第15話 犯人とお人好し

「なるほど、そういうことね……」


 千佳はそう言って、腕を組む。彼女が考えていた事とは違う答えだったのだろう。


「はぁ……その子のせいでバレちゃった訳だけど、長坂は理解した?」


 清水さんはため息をつき、俺は頷いた。彼女も怪我をしているのか、よく見ると彼女は手に包帯を巻いている。千佳は俺が返事をしようとすると遮る様に質問した。


「でも、なんであんたがここにきてる訳?」

「もちろん、長坂くんに用があるからよ?」


「俺に……?」

「犯人は捕まったんでしょ? それとも優が一緒にいなかったから怪我をしたと言いたいわけ?」


 昨日の雰囲気とはちがい殺気立っている。浅井さんの前では猫を被っていたからという理由だけでは無さそうだ。


「犯人は捕まってない。捕まったのは実行犯だけ、本当の犯人は別にいるの」

「なんだよ、清水さんは目星が付いているのか?」


 俺の質問に彼女は頷いた。

 犯人が他にいて目星が付いているというのは、多分彼女の知り合いという事になる。もしそうなら今回の事件は無差別の通り魔じゃなく、故意に行ったモノという事になる。


「なにそれ、意図的だったって事? あんた友達が刺されてるのに警察に言わなかったの?」

「言っても意味が無いの……」


 清水さんは、包帯をしている右手をさすり、少し表情を曇らせた。


「とりあえず、聞いてあげるからあんたの考えを話して?」

「金髪ギャルには関係ない。私と長坂の問題だからあなたには話す必要は無いのだけど。それとも彼と付き合ってるの?」


 千佳は、慌てて首を振り否定する。だけど関係なくは無いと言った様にその場を動こうとはしなかった。


「犯人は元カレ。長坂が声を掛けてきた時に居たアイツ。あれがきっかけで別れて相当ねに持っていたから間違いないと思う」

「間違いないって……本人がその場にいたならまだしも、犯人は別の奴が目の前で捕まえられてんだろ?」


 そういうと、清水さんは俯き小声で呟いた。


「多分、アイツが雇ったの……」

「雇ったって……お前の元カレ何者だよ……」


「彼は俗に言うお金持ちのボンボンよ。そうでも無ければあんな冴えない奴と私が付き合うわけ無いじゃない?」

「……ああ、イメージ通りのクズっぷりでなんかもう清々しいな……」


「でしょ? アイツはそういう奴なの!」

「いや、お前がだよ!」

「はぁ?」


 危うく彼女と言い争いに発展しそうなタイミングで千佳が口を挟む。


「なんとなく言いたい事の流れはわかったのだけど、それって何か証拠はあるの?」

「アイツが金貸した奴は言う事聞くって言ってたから間違い無いよ」


 千佳は首を傾げ、親指で唇を触る。


「それは彼が、君の前でカッコつけてるだけかもしれない。理由がそれじゃあ、ちょっと弱いよね……それで、猫被りさんはどうしようとしてるわけ?」


「アイツに自首させて、由紀の治療費も払わせてやるの……」


 清水さんは、唇を噛みしめる。今にも泣きそうな顔をする彼女。怒りや恨みと言った強い思いが伝わってくる。千佳が『猫被り』と言った事に触れる余裕すら無い様に感じた。


「自首ねぇ……優はどう思う?」

「お、俺? 清水さんの気持ちは分からなくは無いけど、正直難しいんじゃ無いかな……」

「まお、そうだよねぇ……」


 清水さんの予想が合っていたとしても、他人を使って、通り魔をさせる様な奴だ。そう簡単には首を縦には振らないだろう……。


「で、でも。長坂が居ればアイツを自首させられるはずなの」

「なんでだよ? 別に俺はそいつの弱みとかは握っているわけじゃ無いし無理だろう?」

「1対1なら……アイツは長坂にビビって居たから……」


 確かに、彼女の言う『アイツ』があの時の彼氏だとしたら俺の勢いに押されていた様に見える。だけどそれは、あの・・状況だからこそだろう。


 そう考えると、清水さんの予想通りにはいかない。行くはずがない。


「うーん。もっとちゃんと調べた方が良さそうね」

「俺もそう思う」


「でもそれじゃ……」

「別にするなとは言ってないよ。ただ、優はどうしたらいいか困ってるし、あなたは血が昇りすぎ!」


 千佳はそう言って、腰に手を当てて仁王立ちのようなポーズをとる。


「ヤるからには、しっかり作戦立てよう!」

「しかしお前、作戦と言ってもだな……」


「だから、あたしが手伝ってあげるって言ってるの! ポンコツ2人じゃ逆に名誉毀損とかわけわからない罪で捕まって終わりだよ?」


 清水さんは、ちょっと納得いかない表情をしている。だが、千佳の言っている事は理解している様だ。


「あなたは一旦頭を冷やす! 優はちゃんと覚悟を決める! わかった?」

「……うん」

「それじゃあ一応、LINE交換しとこっか?」


 彼女は渋々千佳と連絡先を交換すると、明日カフェで待ち合わせする事になり、半ば強引に帰らせた。


 この場を収めた結果、今回もまたこのお人好しはまた巻き込まれる事になったのだが……。


「千佳……良かったのか?」

「まぁ、通り魔はあたしも許せないしね。黒幕が居るなら余計になんとかしておきたいしねー」


「巻き込んじまって悪いな……」

「好きでやってんだから気にするな!」


 カッコいいという言葉が彼女にとって褒め言葉なるのかは分からないけど、やけに男前な千佳はカッコよかった。


 彼女の正義感みたいなモノは一体何処から来るのだろう。誰もが見て見ぬ振りをするのがデフォルトになった日本の世の中で何処か特別な存在に感じた。



 その日の晩、浅井さんからメールが届いた。

 沢山メールが来ていたのだと書いてあった。心配させないように気を使っている様な内容は、正直無事という事以外は分からなかった。


 清水さんは、今回の事を彼女には伝えていないのだろう。それは彼女なりの気遣いなのか、それとも浅井さんに裏の顔を見せたくないのだろうか。


 2人の関係をよく知らない俺には、ただ特別なのだろうという以外、分かるはすはなかった。

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