第5話 憂鬱と疑惑
次の日、憂鬱になりながらも学校へ行く。
理由はそのまま。
二人とどう接すればわからないからなのだけど。
まさか週末からたった一日でここまで行きづらくなるのかと思うほど通学路が別の物に見えた。
だが、日比野との約束した事を考え、黒い感情で埋まるはずだった気持ちに少し余裕ができている。昨日は何となくあいつの話に同意したけど、本当にそれでいいのだろうか?
教室に着くと、修平と綾が座っているのが見え、彼らも俺に気づいた様子だった。
「おはよう!」
綾は笑顔で挨拶し、修平は軽く手を上げ俺を見る。以前と変わらない雰囲気にも見えるのは、二人とも以前と変わらない友達関係を意識しているからかもしれない。
「おはよう」
俺は、二人に挨拶し、席に着く。二人の元に行くべきか悩んでいると、スマートフォンにメッセージが届く。
『友達とはどう?』
『気まずいけど、普通……』
『あんた今日空いてる?』
日比野からだった。見かけによらず、要件だけを伝えるシンプルなメール。特にバイトも予定もない俺は、自然に『空いている』とだけ返す。
するとなぜか彼女と、16時にバイト先の近くのカフェで待ち合わせをする事になった。
「あれ? 誰かとメールしてるのか?」
メールを読んでいたからか、修平が背後に来ている事に気づかなかった。
「ああ、こないだ入ったバイト先の後輩なんだ」
「ついにあの弁当屋に優の後釜がはいったのかよ」
「後釜って、べつに辞めるわけじゃないけどな。新人教育することになってさ」
そういうと、修平は少しニヤニヤしながら言った。
「後輩って、女の子なのか?」
「まぁ……そうだけど……なんだよ?」
「もしかして、結構かわいかったりするのか?」
「質問攻めだな……まぁ、ルックスはいい方なんじゃないかな、ギャルだけど」
そういうと、彼は悟りましたと言わんばかりのニヤリ顔をして俺を見る。
「あのなぁ、恋愛とかそんなんは全く無いからな!」
「どうだかなぁ~でもメールするくらいには仲いいんだろ?」
仲がいい。というのには少し違和感を感じる。そもそも出会いは最悪といっても過言では無いだろう。そしたら今の日比野との関係ってなんだろうか。そう考えたとき、彼女が言った『戦友』という言葉を思い出す。
「メールはしてるけど、そういうのじゃなくて戦友みたいな感じかな」
「おいおい、バイト先の弁当屋は何かと戦う軍隊か?」
「まぁ、クレーム客や注文と戦うという意味では軍隊みたいなものだな。それもあってバイトが増えそうだからお前ら的にはちょうどいいんじゃないか?」
「なんだよ、俺は優とも遊びたいと思ってるんだぜ?」
修平は友達思いな奴だ。みんながうまく楽しくなればいいと思っている。それは、付き合いの長い俺が一番知っている。だからこうして二人が付き合った後も自然に接する事もできるのだろう。
ただ、彼の願いである、ダブルデートをするようになるのは当分先だと思っていた。まだ、気持ちの切り替えができていないのもあるが、それ以前に人見知りの俺には『次』というのが存在して居ないのだ。
さらに言えば、俺は無理して彼女を作る必要があるのかとさえ思っている。できるだけ狭く深く居心地のいい場所を求めていた俺としては紹介とかしてもらってまで彼女候補を探したいとは思っていなかった。
放課後の約束の時間、待ち合わせ場所のカフェで俺は炭酸のドリンクを飲む日比野にそのことを伝えた。
「ふーん……」
「なんだよふーんって」
「友達はいい奴ですって? あんたって本当、頭の中お花畑だよねー」
「なんでだよ、修平はいい奴じゃねーか」
正直恋は戦場とか言ってはしゃいでいるこいつには言われたくない。
「知らないカップルには声かけるのにね……」
「関係ないだろ? それに、あれは……」
「あのさ、フラれたっていってたのはその唯一の友達カップルなわけでしょ?」
「べつに修平にフラれたわけではないんだけど、まぁそんな感じかな」
俺がそういうと、彼女はおもむろにスマートフォンを取り出し誰かに電話し始めた。なんでこのタイミングでかけるのかと思った瞬間。
「あー、もしもしあずみ? こないだ男紹介してって言ってたじゃーん?」
「おい、ちょっと待てって!」
まさか、友達に俺を売る気なのか。止めようとしてもテーブルが邪魔になり、とめることができない。
「ちょうどさ、出会い求めてる雰囲気イケメンがいるんだけどどう?」
「だから、別に出会いとか求めてないから!」
俺が声を張ると、彼女はスマートフォンに手をあててマイクを塞ぐと、ニヤリと笑う。
「うっそー」
「はぁ?」
「あはは、ちょっとどんな反応するかなって思っただけー」
「いや、マジふざけんなよ」
そういうと彼女は、オレンジジュースを一口飲む。
「あんたさ……今まで女の子と付き合ったことないでしょ?」
「……うん、ないよ……」
そういうと彼女は大げさにわざと驚いた感じで口に手を当てる。
「まさか
「それ以上言ったら殺す……」
「……ごめん……センシティブなところだったね……」
「なんかおまえ、センシティブの使い方微妙に間違ってると思うぞ?」
そういった後、日比野はなにか考えるそぶりを見せると、真剣な顔をして言った。
「あんたはまだ、事の重大さに気付いてないんだよ……」
「付き合った事か? 俺は結構落ち込んでるんだけどな」
「落ち込むって、恋は戦場だよ?」
「それは痛いほどわかってるよ……」
「いや、わかってないよ。だからこそ、また変なことしないか心配なんだよ?」
そういった日比野は、一瞬悲しそうな眼をする。
そのすぐあとで何かをひらめいたように目を見開いた。
「あのさ、そういえばまだ時間あるよね?」
「この流れでそれ聞かれるのは怖いんですけど」
「かわいい美少女と、『恋愛体験』させてあげるっていってんのよ?」
「いや、だからお前の友達は紹介しなくていいって……」
そういうと、日比野は俺を見て瞬きし口角を上げる。
「まさか、かわいい美少女って……」
「あんたの知り合いでそんなの
「そんなことないし……」
「え? 他にいるの?」
「いや……」
そこまで言うと、彼女は俺が言いたいことを悟ったように、眉をひそめる。
「はいはい、その子が好きなのはわかったから」
そういうと、彼女は楽しそうに何かつぶやきながら手帳を広げ始めた。女の子らしい手帳にカラフルなペン。俺はこいつもそういうの持っているんだと思った。
「でもさ……日比野さんはいいのか?」
「千佳」
「えっと……ち、千佳はいいのか?」
「なにが?」
「お前好きな人居そうだしさ?」
そういうと、千佳の表情が曇る。もしかして触れたらいけない部分に触れてしまったかもしれない。だけど、そのすぐあとでニッコリと笑顔を作り、「いいよ」とだけ彼女は言った。
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