第34話 楽しいとガチ
楽しい時間を実感出来る時なんて、人生には数えられる程しかない。だけど、今が楽しいと思えるのはタイムリミットがあるからなのだろう。
お昼をつまみ、ボウリングをしながらダラダラと仲のいい女の子と話す。そんな、どこにでもある様な時間が俺には特別な様に思えていた。
「そろそろ行く準備しないとな」
結局、俺たちはそのまま時間が来るまで遊んだ。16時前。4ゲームもすれば腕はパンパンになり、純は3ゲーム目に離脱した。
「シャワールーム借りるんだろ?」
「うん、優はどうするの?」
「とりあえず、俺も借りるよ。着替えは無いけど」
そう言って、俺たちは待ち合わせをして別れた。複合施設ならではのサービス。多分こういうのは土地の高い都会だとコンパクトな造りになる。
俺は、チケットを買いシャワーを浴びる。別のところでは2人が入って居るというのは意識しない様に水で流した。
待ち合わせ場所で待って居ると、着替えた2人が出てくる。着替えが鞄の中に有るとは思えないくらい小さな鞄一つだった。
「お待たせー!」
「それじゃ、そろそろ行きますか!」
あまり乗り気じゃないのを悟られないように、少し声を上げる。
綺麗に直された千佳のメイクが、気合いを感じる。俺は少し、複雑な気分だった。
彼女たちが事前に何を話しているかは分からないけど、多分
「どう?」
「何が?」
「かわいいと思った?」
思わないわけがない。気合が入った千佳とは対照的に、純はいつも通りに感じる。
千佳の為の日だから……。
彼女は無言で、そう言っているように見えた。
それぞれ、内に秘めた感情を抱えて待ち合わせの場所に向かう。外に出る足取りが重い中、無理矢理足を踏み出すような感覚になる。
自動ドアが開くと少し湿気の多い、熱い空気が入ってきた。
「うわぁー、まだまだ暑いねー」
「折角着替えたのに……」
少し歩けば汗をかきそうな夏の空。
日が傾いてもそれは変わらなかった。
そのまま、施設を出て駐車場を抜けると、大通りまでの路地に入る。
すると、千佳の足が止まった。
「どうした?」
「こんな時にマジ最悪……」
そう言った彼女の目線の先には、バイクの周りに
1.2.3……7人くらいか。
よく見ると、ボウリング場に居た3人もその中に居る。
「優……純の事頼んでいいかな?」
「いや、1人で突っ込む気かよ。ほっとけよ」
「あたしも、そうしたいんだけどね……」
そう言うと、千佳は俺越しに後ろを見る。
「こっちを見ていたから、気にはなってたんだけど……」
後ろから別の男が3人。挟む様に立ち塞がった。
「千佳……お前が強いのは知っているけど、勝てるのか?」
「優と純を気にしながらだと流石に無理かも?」
「マジかよ……」
「優には悪いけど、純を守って?」
本来なら、俺が言わなくてはいけないセリフ。だけど、そんな事は言ってられない。周りを見ていると、千佳は声を出した。
「あたしら通りたいんだけど?」
「どうぞ?」
そう言いながらも、道を開ける様子は無い。俺は純を……出来れば施設の方に逃げて貰うのがいい。だけど、後ろは3人。不意打ちで道を開けたとしても、1人が追いかけたら詰む。
どうすれば……。
「純……どうにかして道を開けるから、施設に走って助けを呼んで来てくれ……」
俺が囁くと、純は小さく頷く。
1番怖いのは純を追いかけた奴を俺が追わないといけなくなった時。千佳も流石にこの人数は厳しい筈だと思う。
どこか隙はないだろうか……。
すると、純は駐車場の金網を越えようと登り始めた。慌てて1人が純に向かう。
今だ!
俺はそいつに向かい、勢いよくドロップキックをかまし、地面に伏せた。
その隙に純が施設に走り抜けていく。もう他に仲間が居ない事を信じるしか無い。
倒れ込んだ俺にもう1人が向かってくる。その瞬間、脚を払い地面に叩きつけられる姿が見えた。
それを見た男達の動きが止まる。
俺は少し擦りむいた腕を庇い起き上がった。
「まだやる? この人数だと手加減は出来ないけど?」
「今回は俺も、ちゃんと戦うぜ?」
そう言うと、集団の1人が前にでた。
「確かにこりゃ、普通の奴じゃ勝てないかもな」
背丈は俺より少し低く細い。
どちらかと言うと、相手の中では弱そうな部類に入る。だが、ファイテングポーズを取ると威圧感の様な物を発した。
「千佳……」
多分1番強い奴なのかもしれない。とりあえず千佳に声をかける。
「ボクシング経験者ね……」
「それってヤバいんじゃないのか?」
「あんまりよくは無いかも……」
そう言うと千佳は腕を前に出し構える。今まで特に構えたりはしなかっただけに、緊張感が増す。
奴はステップを踏む様に千佳に細かくジャブを放ちそれを彼女は叩く様に、開く様に弾きながらかわした。
いつも瞬間で決める千佳が防御をしている。相手も少し嫌そうな顔を浮かべている。
その空気に飲まれ、俺を含め周りは手が出せないでいた。
次の瞬間、彼女の腕に相手のフックが当たる。だが、崩れ落ちたのは相手の方だ。
そして、千佳の掌が顎にかかった瞬間……
「ストップ!」
低く大きな声が響く。
振り向くとそこには、大柄の男が走って来た。
「ちょっと待て、日比野。そいつを殺す気か!?」
そう言った坊主の大男に、俺は見覚えしかなかった……。
「中山さん!?」
同じバイト先の社員の中山さん。
俺は目を疑う。
千佳も同様に驚いた様子を見せる。
すると、少し遅れて純が走ってきた。
「はぁ、はぁ。間に合った?」
助けを呼びに行った純が中山さんを連れて来たのだと俺は悟った。
いつもの無口な印象とは違う中山さんは、低い声で言った。
「間に合って良かった……」
そう言って、周りを見渡すと倒された1人を見て、頭を抱えた。
「間に合ってなかったぁぁあ」
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