第25話 過去と現在

 カジさんと別れてから、俺からは話しかけ無かった。というより、何を話せば良いのかがわからない。


 ただ、アイス屋さんのまえで、カジさんの姿が見えなくなるまで見ている千佳。俺の入る隙はない様に感じた。


「行っちゃった……」


 話した時間は1分位しか無かった。それでも、今日ずっと一緒にいても、気持ちの距離は埋まる気がしない。


「なんだよ、あんなの千佳じゃねぇよ」


 俺は小さく呟いた。


「ねぇ」


 呟いたのが聞こえていたのかと焦る。


「優はカジさんと知り合いだったんだ」

「まぁ、知り合いの知り合いだけどな……」


 そう言うと、いつもの千佳の表情に戻る。


「ねぇ、優はどう思う?」

「カジさん?」

「うん、素敵な人じゃない?」

「まぁ……俺の憧れてる人の知り合いだからなぁ」


 千佳は上機嫌に、歩き始める。元来た道を帰るのかと思っていたらカフェに入ろうとする。


「カフェにはいるのか? アイス食べたばかりだろ?」

「奢ってあげる。今日ついて来てくれたお礼だよー」


 まあ、そういう事ならとカフェに入る。ドリンクを頼み、席に着くと千佳は話し始めた。


「カジさんはねー、もう2年くらいあたしを担当して切ってもらっているんだー」

「美容師って切れる様になるまで大変なんじゃないのか?」


「そうそう、本当かは知らないけど、スタイリストになって初めてが、あたしなんだよ?」

「じゃあ結構長いんだな……」


 告白して、フラれたって言っていたのは同じ人……なんだよな。俺にはとてもそんな風には見えなかった。


「うん……」

「それで、いつから好きなわけ?」

「えー、それ聞くのー?」

「その為にカフェに来たんだろ?」


 千佳は口を尖らせつつも、すぐに顔が緩む。


「1年くらい前かなぁ……その頃カジさんは彼女が居たんだよね。それは別に知ってたし、彼女の話もよくしていて特に好きとかは無かったんだー」


「まぁ、あのルックスだし彼女いない方が不思議だよなぁ」

「うんうん。それでね、カジさんは彼女の話をする時、いい事しか言わないんだよ」

「いい事?」


「そう、楽しかったとか、可愛いかったとか。それを聞いてたらね、付き合ってからも他の人にそういう風に言える人っていいなって……」


 確かに、外ではボロのカスに言ったり、誘いを断わるいいわけにする人は多い様に思う。


「なるほどねぇ……」


 だが、それを聞いて思い出す。

 多分カジさんは今現在は彼女はいない。なぜなら以前会った時合コンに行こうとしていたし、千佳は彼女がいなくなったのを知り告白したのだろう。


 ん? 告白したのか?

 そこは、いまいち反応は分からなかった。


「それで、別れたのを知ったから告白したのか?」

「ちがうよ……」

「告白する為に呼び出して、待ってたら来てくれなかったんだよ……」


 それで、駅前にいたのか……。

 直接に、乗り込んで当て付けの様にショートにするって勇気あるよな……実はカジさん、千佳の気持ちに気付いているんじゃないのか。


 そう思ったのだけど、口にはしなかった。


「やっぱり、厳しいかなぁ……」


 千佳はそう呟き、少し落ち込んでいる様にも見えた。カジさんは千佳に気は無いのだろうか。


 そんな事が、気になる。


 彼女は、喜びながらもその事を気にしてダメージを受けていたのか。カフェから出るとほとんど言葉を交わす事無くお互い帰宅する流れになった。



 ──その日の晩。

 千佳の事を考えていた。もしかしたら完全にフラれている彼女は俺より状況が悪いのかもしれない。


 そんな中、俺のスマートフォンが鳴る。

 電話にでると、聞き覚えのある女の子の声がした。


「もしもーし!」

「どうした純。電話なんて、珍しいな」

「声が聞きたいなって」


 ……。


「というのは嘘なのだけど」

「嘘なのかよ!」


「それで、今日はどうだったの?」

「やっぱり純も気になるのか」

「流石に千佳には細かくは聞けないからね……」


 まあ、連絡していてもそうだと思う。千佳とは仲良さそうだし、気になったのだろう。


「どこまで聞いたの?」

「会えた事までかな。優に聞くのも悪いんだけどね」


 純は、どこか言葉を選んでいる様に感じた。


「俺の少し知っている人だった」

「え?」

「まぁ、街とはいえ狭いからな。イケメンの美容師……」

「へぇ、またライバルの多そうな人だね」


 ライバルか……確かにカジさんはモテるだろうな……。


「電話して来たって事は、気になる事でもあったのか?」

「うん、千佳がね、少し元気がない様に感じたんだ」

「あまり話せなかったからかな……」

「そうかも」


 だからといって、その事で純に話せる事は無かった。俺自身、ついて行っただけで彼女の背景を詳しく知っているわけでは無かったからだ。


「優……」

「どうした?」

「明日、空いてる?」


「昼からバイトだけど……」

「じゃあ、昼まで付き合ってよ」

「いいけど、どこに行く気なんだ?」


「……街」

「は? 俺、今日行ったばかりなんだけど」

「服が買いたいんだよ」

「まぁそれなら……いいけど」


 純がなぜ急に誘って来たのかはわからない。だけど、服好きとしてはそう言われると断われない。


 もしかしたら、純はその事も分かった上でそう言ったのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る