6:ダンジョン攻略レベル1:マナ土偶
分岐点まで戻ると、大根田達は右の廊下を進んだ。
カーブを過ぎると廊下はやや下りになり、しばらくすると行き止まりになった。右側の壁がガラス張りになっている。
床に点々と続いていた黒い液体は、一番奥の割れたガラスまで続き、消えていた。
五十嵐と大根田は壁に背をつけると、ゆっくりとガラスの向こうを覗く。
薄暗く広い空間がそこにあった。
すべすべとしたコンクリートの壁が、すり鉢のようになだらかな坂を作って落ち込んでいく。
その中心にして一番底が、ぼんやりと青く光っている。
「あそこが、コアってことか?」
「ううん……佐希子ちゃん、どう? あれがコアかな?」
佐希子は大根田と五十嵐に挟まるように、顔を出すと下を覗く。
「……遠いけども、多分……でも、首吊りの噂はどこ行ったんだろ?」
ああ、と大根田も目を凝らす。
アルコビルがダンジョン化した理由は、『首吊りをした人間の幽霊が出る噂』が原因であると踏んで、三人は突入したのである。そいつをどうにかすればダンジョンが消滅すると思っていた。
だが、そんなものは見当たらないのだ。
しかし、と大根田は考える。
そもそも、本当に首吊りはあったのだろうか?
確かに幽霊の噂は聞いたことあった。だが、職場の目の前のビルで自殺があったのなら、もうちょっと詳しい話が耳に入ってくるのではないだろうか?
「……おい、あれじゃねえのか?」
五十嵐がガラスに触れないように上を指さした。
大根田の目線の先、すり鉢の上に何かがぶら下がっていた。
人――いや、違う。大きさこそ人のそれで、両腕もあるが、下半身が膨らんだ白い体。
「あー……そういうことか……」
大根田は噂の真相を理解した。
すり針の上にプッピー君が紐で首をくくられてぶら下がっている。
しかも、よくよく見れば、暗闇の向こうにも幾つものプッピー君がぶら下がっているようなのだった。
五十嵐が眉をひそめた。
「……つまり、本当の首吊りがあったわけじゃなくて、どっかの馬鹿があのロボットをどっからかぶら下げたのが噂の大元ってことか?」
佐希子がうんうんと頷く。
「そんなとこなんだろうねぇ。で、多分アルコが閉店した際に、プッピー君が回収されなかったから噂が加速したんじゃね?
もしかしたら、本当の首吊りがあったかもしれないけども、幽霊なんか出てなくて、肝試しに来たバカが回収されてないプッピー君をぶら下げて、本当の首吊りの話とくっついて、噂が変形していったとか――」
「解釈はどうでもいい。ともかく、あれを全部ぶっ壊せばいいんだな?」
「恐らくはそうだと思うんですが――うん!?」
大根田はぎくりと体を強張らせた。
ぶら下がっていたプッピー君の顔が、いつの間にかこちらを向いていたのだ。げっと、佐希子が声をあげる。
「あれ、さっきまでこっちを見てました!? 動いてるよね? 動いてるよね!?」
バンっと大きな音がした。
大根田はさっと小太刀を抜くと、中段半身の構えをとる。二つ先のガラスが粉々に割れると、首に紐が巻かれたプッピー君ががしゃがしゃと音を立てながら、這いずって入ってくる。
佐希子はすかさず銃を構えると乱射した。プッピー君の半身が吹き飛び、佐希子が、やったぜ! と雄たけびを上げる。
だが、乱射された銃弾とプッピー君の残骸は無事なガラスを全て吹き飛ばしてしまった。
それを待っていたかのように、ぶら下がったプッピー君達は揺れながら大根田達の方に向かってきた。
しかも暗闇の中から、続々とプッピー君が現れる。その数は十や二十ではきかないのだ。
「くそっ! どうする!!? あの数はやばいぞ!」
五十嵐の言葉に、大根田は即断した。
「下に降りましょう! ここでは狭すぎる!」
五十嵐は頷くと、廊下に入ってきたプッピー君三体を、豪快に蹴り飛ばす。佐希子は、顔を引き攣らせて、大根田のシャツの端を掴んだ。
「りょ、了解! で、でも、高さは――」
「いいから、行くよ!」
大根田は佐希子の腰に手を回し、命綱を掴むと、割れたガラスから身を躍らせた。三メートル弱くらいの高さを尻から落ちると、鈍い衝撃と鈍痛が襲ってくる。
「いった! 大根田さん、尻が割れました!」
「余裕があるね、佐希子ちゃん! 足とかは大丈夫?」
「尻です! 主に尻――」
ずさっと五十嵐が見事な着地を決めた。
「おう、二人とも大丈夫か!? どんどんきやがるぞ!」
かさかさと音を立てながら、プッピー君が斜面をこちらに這ってくる。
大根田は五十嵐に背を向けると小太刀を赤熱化させた。
「佐希子ちゃんは、上と後ろをカバー! このまま底まで行くぞ!」
すり鉢の傾斜は緩やかだった。だが、大根田達は何度も足を滑らせた。飛び掛かってくるプッピー君を破壊するほどに、周囲に黒い液体が飛び散り、それが足の踏ん張りを難しくさせるのだ。
うおおっと五十嵐が声をあげると、坂を転がった。体当たりをしてきたプッピー君を受け止めたために滑ったのだ。たちまち五十嵐にプッピー君が数体群がる。マネキンのような手が体を強く叩き、細い指が目や耳を
「五十嵐さん!」
大根田は助けに行こうとするも、次から次へとプッピー君が襲い掛かってくる。
「佐希子ちゃん! 五十嵐さんを!」
佐希子は、あたしがやんのかよと毒づきながら、斜面を滑りながら銃を乱射した。
五十嵐があぶねえと叫びながら頭をかばい、群がっていたプッピー君達が吹き飛ばされる。
と、五十嵐の向こうで、何かが大きく動いた。
「五十嵐さん! ヨモツシコメだ!」
五十嵐は弾かれたように跳び退ると、まだしがみついていたプッピー君を両手で引きはがし、すかさず前に掲げた。
巨大な黒い爪がプッピー君を握りつぶす。
ぼんやりとした青い光に照らされ、黒い影が立ち上がった。大根田達が先刻戦った手負いのヨモツシコメ。
だが、ヨモツシコメは膝をつくと、すり鉢の壁面に爪を立て、吠えた。
「え!?」
佐希子が驚き声をあげる間にも、ヨモツシコメは底にある青い光に向けてずるずると滑り落ちていく。まるで何かに捕まれているように、もがき、爪を立てるが、それも叶わないようだった。
暗がりからプッピー君達が無数に這い出してきた。
まだ、こんなにいやがったのかと五十嵐が驚きの声をあげる。だが、更に驚くことに、プッピー君達はヨモツシコメに殺到し始めた。
ヨモツシコメは腕を振り回し、プッピー君を叩き壊す。だが、一体を潰す間に二体に取りつかれ、やがて全身にプッピー君が取りついてしまった。悲鳴があがり、ヨモツシコメの物であろう黒い液体がプッピー君達の間から飛び散り始めた。
「……見ろ!」
ヨモツシコメの黒い液体は、どろどろと斜面を下り、そこにある青い光の下に溜まり始めた。液体はブクブクと沸騰し始め、そして――光が形を取り始めた。
最初に光は大きくなっていった。
そして、明るさを強めると、大きな星型のようになった。
星の頂点が大きくなると、丸い文様が浮かび上がりはじめ、残りの部分が下に垂れ始める。丁度頭の大きな、ディフォルメされたような人型になりつつあるのだ。
大きくなった頂点――顔の部分の丸い文様は三つに別れ、それぞれが目と口のようになり始める。全身には斜めの筋が浮かび、顔の上には髪のような渦巻く部分ができ始める。
佐希子が呆けたような声を出す。
「ど……土偶? これ土偶っぽくないですか?」
成程、佐希子の言う通りだと大根田は思った。学校の教科書の片隅に乗っていた土で作られた人形。社員旅行で行った博物館にあった、目の片隅に流れていく古代の土製品。
光の土偶はぐっと立体になり、ごつごつとした、石のような物体に変化していく。
「おい、なんだこりゃ……」
五十嵐の言葉に、佐希子が興奮した声をあげる。
「土偶だよ、土偶! 形は――ミミズク型だったかな? そっか! 古代の土偶ってのはマナの具現化した姿を模したもの――ということは! やはり古代はマナが地上に溢れていて、つまり、魔法やシャーマニズムというのは本当の意味での魔法やシャーマニズムで――」
佐希子は言葉を止めた。
巨大な土偶にプッピー君が群がり始めた。大根田達が破壊した残骸も斜面を滑ってくると、土偶に引き寄せられていく。
「おいおいおい! まずいんじゃねぇか? おい、どうすりゃ――」
「い、いや、こんなのわかんないって! 一体何が――」
混乱する二人をよそに、大根田は秘かに距離を詰めつつあった。
『五十嵐さん! 仕掛けますよ! 物質化してるなら、剣で何とかできる!』
大根田のマナ電話に、五十嵐がさっと反応する。
『どうすりゃいい!?』
『佐希子ちゃんをお願いします。とりあえず突いてみますんで、僕が吹っ飛ばされたらキャッチしてくれると――』
『無茶はよせっ!』
土偶がぐるっと大根田の方を見た。
しまった!
アマツにマナ電話が筒抜けだったように、こいつにもマナ電話は――
バキバキという音を立て、土偶は砕けたプッピ―君でできあがった大きな体を動かし始めた。だが、大ムカデほどの大きさではない。精々五メートル、いやもっと低い――
突如、大根田の息がつまった。
首をぎゅっと絞められているような感覚がある。
これは――
土偶の目が青く燃え上がった。
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