第29話 デート(5)


翌日。佳亮と薫子は、お互いに思っていたことと謝罪を述べ合って、円満に話は終わった。話してみれば何ということはないしこりだったけれど、一人で抱えているにはお互いにとって大きすぎた。


「佳亮くんが会ってくれるって言ってくれて、嬉しかったわ」


ほっとした表情の薫子が言う。


「僕も、昨日は絶対薫子さんが怒ってはったと思うてたから…」


お互いの、ちょっと掛け違えた釦みたいに、直してしまえば何ということないことでも、掛け違えたままでは気持ちが落ち着かないそれを解決出来て良かったと思う。

照れ交じりの笑いが部屋を包む。佳亮は気持ちを切り替えて、薫子を買い物に誘った。


「栗ご飯にしようと思うんです」


佳亮の提案に薫子が良いわね、と頷いた。今旬なので、美味しい栗が手に入る。おかずは秋刀魚が良いだろう。これも旬だ。二人は立ち上がって買い物に出かけた。


季節は何時の間にか移ろっていて、もう上着がないとこの時間は肌寒い。薫子は黒のコートを羽織っていた。お付き合いを始めても薫子は色気づかず、相変わらず黒一色の彼女が逆に好ましい。佳亮は薫子の横を満たされた気持ちで歩いていた。


何時もよりちょっと早い時間にスーパーに到着した。籠を持って売り場を回ると、魚屋のご主人が珍しく話し掛けてきた。


「新婚さん。今日は秋刀魚を安くしとくよ、買ってって~」


「し……」


しんこん……。


まさかそんなことを言われると思っていなかったので、思わず薫子と顔を見合わせてしまって、お互い紅くなってしまった。


「いや~、初々しい反応だねえ~。きっと秋刀魚が美味しいよ! ほら買った買った!」


「ああ、頂きます! だからそんな風に言わないでください!」


紅くなるのと秋刀魚が美味しいことには相関関係はないけど、魚屋の勢いにのせられてあまり吟味もせずに秋刀魚を籠の中に入れて、そそくさと店の前を去る。魚屋の前に残った主婦のお客さんたちがちらちら此方を見てきたのには、本当に参ってしまった。



「何時もより時間が早かったから、魚屋さんも余裕があったのね」


薫子の言葉に、帰り道で先刻の魚屋に掛けられた言葉を思い出す。佳亮と薫子を見て男女のカップルだと思って貰えたのは良かったけど、ちょっと話が飛躍しすぎだった。多分、薫子の言う通り、暇だったんだろう。これからは何時も通りの時間に行こう、と佳亮は思った。


網いっぱいの栗ともち米、新鮮な秋刀魚と大根を買って薫子の部屋に戻る。キッチン用品売り場で魚焼きの網も買った。薫子の部屋のガスコンロは最低限の二口コンロでグリルが付いていない。魚焼きの網が必要だったのだ。


「今日の夜とか、ちょっと部屋が魚臭くなっちゃうかもしれませんね」


煙のことを気にして佳亮が言うと、薫子はそれは良いわと笑った。


「美味しいご飯の夢が見れそうじゃない」


全く、薫子の食に対する前向きな発想には脱帽する。佳亮は薫子の隣を歩きながら笑った。


栗の皮むきは薫子には難しかったようで、ほぼ佳亮が剥いた。栗ご飯を炊飯器にセットして、お吸い物を作る。ねぎの使いかけがあったので溶き卵と大根とねぎのお吸い物にした。それから秋刀魚を焼く。コンロに掛けて火の調節をしながら秋刀魚をふっくらと焼き上げるとご飯も丁度炊けた。最後に大根おろしを作って食事の完成だ。栗ご飯にかけるごま塩は手製のものだ。買うよりストックを活用した。


小さなテーブルに栗ご飯、秋刀魚、お吸い物が二人分並ぶ。いただきますっ、と元気よく言った薫子が秋刀魚をひと口頬張ってにっこり口角を上げるのがかわいい。


「美味しいわ~、秋刀魚、美味しい! やっぱり旬のものだね」


「そうですねえ。今年は不漁らしいですけど、秋のうちに一度は食べたい味ですよねえ」


「それに栗ご飯もほっくほく! お吸い物もやさしい味だし、ほっとするわ~」


もぐもぐとほおを緩めながら食べる薫子が幸せそうで何よりだ。この時間があるから週中頑張れる。佳亮にとって最早なくてはならない時間になっていた。


「デザートも食べましょうね。モンブランタルトはなくなっちゃったんですけど」


薫子の家を訪れる前に、コンビニで薫子の好きな栗のムースを買い求めていた。本当は棚に並んでいたモンブランが欲しかったのだが、ちょうど孫の為にモンブランを買い求めに来たご老人に譲ってしまった。


その話をすると、私は良いのよ、と薫子が微笑んでくれて、こういうところも好きだと思う。有名なパティスリーじゃなくコンビニのスイーツで許してくれるところも。


「コンビニで同じ品物を同時に触ろうとしたなんて、昔だったら恋愛ドラマのエピソードですよね。顎髭豊かなおじいさんでした」


「ふふ、佳亮くんはコンビニで運命を決めるのかしら」


薫子もそう言って笑う。何の変哲もない時間だけど、確実に二人にとって必要な時間。それが共有出来ていて、嬉しかった。

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