第8話 お味はいかが?-3


翌々週、薫子の家を訪れると、もう買い物に行く準備は出来ていた。ゲームは電源が切られていて、コートも羽織っている。


「今日は何が食べたいですか?」


尋ねると、笑顔全開で、何でも! という元気な答えが返ってきた。それ、料理人が一番いやな答えだ。でも逆に料理人を信頼してくれているのだということもわかる。


「前回和風でしたから、今回は洋風にしましょうか? ジャーマンポテトなんてどうですか? ビールに合います」


佳亮は薫子の冷蔵庫にビールが入っているのを思い出して提案した。直ぐに薫子が了承する。


「ビールに合うご飯! いいね、理想的だね!」


「じゃあ。そうしましょう。野菜は、ピーマン類をさっと炒めたものにしましょうか。彩りを考えないと」


そう言いながらマンションを出る。佳亮の持ち物のエコバッグを持ってスーパーに出かけた。


買うものは、ソーセージとジャガイモ、アンチョビ、ニンニク、とろけるチーズ。それとピーマン、パプリカ、マイタケに塩昆布とごま油だ。


「二日食べられたほうが良いですよね。量は調節しますので」


「なんてできるコックさんなのかしら! お姉さん、花丸百点あげちゃう!」


嬉々として言う薫子を、まるで子供相手にしているみたいだなと思った。思えば(自称)お姉さんである薫子を、年上だと思えたことが出会ってから一度もない。まだ会うのは五回目だけど。


佳亮の横で上機嫌に歩く薫子を盗み見る。黒のコート、黒のタートルネック、黒のデニム。明るい茶色の髪にやはり黒のニット帽。此処まで黒づくめの人もなかなか居ないんじゃないだろうか。髪色が華を添えていると言えば聞こえがいいが、構わないファッションなのではないかと思う。


思えば薫子の部屋にも飾り気はなく、機能性重視のハンガーラックに今着ている黒のコートと二着ほどのジャケットとパンツスーツしか掛かっていなかった。ニットやスウェット類を収納するのであろう引き出しはラックの横に置いてあった。机はなく、部屋の真ん中にラグとテーブル。ベッドカバーも清潔感を求めたのかブルーの無地だ。


とことん飾らない女性だなと思う。性格もそうなのだろう。だから、佳亮が付き合ってきた女性たちよりも、佳亮に寄り添ってくれたのだと思う。佳亮も、薫子のことを女性というより手のかかる子供のように思っている。その関係が気楽でいい。好きな料理を楽しめるのも良いし、その料理をおいしく食べてくれる薫子の存在は佳亮にとって大きい。人の縁は何処にあるか分からないものだなと思った。


考えていると、不意に薫子が話し掛けてきた。


「ねえ、佳亮くん。佳亮くんが私のご飯を作った後、家でもう一度ご飯を作らなきゃいけないんだったら、私の家で一緒に食べたらどうかな? 二度ご飯を作るのも大変でしょう。私の家で食べていけば一回で済むわ」


それは実は佳亮も考えた。しかし、会ってまだ数度の薫子と一緒に食事が出来るかどうか、自信がなかった。


「薫子さんは僕と一緒でご飯食べられますか? 作った僕を目の前にして、余計な気を遣わなきゃいけないんだったら、僕は遠慮します」


佳亮が言うと、なんだそんなこと、と薫子は笑った。


「私、お世辞言うように出来てないから。美味しかったら美味しいって言うし、不味かったら不味いっていうわ」


はっきりした人だな。でもその方が気を遣われなくていい。佳亮は薫子の提案に乗ることにした。どうせ月に二回程度だ。なんとでも繕える。


「じゃあ、お言葉に甘えて。そしたら材料の分量を考えないとあきませんね」


そう言って、スーパーで三人分の材料を買う。二人で一食分と、薫子のもう一回分の食材だ。事前に予定していた材料を全て三人分買う。随分嵩の増したエコバッグになったが、やっぱり荷物は薫子が持って、佳亮は隣を歩くだけだった。


家に帰ると、薫子はキッチン脇にエコバッグを置き、直ぐにコートを脱ぐと、何時かの夜のようにベランダで一服して、テレビとゲームの電源を入れた。本当に自由で手伝う気のない人だな。分かってたけど。


薫子がゲームに夢中になっている間に、佳亮は手早く調理にかかった。ピーマン、赤と黄色のパプリカは二ミリの千切りに。マイタケは小房に分ける。次にジャガイモをいちょう切りにしてソーセージを斜め切りに。ニンニクは薄切り、アンチョビは細かく刻んだ。


まずジャーマンポテトを作る。ニンニクを炒めて香りを出したらジャガイモを炒める。火が通ったらソーセージとアンチョビを加えて熱を通してさっと混ぜる。最後にチーズをトッピングしてとろけさせたら完成だ。


次に野菜。ピーマン類とマイタケをごま油で軽く炒めて塩昆布を混ぜる。塩昆布で塩味とだしの味が付くので、味付けはこれだけだ。


手早く出来た料理をテーブルに運ぶ。ゲーム途中の薫子が驚いていた。


「もう出来たの!? 私、まだクリア出来てないんだけど!?」


「今日は簡単な料理でしたからね」


そう言って、ビールと薫子の箸と割り箸を出してくる。とりわけ皿を二つ。揃いのものがないので、形も柄も違う。それで良いと思った。


「それでは! 頂きます!」


子供のように手をぱちんと合わせて箸を手に取る。簡単なものだから間違いはないだろうと思ったが、薫子は直ぐに満面の笑みを浮かべて、相好を崩した。


「お…っいしー………。食欲をそそる香り、いくらでも食べられる……。ビールに合うわあ……」


そう言ってビールをぐびぐび飲んでいる。


「はー…、ビールが染みる…。ご飯美味しい…。こんな幸せなことって、あるのねえ……」


他に幸せを感じる基準はないのだろうか。まあ、佳亮は食事を作る時しか薫子に会わないから、それ以外の薫子のことは知らない。きっと佳亮が知らない所でもなんだかんだと幸せを感じて、その度に噛みしめているのだろうなあとは思った。


「佳亮くん。これ、凄くいい香りがするわ。パプリカもシャキシャキしていて美味しいし…」


「ああ、それはごま油ですね。ピーマンやパプリカが塩昆布と馴染むようにごま油で炒めてます」


説明すると、ごま! と薫子は驚いていた。


「コクがあるというか、香ってくるというか…。そして、舌に馴染むようにほっとするこの味は塩昆布なのね…。佳亮くん、またまたにくいことするわね……」


薫子は唸るように言うが、単にだしを使っただけのことをにくいことと言われるとどうしたらいいか分からない。洋風にしろ和風にしろ中華風にしろ、旨味(だし)の存在は欠かせないからだ。


「薫子さん、お肉を焼いただけのステーキだって美味しいでしょう。あれは、お肉のたんぱく質を構成するアミノ酸のグルタミン酸の旨味です。割とどんな食材でも旨味は含まれていて、だから食材そのままを食べても美味しいと思えるのはその所為です」


佳亮の説明に薫子は納得したようだった。


「そうか、野菜を生で食べてもほんのり甘いものね。あれも旨味なのか…」


唸るように呟き、ジャーマンポテトをビールで食べる。


「しかし、このジャーマンポテトもパプリカの塩昆布炒めも美味しいわ……。これがあれば一晩中ビールが飲んでいられる……。美味しい……」


そんな不健康な生活は推奨したくないので、残りは冷めたらラップをかけて冷蔵庫にしまうよう言い含めた。


「明日も美味しいビールが飲めるわ…。これを幸せと言わずに何を幸せというのか……」


しみじみと言う薫子に、喜んでいただけて何よりだ、と思う。佳亮は後片付けをして家に帰った。



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