第35話 二人のクリスマス
「折角のクリスマスやのに、雰囲気台無しですみません」
クリスマスイブの夜、佳亮は何時も通り薫子の家を訪れていた。スーパーで買ってきた材料を部屋の冷蔵庫に入れると、佳亮は薫子がクリスマスパーティーで当てたホットプレートをテーブルに出した。
薫子の部屋のテーブルは二人分のお皿とお茶碗と小鉢を並べるだけで精いっぱいの小さなもので、だからホットプレートはかなり場所をとる。取り分けるお皿などはお盆に乗せてラグの上に置いた。
薫子は目の前で展開される料理が出来上がっていく様を、目を輝かせてみていた。
「チーズが溶けましたから、もうええと思いますよ」
「家でチーズタッカルビが食べられるなんて嬉しい!」
薫子は早速取り分け皿に鶏肉をチーズに絡めて口に運んだ。
「うん! 美味しいわ! ビールがまた合うわね~、進んじゃう」
「今日はほどほどにしておかないと。明日も仕事があることですし」
「うん、でももう一本だけ!」
ぷしゅ、と音をさせてプルを開ける薫子は幸せそうだ。食事を作りに行くと朝に連絡をしておいただけあって、お腹を空かせていてくれたらしい。二人分のチーズタッカルビはあっという間になくなった。
「ヤバいわね、ホットプレート。これはもしかして、後片付けも簡単なんじゃない? ほら、取り皿だけよ?」
「そうですね。それもホットプレートの良いところです」
佳亮は食べ終わった食器とホットプレートを片付けると、冷蔵庫からケーキを取り出した。クリスマスだしと思って、一応だ。
「カットケーキで申し訳ないんですけど。薫子さん、栗好きでしょう」
「嬉しいわ。雰囲気楽しめるもの」
インスタントコーヒーを淹れ、ケーキと一緒に出した。薫子用にはモンブランだ。
薫子がマグカップを手にする前に、佳亮は鞄からある包みを取り出した。
「あの、薫子さん。本当はちゃんとしたお店で渡したかったんですけど……」
そう言ってリボンのついた小さな箱を薫子の前に差し出す。薫子はぱちりと瞬きをして、佳亮を見た。
「……やだ。私全然何も用意してないわ」
「気にしないでください。僕が、あの、あげたかっただけなので……」
開けても良いの? と聞く薫子に、是非、と応えた。薫子がリボンを解き小箱を開けると、中にはタンザナイトの一粒イヤリングが入っていた。色々考えたのだが、冬に凛と立つ薫子の顔立ちを思うと透明な寒色の方が良いかと思ったのだ。
「わ、素敵」
「そうですか? 良かった。薫子さんが欲しいものって分からなくて。でもアクセサリーなら持っていても損じゃないかなと思って」
「着けてみても良い?」
「是非」
薫子が鏡を取り出してイヤリングを着ける。鏡を見て満足そうに微笑う様子に安心した。
「素敵ね。私、あんまりアクセサリーって着けないんだけど、会社に着けて行っても良いかしら」
「もう薫子さんのものなので、自由に着けてください」
にこりと笑うと、薫子も嬉しそうに微笑った。
「……実は、本当はですね……」
佳亮は薫子に種明かしをする。
「今日、お店を予約してたんです。……クリスマスイブだからと思って」
ぱちりと、もう一度薫子が瞬きをする。
「でもこの前薫子さん、自分のことを『看板』って言わはったでしょう? あれがどうしても気になってもうて……。……僕は、先刻みたいに僕の作った料理を美味しいって言うて一緒に食べてくれる薫子さんを好きになったので……、……それはこれからも変わらないってお伝えしたくて、お店はキャンセルしました」
「……、…………」
佳亮は言葉を継いだ。
「僕にとって、薫子さんは薫子さんなので……。おうちとのことはこれからどうにかしなきゃいけないことですけど、それが理由で好きになったわけでも嫌いになるわけでもないです。……今日はそれをお伝えしたくて……。……すみません、本当ならあの時にそう言えたらよかったんですけど、あの時は僕もちょっと衝撃が大きかったので……」
佳亮が言うと、薫子は首を振った。
「ありがとう、佳亮くん……。あの時は仕方ないわ。私も情けないところ見せちゃって、ごめんなさい」
頭を下げた薫子に、佳亮は慌てた。
「情けないなんて、そんなこと言わないでください。強くてカッコいいのは薫子さんの美点ですけど、だからと言って、僕の前でまでそうでなきゃいけないことは、ないです」
勿論、無理に弱音を吐けと言ってるわけではないですけど。
あくまでも自然体で居て欲しいだけなのだから、薫子にはこれからも飾らないで居て欲しいと思う。そう伝えると、嬉しいわ、と薫子が言った。
「やっぱりこの部屋に住んでよかった。佳亮くんに会えたもの」
薫子が振り返って窓の方を見る。あの時、ベランダに居た薫子を佳亮が見つけた。あの時に薫子が降りてきてくれなかったら、この恋は始まっていなかった。やはり薫子の行動力でこの恋が始まっている。家を出て一人暮らしをし始めたのもそう。卵を落とした佳亮のところへ降りてきてくれた時もそう。オムライスを作ってくれた時もそう。全部全部、薫子が行動してくれたからだ。
「薫子さんばっかりに任せていられませんね。僕も、行動しないと……」
佳亮の言葉に、薫子がふふ、と微笑った。
「佳亮くんは、何時だって私のことを支えてくれてるわ」
そうですか? と問うた佳亮に、薫子がそうよ、と返す。
「私が私のままで良い、って気付かせてくれたの、佳亮くんが初めてなのよ」
社長だって知られた後も、あの屋敷を訪れてくれた後も、佳亮は変わらなかった。それが救いだったと言う。
そんなことで良かったのか。若干気が抜けてしまうが、お互い素の部分を必要としているのなら、それが一番いいのかもしれない。佳亮はそう思った。
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