第16話 さてと、報告に行きますか。



 私達はトリニトへと戻っていた。まずは冒険者ギルドへ行って討伐報告だ。受注窓口に向かうと、いつもの受付嬢がいた。って当たり前か。



「アイス様、それにアッシュ様、ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件ですか?」



 口調こそいつも通りだったが、今日はアッシュも一緒にいるため緊張気味のようだ。



「ゴブリン退治の報告に来たんだ。確認を頼むね。」



「はい、確認致しますって、こ、この数は一体?」



 集めた左耳を入れた袋を渡すと、受付嬢は驚きを隠せなかった。



「アッシュ達の戦闘訓練での成果だよ。数は数えていないんだ、申し訳ない。」



「い、いえ、それは構わないのですが、少々お時間をいただきますが、よろしいですか?」



「どのくらい掛かりそうかな?」



「この数ですと、恐らく200位はありそうですので、鐘1つ半ほどのお時間を頂きたいのですが。」



「わかった、それで頼むよ。」



 そう言ってわたし達は一旦、ギルドを出る。



「さてと、アッシュ達が頑張ってくれたおかげで、あれだけのゴブリンを討伐することが出来た。そこで、初討伐のお祝いとして昼食をご馳走しよう。とはいえ、私達がたまに利用している食堂だから、お前達の口に合うかは保証できないけどいいかな?」



「兄上のおごりですか? 喜んでおつきあい致します!」



 アッシュ達は嬉しそうに誘いに応じた。よほど屋敷では普段いいものは食べていないようだな、ってそれはわかるか。何せ、オーク肉を離れ小屋で焼いていたときには羨ましそうにこちらに文句を付けに来たくらいだからな。それを思い出しては少し笑ってしまった。



 アッシュ達を連れて、馴染みの食堂へと入る。まあ、馴染みといっても実際にここで食事を摂ることはあまりない。大抵は屋台で済ませてしまうか、離れ小屋で昼食を摂ることが多いからだ。



「アイス様、それにマーブルちゃん達もいらっしゃい、って、ア、アッシュ様? アッシュ様たちはこんな鄙びた所でお食事なんてよろしいのですか?」



 店主は驚いた顔をしていたが、アッシュ達は問題ない、とばかりに頷く。無理もない、最近は屋敷で出される食事よりも、一般市民の食べている食事の方が質も量も上だということを知っているから逆に楽しみでしょうがないのだ。



「もちろん、構わないよ。今まで私達は君達の生活を顧みることはなかったけど、これからはこうしてたまには君達の生活ぶりを見ておきたいと思ったから。私達を気にすることなくいつも通りに振る舞ってくれると嬉しい。」



 店主だけでなく、食堂にいた客達も驚きを隠せなかった。今までのアッシュだったら、市民に対して偉そうに振る舞うことしかせず、口調も威張り口調だったのだ。それが、今やそんな素振りも全くなくなっていたからだ。彼らはアッシュ達のそっくりさんではないかと疑う始末だ。



「一応念のために、アッシュ達は本人だよ、別に影武者とかそういった類いのものではないから、安心してくれ。」



 一応落ち着きを取り戻した店内では、いつも通りの空気になる。ようやく私達はテーブルに案内された。



「気になるものがあれば遠慮なく注文してくれ。今日はお前達のお祝いだからな。こちらの懐は気にせずドンドン食べてくれ。」



 私がそう言うと、別のテーブルの客達が私に話しかけてくる。



「お、アイス様、お祝いって、一体何があったんですかい?」



「うん、それはね、ここにいるアッシュ達がゴブリンを大量に討伐したんだ、そのお祝いね。」



「おおっ、ゴブリンの討伐ですかい? アッシュ様もやるもんですねえ、ゴブリンは弱いと聞いていますが、それでも俺たちにとっては歯が立たねえ存在だ。ゴブリンのせいで困っている連中も多いんだ。それをアッシュ様自ら討伐とは、これは確かにお祝いしなきゃならねえな!!」



 その話を聞いた周りの客達もアッシュ達を褒め称え、アッシュ達は恐縮しきりだった。その後は客達とも交えて昼食時だから酒こそ出なかったが、宴会の雰囲気を醸し出していた。最後の方では店主も一緒になってこちらで盛り上がっていた。呑めや(酒は無かったけど)歌えやの騒ぎが続いたが、流石にいつまでも騒いでいられないと、名残惜しそうに解散となった。これだけ馬鹿騒ぎをして、いろいろ飲んだり食べたりしたにも関わらず、金貨1枚程度の支払いで済んだのには少し驚いた。勢い余って全員分の食事代までこちらでおごることにしたのにも関わらずだ。店主は申し訳なさそうにしていたが、こちらとしてはそれ以上にかかると思っていたので逆にこの金額でいいのか? と言ってしまったよ。



 昼食を終えて食堂を出ると、アッシュ達は恐縮していた。



「兄上、あんなに高くついてしまって申し訳ありません。」



「気にするな。あのくらいの金額は大したことではないし、むしろ、あんなに安くてよかったのかと思ったくらいだからな。」



「ああやって、住民達と一緒に食事をするのもいいものですね。」



「そうだな。領地を治めるのに一番大事なことは、そこにいる住民達に気に入られることだ。ああやって触れ合うことによって得られるものは多い。けど、ああすることだけではなく、普段から住民達のことを気にかけてそれを考えて行動することが大事なんじゃないかな。」



「はい!」



 この3週間でアッシュ達はいい方向に変わってくれたと思う。上がいい方向で変わってくれればそれにつられて下もいい方向に変わってくれるはずだ。あとはアッシュ次第かな。頑張れよ。



 昼食で鐘1つどころか2つ過ぎてしまったが、とりあえず確認をしに冒険者ギルドへと戻る。ギルドに入ってギルド員が私達の姿を確認すると、大慌てでこちらに来た。



「ア、アイス様、アッシュ様、お待ちしておりました! 今すぐギルド長室へとご案内します!!」



 何か凄い剣幕ですけど、何かしたっけ? ゴブリンたくさん倒しただけなんだけど、、、。



 ギルド員に案内されて、ギルド長室へと向かう。すぐにギルド長室に通されると、ギルド長はすでに待ち構えていた。



「アイス様、アッシュ様、まずはこちらにおかけ下さい。」



「では、失礼して。ところでギルド長、何やら慌ただしいけど、一体何がありましたか?」



「アイス様、逆になぜあなたはいつも通りに落ち着いているんですか?」



「普通にゴブリン討伐で耳を納めただけだからね、いつも通りでしょ。」



「はぁ、いいですか? 確かにゴブリン討伐は通常でもありますよ。でもね、何ですかあの数は! しかもヤバイ奴まで含まれているじゃないですか!!」



「ヤバイ奴って、何かあったっけ? アッシュわかる?」



「・・・どう考えても、ゴブリンキングとエンペラーがあの中に含まれていることでしょ、いくら私でもそんなことぐらいはわかりますよ、私も兄上が他のゴブリン達と一緒くたにしている方が驚きですよ。」



「アッシュ様でさえ、ご理解いただいているというのに、何でアイス様は平然としているのやら、、、。」



 ギルド長もアッシュも呆れた表情でこちらを見た。5人の取り巻き達も呆れ顔でこちらを見ていた。とはいってもねえ、たかがゴブリンのボス種じゃないですか。



「いいですか、アイス様。ゴブリンのキング種が出現したことだけでも大騒ぎになる案件なんですよ? キング種が現れただけでもスタンピードが起こる可能性が高いんです。それが今回はエンペラー種まで現れたんですからね、スタンピードが発生してもおかしくないんですよ!」



「おお、流石にスタンピードが起こるとマズかったね。じゃあ、発生前に解決できてよかったじゃないか。」



「いや、そうなんですけどね。何で当たり前のように普通に倒してくるんですかね。そっちの方が驚きですよ。」



「そう言われても、ゴブリンキングやエンペラー程度なら楽にいけるでしょ。」



「いや、普通は無理ですからね。」



 ギルド長は、あきらめ顔で話を続ける。



「ここにお呼びしたのは、スタンピードを未然に防ぐことができたお礼と、その報奨金がボーナスとして通常の討伐に上乗せされるので、その分配などの話し合いです。それと、スタンピードについては秘密にしておくという念押しも兼ねています。」



「なるほど。では分配の前に、ゴブリンの耳の内訳はどうなっているか知りたいのですが。」



「内訳ですか。内訳の前に耳は全部で287ほどありました。それで内訳ですが、通常種が253、リーダー種が20、シャーマン種が9、キング種が4でエンペラー種が1です。分配はどうしましょうか。」



「ちなみに、通常報酬と特別報酬はそれぞれどうなっている?」



「通常報酬では、1体につき銅貨1枚です。基本的にはどの種類でもゴブリンは1体となります。キング種などの上位種でもそれは同じです。キング種などの上位種ですと、基本スタンピード案件となり、特別報酬が発生しますので、どうしてもそうなってしまうのです。ご了承下さい。それで、特別報酬ですが、キング種がボスの場合ですと、基本的には金貨1000枚を分配する形となるのですが、今回はエンペラー種となりますので、恐らくそれ以上になるのは間違いないかと。ただ、エンペラー種の発生ですが、ここ数百年出現してないので、ギルドの本部からギルド員が派遣されてきますのでその判断待ちですね。」



 金額を聞いてアッシュ達は言葉を失う。まあ、普通は金貨1000枚と聞くとビックリするよね。



「なるほど。では、分配だけど、私がこの場で決めちゃうけど、アッシュ、いいよね?」



「はい、上位種は兄上達が倒したのでお任せします。」



「ありがとう、では、特別報酬の10分の1を私達がもらうから、その残りはアッシュ達、ということで。」



「えっ? 10分の1が兄上っていうことは、10分の9を私達にということですか?」



「そういうこと。」



「いやいや、ほとんど通常種しか倒していない私達はそんなにもらう権利ありませんよ。」



 アッシュだけでなく、取り巻き達もそれに頷いている。



「残りの分をどう分配するかはアッシュに任せる。全部を山分けするもよし、領民のために使うのもよし。一部を自分たちでもらって、残りを兵達の武具用の資金にしたりと、やれることを考えるんだ。それも次期領主としての勉強だよ。しかも税じゃなく自分たちで手に入れたお金なんだから失敗を恐れずに使えるじゃないか。」



「あ、兄上、、、。」



「でも、ギルド長、本部から職員が来るということは、通常の報酬はともかく、特別報酬はすぐには手に入らないんだよね。」



「はい、早くとも一月はみてほしいですね。」



「なるほど。それは仕方ないかな。では、ギルド長、通常報酬だけは今欲しいけどいいかな?」



「それは構いません。287体なので、金貨2枚、銀貨8枚、銅貨7枚となります。」



「わかった。では、銅貨2枚を私がもらうから、残りは5人で分けろ。特別報酬の方はアッシュの裁量に任せるとして、その代わりに通常報酬はお前達がもらっておけ、アッシュ、それでいいな?」



「はい。しかし、本当によろしいのですか?」



「かまわないよ。ただ、ここで一緒にいた5人にはともかく、仲がいいというだけで、ここに参加していない連中に与えるとか、馬鹿なことはするなよ。次期領主として上手く使ってくれよ。とにかく使い方を覚えるんだ。」



「はい! 必ずや兄上が満足されるような使い方をして見せます!!」



「うん、それでいい。ということで、ギルド長、そういうことになったから、後はよろしく。私の分は口座に入れてくれればいいから。」



「わかりました、そのように致します。しかし、本当にご自分のことには頓着がありませんね。」



「まあ、十分すぎるほど報酬ももらっているからね。ここには本当に感謝しかないよ。」



「それはこっちの台詞です。もう少し貪欲になってもいいと思いますが。」



「十分貪欲だよ。マーブルやジェミニやライムと一緒にいるというだけでも、かなりの贅沢だからね。これ以上は罰が当たるってもんさ。」



「・・・罰が当たるような行動をとっているの見たことないんですけどね、、、。」



 ぼそりとギルド長がつぶやいたが、アッシュ達も聞こえていたのかそれに頷いていた。解せん。



 話し合いも終わったところで、ギルドを後にした。通常報酬を受け取った5人は嬉しそうにしていた。いや、お前達、特別報酬についても権利を多少は主張してもいいんだぞ。帰りの道中で5人にそう言ったが、逆に大金を持ちすぎると後が怖いとのこと、また、アッシュが領主の勉強として使えるならそっちの方が嬉しいと言っていた。私に対する態度はともかくとして、アッシュに対する忠誠は本物なのだろう。言葉に嘘は感じられなかった。



 別れ際にアッシュ達にお礼を言われたが、訓練を続けながらも、他の兵士達にも訓練をしてやりトリニトの兵士の質を上げることが、私に対しての感謝につながると伝えて分かれた。



 離れ小屋に戻ると、ウルヴにアインにラヒラスと3人揃っていたので、帝都へ行く準備などについて話し合った。あと2、3日で出発するからね。水と食料は問題ないとして、その後どうするか決めてないし、どうなるかもわからない。準備は念入りにしないとね。まだ訓練などは終わっていないから、今じゃないと決められなさそうだ。



 

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