第12話

 年が明けた。お正月だ。朝から村尾さんから電話がかかってきた。僕が、あけましておめでとうございますと言ったら、村尾さんも、あけましておめでとうと言った。それから生きてるかと聞いてきて、生きてますと答えたら、新宿のコマ劇場前で待ち合わせと言われた。僕はコマ劇場がどこにあるのか分からなかったのでそれがどこにあるのか分かりませんと言った。すると村尾さんはどこなら分ると聞いてきたので僕はアルタ前なら分かりますと答えた。アルタ前は新宿駅からすぐだし、待ち合わせのメッカだった。じゃあ、一時にそこでと言って村尾さんは電話を切った。時計を見ると十時ちょっと前。初日の出も見なかった。田舎にいた頃はよく初日の出を正月に見に行ったけど、今はあまり興味がない。僕は布団に包まりながら森川さんにお裾分けしてもらったお節料理を食べながら、ひょっとしたら年賀状が来ているかもしれないと思い、布団から飛び出して寒い外に出て郵便受けの中身を確認した。輪ゴムでまとめられた年賀状が入っていた。僕はウキウキしながら急いで部屋に戻って布団の中に潜り込み、年賀状を一枚一枚見ていった。田舎で初めてバイトをした工場で出会った金髪で中卒の子とか、養護学校からそこに就職した子とか、一緒に働いていた大学生だった仲の良かったお兄さんからの年賀状がすごく嬉しかった。確か去年もこの三人から年賀状を貰った。何故この三人が僕の住所を知っているかというと、僕は東京に来てすぐにバイトしていた工場に電話をして住むところが決まりましたと、住所と電話番号を連絡したからである。元気でやっているかと言う感じの手書きのメッセージを見て嬉しくなる。あとは田舎の両親からの年賀状。僕はこの三人と両親にはすでに僕からも年賀状を送っていた。そこでびっくりしたのがキリヤ堂のみんなからも年賀状が届いていたことだった。森川さんと森山さん、それから河本さん、根本さん、糸井さん、山本さん、内田さん、佐々本さん、村尾さん、菅谷さん、神田さん、そして白川さん。白川さんはキリヤ堂の四階を一人で担当しているおばさん、というよりもおばあちゃんだ。村尾さんも基本はカーテンを販売している四階担当だから、四階は実質二人だけでお客さんの対応をしている。しかも村尾さんは主に雑用からいろんな仕事を任されているから四階にいる時間は少ない。だから四階のカーテン売り場はほとんど白川さんが対応している。白川さんは年齢が五十才半ばくらいで白髪がすごくて痩せていて、キリヤ堂で唯一、村尾さんに対してきつい言葉を一切言わず、一回りも二回りも年下であろう村尾さんや僕に対しても常に敬語を使っていた。白川さんは寂しい人で旦那さんはすでに亡くなっていて、成人した息子が一人いて、その息子さんと二人暮らしをしている。僕はたまに四階に納品されたカーテンを運ぶなどの用事があって四階の売り場に行った時に白川さんと話をしていた。よく息子さんが何をやっているのか分からず不安になるんですと聞かされていた。また白川さんも小沢君募金箱に手書きのメッセージを入れた封筒と共に食べ物を入れてくれていた。白川さんはとてもきれいな文字で丁寧な文章を書く。僕はキリヤ堂の人には年賀状を出していなかった。まずいなあと思いながら、僕はニヤニヤしながら年賀状をじっくりと見ていった。一番すごかったのが森山さんからの年賀状だった。びっしりと隙間がないくらいかわいらしい文字がたくさん書き込まれていて、小さいキャラクターのシールとかも文章の途中に貼っていて。そう言えば森山さんから数日前に電話がかかってきて僕の住所を聞かれていた。僕に年賀状を出すために聞いてきたのだろう。森山さんは村尾さんが言うように僕に気があるのかなあ。


 今年もよろしくお願い致します。

年末はいきなりTELしてゴメンナサイ!なんだか今年はバイトの人々としょくじやのみ会、そしてカラオケに行く回数が多くなるような気がします。私にはそんなヒマがあるのだろーかと、かなり考え込んでしまいました。今度感動して、涙が流せるようなえいがを教えてください。この頃見てないのよねー。楽しみにしています♡カゼをひいてブルーかもしれませんががんばってください。

可愛いイラストがプリントされた年賀状に手書きの文章。そしてTELとバイトとしょくじとのみ会とカラオケとえいがとブルーの文字はお猿さんの小さなシールで貼られてあった。


うし年なのになぜかさる。それはおさるが好きだから♡趣味に走った年賀状です。一日につくかなー。ぜんぜんおもしろくない。プレッシャーにおもいきり負けてみました。良い年になりますように♡


そう言えば森山さんと遊びに行く時はご飯を食べに行ったり、飲みに行ったり、カラオケに行ったりしていた。もちろん村尾さんの奢りで森川さんも一緒に。飲み会と言っても僕はお酒が飲めなかったし、ビールも苦いとしか思えなかったのでコーラばかり飲んでいた。飼い猫の森山さんはビールを美味しそうに飲む。僕より大人だ。カラオケに行く時は河本さんや根本さんも一緒に行くことが多かった。佐々本さんや内田さんはいつもすぐに帰ってしまう。河本さんはカラオケが好きでいつも川尻にそっくりの旦那さんも合流していた。河本さんの旦那さんは決まって毎回、長渕剛の東京青春朝焼物語を歌い、歌詞をアレンジして、中央線の五つ目の阿佐ヶ谷駅で降りたと歌っていた。毎回、心を込めて今日から俺、東京の人になる、と熱唱している河本さんの旦那さんも田舎から出てきて成功した人なのだろうと思った。いつもは内気な根本さんも綺麗な声でレベッカを歌っていた。僕は調子に乗ってムーンを歌っている根本さんの途中で、せんぱーい、とマイクで言ったりしてみんなを笑わせたりもした。このネタは森川さんにはバカ受けしていたけれど、森山さんには意味が分からないような顔をされた。村尾さんも決まって毎回近藤真彦の愚か者を歌ってはみんなにお前が一番愚か者だと野次を飛ばされていた。僕はフォーククルセダーズとかが好きだったので悲しくてやりきれないとか歌ったりして渋いねえとか言われたり、昔にテレビのドラマで主題歌に使われていた曲を歌ったりしていた。僕の声は普段話をしている時とカラオケで歌っている時とで全然違うとみんなに言われた。マイクを使うと僕はものすごく高い声が出せる。松田聖子の曲も歌える。そう言えば僕は年末に風邪をひいた。寒気がして、咳とかは出なかったけれど、鼻水が止まらなくて鼻にティッシュを詰め込んで。頭も痛くて、体中の筋肉が痛くて、すごく辛かった。それでも仕事を休むと月の給料が減ってしまうので僕は仕事を休めなかった。さらに保険証も持っていなかったので病院に行くとものすごいお金を取られると聞いていたので病院にも行けなかった。村尾さんが保険証を貸してやろうかと言ってくれたけれど、僕はそれがバレたら警察とかに捕まってしまうのではないかと思って断った。キリヤ堂のみんなが僕の心配をしてくれて市販の風邪薬をたくさんくれてそれを飲んだ。それから風邪は人にうつるからマスクをしなさいとマスクもたくさんもらって、それを付けて仕事をした。鼻に詰めたティッシュが隠れたので丁度良かった。果物を食べればよくなると小沢募金箱にはリンゴやミカンなどたくさんの果物が入れてもらえた。流石に僕は食欲もなく、晩御飯も弁当も作らず、みんなに貰った果物ばかり食べていた。数日間でだいぶ楽になって風邪は治った。森山さんは僕が苦しんでいた姿を見ていたので年賀状に僕が風邪をひいてブルーになっているのだろうと気を遣ってくれているのかと思った。映画は学生時代にたくさん見ていたので森山さんとは映画の話もよくしていた。感動して涙が流せるような映画とはどんな映画が見たいのだろう。僕が今までに見た映画の中で一番悲しい気持ちになった映画はファミリーと言う映画だった。ファミリーと言う映画は余命数カ月の宣告を受けた母親とそれと同時に父親も事故か何かで働くことが出来なくなり、たくさんの自分の子供の里親を見つけてから最後にその母親が子供たちに囲まれる幻想を見ながら死んでしまう映画だった。それを今度教えてあげよう。森山さんがここで感動して涙が流せるような映画じゃなく、エッチなビデオを教えてくださいと書いてくれたら僕の中では一気に森山さんが本命になるのになあと思った。森川さんの年賀状は森川さんらしくすごく芸術的な森川さんが時間を相当かけて描いたであろう牛の絵と二人のお寺のお坊さんのマンガみたいなイラストの横に和尚がツーと書いてあり、今年も4649!新年一発目からお見苦しくて申し訳ない!と書いてあった。小学校ぐらいの頃にこういう年賀状を送っていたなあと懐かしく感じた。村尾さんはあけましておめでとうの後に年賀状にまで、悪いことは言わないから森山にしておけよと書いていた。根本さんの年賀状には、私も今年からお弁当に挑戦してみようと思っているので料理を教えてください、今年もよろしくお願いしますと書いてあった。そう言えば根本さんは実家暮らしなのか一人暮らしなのか誰も知らなかった。料理を勉強するのなら実家暮らしならお母さんが根本さんの食生活を管理しているのだろうか。一人暮らしなら全て外食で済ませているのだろうか。お昼休みにはいつも社員さん用の弁当を食べているし。河本さんからは、小沢君が酔っぱらったらどうなるの?今度飲んでみてくださいと書いてあった。僕が酔っぱらったらどうなるのだろう。お酒は体質で飲めない人はずっと飲めないままだと思っていた。あの森山さんでさえ美味しそうにお酒を飲んで、顔を赤らめながらものすごい笑顔をいつも見せる。村尾さんも森川さんもビールであろうと熱燗であろうとグイっと飲む。僕はお猪口にコーラを注いで熱燗を飲むフリをよくしていた。本当に少量のコーラをグイっと飲み干して、ぷはーとか言っていた。今年は頑張ってみようかなと思った。糸井さんからの年賀状は筆ペンで達筆な文字が書かれていて、唐揚げは上新粉ではなく、小麦粉か片栗粉でやれば美味しく作れますよ、一人暮らしは大変でしょうが今年も頑張ってくださいと書かれてあった。鋭い毛筆の文字で書かれた敬語が僕を一人前の人間として認めてくれているような気がした。山本さんの年賀状はあっさりとしていて印刷されたイラストの横に手書きで一言、今年もよろしくとだけ書かれていた。ブライアンメイは手抜きなのかと少しだけ思った。内田さんの年賀状はぶっ飛んでいた。うし年なのに簡単なちんこの絵が大きく書かれていて、そのちんこの真ん中にたつどしと書いてあった。そしてそのちんこの絵に矢印をして思い切りチンコと書いてあった。男、たつ時、たてば、たてそうだ、イケイケ…。わけわからんことで新年をむかえさせてしまってごめんよー。今年もよろぴくー。内田さんは可愛くて胸も大きくて面白くて僕より年上だと思っていたのに年下であって、彼氏がいて、とても残念だと僕は思った。内田さんのような人が僕は大好きだ。そして佐々本さんからの年賀状。あけましておめでとう、今年こそハッキリしなよ、どっちもいい子だよ、うっちーは彼氏にぞっこんだからね、それから村尾の言うことは聞かないように!今年ももしもの時は泊めてね。やる気のないシンディローパーの目には何もかもが見透かされている。うっちーとは内田さんのことだ。菅谷さんの年賀状は印刷されたイラストだけで手書きのメッセージも何も書いていなかった。キリヤ堂で二番目に偉い人なのにものすごい手抜きだ。それでも僕なんかにまで年賀状を送ってくれることは菅谷さんなりにアルバイトにまで気を遣っている証拠だ。宛名だけはちゃんと手書きで書いてあったし。神田さんの年賀状は白紙の年賀状に大きくきれいな字で謹賀新年と書いてあった。そしてその字に負けない太く大きくきれいな字で、いろいろ有難う、若い力で精一杯頑張って下さい、必ず明るい未来があるから。言葉をハッキリと喋ることの出来ない神田さんからのものすごくハッキリとした言葉が僕にはとてもありがたかった。神田さんが僕には必ず明るい未来があるからと言っている。きっとそうなのだろう。今はお金に困りながらもそれなりに幸せな生活を送れていると思っていた。それ以上に明るい未来とはお金に困らないで、彼女がいる生活なのかと僕は思った。僕にとって明るい未来とはお金に余裕が出来ることと僕専用のエッチなことをしてくれる女の人と付き合うことだ。他には思いつかない。最後に白川さんからの年賀状。ものすごく細かい字で長文が書かれていた。本年も宜しくお願いします、今年は風邪など体調管理をしっかりと心掛けてください。また、仕事の方も責任を持って頑張って下さい。いろいろと大変なことばかりで苦労をされていますがそれはいつか報われる時が来ると信じております。私でよければご相談などありましたらいつでも言ってきてください。本当に白川さんらしい年賀状だった。白川さんはどんな相手であろうと失礼のない言葉遣いをする。息子さんよりも若い僕に対してもこれほど丁寧な言葉を使う人なのだ。僕はキリヤ堂の人の住所は全く知らなかったのですぐに返事を書かないといけないと思った。しかし、内田さんと佐々本さんは住所を書いてなかったので返事が出せない。それでも僕に年賀状をくれた人たちは何らかの方法で僕の住所をわざわざ調べてまでしてくれて年賀状を出してくれた。僕も無理をしてでもみんなの住所を調べて、ちゃんとお正月に届くように年賀状を書いて出すべきだったと後悔した。僕はこういう時の為に年賀状を多めに買ってあった。余った年賀状は後から郵便局に持っていけばお金と交換してくれる。だから多めに買っても無駄にはならないと知っていたから。寒い部屋の中で布団の中に体を突っ込んで寝ながら、タウンページを下敷きにして年賀状の返事を一枚ずつ書いた。村尾さんとの約束の時間までまだ余裕はある。僕は村尾さんと森川さんと森山さんと内田さんと佐々本さん以外には真面目な文章で返事を書き、その五人にだけは自分の住所をアメリカ合衆国カンザスシティー県福建省3番地とか、名前を(株)小沢とか、僕は今、ハワイです!とか、そんなくだらない内容の年賀状を書いた。なんか一昨日、昨日と仕事をしていなくて今日も朝から寒さに負けて布団の中から出ずにテレビを見ながら年賀状の返事を書きながら森川さんにお裾分けしてもらったお節料理を食べていると少し不安な気持ちになった。ずっと働いてきたので大型連休を取っていると僕は時間給のフリーターなのに、この大型連休中も働いていれば僕のお金も増えて、生活も楽になるし、貯金だって出来たはずなのにと考えるとすごく損をした気分になった。このままずるずるとこんな生活を送っていたら僕はダメな人間になってしまうのではないかと。そんなことを考えていてもテレビの中で芸人さんが面白いことを言うと思わず笑ってしまう。笑ってしまうということは、僕はまだ全然追い詰められてはいない。

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