第5話 さてと、この町の様子はどうかな。

 テシテシ、テシテシ、ポンポン、転生後初めての朝起こしだ。マーブルとジェミニはそれぞれ自慢の肉球で私の顔を叩く。叩くといっても強く叩くわけではないので肉球の感触を堪能出来るというわけだ。ライムは私の腹辺りにジャンプして跳ねる感じだ。最初の方では顔に乗っかかってきたため息が出来ないときもあったのだが、それを自分で察してお腹の上に場所を変えたのだ。こんなに可愛い猫達がこうして起こしてくれるのだ。嬉しくないわけがない。それで私は気分の良い1日を迎えることができるのだ。



「おはよう、マーブル、ジェミニ、ライム。」



「ミャア!」



「アイスさん、お早うです!」



「あるじー、おはよう!」



 3人と挨拶を交わす。3人の中でマーブルとは一番一緒にいる期間が長いけど、会話自体は成立しているが、言葉よりも態度で察している感じだ。ジェミニとの会話だが、ジェミニは人語が話せるわけではなく、私がウサギ語を理解している感じだ。といっても、通常のウサギにはここまでの知能がないので、もちろん会話などできない。ライムは生まれたときから人語を話すことができた。とはいえ、人語を話すスライムなんて存在が知られた日には良くないことが起こるに決まっているので、特定の場所以外では話さないように約束しているので大丈夫だと思う。



 3人に起こしてもらって、水術で顔を洗い、さっぱりしたところで水術で顔についている水を無くす。これだけでも水術は非常に便利だ。ちなみにねぐらでの風呂や洗濯は全て水術を使って行っている。湧き水を水術で動かしてそれぞれの穴に入れ、水の性質を利用して内部の分子を動かす。分子を激しく動かせば温度が上がるので風呂の場合は40度弱に、洗濯の場合は80度くらいになるようにする。風呂は温めればそれで十分だが、洗濯の場合はそれに加えて内部を回転させる。これだけの温度で洗濯すると汚れはもちろんのこと、ヤバイ菌も全て殺すことができるので、下手に洗剤を使うよりも清潔な状態になる。と、このように日常生活において水術は便利な存在なのである。



 それはそうと、3人が起こしてくれるのはもう一つ理由がある。察しのいい方はわかったかもしれない。そう、ご飯だ。朝食を用意するのは私の役目。用意した食事を美味しく食べてもらうと気分がいいのだ。というわけで、目も覚めたので早速朝食の用意をする。朝食は今日はフォレストウルフの肉を使う。意外とあっさりしていて美味いのだ。朝食だからスープにする。昨日ねぐらからスガープラントをいくつか採取してきたので調味料関係については大丈夫だ。隠し味に甘い部分を使って味に変化をつける。とはいえ肉と内臓とスガープラントしかないから、そこまで凝った料理なぞできはしない。シンプルイズベストなのだ。



 準備ができたので早速食べることにする。うん、いい出来だと思う。3人も満足してくれたみたいだ。食事も終わってライム中心に後片付けを行い、それも終わって出発準備を整えて、さあ、出発というときに何やら外が騒がしくなっていた。昨日のアホ声とそれ以上にヒステリックな声がこだましていた。あ、しまった。罠解除してなかったっけ。とりあえず罠を解除して外に出てみると、10人くらいの団体が倒れていたり尻餅をついていたりと何かカオスな状態になっていた。私の姿を見ると、ヒステリックな声がこだまする。



「アイス、これは一体どういうことです!! 場合によっては容赦しません!」



 ヒステリックな声を発している人物を見ると、そこにはもの凄いメイクをした女が叫んでいた。それなりに若く、見た目はそんなに悪くないが、前世で一緒に冒険したりした3人の女冒険者たちや、タンバラの街で対応してくれた受付嬢と比べると数段劣る。超偉そうにしているところを見ると、この人物がいわゆる後妻という方ですな、うん。一応聞かれたので素直に答えるとしますか。



「侵入者対策で罠をはっておいたのですが。ちなみに不用意に入ろうとすると首より下が凍る程度のものですが、得意の火魔法で溶かせる程度の強度にしておきましたが、どなたも解除できなかったので?」



「そ、そんなことはどうでもいいのです! 問題なのはこのワタクシに対して罠をはったことが問題なのです!」



「いや、そう言われましても。そもそも警護の方達はこの程度の罠にも気づけないのですか? もし、罠に気づいたら伯爵夫人に注意を呼びかけるくらいするのが当たり前では?」



「アイス!! 母親に向かって伯爵夫人とは!! 無礼にも程があります!!!」



「いや、そもそも自分を母と思うな、と、そう言ったのはあなたですが。当然私もあなたを母親だと思っておりませんので、伯爵夫人とお呼びしているだけなのですが、お気に召しませんでしたか?」



「ふざけないで!! あなたとこうして話をするだけで不愉快になるのです! 大人しくワタクシの言った通りにしなさい!!」



「いやいや、そっちが勝手に突っかかってきているだけじゃないですか。こちらもあなたと顔を合わせると不愉快でしょうがないのですよ。そもそも何か勘違いしているようですが、私はこの領地を引き継ぐ気は全くありませんよ。そこのアッシュくんが頑張って跡継ぎになるために火魔法を修行なさっているそうではありませんか。私は応援していますよ。もっとも、この程度の氷を溶かせないようでは、本当に修行しているのかは疑問ですがねえ。」



 アカン、こいつらどうにかしないと、って無理か。何でこっちは関わる気が全く無いのに向こうから一々突っかかってくるのか、解せぬ。こっちは折角のマーブル達との楽しい生活が再び始まったから楽しもうと思っているのにこいつらと来たら、、、。



「アッシュちゃんはまだ13歳なのよ!! これから火魔法も強くなっていくところなの!! 馬鹿にしないで頂戴!!! このことは伯爵様に報告しますから覚悟してお待ちなさい!!」



「そうだ! 火魔法すら使えない兄上に言われたくない!! 今に見ていろ!!」



 そんな捨て台詞を頂いて、バカメイク、いや、伯爵夫人達はお帰りになった。護衛達もこちらを睨んでいたが、意味がわからない。気付かないうちに私も煽りスキルがついてしまったのか? 次絡んできたら問答無用で凍らせるのも面白いかもな。さてと、無駄な時間を過ごしてしまったな。では、目的の町の散策といきましょうかね。



 散策していて思ったのだが、とにかく町の人の表情は良くない。声をかけても私が領主の息子だとわかるとそそくさと退散する人達も少なくなかった。私の立場を知っている人達は気さくに声をかけてくれたが、それにしても奴らは普段なにをしているのか疑問だ。住民に対してまともな政策をしていないくせに一丁前に税はガッツリ盗っている典型的な例かな。本当はじっくりと見て回りたいが、今日は一通りざっと見て回る程度にしておこう。



 しばらく見回っていると、少しお腹が空いてきた。マーブル達も同じように思ったのか私から降りて大通りに方に向かって行く。あ、待って、君達いないと迷う。ライムだけは袋で大人しくしてくれていたおかげで迷わずに大通りに到着した。もちろん目的は屋台だ。屋台では何かを焼いていたがあまり美味しそうには見えなかった。



「お、ペット連れの兄ちゃん、よかったら食べて行ってくれよ。」



「では、とりあえず4本頂きます。」



「4本で銅貨4枚だ。」



「銀貨でお釣り出せます?」



「・・・すまん、そこまで釣り銭はないんだ。」



「じゃあ、10本もらうから、銀貨1枚だね。」



「良いのか? まいどあり!!」



 串肉? は素材は良くなかったが、味付けはかなりのものだった。惜しい、非常に惜しい。



「おじさん、これって何の肉?」



「これはな、森ネズミの肉だ。本当はもっと良い肉で焼きたいのだが、生憎こんな肉しか手に入らなくてな。でも、そこそこ食えるだろ?」



「そうだね、肉はともかく、味付けは美味しいね。」



「そうかそうか、これからもたまには食べに来てくれよ!」



 うん、これってオーク肉やフォレストウルフやキラーシープの肉で焼いたらどうなるんだろうか? ものは試しだ。焼いてもらいますかね。



「おじさん、少しお願いがあるんだけど、今肉を用意するから、焼いてくれないかな?」



「お? 何か別の肉があるのか? いいぞ、焼いてやる。その代わり俺にも食わせてくれよな。」



「もちろんだよ。じゃあ、肉を出すね。」



 空間収納からオークとフォレストウルフとキラーシープの肉を出していく。



「おいおい、兄ちゃん収納持ちか。若いのにすげえな。」



「収納といっても、これ以上入らないけどね。」



「まあ、いいか。って、この肉ってオークか? で、こいつはキラーシープだと? フォレストウルフの肉もあるのか? お前、これをどこで?」



「ああ、これらは普通に狩ったやつだから気にしないで。」



「いや、ここトリニトでこんな魔物を狩れるやつなんて聞いたこと無いぞ、、、。いや、一人だけいたな。たしか領主の長男は倒せると聞いたことが、って兄ちゃん、いや、あなたはアイス様?」



「確かに私はアイスですが、別に畏まらなくても良いですよ、さっきの口調のままでお願いしますね。」



「そ、そうか、では、お言葉にあまえるぜ。じゃあ、待ってな。とびきり美味い肉にしてやるからな!」



 肉焼きのおじさんは渡した肉を手際よく切ると、これまた手際よく串に刺していき、ガンガン焼いていた。



「ほら、焼けたぜ。早速食ってみな。」



 最初に焼けた4本を受け取ってマーブル達にも配ってから食べる。うん、美味い。これ私が焼いたものより美味いぞ。マーブル達も喜んで、その辺を動き回っている。ライムもその様子を見て嬉しそうにピョンピョン跳ねている。その光景を見て町の人達の注目を集める。だって、可愛いもんね。



「おじさん、これもの凄く美味しいですね。従魔達もこんなに喜んでいますよ。」



「そうか、気に入ってくれたか! では、どんどん焼いていくぞ!!」



「そうですね、肉ももう少しありますので、ここにいるみんなで一緒に食べるのはどうですか?」



「おお、まだ肉を持っているのか? でもいいのか? 貴重な肉なんだぞ?」



「また狩ってくれば良いだけの話なので。まずはここにいる皆さんからでも、美味いものを食べて元気にならないとね。」



「そうだな! よし、気合を入れて焼くぞ!! おい、みんな、ここにいるアイス様が良い肉を用意してくれた。今日はたくさん食べてくれ!! お代はいらないぞ!」



 周りからオー! という声が響き渡り大勢やってきた。中には野菜を提供してくれる人達もいてある種バーベキューパーティみたいになった。一部では酒が飲みたいぜ、という声も上がったが、生憎私は酒は飲まないので残念ながら用意していない。



 予期せぬ事ではあったが、いろいろな人達と知り合えた。量こそ少ないけど野菜系を取り扱う人が意外と多く、たくさんの種類の野菜を手に入れることに成功した。ここでも商業ギルドには悩まされているらしく先程のネズミ肉も商業ギルドからぼったくりに近い値段で買わされていたそうだ。狩りで手に入れたとき限定で個人的に卸す話をしてみたところ、飛びついてくれた。こうやって少しずつトリニトの住民の生活をよくしていくのも大事な仕事だし、屋敷の連中はともかく、住民の人達には明るく楽しく暮らしてもらいたい。



 いろいろな食材が手に入るということがわかっただけでも散策した甲斐があるというものだ。これらの食材を使って野菜炒めなど食事のレパートリーも増えて万々歳だ。マーブル達ももちろんご満悦だった。肉焼きのおじさんはスパイスとか使っていそうだったが、どうやら違ったらしい。話によると、その辺にあるもので適当に焼いたり煮たりして偶然出来た代物らしく本人もどうやって出来たのか不思議らしかった。アマさんの鑑定でも『いろいろ混ざりすぎて訳わからん』という結果が出てしまったためあきらめた。



 朝の出来事以来、メイドすら来なくなり良い気分で過ごすことができるようになった。念のため罠は仕掛けておいて、ねぐらへ移動して、いつものように風呂と洗濯を済ませ、こちらに戻って寝る。



「おやすみ、マーブル、ジェミニ、ライム。」



 みんなとお休みの挨拶を交わして今日という1日は終わった。

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