたしにとっては最重要ではなかったが、何も起こらなくて聖剣が使えなくてうずうずしていたのは事実だ。

 トラブルがあるなら首を突っ込むのも悪くない。あたしは聖剣を持って立ち上がる。


「じゃあ、美月と一緒にちょっと行ってくるから。京ちゃん、話は後でしよう」

「ああ、綾辻さん!」

「ん? やっぱり緊急?」

「えっと、そういうわけじゃないんだけど……」


 京は話しにくそうにもじもじしている。あたしが暇だったら待ってやってもよかったんだけど、あいにくと今は急ぎの用事が入っていた。


「お前ら、遅れんうちに行くぞ」

「分かってる!」


 天馬が先を急かしてくる。呼ばれたのは三人同時なので一緒に行かないと意味が無いことを彼は理解している。

 一人で行って二人を呼んできてと言われたくもないのだろう。時間の限られた休み時間だ。用件を早く済ませたいのはあたしも同じだった。

 天馬に続いて遅れないように教室を出る。あたしは理事長室の場所を知らなかったが、天馬と美月が知っていた。案内してもらう。

 そして、あたし達は三人で理事長室に向かっていったのだった。




 彩夏や美月が去り、生徒達がいるのにがらんとした印象を受ける教室。

 京は自分がどうするべきか迷ったが、今度はゴブリンの時のように待つことを選ばなかった。

 考えを決めて立ち上がる。


「わたしはこんな思いをする為にこの学校に来たわけじゃない!」


 勢いのある発言に教室の喧騒が一瞬止んだが、京は構わなかった。注目を集めている事を気にせず言い募る。


「わたしが二番なの。綾辻さんについていくのはわたしなんだから!」


 そして、足早に教室を出ていった。




 あたしがこの学校の理事長室に来るのは初めてのことだ。

 小学校の校長室なら一番の優秀な成績を納めた生徒として行ったことがあるが、ここは一番の名門の中学校。

 理事長室の扉からも格の違ったオーラを感じるね。

 さて、誰が扉をノックするか。天馬と目配せを交わし合う。同じ一番同士でここで争っても意味がないだろう。見苦しい無益な戦いを演じるより、ここは理事長の娘に任せておくのが適任か。

 そんな思いを感じ取ったのかは知らないが、美月が前に進み出て、ドアをノックした。中から返答がある。


「どうぞ」

「入るよ、パパ」


 そして、美月がドアを開けてあたし達は中へと足を踏み入れていった。

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