第8話 コーラと告白

「あの子……って綾のことかよ?」

「……うん」


 少し戸惑いながら、千佳の返事を受け入れる。


「そ、そんなわけないだろ? だって、あいつらは昨日だって……」


 そう、昨日だって仲良さそうにカラオケに行ってたじゃないか。


「本当は、言わないでおこうかとも考えたんだけどね」


 彼女はそういうと、手に持っていたコーラを握る。冷えているせいか、水滴で曇っているのが分かる。


「でも、だからって俺にはどうしようもねぇよ……」

「本当にそう?」

「いや……それ以前に、カップルの邪魔するのは最低だって行ったのはお前だぞ?」


 千佳はコーラを開け、一口飲む。ただ、それだけの間がすごく長く感じる。


「うん、いったよね。でもそれは、両方好き同士の場合。今回は違うと思うけど?」

「そんなのわかんねぇよ……」

「あたしが信じられない? 少しは優も思い当たる事あると思うんだけどね……色々と受け入れられていないだけなんだよ……」


 カラオケで目を逸らされた事、付き合ってからも買い物に一緒に行った事。色々な場面が頭をよぎる。修平が付き合い始めたと言った時、綾はなぜ言いたくなかったのだろう。


 正直今でも好きとも後ろめたいだけとも、どちらとも取れる内容が多い事に気づき、様々な違和感が思い当たる。


「無いことは……ないけど……」

「ほらね?」

「なんでそんな事わかるんだよ」

「うーん……女の感?」


 正直、理由に関しては全く納得はしなかったが、この時点で自分の中では無視できないというのはわかる。バイトの後なのと、少し頭を使っているからなのか喉が乾く。


「俺もなにか飲むわ……」

「そう? コーラにしなよ、シュワシュワしておいしいよ?」

「いや、コーラの味なんて今日日きょうび知らない奴の方が少ないだろ?」


 そういって、自販機でなんとなくコーラを買って飲む。当たり前なのだけど、いつも通りのコーラ味。ただ、この冷たさと甘さは乾いた喉と空腹の腹にはちょうどよく染みる。


「でもさ、本当に綾がまだ俺を好きでもどうしようもないんだよな……」

「別に普段通りでいいんじゃない?」

「今のままってことか?」

「うーん、友達の時の感じ? 自然に相談にのったり、彼氏との事も聞いたらいいんじゃない? 今は、あんたなんか変な気つかっているでしょ?」


 確かに付き合ってからは俺の方からも距離を取っているのかもしれない。


「でもそれで、いいのか……」

「大丈夫、それだけでもきっと優はやらかすから!」

「なんだよそれ……」


 夜も遅くなっている事もあり、『友達として接する』という大して何も変わらなさそうな結論が出たところで俺は千佳と別れた。


 だけど、次の日の学校で簡単だと思っていた事の難易度を思い知る事になった。

 普段通り、教室に付くと綾の姿が見える。


 平常心、平常心……友達、友達……


 頭の中で、そうつぶやいて意識する。すると、俺が教室に入ったことに気づいたのかこちらを向く。それに合わせて俺は元気よく挨拶した。


「おはよう! 綾!」

「うん……おはよう……優、どうしたの?」

「どうしたって、平常心だけど?」

「平常心? ……やっぱり何か変だよ?」


 早速俺は頭の中でつぶやいた内容が漏れてしまう。


「えっと……修平はまだ来てないのか?」

「うん、今日はなんか喉が痛いから休むって……」

「そっか、あいつ休んだのか……まぁ季節の変わり目だしな!」


 うまくやっているつもりでも、わざとらしくなってしまう。多分役者の才能は俺には無いのだと痛感した。だが、修平が休みなのはなんだか居ないときだけ普通に接しているみたいで嫌だった。


 時々微笑む綾をみて、千佳が言っていた言葉を思い出す。

 もしかしたら、そんなことをつい考えてしまうのは仕方ないのかもしれない。だけど、約束していた行動はあくまで『友達として接する』以前と変わらないの感じの普通でいいんだ。


「綾は最近どうだ? 修平とはうまくやっているのかよ?」

「うん、やってるよ」

「やってるって、お前らもうそんな関係に……」

「ちがう! そんなんじゃないってば……」


 綾がどことなく元気が無いような気がするのは、風邪で休む修平を気にしてのことだろうか……と以前なら思っただろうな。でも、平常心の俺はどことなく違うという事だけは分かっていた。


「優のほうこそどうなの?」

「どうって、なにが?」

「金髪の子……仲良さそうだったけど?」

「千佳の事? ああ、綾もカラオケの時いたんだったな!」


 そういうと、綾は少し嫌悪感のありそうな表情を浮かべ目をそらす。


「バイト先の後輩なんだけどさ、修平から聞いてなかったのか?」

「お弁当屋さんの?」

「修平は特に何も言ってなかったけど……カラオケ行くほど仲いいんだ?」

「なに、嫉妬? 綾には修平がいるだろ?」

「ちがうよ……そんな事じゃないよ……」


 だけど、千佳とカラオケに行ったことをどう説明すればいいのかわからなかった。恋愛相談してるのをいうわけにはいかない。


「仕事の話で、カフェで話してたらカラオケに連れ出されたんだよ」

「そうなんだ、あの子かわいい子だよね……派手だけど……」

「まぁ、変な奴だよ」


 そこまで話すと、朝礼が始まるチャイムがなり、俺は自分の席に戻った。窓の外は明るく優しい風が、教室のカーテンを揺らしている。なんとなく、普段通り話そうと意識した事で、綾を客観的に見れた様な気がした。


 まぁ、やらかすことまで予想されていたのが悲しい所なのだけど……。

 それでも俺は、千佳と決めたようになるべく自然に話そうと考えた。


 修平が休みだった事もあり、綾は女友達と話す事の方が多い。俺自身クラスメイトとは話すものの、当たり障りのない様な話しかしなかった。


「ねぇ、長坂くん。ちょっと聞いていい?」

「いいけど、どうしたの?」


 昼休みになり、クラスメイトの女子が、ふと話しかけてくる。普段はあまり話さない子なだけに、内容は予想出来なかった。


高野たかの君と中野なかのさんって付き合ってるの?」


「俺が言うのもちょっとなんだけど、隠してもすぐバレるからな……最近付き合い始めたんだよ」

「へぇ、そうなんだー、意外ー」

「そうか? 別に元々仲がいいから普通だろ?」


 修平が周りに言って無かったのが意外だった。俺たち3人がグループになっているのは知っているはずだ。それだけにその子の反応が気になった。


「じゃあ、長坂くん寂しいね」

「まぁ、少しは?」


 俺がそういうと、彼女はスマートフォンを取り出した。


「ねぇ、そしたらLINE教えてよ?」

「いいけど、今更かよ?」

「いいからいいから」


 そう言われ、二人の経緯でも知りたいのかと、なんとなく交換する。自分から連絡先を聞いたりする事はほとんどないが、特に誰かと交換する事に抵抗はなかった。


 弁当を持ち、綾の元に行く。普段3人で食べていた事もあり、『友達として接する』を考えると普通の事だと思っていた。


「綾、ご飯食べようぜ?」

「えっ、いいの?」

「別に普通だろ? なんでダメなんだよ?」

「……そうだね」


 綾の様子に少し違和感を覚える。


「もしかして、修平と何かあったのか?」

「何もしてない、何もしてないよ……」

「いや、喧嘩でもしたのかと思っただけなんだけど」

「……」


 何か隠しているのだろうかと、普段あまり気にならない俺でもそう思った。


「お前なんか変なんだけど、何かあったのか?」

「……」


 綾は何も答える事なく、黙々とお弁当を食べる。その間、どこか気まずい雰囲気が徐々に大きくなっていった。


 俺は気まずい空気に耐えかね、ジュースを買いに、購買の前にある自販機にむかう。同じくジュースを買う奴等の列に並ぶと、後ろから綾が来たのがわかる。


「お前も何か買うのか? 一緒に買ってやるよ、何がいい?」

「コーラかな」

「やっぱりコーラだよな!」

「別に、なんとなく炭酸が飲みたかっただけだよ」


 反応するほどの事では無かったのだけど、千佳のコーラ推しをつい思い出しただけ。


 教室に戻る途中、廊下の窓が開いているのが見える、綾はその窓の前で足を止め外を眺めるようにコーラに口をつけた。


「なんか変わっちゃったなぁ……」


 青みがかった日陰の光が綾の顔を照らす。彼女は一体何を考えているのか分からなかった。


「まぁ、人間関係を変える為に付き合ったりってあるものだと思うけどなぁ」

「そうだよね、そうじゃ無いなら友達でいいもんね」


 そう言った綾は少し寂しそうな目をしているように見えた。


「なんだよ、付き合ってすぐって、今1番楽しい時だろ?」

「優にはわからないよ……」

「わからないってマリッジブルー的な感じか?」

「そんなんじゃ無い……」


 そう言った綾の目は少し赤みを帯びている様にかんじる。それを見て、綾への好きと言う気持ちだったり、彼女の弱さを受け入れられない気持ちだったりが入り混じる。


「あのさ、俺の友達がさいつも『恋は戦場』だって言うんだよ」

「それって修平?」


 そう言われ首を振る。


「暴力的で、自分の正義感強くて、いつも振り回される金髪の後輩」

「……」


「みんな必死になって、好きな子取り合って、そう言うの見てると不思議と本当にそうなんじゃ無いかって思うんだよね……」

「うん……」


「でも戦場というなら、死ななければまたやり直せるんじゃ無い?」

「優が何を言いたいのかわからないよ……」


「そんな顔するくらいだったら別れなよ。それで──」



 俺は綾に伝えた。



 最後の最後に修平に気を使ったのか本心なのかはわからない。『その彼氏、俺で良くないですか』とはいえず、綾の事が好きだった・・・・・と伝えた。

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