第13話 視線と筋肉
ファミレスを出ると、建物の隙間から青空が少し覗いていた。なんというか、開放感みたいなものを感じた。
特に予定は無かった。
慣れた帰り道を、買ったばかりのTシャツの袋を下げていると少し目立つ人影が見える。
身長は180以上、格闘家の様な体格に坊主頭。普段は服装から目に付く俺でさえシルエットの方が先にインパクトを残している。
履き慣れたデニムに、ぴったりとした無地のTシャツはその
信号が赤になると、その男と交差点で横並びになる。顔が見えたくらいで俺はその人に見覚えがあった。
「中山さん!?」
「ああ、長坂か……」
その人は、同じ弁当屋で働く新宅さんの旦那で、社員の中山さんだった。店内でも大きいのだけど、外で見ると一段と浮いている。
「中山さん、この辺りよく来られるんですか?」
「近くにジムがあるからね」
なるほど。この体格は日比野ジムで鍛えられていたのだと納得する。
「長坂は買い物か?」
「そうですね……」
並んで話していると、必然的に通りすがりの人の視線を集めているのを感じる。一般的にもこの体格は、一度は見返してしまうのだろう。
あまり話さないイメージだったのだけど、意外にも彼から話題を振ってきた。
「最近、日比野さんはどうなんだ?」
「いやいや、どうも何も恋愛感情はないっすよ」
そう言うと、中山さんは頭を掻く。
「いや、恋愛とかではなくて、仕事の話しなのだが。長坂が教育担当をしているのだろう?」
勘違いしていたのを知り、耳が熱くなる。
よく考えれば中山さんが恋愛話を振るとは思えない。俺はそれだけ意識していたのか?
「あ……そうですよね。そろそろ売り場か、焼き場を経験してもいいと思いますよ?」
「なるほど。彼女は人当たりも良さそうだから確かに売り場もいいだろうな」
そう言って少し上を見上げた。
「料理もするみたいなんで、焼き場もすぐに出来ると思います」
「そうか。だけど、焼き場させるなら長袖を持って来る様に連絡しておかないとな」
焼き場は油が飛ぶ。それだけに女の子には特に気を付けてあげないといけない。だけど中山さんは俺が初めて入る時も同じ様に言ってくれたのを思い出した。
「連絡しておきます」
「タイミングみて店長か僕に声をかけてくれ」
俺は頷く。すると少しの間会話が終わり沈黙が続いた。しばらく歩くと中山さんは思い出した様に俺に聞いた。
「長坂は、夢とか何かやりたい事とかはあるのか?」
「はい……まぁ、ありますね」
「僕にはいいにくい事なのか?」
なんとなくそのうち辞めると言っているみたいで、バイト先の人に言うのは気が引ける。でも気にしてくれているのだと思い言った。
「いえ、服屋になりたいなと……出来れば自分の店を持つ様な……」
「ふむ。やりたい事が有るのはいい事だな」
中山さんは少し唸るように頷いた。
「長坂、今度仕入れとかの売り上げ計算してみるか?」
「俺がですか?」
「ああ、店をしたいならそう言う所は勉強になると思ったのだが?」
「なるほど! ありがとうございます」
そう言うと、中山さんは少し照れくさそうな顔をする。ぼんやりと『店をやりたい』そう思っていたのだけど、今出来る事も有るのだと知った。
そのあとも、少し中山さんとお店の事を話しながら駅に向かう。今まで少し苦手な印象だった。だけど彼の違う一面を見れた事で、俺の中のイメージが変わった。
多分、中山さんは人見知りだったのだと思う。
1年以上経って、初めてその事に気付いた。
駅に着くと、帰りの電車に乗る。中山さんはバスに乗るらしく、そこで別れる事になる。
「それじゃ、僕はこっちだから」
「はい、お疲れ様です!」
そして俺は電車に乗ると、すぐさま千佳に明日は長袖で来るように連絡すると、『了解!』とすぐに返事が返ってきて、彼女は多分暇なんだろうと思っていた。
電車の窓から見える景色はまだ明るいせいか住宅地が流れて行くのがよく分かる。その中の一つ一つに色々な生活が有るのだと思うと、一体どれくらいの人が夢を叶えられるのだろうと考えた。
そんなにハードルの高い夢じゃない。
どちらかと言えば現実的だと思う。
だからと言って簡単なわけでは無いのはわかっている。
早く家に返って調べたいと気持ちが焦っているとスマートフォンがなる。
確認すると、浅井さんからだった。
周りを見渡すとちらほらと人がいる。
電車の中というのを理由に、その電話は取らなかった。なんとなく清水さんが頭をよぎり電話には出たくなかったのも少しはある。
それにしてもなんの用なのだろう。
清水さんに連絡先を教えるとかなら、遠回しに断ってもらう様に言おう……それくらいに彼女の事が苦手だった。
だが電車をでてから、すぐにかけ直しても彼女は電話に出なかった。多分二人でカラオケにでも行ったのだと思い、浅井さんには悪いのだけど、清水さんが帰ってからが良かったとも思う。
まぁ、一度かけて出ないなら問題ないよな。と、既成事実を作り満足する。
家に帰ると、俺は服屋を始めるにはどうすればいいのかという事について調べてみる事にした。
仕入れ、家賃、改装費……ちょっとやそっとバイトでお金を貯めたくらいじゃ難しい。船場さんは一体どうやって貯めたのだろうか。
そんな事を時間も忘れて調べていた。
夕飯の直前、スマートフォンに着信がくる。
浅井さんが、昼間の用事で掛けてきたのだろうと、電話を見てみる。
俺は着信を見て動揺した……。
なぜか電話は綾からだった。
恐る恐る電話を取る。
なんで俺が動揺しなくちゃいけないんだ。
電話を取ると、いつになく鬼気迫る声が響いた。
「あぁ、良かった。出てくれた」
「あ、綾、慌ててどうしたんだ?」
「あのね……落ち着いて聴いて……」
「いや、綾の方が落ち着けよ」
「優、浅井ちゃんと仲よかったよね?」
「まぁ、悪くは無いと思うけど……」
なんで綾が浅井さんの話をするのか理解が出来なかった。だけど、次の言葉に俺は冷や汗をかかずにはいられなかった。
「あのね、連絡回ってきたんだけど、今日の昼過ぎに浅井ちゃんが刺されたらしいんだ……」
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