2:現場にて

「おう、野崎! それが例のダチョウちゃん達か!」

 肩幅の広い背の低い男が汗だくで大声をあげ手を振った。野崎は手を振り返すと、負けじと大声を張り上げた。

芳治よしじ! 調子は!?」

「まあまあだ! いや助かったよ!!」

 大根田はダチョウ恐竜から降りると頭を下げる。

「おはようございます! 野崎派遣会社の方から来ました!」

「おはようさん! 大根田さんだな? よく話は聞いてたよ! 高森組の高森芳治だ! 一週間前までは道路とかやってた! お互い大変だが、なんかあったらよろしくな!」

 芳治の差し出した手を大根田は躊躇ちゅうちょなく握り返した。

「おっと! すまんな、汚れて――」

「構いませんよ。今から存分に汚れますから!」

 芳治は、それもそうだなと大笑いし、茂みの向こうに声を張り上げる。

「おおい、茅野! ザキたちが来たぞ!!」


 一行はダチョウ恐竜に二人ずつ乗って移動してきた。

 時刻は十時を少し過ぎたあたりで、野崎派遣会社から東に三十キロ弱。干上がった鬼弩川や瓦礫を乗り越えながらも大体三時間で到着した。

 ボコボコになっているが広い道路が東に向けて伸び、左手には茂み、右手には田んぼがある。田んぼの向こうには線路があるが、東の方はレールが無くなっていた。

 野崎が腕を組んだ。

「あれが間丘線か。もう線路は引きはがしちまったんだな」

 芳治が肩を竦めた。

「力自慢と溶接できる奴集めたら、大体十時間で全部やれたよ。ホントならもっと丁寧にやりたかったんだがな」

 佐希子がおおっと声をあげた。

「ど、どういうこと!? 詳細を――」

 野崎が迫りくる佐希子を、後でな、とかわしていると茂みの中から背の高い眼鏡をかけた男性が現れた。

「ようザキ……そちらが大根田さんと五十嵐さん――ああ、もしかして、そちらのお嬢さんが八木さんですか? こんにちは、土木課の茅野です」

 大根田は名刺を差し出して頭を下げる。五十嵐も頭を下げ、茅野も名刺を差し出すと頭を下げた。大根田は名刺を受け取ると、ちらりと茅野の顔を見た。

 成程、眼鏡が汚れている。

 佐希子が、いやいやと手を振った。

「この期に及んで名刺交換って」

 茅野と大根田は顔を見合わせた後、悲しげに首を振った。

「「習性です」」

 悲しいな、おい! と佐希子が二人にツッコむと、茅野は満足そうな笑みをちらりと浮かべた。

「さて、作業の細かい説明をします。八木さん、この前みたいなチャットをお願いできますか」

「了解。地図とかも共有しますかい?」

 茅野は頷くと、おっという顔をした。

 佐希子が振り返ると、アマツが地面からふわりと姿を現すところだった。芳治達作業員が驚きの声をあげる。

『はじめまして。こちらの大根田氏たちの協力者、アマツと申します。八木嬢のサポート役と思っていただきたい』

 茅野はちらりと野崎に目配せをする。野崎は軽く頷く。

 アマツは佐希子の肩に手を置いた。

『周囲で作業している六百五十八人に繋ぐ。脳への負荷を軽減するために一度龍脈にアップしてから君が情報を選別してくれ』

「ろ、六百って――んじゃ、ネット配信みたく、皆の声は文字情報も同時に表示する感じでいいかな?」

『いいだろう。では――』


 専門的な話を始める佐希子とアマツの後ろで、五十嵐が腕を組んで視線を上に向けていた。

 茨城との県境まで約六キロ。そびえたつ『壁』は、町中にある『崖』と高さは同じようだった。だが、連なっているので圧迫感が段違いである。

「息苦しいな……日本の光景とは思えねぇ……」

 大根田が横にやってくる。

「実際近くにくると、恐ろしいですね……」

 芳治が煙草に火を点けながらやってきた。

「いやあ、あの壁な。どうにかできないもんかね?」

 五十嵐が首を捻った。

「飛んでいくと、霧の化け物が襲ってくる。だから、登るのも同じなんだろうな。ってことは安全策は掘るってことかな」

 いや、と芳治が首を振る。

「うちに掘削くっさくができる連中がいるんだが、茨木に向けて穴を掘ろうって近寄ったら――」

 どうなりました、という大根田。そこに佐希子も飛んできた。

「準備できましたーって、なんか興味深い話してない!?」

 芳治は苦笑した。

「いや、そこまで興味深くはないぞ。近寄ったら地響きが聞こえたんで、慌てて逃げた。終わり」

 佐希子が、むむっと声をあげる。

「いや十分興味深いよそれ! 京都と北海道じゃあ壁に近寄っても何も起こらなかったと聞いたんだよね」

 大根田が、ほうと声をあげる。

「じゃあ、向こうじゃあ壁をどうにかし始めてるの?」

「いや! アメノサギリの件があるから、とりあえず壁に触れてみて、そのまま帰ったんだよね。戦力的にも不十分だし、もっと優先すべきことがあるしね。

 しかし、地響きがしたという事は何かあるかもしれないわけだ!? 

 くぅ~っ、確かめたい! 今すぐ確かめたい――いや、でも今はそれどころじゃない――で、でもぉ!!」

 アマツが佐希子の後ろに現れた。

『まずはこちらの仕事に集中することをお勧めする。今の話を聞く限り、壁の調査は時間がかかるだろうな。実際あそこには何かがある。私が通過できないのだから』

「う、う~む……あれ? アマツさん、最初にあたし達を大根田さんの夢に引き込んだ時はどうやって――」

『龍脈は一応全国に繋がっている。だが、壁によって特定の情報は遮断されてしまうのだ。

 マナ電話と同じく、壁の向こうの人間とは龍脈を使って通信ができるが、大容量の情報、例えば私等は壁の向こうに行くことができない。

 君達と最初に接触した時は、八木嬢の情報を基に、大気中と龍脈に零れ落ちた関連情報をできるだけ回収して、『ああいう風に体感させた』のだよ』

「ほへぇ~……ってことは、やっぱり壁に何かがあるわけか……くっそぉ、鬱陶しくてむかつく壁だぜ!」

 佐希子の言葉に一同は同意した。



『皆さん、もうそろそろ昼ですがおはようございます。居種宮市上下水道局の茅野です。現在は栃木県上下水道の取りまとめを臨時で行っております。

 増援の方々が到着いたしましたので、繰り返しになる方もいると思いますが作業の内容、及び分担を説明いたします』

 おおっという声が、そこかしこで上がる。

 全員の脳内に周辺の見取り図が浮かび上がったのだ。

『どうも! 茅野さんのお手伝いをやっとります八木と言うケチなオナゴでございます!』

 なんだそのキャラは、と五十嵐がため息をつく。

『お手元――じゃなくて脳内にお届けしましたのは周辺地域の地図です。皆さんの位置は地図内におきましては青い光点で表示しております』

 赤は何だ? と誰かの声。大根田の脳内に同時に文字が浮かぶ。

 茅野の冷静な声が聞こえた。

『皆さん言うところの化物――マナモノです。光点の大きさは人間と比較しての、含有マナ量ということで良いですかね、八木さん?』

『そうですそうです! 大きくなればなるほどゴッツい奴がいると思ってください!』

 大根田はふむ、と地図を見回す。

 一番近いのでは、左のやぶの奥、距離にして一キロの所に二匹いるらしい。光点の大きさは人間と変わらないようだ。

「大型はいねえみたいだな」

 五十嵐は膝の屈伸をし、続いて上半身を左右に捻った。

「数も二匹だけですね……ということは、僕たちは土木作業のお手伝いということなんでしょうか?」

 いや、と野崎が首を振った。

「今はまだ、ってことだ」


 茅野の話が続く。

『本日の作業は水路作成に絞ります。

 鷲野祖わしのそキャンプ場跡地から四キロ先の瀬五道調整池せごどうちょうせいちまで水路を作ります。調整池はそのまま使えますが、地下水路が全てダメになっておりますので、地上に水路を作成します。

 北関東国際カントリークラブ内を貫通させ、増援の皆さんが今いらっしゃる二キロ先の間丘鉄道の脇、二貝町ふたかいちょう宍原田ししはらだまでですね。そこに給水塔と仮設の駅を建てる予定です』

 大根田は左の藪を見上げる。

 成程、傾斜を利用するわけか。しかし、大元の水をくみ上げる所はどうなっているのだろうか?

『さて、ここから増援の皆様への説明になります。

 先日の作業中、我々はマナモノの群れに襲われました。幸い死者は出なかったのですが、建設中の水路、そして作業員と水車に多大な損傷――まあ、ぶっちゃけ、めちゃくちゃにやられてしまいました。ですので、皆さんは手分けして各作業現場の護衛をしていただきたい』


 地図上に小さな四角が四つ現れた。ネットでよく見かけたサムネイル――縮小画像のようなものに見える。

『はい、八木です! ええっと、昨日現場で働いていた人がマナモノの写真を撮ってくれたんで、どういう奴が襲ってくるのか参考にしてくださいね~』

 大根田は脳内でサムネイルのような物に意識を向ける。と、小さな四角はふわりと拡大した。いかにも佐希子らしい仕掛けだ。

 手振れが激しいが、大きな黒い塊に見えた。手足があり、頭のような物も見える。

『ヨモツシコメか? 大きさは?』

 五十嵐の質問に、佐希子が答えた。

『えーっと、二メートルくらいだそうな。一応その個体は昨日討伐されたんだけど、同種が来る可能性はでかいね。で、ヨモツシコメは陽の光の下にはどうやら出てこれないみたいなんで――』

 ああ、と大根田はポンと手を打った。

 そういえば最初に遭遇した階段は真っ暗だったし、二つ頭が暴れたのは薄暗いホール。黄泉付喪の大ムカデは夜に襲ってきた。

『――なんで、茂みや森に引き込もうとしてくるんだと。地図上の光点二つはこいつだと思うんで、注意して、さくっとやっちゃってください』


 五十嵐は別のサムネイルを開いた。

『あとは――でかい蜘蛛と、なんだこりゃ? 火の玉――いや、電気の球か?』

 成程、四つのうち二番目は大きな蜘蛛だ。足が長く、胴体は黒い。姿形はただの蜘蛛だが、横に並べてあるスコップとの対比を考えると一メートルはありそうだ。

 そして三番目。確かに火の玉に見える。

 青白くぶれた玉。だが拡大するとスパークのようなものが表面に見えた。

『これは精霊の一種だと思われるねえ。京都で観測された『イカヅチ』と同じものなら、大きさは20~30センチ。敵意は無いと思うんだけども、ちょっと厄介で――』

『その球体は周囲の人間を感電させてくるんですよ。金属に落雷するんです』

 茅野が淡々とそう言った。

『死亡するほどではないのですが、ショックで昏倒した方が七人ほど出ました。これを見かけたら即座に作業を中断し退避してください。しばらくすればいなくなります』

『恐らくは、タンポポの綿毛のように大気中のマナの流れに乗って移動しているだけなんでしょうなあ。実に興味深い!』

 興味深いって言っちゃったぞ、あいつ、と五十嵐が苦笑いをする。

 大根田もふふっと笑いながら最後のサムネイルを開いた。


 ぶれた真っ黒い塊が映っていた。


 だが、形は人型ではない。歪んだ輪、黒いドーナッツといったところか。大きさは大根田の腰位までであろうか?

『最後の写真は――ヨモツシコメ? 亜種?』

 いや、と野崎が頭を振った。

『そいつらが問題なんだよ。ヨモツシコメやら蜘蛛やらは、どうにか対処できたんだそうだ。だが、そいつら、イカヅチと一緒に来たんだけども――』

 芳治が後を継ぐ。

『動きが速いし、ぶん殴っても全然ダメでな。何人も『かれ』ちまった』

『『轢かれた?』』

 大根田と五十嵐は顔を見合わせた。

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