この癒しの風に恵みを

てんつゆ

第1話 カズマさんは告らせたい ~変人たちの爆裂脳筋戦~

 ある日の昼下がり。

 アクア、めぐみん、ダクネス全員が所用でいない為、仕方なく……そう、これはあくまでも仕方なく、俺は体の底から湧き出る勤労意欲を押さえつけながら屋敷で優雅なシエスタという名の昼寝を嗜んでいると、なにやら屋敷の入口の方からバンバンと扉を叩き割るかのような音が聞こえてきた。


「はいはい~。本日の営業は終了してますよ~っと」


 俺は扉を叩く音を無視してその場から動かない事にした。

 3人が出かけてから1週間くらい経つが、1人でクエストをするのも面倒…………ごほん、危険なのでギルドにも1週間は顔を出していない。

 幸いな事に今は食事などの貯えはそこそこ余裕があるので、あいつ等が戻って来るまで1歩も外に出ない生活を続けても全く問題は無いのである。

 というか、ここ数日は部屋からすらほとんど出ていない。

 俺の潜在的なニートの血が目覚めようとしているのだろうか。

 

 ――――バンバンバンバン。


 扉を叩く音はいまだ鳴り止まない。

 まあ宅配物が届く予定も無いし、どうせしょうもない勧誘かなにかだろう。

 

「…………う~む、かなり粘る奴だな。けど元エリートニートの俺と我慢比べて勝てると思ってんのか? 俺をそう簡単に家から出せると思うなよ!!!」


 俺は布団と言う名のシェルターに身をうずくまって騒音に備える事にした――――が。

 

 ――――バンバンバンバン。


 音はまだなり続いている。

 てか、このままだと屋敷の扉壊されそうだし。

 

「あ~もう、うるせえええええぇぇえええ」


 俺は仕方なく屋敷を訪れた人物の対応をする事にした。


「ふぅ。俺をシェルターから出した事は褒めてやろうじゃないか」


 まあ、本当に勧誘だったら適当にあしらって帰ってもらえばいいんだしな。

 ――――ベッドから抜け出すと何だか体がスースーしている気がした。


「ん? なんだかいつもと違うような――――」


 視線を下に落としてみると、こっちに来てから適度に鍛えられた肉体とトランクスが…………って。


「裸やないかい!!」

 

 ――――な、何で俺は裸なんだ?

 と、とりあえず今の状況を整理する為に記憶を少し辿ってみる事にしよう。

 あれはそう…………確か数日前までは普通に寝間着を着ていたはずだ。

 キレイ好きな俺は皆がいない間も毎日洗濯をちゃ~んと…………。

 ん? ん? ん? …………おかしいな? ここ数日洗濯した記憶が無いぞ?

 そういえば1人だけになって洗濯物の量が減ったから後でまとめてやればいいやって思うようになって、その後に積み上がった洗濯物の山を見たら明日から頑張ろうって…………ああっ!? 今って何日目の明日だ!?

 どうやら普段から駄女神を見てるとああはなってはいけないと深層心理で思いしっかりしてしまってたのだろう。

 まさか世界中の駄目を集めたような反面教師がいない事による弊害が出てしまう事があるなんて思いもよらなかったぜ。

 

 ――――ドンドンドンドン。


 っと、そういや誰かを待たせてるんだったな。

 てか叩く音が本気で壊しそうな感じに変わってるんだが。

 着れる服を探すのも面倒だから俺はパン1で玄関まで向かう事にした。

 

 入り口まで到着した俺は鍵を外して扉を開けると、俺の休みを妨害する不届きな輩に一方的に要件だけ伝える事にする。


「あの。家は本物の女神がいるので、勧誘とか間に合ってますんで」

「勧誘? あの、いったい何を言ってるんですか?」

「あれ? もしかして勧誘じゃない? ――――って受付のお姉さん!?」

 

 俺の目の前にはウエーブのかかった金髪に、自己主張が強すぎるはちきれんばかりの巨乳をたずさえたグラマラスな妙齢の女性が立っていた。

 この人は俺が良くお世話になってるギルドで受付嬢をしている人で、手には何やら手紙のような物を持っている。

 普段はこっちから仕事が無いか出向くのに、わざわざ来るなんて何だか嫌な予感しかしない。

 てか妙にそわそわしてる気がするんだが気の所為か?

 目線もあわせてくれないし。


 …………はっ。これはもしかして俺の溢れ出る魅力に今更ながら気が付いて想いを伝える的なシュチエーションなのでは?

 手に持ってる手紙はそういう意味だったのか!?

 俺はお姉さんの想いに答える為、精一杯いい声を作って受け止める事にした。


「ん~ん~。お姉さん、今日は僕にどんなご用件ですか?」

「あ、あの。それよりカズマさんは何でそんな格好をしてるんでしょうか?」

「……そんな格好?」

 

 お姉さんの一言で今の俺はパン1状態だった事を思いだす。


「ちちち違うんです。これにはちょっと事情がありまして――――」

「はぁ。私もそういった趣味を持った人がいる事は存じ上げていますが、外に出る時くらいは服を着た方がいいかと」

 

 あれ? もしかして家では裸族だと勘違いされてる!?

 俺のいままで積み重ねて来たクリーンなイメージが崩れようとしてる!?


「ちょちょちょっと待っててください。すぐに服を着てくるので」

「いえ、よく考えたら普段押さえつけている欲求を全て開放して楽しまれている最中にお邪魔した私のほうが無粋でした、どうぞ本来の姿のままでいてください」

「いやいや本当に違うんですってば」

「それに要件はすぐに終わるので大丈夫です。それに、その。この事は誰にも言いませんので安心してください」


 どうやら今日はもうこれ以上弁明しても聞いてくれなそうだ。

 イメージ回復はまた後日行う事にしてとりあえず要件だけ聞くことにしよう。

 パン1で正面に立つわけにもいかないし、とりあえず扉の後ろに隠れるようなポジションを取ることにした。


「ところで、要件って何ですか?」

 

 受付のお姉さんはまだ恥ずかしいのか横目でチラチラとしか俺を見ない。

 そんなに恥ずかしいなら普通に着替えにいったんだが。

 

「実は最近になって街の北で魔物の群れが目撃されるようになって、それで皆さんに調査と出来れば討伐をお願いしたのですが――――」

「はあ。別に構いませんが何で自分たちに?」

「その。報告を聞くとかなり数が多くて、しかも日に日に増えていってるようなのです。他の冒険者の方にもお願いしたのですが数が多すぎて逃げ帰ってくるので精一杯で。なので実力だけはある皆さんにお願いをしに来たのです。もちろん報酬もそれなりの額を用意させてもらってます」


 う~む。高額報酬は魅力的ではあるが、それよりも依頼内容がかなり厄介な気がする。

 今は他のメンバーがいない事だし、ここはいったん断った方がいいかもしれない。


「こっちも受けれるなら受けたいんですけど、実は今は他のメンバーが留守でしばらく俺1人しかいないんですよ」

「そうなのですか? ああ、だから最近ギルドに顔を出さなかったんですね」

「そうなんですよ。だから他が戻って来てからでもいいですか?」

「こちらとしてはなるべく早くやって欲しかったのですが、流石に1人だと難しそうですね」

「せめて誰か1人でも残ってたら受けたんですけどね~。1人だとな~」

「分かりました。でしたら一応クエストの依頼書だけは持ってきているので、内容の確認だけでもしておいてもらえますか?」

「ええ、それくらいならOKです」


 俺は依頼書を受けとろうとしたんだが、お姉さんはパン1の俺を直視出来ず少しうつむいているのでちょっと取りにくい。


「あの~。もうちょっと取りやすい位置にしてくれたらありがたいんですが」

「あっ、すみません。これでどうでしょうか?」


 まだちょっと遠いな。

 まあ、少しだけ手を伸ばして取ればいいか。

 ――――しかし、頑張って伸ばしてみるも、扉の影に隠れている状態なので微妙に手が届かなかった。


「…………あれ、まだちょっと取りにくいか。よし、もうちょ……………うわわっ!?」

「えっ!? ちょ、ちょっとカズマさん!?」


 無理な体制を取ったせいかバランスを崩してしまって、受付のお姉さんを巻き込みながら倒れ込んでしまった。

 

「ってて。大丈夫ですか?」

「は、はい。なんと…………きゃっ」


 ころんだ衝撃でよく見えなくなっていた目の焦点があってくると、よくあるラッキースケベ的な感じにお姉さんを押し倒した状況になっていた。

 転んだだけなら色々と言い訳が出来そうだが、今の俺は服を着ていないからどう見てもお姉さんを襲っている不審者にしか見えない。

 …………あぶね~。駄女神達がいなくて良かった。

 もし状況を知らない奴に今の惨状を見られたら自生終わりってレベルじゃなかった。

 

「す、すみません。すぐにどきます」


 と、いいつつもこんな美味しい状況なんて滅多にある訳じゃないし、もう少しくらい今の状況を楽しみたいものなんだが。

 俺はなるべくゆっくりと立ち上がろうとすると、途中で何やら後ろの方から視線を感じた。


「ななな、何をやってるんですか!!!」


 声に反応して後ろを見ると、そこには赤い服の上に黒いローブを羽織り、トンガリ帽子を頭に被っている少女の姿があった。

 

「め、めぐみん!? 帰ってくるのはもうちょっと先だったはずじゃ!?」

「予定が少し早めに終わったから急いで帰ってきたんです!! それよりこれはアレですか? 今夜お楽しみするのを待ちきれずに今すぐお楽しみする所だったんですか!!!」

「いや、これは事故だから。普通に転んだだけだから」

「転んだだけで裸になるかああぁあああ!!!」


 ――――殺気を感じた俺はとっさに体制を立て直してその場から離れると、俺の頭があった場所にめぐみんの手に持っている杖が空を斬る。


「ちっ。外したか」

「あ、危ないだろ。当たったらどうすんだ!」

「当てる気だったのですが何か?」


 これは本気でやりに来てる目だ。

 落ち着かせないとやばい。


「だから誤解だって」

「ほー。5回も殴って欲しいのですか!! 5回と言わず10回でも殴ってあげますよ!」

「ちがうから! ちゃんと説明するから、ちょっと深呼吸してみろって。あとで何でも言うこと聞いてやるからさ?」

「――――な、何でも? そ、そこまで言うなら少しだけ。すぅ~は~すぅ…………はっ!? よく考えたらカズマがこんな事出来る甲斐性があるわけ無かったです」


 おい、なんか失礼な事いってないか?


「そうです。これは夢の可能性が――――というか夢に決まってます」


 めぐみんは自分の頬を軽くつねってぷにぷにの頬を少し伸ばした。

 ふむ、これはたぶん現実逃避に入ってるな。

 それに、すごく動揺しているのか少し涙目になるくらい強くつねっているみたいだが、なかなか現実を受け入れられないみたいだ。


「うぅ~。夢のはずなのに痛いです…………。これは現実? いや、つねる力が足りなかった可能性が…………。これはもっと破壊力のある方法で夢から覚めないと――――」


 めぐみんは俺たちから少しだけ距離を取り、杖を掲げて詠唱を始め――――ってやばいだろこれ。


「夜を塗りつぶす水滴よ。天秤の器より…………むぐっ」


 俺はパニック状態で爆裂魔法をぶっぱなそうといてるめぐみんの口を押さえつけて無理やり詠唱を止めた。

 あぶね~。家が吹き飛ぶ所だったじゃないか…………。

 ――――それから俺は受付のお姉さんと2人がかりでなんとかめぐみんの誤解を解き、まともに話を聞いてくれる状態に持っていった。


「まったく。初めからそう言えばよかったのに。次からは気をつけてください」

 

 初めからそう言ったんだが。


「あの~。ちょっといいですか?」


 おっと、このまま受付のお姉さんを待たせとくのも何だし早めに要件をすませておこう。


「ああ、待たせちゃってすいません。とりあえずクエストの内容だけは確認しとくので依頼書だけ置いていってもらえば後で読んどきますよ」

「いえ、クエストを受けてもらえそうなのでこの場で依頼を発注しますね」

 

 あれ? 依頼書だけ受け取って昼寝の続きをしようと思ったのになんで依頼を受ける事になってんだ?


「先程2人だと受けるとおっしゃってましたし、めぐみんさんが帰って来られたので条件は満たしてますよね?」


 うっ。そういえばそんな事を言ったような言ってないような。


「なんですかカズマ。また厄介なクエストを受けたのですか? 安心してください、どんなクエストでも私の爆裂魔法で全部吹き飛ばしてあげますから!」


 駄目だ。いつもの事だがこいつ依頼内容より爆裂魔法をぶっぱなす事しか考えてねぇ。


「では私はもう行きますね。あまりギルトを留守にする訳にもいきませんので」

 

 と、受付のお姉さんは依頼書を半強制的に手渡しギルドへと戻っていってしまった。

 まあ寝てるだけなのも飽きてきた事だし、依頼料もそこそこ貰えるみたいだし、危なかったら逃げればいい訳だし、偵察くらいならいいかもしれないな。


「すまん、めぐみん。帰ってきたばっかで悪いんだけどちょっと依頼を手伝って――――」

「こっちは何時でもぶっ放せます!」


 めぐみんは杖を掲げて準備万端アピールをした。

 そうだな。依頼内容なんて爆裂魔法を撃てる口実になればいいんだよな。


「まあいいや。とりあえず詳しい内容を確認してみるとしよう」


 封筒を開け依頼内容を確認してみると、数日前から街の北に魔物の大群が確認されて少しずつアクセルの街の方へと向かってきてるらしい。

 移動速度はそんなに早くはないようだが、アクセルの街からそのまま真っ直ぐ進むと王都があって、もしかしたら王都が魔物の目的地の可能性もあるので早めに情報をつかんでなんとかしろとの事。

 

 ……いや、それなら王国軍が何とかしろよ。

 と思ったが下の方に追伸で王国軍は現在他の場所で魔王軍と交戦中で援軍は期待するなと書いてあった。

 今の場所での魔王軍との戦いが終わったら駆けつけるみたいだが、数が数だけに早めの情報が欲しいらしい。

 

「――――と、いう事みたいなんだが内容は理解できたか?」

「余裕です。魔物の大群を見つけ次第、爆裂魔法を撃ち込んで一網打尽にする!」

「まったく理解出来てねーじゃねーか!」

「わかってないのはカズマの方では? 大量の魔物を殲滅するのに私の爆裂魔法以外で何か方法があるというのですか?」

「方法は問題無い。だが、お前が何も考えずに爆裂魔法を使うせいでこの前の依頼がめちゃくちゃになったの忘れたのかよ!!!」


 ――――そう、あれは数週間前だっただろうか。

 俺たちは山のふもとにある畑を、山頂を住処にしてる魔物が荒らしてるから何とかしてくれって感じのクエストを受けた。

 参謀役の俺が考えた作戦が見事にハマり畑にやってきた魔物を各個撃破していき、クエストの成功は目前かに思えた。

 …………が、ふとしたミスで魔物に逃げられてしまい、あろうことか住処に逃げ込まれてしまったのだった。

 籠城戦は少しやっかいだなと考えていると、後先考えないめぐみんが突然爆裂魔法を魔物の住処めがけてぶっ放してしまう。

 結果的に魔物は全て討伐する事が出来たのだが、山頂で爆裂魔法を使ってしまった為に山崩れが起きてしまい、大岩や魔物の住処の瓦礫などが畑になだれ込んでしまったのだ。

 そのせいで今年の畑の収穫物は全滅しクエストは失敗。

 一応魔物を倒した事と来年にはなんとか元通りになるとの事で一応罰金はなんとか免除して貰えたが、俺が必死で畑の人達に謝って回った事は駄女神達は知らないだろう。


「あれは今でも少し反省しています」

「ほう? 爆裂魔法をぶっ放す事しか興味がない爆裂娘が反省するなんて何かあったのか?」

「あの時はちょっと調子が悪かったので威力が少し足りませんでした。本当は跡形も無く消し飛ばす予定だったので」

「威力の反省じゃねえ! 被害の反省をしろ!」


 あれ以上の威力で撃つって、山ごと吹き飛ばすつもりだったんか。

 そんな事してたら畑は再起不能ってレベルじゃ収まらならないくらい大変な事になってただろう。


「そんな事より早く出発しましょう。まだ今日の分の爆裂魔法は撃ってないので」

 

 再び杖を掲げてアピールするめぐみん。

 いつもの事だが清々しいほどに反省する気配無し。

 まあ今回のクエストは山じゃないし、めぐみんの爆裂魔法で一掃できればすぐに完了になるかもしれないからとっとと終わらせてしまうのが正解かもしれないな。


「ふぅ、わかったよ。じゃあ俺はウィズの店でクエストに使えそうなアイテムがあるか見てくるから、めぐみんは荷物を部屋に置いて準備をしといてくれ」

「わかりました」


 無駄に肩肘を張ったポーズで答えるめぐみん。

 ポーズの意味は特に意味は無いだろう。

 めぐみんに要件を伝えた俺はそのままウィズの店に行こうとすると、後ろからめぐみんに呼び止められた。


「ちょ、ちょっと待ってください。そのまま行く気ですか!?」

「ん? どうかしたか? 特に忘れ物はしてな…………」


 めぐみんの目線の先を辿るとそこには俺の自慢のエクスカリバーの最終防衛ラインをぬの1枚で守っているトランクスの勇姿があった。


「ふっ、服を忘れてた!?」


 やれやれ何をしてるんだと呆れ顔のめぐみんの横を素通りし部屋に直行した俺は洗濯物の山からいつもの冒険服を取り出して急いで着ることにした。

 まだ生乾きのせいか少しだけ臭いがするがこの際仕方ないだろう。

 

 ――――そして、そのままウィズの店へと直行し店の扉を開け放つと、黒いタキシードに身を包みニヤついた仮面をつけた男の店員が俺を出迎えた。


「おお。誰かと思えば不良冒険者ではないか。はて、今日は宴会でしか役に立たない駄女神達は一緒では無いようだが?」

「他はちょっと野暮用でいないんだ。それより回復アイテムを買いに来たんだけど、何か良いの無いか?」

「回復アイテムか……」


 バニルは口元に手を当てて少しばつが悪そうな仕草を取った。

 なんだか嫌な予感がする。

 こいつは少し油断すると理不尽な契約を持ちかけてくるから用心しないといけない。

 

「ん? もしかして売り切れてるのか?」

「いや、あるにはあるのだが少々数が少なくてな…………。そこの棚の上から3番目に置いてあるから欲しいのなら買っていくといい」

 

 この店にはいろんなマジックアイテムが売られている。

 冒険の役に立つ強力なアイテムもあれば、何に使うのかよくわからないヘンテコなアイテムも多い。

 変なアイテムは基本的にこの店の店主であるウィズが仕入れてきている物なんだが、どうやらその店主のウィズは店番をバニルに任せてどこかに行っているようだ。

 まあ、めぐみんを待たせてる事だし必要な物だけ買ってとっとと帰るとするか。


「え~と、上からいち、にい、さんっと……おっ、あった」


 俺は棚に陳列されている薬草を1つ手にとって品質に問題が無いことを確認して、予備の分も買おうとすると薬草につけてある値札がはらりと滑り落ちたのでついでに値段を確認する事にした。


「えっと値段は…………にっ、2000エリス!? おい、これ値札貼り間違えてるんじゃ無いか?」

「おいおい、吾輩がそんなミスをするわけ無いだろう? 間違いなく薬草1個で2000エリスだ」

「おいおいおいおい、いつからこの店はボッタクリバーになったんだ? 流石にこの値段なら他の店で買う事にするぞ?」


 俺は薬草を棚に戻して店を出ようとすると後ろからバニルに呼び止められた。


「別にそれでも構わんが、他の店に行っても似たような値段だと思うぞ」

「……え? それって、どういう事だ?」

「最近になって近くの採取地の周辺に謎のモンスターが大量に現れるようになったようでな、どうもそいつ等が思いのほか厄介な奴らしく薬草を取りに行った冒険者がことごとく返り討ちになってるのだ。そのせいで薬草の在庫が少なくなってその値段になったと言うわけだ」


 なっ!? 俺が少しだけ世間から離れた生活をしてたらいつの間にかそんな事になってたのか。

 ……って、待てよ。


「そんな大変な事になってるならギルドも緊急対策をするんじゃないのか? さっきギルドの人と話したけどそんな事は言ってなかったぞ?」

「それはそうだろう。なぜならギルドには報告してないからな」

「……は?」

「近くでは取れなくなってはいるがたまに来る行商から手に入れる事は出来るのでな、そこで薬草を通常の価格で売ったらどうなると思う?」

「……みんなが買いに来る?」

「そのとおり。たかだか50エリスの薬草を血眼になって醜く奪い合う冒険者を見ながら吾輩は至高の笑みを浮かべながら接客出来ると言うわけだ」


 …………悪魔かこいつは。


「悪魔では無い、大悪魔だ」

「あ~はいはい、そうだった」


 当然のように心を読んでくるバニル。

 あまり悪態をついてもこいつを喜ばせるだけだから適当に流しておこう。


「ちなみに薬草以外の回復アイテムは?」

「当然全部売り切れてるに決まっているだろう」

 

 ですよね~。

 ふぅ、こうなったら何か代用出来るのを考えるしか無いか。

 

「…………ん? 待てよ。そういえばポンコツ店主の仕入れた物で回復系のが一種類だけあったような」

「何かあるのか? この際どんなのでもいいぞ」

「――――ふむ。たしかに今どんな物でもいいといったな? では少し待っていろ」

 

 バニルはそう言って店の片隅にある日用品が置いてある場所から一冊の本のような物を取って俺に差し出した。


「……なんだこれ?」

「使い捨ての魔法書だ」

「呪文書? 俺は冒険者だから魔法はそんなに得意じゃないし、めぐみんは爆裂魔法以外は覚える気が全く無いんだが……それでどうしろと?」

「まったく、吾輩の話を聞いてなかったのか? この魔法書は使い捨てだと言っただろう」

「――――使い捨て?」

「そうだ。このアイテムは誰でも中に書いてある魔法が1度だけ使えるといった素晴らしいアイテムなのだっ!」

「へ~。結構便利なアイテムなんだな。それで、その魔法書にはどんな魔法が入ってるんだ?」

「ふふふ。聞いて驚け、ここに登録されている魔法は爆裂回復魔法。その名の通り爆裂に体力を回復する事が出来る超上級魔法なのだっ」

「おおー。すげーじゃねーか」

「そうだろう、そうだろう。しかも今は在庫処分セール中につき1冊たったの200エリスだ。さあ好きなだけ買っていくといい」


 1回しか使えないみたいだが上級回復魔法が使えるならかなり役に立ちそうだ。

 値段も普通のノートより少し高いくらいだし、5冊くらい買っておいてもいいかもしれないな。


 ――――俺は日用品コーナーに置いてある魔法書を5冊手に取ってレジに持っていこうとすると、ふとポップの様な物が目に入った。

 そこにはデフォルメされたウィズの顔と店長おすすめの文字。

 …………店長おすすめ?

 って事はこれはウィズが仕入れたアイテムって事になるんだが。

 これは少しバニルを問い詰めた方がいいかもしれない。


「なあ、ちょっといいか?」

「どうかしたか? 吾輩も忙しいので会計は早めに済ませて欲しいのだが。ああ、ちなみにセール品は返品は受け付けてないのでそこだけは了承してくれ」

「それは別にいいんだが、これって体力を回復する魔法なんだよな?」

「最初にそう言っただろう? 最上級回復魔法が1度だけ使えると」


 …………おかしい。

 なんでただの薬草が2000エリスもするのにその上位互換みたいな効果のアイテムが200エリスで買えるんだ?

 絶対にこれは何かあるに違いない。


「――――それで、使った後はどうなるんだ?」

「…………」


 おい、なんで黙るんだ。


「もしかして何か副作用でもあるんじゃないだろうな?」

「ちぃ、カンのいい奴め。まあ大した事は無いぞ、少しの間動けなくなるくらいだ」

「ほー。それで少しってどれくらいなんだ?」

「ふむ、まあ半日と言った所だな」

「爆裂魔法と同じじゃねーか! それにウィズのポップがあるって事はウィズが仕入れたアイテムだろ? だいたいなんで魔法書が日用品なんだよ?」


 俺がまくしたてるとバニルは観念したようで。


「はーっはっはっは。バレては仕方ない」

「で? これはどんなアイテムなんだ?」

「まあ体力を爆裂に回復するのは本当だ。…………が、回復範囲も爆裂に広い為、味方だけではなく戦っている敵も爆裂に回復する事になるだろうな」

「……おい、それって使う意味無いんじゃないのか?」

「何を言っている? 敵味方共に全快して使った者が戦闘不能になるのだから実質マイナスになるだろう?」

「もっと駄目じゃねーか!」


 こいつはなんちゅうもんを売りつけようとしてたんだ。


「なので普通に売っても買い手がつかないので日用品のノートとして在庫処分してると言うわけだ。――――アホ店主が無駄に仕入れた不良在庫を捨て値で少しでも回収しようとする吾輩の苦労がお前にわかるか!!」

「ゴミアイテムを掴まされる客の苦労もわかれよ!!」


 涙目で訴えるバニルを無視して俺は魔法書を日用品コーナーへと戻す事にした。

 中身が気になって何気なく1冊手にとってパラパラと中を確認してみると、最初の1ページにだけ何やらよくわからない言葉で書かれた呪文が書かれていて他のページには何も書かれていないようだ。

 なるほど、これなら普通のノートとして問題なく使えるだろうな。

 表紙が結構オシャレだし日記帳として使ってもいいかもしれない。


 内容を確認して満足した俺は魔法書を棚に戻そうとすると少し手が滑ってしまい、床に落とさないようにあわてて手をのばすとページの1つを掴んでしまい直後ビリッと嫌な音が店内に響き渡った。

 

「……あ」

 

 恐る恐る音のした方を確認すると、呪文の書かれたページの半分くらいが裂けてしまっている。


「おお、これは困った。これでは売り物にならないではないか」 


 こころなしか嬉しそうな表情で全く困った様子のないバニル。

 まあ悪いのは100%俺だし、これは責任を取らないと駄目だろう。


「わかったよ。これ1冊だけくれ」

「まいどあり。――ああ、ちなみにページが完全に破れていなければ魔法は問題なく使えるので安心して使うといい」

「こんな魔法使うか!!!」


 ふぅ。予定外の無駄遣いをしてしまった。

 たぶんめぐみんは嫌がって使ってくれないだろうし、これを使うとしても俺が使わないと駄目だろうな。

 まあ、もしかしたら緊急時に何か役に立つかもしれないし一応持っていてもいいかもしれない。


 ――――しぶしぶ会計を済ませた俺は1冊の魔法書を手にめぐみんの待つ屋敷へと戻る事にした。

 








 


 ウィズの店から屋敷に戻った俺は扉を開けて中に入る前に少しやる事を思い出してウィズの店で買った魔法書を取り出した。


「まあ一応なにかの間違いでめぐみんが使ってくれるかもしれないし」


 俺は魔法書のタイトルの一部を隠すように値札を貼り替えた。

 なんだか在庫処分感が増してしまったがまあいいだろう。


 ――――小細工を済ませた俺はそのまま魔法書を手に持ったまま屋敷の中に入ると待ちくたびれたと言いたげな表情のめぐみんが出迎えてくれた。


「遅いです。いったい買い物にどれだけ時間をかけてるんですか!」

「ごめんごめん。なんか回復系のアイテムの在庫が少なくなってるみたいで、ちょっと選ぶのに手間取ってたんだ」

「そうなのですか? ちょっと初耳です」

「まあ俺らにはアクアがいるから回復系アイテムとかほとんど使う必要なかったしな。けど今回はあいつが留守にしてるから回復手段が無いと不安だろ?」

「それもそうですね。ところでどんな回復アイテムを買ってきたんですか?」

「…………えっと、全体回復の凄いのが手に入ったんだけど使い方が少しばかり特殊だから後でもいいか?」

「――――? 別に構いませんが、そんな凄いアイテムよく買えましたね?」

「訳ありセールだったからな。それより魔法書も買ってきたんだがちょっと使ってみる気はないか?」

「魔法書?」


 俺は爆裂ーー魔法と書かれた本を取り出してめぐみんに手渡した。

 

「これは一体どんなアイテムなんですか?」

「バニルいわく、そこに書かれてる魔法が1回だけ使えるんだとさ」

「わかりました。では今すぐ燃やしましょう」


 めぐみんはどこからか取り出したマッチに火をつけて魔法書を燃やそうとしたが、俺が急いで取り上げる事で何とか燃やされる事を防いた。


「ちょ、ちょっと。何脈絡もなく勝手に燃やそうとしちゃってるわけ?」

「はぁ。どうせこれは私に使わせる為に買ってきたんでしょう? 何度も言ってるように私は爆裂魔法以外使う気はありませんから、こんな物は不要です!」


 ふむ。やはりというか予想通りの反応をされてしまった。

 

「1回本のタイトルを見てみろよ」

「タイトルですか?」


 俺は再びめぐみんに魔法書を手渡した。

 また燃やそうとされないように手元には注意しておかねば。


「爆裂魔法? …………あの。私は既に爆裂魔法は使えるのでこれは全く意味が無いのでは?」

「あっれー。他の魔法と間違えちゃったかなー。けどせっかく買ってきたんだし使ってもいいんじゃね?」

「…………何か白々しいですね。まあ爆裂魔法だったら使うのもやぶさかではないですし。それに杖では無く本で魔法を使うのも中々かっこいい気がしてきました」


 本を広げて詠唱のポーズを取るめぐみん。

 ふぅ。アホの子で助かったぜ。

 

「それにしても値札のシールが貼ってあるのはかっこ悪いですね。これは剥がしておかないと――――」

「…………あ」


 めぐみんは魔法書からペリッっと値札を剥がすと、そこに隠してあった文字が現れた。


「…………なんでしょうこれは? 何やら私の知ってる爆裂魔法とは違う魔法が出てきた気がするのですが」

「こ、これしか回復アイテムが無かったから仕方なかったんだって」

「えっと確か燃えるゴミの日は……………今日から2日も先なのでやはり今すぐ燃やしましょう!」

「ちょ、ちょ~っと待ったぁ~」


 俺は再び燃やされそうになる魔法書を無理やり奪い取った。


「よ、よりにもよって私になんて魔法を使わせようとしたのですか!!!!!」

「爆裂魔法も爆裂回復魔法も似たようなもんだろ?」

「ぜんっぜん違います! なんで爆裂道を極めんとする私が回復魔法なんて使わないといけないんですか!!! これはあれですか? カズマを爆裂魔法でぶっ飛ばしてからこれで回復しろってドMプレイでもしたいのですか!!!」

「さ、流石の俺でもそこまで変態プレイとか求めてないわ!」


 やっぱりめぐみんに使ってもらうのは無理か。


「なぁ、めぐみん。そんなに他の魔法を使うのが嫌なのか?」

「嫌です。他の魔法を使ってしまったら爆裂魔法を使う時の感覚が鈍ってしまうので、例え使えたとしても絶対に使わないです。これも爆裂道を極めんとする者の宿命なので絶対に曲げる事は出来ません!」

「わかったよ、そこまで言うならもう諦める。ところで前から気になってたんだがめぐみんは爆裂道を極めてどうするつもりなんだ?」

「もちろん魔王を倒し爆裂道を極めた暁には私が初代総師範となり世界中の人々に爆裂魔法の素晴らしさを知ってもらう為の道場を作ります。――――その、カズマがいいなら一番弟子として入門してもいいですよ?」

「いや俺は爆裂魔法とか使えないから入れないだろ」

「そんな事はないです。爆裂道場は爆裂魔法を愛する心があれば例え使えなくても誰でもウエルカムでアットホームな道場にする予定なので」


 こいつは俺にお茶くみでもさせる気なのか?

 まああまり脱線しすぎても時間が勿体ないし、そんな先の事はひとまず置いといて今はやるべき事をすることにしよう。

 とりあえず爆裂回復魔法が使える魔法書は俺が使うことになりそうだ。


「じゃあこれは俺が非常時に使う事にするよ」

「別にいいですが、カズマが使ってもほとんど効果は無いと思いますよ?」

「え? なんでだ?」

「おそらく爆裂魔法と同じ感じの魔法だと思うので回復量などは使用者の魔力に比例するはずです。なので魔力値がそんなに高くはないカズマが使っても瀕死の状態から全快にはならないと思います。精々擦り傷が治ればラッキーくらいでしょうか」


 ん? つまりこれはあれか?

 俺が全力で使ってもちょっと良い薬草くらいの効果しかないって事か?

 これはメラゾーマでは無いメラだ!

 って感じの有名なアレの逆パターンってやつなのか!?


 ……あの詐欺バイト知ってて俺に買わせたな。


「仕方ない。まともな回復手段が無いから今回の依頼はひとまず偵察だけにするぞ」

「まあカズマがそう言うなら仕方ないですね。今回は爆裂魔法は控える事にします」


 こいつはこう言って何回暴走しただろうか。

 少しだけ不安に思いつつも、よく考えたら今までも準備万端でクエストに挑戦出来た事の方が少ないし今更ではあるんだが。


「よし、とりあえずクエストの場所まで行ってみるか」

「そうですね。ここからだとそれなりに距離があるようなので、あまり遅いと夜になってしまうかもしれませんし」

 

 俺は使いみちのない魔法書をズボンに雑に押し込んでからモンスターの大軍が発生してると言うクエストの目的地へと向かって行くことにした。







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