第17話:その勇者、覚悟を決める

「なあ、アッシュ」

「ん? なに?」

「私の下半身が晒されることと、ジョアンヌが死んでしまうこと。どっちがあってはならないことだと思う?」

「え? どういうこと?」


「ヤツは今、ジョアンヌの身体を押さえているから、攻撃されても動きは鈍くなるはずだ。それにジョアンヌごと私がヤツに切りかかるなんて、思ってもいないはずだ。だからそういう戦法はあり得る。ジョアンヌは死んでしまうけどな」


「それでアイツを倒せるのか?」

「ああ。アイツは首から上を切断すれば、死ぬはずだ。ジョアンヌの細い首ごと、ヤツの首を切断するのは造作もない」


 ──ネーチャーが、ジョアンヌの身体ごと死神デスゴッドに切りかかる?

 ジョアンヌの首と死神デスゴッドの首を、同時に切り落とす?

 想像するだけで、背筋が凍りついたようにぞっとした。


「その方法を取るか、私がスパッツを脱いでジャンプ攻撃をするか。どっちを選択したらいいと思う?」


 ──ジョアンヌの死と、ネーチャーの下半身。

 どっちが大事だってか?


 ジョアンヌの顔を見ると、後ろから羽交い絞めにされたままで、青ざめている。唇は紫になり、ぶるぶると震えている。普段の強気で嫌味な顔つきはどこにもない。

 そして俺たちを見つめ、何か呟いている。その震える唇は、「た・す・け・て……」と動いたように見えた。


 そりゃ、もちろん……あんな嫌味なジョアンヌなんて……

 俺をずっとバカにして、見下してきたジョアンヌなんて……

 このダンジョンに入ってからも、俺たちの命なんて虫けら以下にしか思っていなかったジョアンヌなんて……


 だが……穏やかな表情で俺を見つめる、このネーチャーの訊き方は……

 ジョアンヌの命を捨てることなんて、露ほども思っていない。


 ジョアンヌを助けるために、自らの恥を晒す覚悟の言葉だ。


 ──コイツは……ネーチャーは、本当の意味で勇者だ。


 そりゃあ一般論からすれば、人の命に勝るものは無い。だけど俺は、ネーチャーにそんな恥をかかせるのは、絶対に嫌だ。


 それが例え、ジョアンヌの命を失うことになっても……




 ──いや、ちょっと待て。

 少し冷静になろう。


 今、ヤツは、ジョアンヌを盾にしている。しかしジョアンヌを殺してしまうと、盾は無くなる。


 ということは、簡単にはジョアンヌを殺さないはずだ。


 しかし──


 このままずっとジョアンヌを盾にしていても、らちが開かない。死神デスゴッドはどこかで攻撃を仕掛けてくるか……逃亡するか、だ。


 どっちだ?

 ヤツは、どう出てくる?


「アッシュ……何を考えてる?」

「ん……? ああ。ジョアンヌの命を救い、そしてネーチャーの大事なところも晒さないで済む方法だ」

「そんなものが……あるのか?」

「いや……わからない。わからないけど、俺に取っては、幼なじみの命も……それと同じくらいネーチャーの人としての誇り・・も大切だからな。なんとしても考え出そう。その方法を!」


 ネーチャーは綺麗な二重の、その美しい目を細めた。


「アッシュ……君ってヤツは……」



「ヒェッ、ヒェッ、ヒェッ。どうしたのですかぁ? どうやら手詰まりのようですねぇ。じゃあ、こちらから攻撃させて貰いますよぉ……」


 ──今……ヤツはダンジョンの出口の方をチラッと見た。俺たちが降りて来た階段だ。


 コイツ、やっぱり逃げる気だ。

 それは……こちらに襲いかかって来るよりも、ある意味厄介だ。


 なぜならば、逃げるのであれば、盾は無い方が動きやすい。つまり、逃げる瞬間にジョアンヌの喉を掻き切る。

 そうすれば俺たちはジョアンヌを放っておけないから、ヤツが逃げられる確率も上がる。


 ──ということは……

 俺たちに残された時間は、もうほとんどないということだ。


 考えろっ!

 ジョアンヌを傷つけずに、死神デスゴッドだけを倒す方法を考えるんだっ!!



「うぐぐっ……」


 この呻き声は……ブルか。

 目を覚ましたようだ。

 だが朦朧とした顔で、立ち上がることはできないでいる。


 もう切られた腕は、すっかり大丈夫だろうけど……ブルに参戦してもらうことはできない。ダメか。


 ──ん。


 切られた腕。

 とても狭い範囲での強力な治癒魔法。

 そして敵は、アンデッド。


 ──これは……使えるかもしれない。


「どうしたアッシュ。何か思いついたか?」

「ああ。うまくいくかどうかはわからないけど……試してみる価値はある」


 俺がネーチャーにその方法を伝えると、ネーチャーは「なるほど」と答えた。

 そして、それなら自分も加勢できるはずだと言って、ニコリと笑った。

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