第24話 新しい関係


薫子が言っていた佳亮の『彼女』が織畑のことだと分かった翌週、佳亮と薫子は織畑に誘われて、織畑の家に来ていた。戸建てが並ぶ住宅街の一角にある織畑の家は、門が煉瓦造りでアーチのかわいい門扉が付いていた。建物も英国の田舎風で、庭には花と緑が溢れていた。


インタフォンを鳴らすと玄関を開けた織畑が迎えてくれた。明るい白のブラウスに臙脂のスカートを合わせている。会社でも可愛いオフィスカジュアルを着ているが、家でも変わらないんだなと佳亮は思った。


「いらっしゃい、杉山くん。初めまして、大瀧さん」


人好きする笑みを浮かべて織畑が二人に挨拶する。佳亮はお邪魔しますと応じた。

通されたリビングは採光が良く、樺のフローリングと壁板が漆喰風の壁に合っている。ローテーブルはパイン材作られており、ぬくもりを感じることが出来た。


「まあ、座って。お茶でも出すわ」


織畑はそう言って、直ぐに冷えた紅茶を出してくれた。これを入れるとほぐれるのよ、と言ってレモンのはちみつ漬けをくれる。緊張している薫子の紅茶に入れてやった。


「あ、ありがとう、佳亮くん……」


「ふふ、いきなり他人の家では緊張しますよね」


織畑が薫子に微笑みかける。ぎこちなく笑みを返す薫子を、それでもかわいいと思った。


「それで、織畑さん。用事と言うのは…」


水曜日に織畑から急に、薫子を連れて家に来て欲しいと言われて、今に至っている。佳亮は兎も角、薫子までとは、どういう意味だろう。


「うん。まあ、それにはもう一人が来ないとお話にならないのよね…」


織畑が玄関の方を見つめてそう言った時にインタフォンが鳴って、織畑は佳亮たちをリビングに置いて出迎えに行った。直ぐに戻ってきた織畑は隣に背の高い男性を連れている。


「どうも、佐倉と言います。初めまして」


男性はリビングの入り口で佳亮たちにぺこりとお辞儀をした。応じて佳亮たちもその場で会釈する。佐倉がソファに座ると、織畑が種明かしをしてくれた。


「以前、大瀧さんに誤解させた杉山くんとのお弁当ランチ、あれ、佐倉くんのご両親とのお食事会で出すお料理を見てもらっていたのよ。その節はごめんなさいね、大瀧さん」


「あ、いいえ…」


謝罪されてしまってはそう応えるしかないだろう。織畑の話は続く。


「佐倉くんのお義母さまが兎に角お料理好きで…。流石に下手なものは出せないから、料理上手の杉山くんにご指導仰ぎました。あの後、佐倉くんのご両親とのお花見お食事会は、結局上手くいって、先週改めて佐倉くんの家にご挨拶に行ったわ」


織畑の話に心から安堵する。あの時、彼氏のご両親に食べさせなければいけないと焦っていたから、下手に褒めるのではなくて、お弁当としてどう味が出ているかを意見した。結果オーライで良かったことだ。


「良かったですね」


「おかげで印象もよく受け入れてもらえたわ。婚約したの」


そう言って、薬指の指輪を見せる。


「男の人はどうだか分からないけど、女は彼女かもって疑った相手が実のところどうなのかって、気になるもんだから、大瀧さんの誤解を徹底的に解消しておきたくて…」


私も経験あるのよ、と織畑は笑った。佐倉が織畑の言葉を継ぐ。


「今では笑い話だけどね。僕が良くランチに行く店の店員の女の子が、僕の忘れ物の鍵を渡しに追いかけて来てくれて、それがはるかの会社の近くだったから、誤解させてしまって…」


「私も不安定な時だったから、直ぐに嫉妬しちゃったのよ」


経験があるから薫子の気持ちは分かると言う。そういう配慮はありがたかった。


「薫子さん、何でも自分で決めて片付けちゃうんで、そういう機微は分からないから助かります」


佳亮が言うと織畑は、「女心は複雑よね」と薫子に笑いかけた。薫子も笑い返していた。



「そういうわけで、ケーキを買ってあるのよ」


一通り自己紹介と雑談を終えたところで、織畑が可愛いお皿にケーキを盛って運んできた。


「杉山くんも、流石にケーキは作らないでしょう」


そう言われて苦笑する。確かに作れない。


「出来ない所を見せてあげるのもやさしさよ」


織畑が言うので、そういうものか、と納得した。


「大瀧さんも、良ければどうぞ」


そう言われて薫子は栗のタルトを選んでいた。佳亮は巨峰のムースだ。


「薫子さん、栗好きですか?」


沢山のケーキの中から栗のタルトを選んだのだから、きっと好きなのだろうと思うと、うん、という返事が返ってきた。


「じゃあ、時期になったら栗ご飯でもやりましょうか」


「良いわね。手伝わせて」


最近薫子は、オムライスだけじゃなくて料理を手伝うとよく言うようになった。佳亮の為にしてくれようという気持ちが嬉しいので、一緒にキッチンに立ったりすることもある。


「良いですね。二人で作りましょう」


佳亮が薫子に笑いかけると、「ほら、こういうところを見習って」と織畑が佐倉に言っていた。


「僕は料理は全然出来ないから役に立たないよ」


「姿勢が大事よ。手伝おうとする姿勢」


まいったな、と佐倉が困り顔になって、その話は終わった。帰り際に織畑と薫子がラインを交換していた。



「楽しめましたか?」


帰り道に佳亮は薫子に尋ねた。急に見知らぬ人の家に招かれて緊張していたから、心配だった。


「うん、楽しめたわ。私、家を出てから会社の人としか交友がなかったから、新しい知り合いが出来て嬉しい」


「そうですか。なら良かった」


微笑み返してくれる薫子にそう言う。


「…私も何時か…、佳亮くんのご両親に、お料理振舞わなきゃいけないのかしら…」


並んで歩く道すがら、薫子がそんなことを呟くので、気にしないで、と言った。


「まだ先のことなので心配要りませんが、両親は僕のことよく分かってますし、薫子さんのこともきっと良く分かってくれます」


「そうだと良いけど…」


料理の腕は、どうしたって佳亮のほうが上だから、其処は両親を納得させるつもりだ。薫子に無理強いをするつもりもないし、薫子の為に料理を作れるなら嬉しいだけだから困ることはない。


「それより、僕のほうが問題ですよ」


「なにが?」


薫子がきょとんとして言うから、佳亮はちょっとため息が出てしまう。


「あんなお屋敷に住んではる薫子さんのご両親に、僕が受け入れてもらえるかどうかの方ですよ」


ううーん。以前話した両親の反応を思い出して、薫子が唸った。


「大問題だなあ…」


肩を落とす佳亮を薫子が励ます。


「私も両親を納得させるわ」


薫子はそう言ってくれたけど、やっぱり大きな問題だった。



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