第41話 男の勝負(2)



佳亮は望月家の道場に居た。道着は貸して貰った。目の前には見上げる身長の望月が居て、この体格差で真面目に道場に立っているのがおかしいんじゃないかと思う程、望月は真剣な顔だ。勝負云々は冗談じゃなかった。


「おかしいですよね!? そこに飾られてる表彰状とトロフィー、貴方のものやないですか! 県大会優勝とか、全国大会の賞状とかもろてる人が、素人相手に本気ですか!?」


泣き笑い気味の佳亮に対して、望月は真剣だ。


「彼女に相応しいよう、常に鍛錬してきた。勝負はこれしかない」


そう言って佳亮の襟をつかむ。即座に内股を掛けられて、佳亮の身体が宙に舞い、畳の上に落ちた。


「うっ!」


どすん、という音と共に背骨に痛みが走る。しかし望月の投げ方が良いので、怪我にはならない。


「受け身くらい取れるだろう!」


「出来るわけないですよね!? 高校の時以来ですよ!」


佳亮が叫んで訴えても望月の手は緩まない。何度も技を掛けられて、その度ごとに、ドスンバタンと佳亮の身体が何度も畳に落ちた。普段まともに体を動かさない佳亮は既にヘロヘロだ。


(こんなことになるんやったら、紅葉狩りの後からジムに通ってればよかった!)


内心思ってももう遅い。望月が背負い投げを掛けて佳亮が綺麗に宙に舞った時。


「佑さん、もうやめて!」


バタン、と佳亮の身体が畳に落ちたところへ、薫子が割って入ってきた。


「か……っ、薫子さ……」


みっともない所を見られたな。そう思っていると、望月が嬉々として薫子に訴えた。


「薫子さん、これで分かったでしょう。貴女を守るのにふさわしいのは彼じゃない」


「体格差を分かっていて勝負するのはフェアじゃないわ」


しかし、望月の言葉を真っ向から否定する薫子に、望月が声を張り上げた。


「柔よく剛を制すと言うでしょう!」


「佳亮くんに運動経験がないことは、分かると思うわ!」


それもどうかと思うんですけど!


佳亮は先刻から泣き笑いのままだ。それでも、薫子の方が幾段も話が通用しそうだと思った。


「『勝負は嘘をつかない』、貴女の言葉でしたよね? それを支えに、僕は鍛錬を積んできました。今の結果を見れば分かるとお思いですが」


自信満々の望月に、薫子が顔を歪める。


「……そう思っていた時期もありました。でも、人の心は強さだけでは測れない、と、今の私は思います」


「彼が貴女を傷つけることになってもですか!」


望月には望月なりの、薫子を想う気持ちが今もある。あの時から守りたい相手は薫子だけだった。


「女だからって、守られるばかりではないの。傷ついても欲しいものはあるわ」


それでも薫子が頑として望月を認めないから、望月は歯を食いしばってでも薫子の言葉を受け入れなければならない。お互いの気持ちが平行線で、決して交わることが無いのだと、この時望月はやっと気づけたのだ。



誰の事も見向きもしなかった彼女が、婚約者が僕だと知ってそれでも婚約状態を続けてくれていたのに優越感を持っていた。


「全国大会優勝、おめでとうございます」


会長のお宅に新年のあいさつに伺った時、彼女は確かにそう僕に言ってくれた。


「勲章ですよ。貴女の隣に立つという」


そう言うと、彼女は苦笑交じりに微笑った。


「…私には大滝は重いです」


「僕が支えます」


彼女の言葉に即座に言うと、やっぱり彼女は苦笑交じりに微笑った。


「……佑さんは、望月を重たいと思ったことはない?」


ふと訊ねられた問いに、瞬時に応える。


「僕の根幹ですから」


そう言うと、彼女は強いのね、と寂しそうに俯いた。


…きっと彼女は支えを必要としている。それを出来るのは自分だけだと思っていた。




――「女だからって、守られるばかりではないの。傷ついても欲しいものはあるわ」




今ならあの時の彼女の寂しそうな顔が何故だったか分かる気がする。


与えられるばかりの環境で、彼女は『本当に欲しいもの』を探していたのだ――。







「僕、カッコ悪かったですね」


望月の家から帰る道すがら、佳亮はぼそりとそう言った。男同士の話し合いだからとカッコつけたのに、薫子に仲裁に入って貰うなんて、本当にカッコ悪いったら。


望月を説き伏せる薫子はカッコよかった。どうして佳亮は上手くいかないんだろう。


「佳亮くんが良いのは、そういう所じゃないの」


薫子が微笑みながら並んで歩く。例えば道場に連れてこられて、結果が分かっていても望月の前に立ってくれたことなんか、猪突猛進型の望月が一旦感情を収めるには結果的には良い方に作用した。怒りの感情を持て余したままの望月だったら、薫子も説き伏せられたかどうか、分からない。


「二人三脚って、良く言うじゃない」


微笑って言う薫子に、そうですかね、と佳亮は疑問顔だ。男としては締めるべきところでちゃんと締めたい。


「そうよ。結局は、其処へ行きつくんだと思うわ」


「そうですか……。それなら」


それでも薫子がそう言うから、薫子の隣で一歩、二歩と歩みを繰り返す。


薫子が花が綻ぶように微笑って、朱金の空に染まった道を二人で歩いた。晩御飯、何にしますか? なんて相談しながら-――。



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