第11話 同級生とTシャツ
綾と修平に告白した後、俺は失恋したモードに入っていた。
俗に言う、
『恋愛は当分しなくていいです……』
という奴だ。
正直、綾以外とは考えて無かったし、相手だけで無く、自分すら受け入れられる自信が無いなら仕方が無い。そのせいもあってか意外にも開き直った様な清々しい気分になる。
それもあってか、俺は普段の買い物好きに戻りつつあった。夏に向けて予約していたTシャツを買いに行くため、久しぶりに1人で街に繰り出した。
街に着くと、あの日待ち合わせた場所が懐かしくすら感じる。千佳と初めて会ったのもここだった。
少し思い出に浸っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ? 長坂くん?」
「えーっと……
そう、ギリギリ名前を思い出すくらいの彼女は、クラスメイトの浅井さん。つい最近LINEを交換したのだけど、特に連絡はしていなかった。
「長坂くんも待ち合わせ?」
「俺は、服を買いに来ただけだよ。浅井さんは待ち合わせ?」
「うん、中学校の同級生とね!」
「じゃあ、俺はわからないか」
「そうだねー」
普段見る制服とは違うフェミニンな格好が新鮮に感じる。向こうも多分私服を見るのは初めてだろう。
「えっと……服おかしいかな?」
「なんで? 可愛らしくていいんじゃない?」
「だって服を見てる感じが……」
服好きのあるあるなのだが、自然とコーディネートをなぞる習性がある。靴、パンツ、服、髪型と、下から順に見て全身を見る。
「ごめん、どんなの着てるか見るの癖なんだよ」
「あんまりいい服着てないから恥ずかしいよ」
彼女はそうは言ったもの高校生の女子は大体服はプチプラで数を買う着こなし勝負。それに時計や鞄を見た感じその手の人気ブランドで抑えている様にもみえる。
「女子のブランドは分からないから大丈夫!」
「それフォローになってないんだけど……」
浅井さんと、立ち話していると待ち合わせの女の子が来きた。
「
「あー
振り向くと、可愛らしい女の子が立っている。
「えっと……その人は?」
「うちの学校の長坂くん」
「……そうなんだ」
ただ、どこか見覚えのある見た目だった上、明らかに俺を見て反応している。その瞬間、俺は心当たりが頭を過ぎった。
「あの……純さん、苗字が清水だったりします?」
「えっ……なんで? 長坂くん知ってるの?」
浅井さんは驚くと同時に、彼女も驚く。
「やっぱり……お母さん弁当屋でパートしてますよね?」
「……はい」
ビンゴ。
彼女はパートのおばちゃん事、清水さんにそっくりだった。大きな目に、小さな顔。笑った顔が特によく似ている。
「母と知り合いなんですか?」
「俺も同じ所でバイトしてるんです」
「なんか2人とも硬いなぁ……」
浅井さんは、敬語で喋り合うのがおかしいらしく笑い出した。
「それで見た事ある気がしてたんだな!」
「……」
清水さんは、親が関係しているせいか少し苦笑いしている。確かに、親の職場の同級生というのは気まずいかも知れないと思う。
それもあって、俺は浅井さんに別れを切り出す。
「それじゃ、俺はそろそろいくわ」
「うん、また学校でね!」
そう言って、その場を後にして俺はお店に向かう事にした。
予約しているのは『ブラウニー』というセレクトショップ。
この日はこの春新しく出たばかりのアーティストのパロディTシャツを買いに来た。
ビルの2階、外から見ると置物で『ブラウニー』と書いているだけのその店は俺の中での穴場だった。好きなファッション系のブログで載っていた事もあり、常連の1人になっている。
階段を上がり、お洒落な木のドアを開けると、20畳くらいのこじんまりとした空間が広がる。白と木を基調とした店内で、1点づつ広めの間隔でディスプレイされておりカジュアルなアイテムに高級感を感じる。
店長と常連の人がカウンターで話しているのが見え、俺が店に入るのに気づいた。
「優くん、いらっしゃい!」
「お久しぶりです」
「ちょっと待ってて予約のアーティストTだよね」
船場さんはそう言って、バックヤードに商品を取りに行くと常連さんが話しかけてきた。
「あ、君先月も会ったよね?」
「そうですね、結構来てるので何度か会ってますね……」
店長と同じくらいの歳にもみえるその人は、大きなナイキの靴に、ハーフパンツ。トップスはややタイトに細身の体型を生かしている。短い黒髪と整えられた髭がお洒落な人だ。
「結構若いよね?」
「……高校生っすね」
「くはー、楽しい時じゃん?」
そう言うと、店長が袋を持って戻って来る。
「優くん、こないだの子とは進展あったの?」
「むしろ何も無くなりましたね……」
「マジで? あの子気合わなかったの?」
以前一度、綾と来た事があった。船場さんはファッションとして憧れているし、好きなのだけど、大人の垢抜けた雰囲気が少し苦手ではある。
「まぁ、そんな所ですね……」
そう言うと、常連の人がニヤニヤしながら話しかけて来る。
「優くん的には彼女欲しいわけ?」
「今は別に……」
「別にかぁ」
「カジ君さぁ、もしかして誘おうとしてる?」
「当たり!」
「えっと、誘うって何ですか?」
「まぁ、簡単に言えば合コン?」
「いやいや、行かないっすよ。俺、酒とかも飲めないし……」
「えー、そうなの? もったいない」
カジ君と呼ばれるその人は、少しつまんなさそうな顔をした。
「優くん、そのTシャツ試着してきなよ?」
店長は、俺が気まずいのを察したのか試着を促す。こういった気遣いをサラリと出来る所もカッコいいと思っている。
試着室で着替えると、サイズも丁度いい。これからの夏のローテーションに申し分ないと思う。
「サイズはどう?」
「肩も丈もいい感じです!」
そう言うと、俺は着替えて試着室を出た。イメージ通りのTシャツにテンションが上がる。
「今年の夏はそれでばっちりかな?」
「そうですね!」
それから、今後の入荷予定を聞いているとカジさんと連絡先を交換する。彼はデニムに詳しいらしく今度穴場の店を教えてくれる事になり、少しチャラい感じはするものの、同じジャンルの服という共通の話題で仲良くなれた。
「そういえばバイトしてるんだっけ?」
「弁当屋でしてますね!」
「高校卒業したら都会に出るの?」
「まだわからないです。受験とかも有りますからね……」
「もし、この辺の大学に通うなら船場の店でバイトするのがいいんじゃない?」
「マジっすか?」
そう言って店長を見ると、ニコリと笑う。
「まぁ、こいつの店がまだ有ればだけど!」
「いやいや、そんなに経営苦しくはないよ?」
「その時は是非お願いします!」
「オッケー!」
早く高校を卒業するのが待ち遠しくなる。まだ、夢とまではいかないもののなんとなく船場さんの様に若いショップオーナーというのになりたいと思った。
──この日の何気ない日常の出来事が、その後の生活に影響するとは思っていない。
『火種は気付かない所にある』
ただ、そんな不安がつきまとっているのは、何かに違和感を感じていたのかも知れない。
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