ドングリをひろいに
雛子
第一話
「うちの先祖は、もともと京都の貴族だった」
これが祖父の口癖だった。
私の家の菩提寺に残された記録によれば、何でも京都に住んでいたのは確かのようだが、落ちぶれたか、あるいは何かの理由によって北上して東北の太平洋側に行き着いたのが室町時代だという。自転車が潮風で錆びるくらいに海が近く、夏は涼しく冬は暖かい、そして雪が少ないこの地で家を構えたのが我が田村家である。
江戸時代前期からの家系図が菩提寺に現存しているが、持ち出し不可と寺から言われたため、ある日祖父はカレンダーの裏側に書き写して持ってきた。まだ小学生だった私は、5歳にも満たない二人の妹と額を寄せ合って冷たい床に腹ばいになりながら、祖先たちの名前を追いかけたことをよく覚えている。
田村家には女児が生まれることが多く、女児は名の最後にもれなく「子」と言う字を使った。家系図の女子たちも例外なく「優子」や「康子」、「知子」、「美子」、「弘子」、「咲子」など、天皇家でもあるまいに、と呆れるほどに「子」の付く字が続く。
「子」という時は一と了の組み合わせであることから「最初から最後まで」つまり「一生」という意味があり、例えば優子の場合は「一生優しい子であるように」という意味になる。その話を聞いてから私は「子」がつく己の名が好きになった。舞子という名を持つ母もまた、同じ理由で「子」が好きで、我が子である三姉妹にも「子」をつけた。
「
これも祖父の口癖だった。陽奈子とは私の名である。田村陽奈子が私の名であった。
「田村の名を絶やしてはいけない」
酔っ払って顔を真っ赤にした祖父によくそう言われ、三姉妹の長女である私は「はい、はい」と何度も適当にあしらった。田舎らしい拘りだとも思う。そもそも酔っ払っている祖父のことはあまり好きではなかった。うるさかったのだ。
祖父の子たちも三姉妹で、その長女である私の母は父を婿養子として、田村家の名を継いでいた。
両親はそんな名前など考えなくて良い、好きに嫁に行けばいいと言ってくれていたが、誇り高い祖父の話は何となく惹かれるものがあり、上手くいくようなら私も母と同じように婿養子を貰って名を継いでもいいと幼心に思ったことがある。男が生まれなかったのだから仕方が無い。なんとかなるだろう、とぼんやり考えていた。
何より祖父は田村家本家の長男であったために、そのプライドは天にも届くくらい高かった。
「自称落ちぶれた元貴族じゃ、プライドも何もないわよねえ」
母はよくそう言って祖母と笑っていた。
聞いた話によれば、昔の田村家は、多くの下働きを雇っているような大きな屋敷と土地を持ち、屋敷には高価そうな骨董品が溢れ、宅配業にも手を伸ばして富を得ていたらしい。その土地の地主であり、今の土地の近くに同じ田村家があれば、それはうちの田村家から分けてやった名であり、真の田村家はこの辺りだと我々だけなのだと言う。
しかし栄枯盛衰と言うべきか、雇っていた下働きの男に勝手に実印を使われ、知らぬ間に借金の保証人にされてしまい、その男も夜逃げし、億をも越える借金に追われた田村家は屋敷と土地を手放さなければならず、今の家に落ち着いたのが曾祖父の時代である。
今の家も屋根にシャチホコと家紋が乗るくらい大きく、家の後ろに広がる山も我が家の所有物であるらしく、借金云々の話が実話かは分からないが、母は幼い頃に借金取りが来たことがあると言っていたので、もしかすれば話の半分くらいは本当なのかもしれない。
そんな自称由緒ある田村家から200メートルほど離れたところに、石碑のようなものがある。私が勝手に「石碑」だと思っていたものだ。
ドングリの木に囲まれた中に、石で作られた祠のようなものや、小さな石碑群のようなものが奥に乱雑に並び、その広間の中心あたりに直方体の石が天を目指すように一つそびえ立っている。それぞれになにやら字が彫られているが、古くてあまり読むことは出来ない。時折花が添えられていたり、墓参りの季節になると、石の手前にお線香が立てられていたりすることがあった。私は祖父母の家に送られていく車の中で、窓から一瞬小さく見えるその石碑を何となく眺めていたことを覚えている。
両親が共働きだったために、幼稚園から中学時代まで、祖父母の家は私の日中の身を寄せる家であり、周囲に同い年の子供がいなかったこともあって、祖父母が遊び相手だった。畑に行くにも、田んぼに行くにも着いていき、幼稚園から帰ってくると裏の山に入って秘密基地なるものを作り、どろんこになって戻ってきたものだ。
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