悪の組織の最悪の怪人が正義のヒロインといっしょに異世界転位しちゃいましたけど

禁千弐百拾壱式

プロローグ

 秘密結社"黒い日曜日"の怪人製造部門に属し、これまで六百を越える怪人を生み出してきた闇の天才フォロカレ博士だった。


 彼女は今、その研究所の一角で、ただうつむき、眼下の白い棺のような脱出用ポッドに黒髪の先を垂らし、それに詫びるような悲痛の面持ちでうなだれていた。


 その滑らかな流線型の物体に取り付けられた楕円形ののぞき窓からは、分厚いガラス越しに奇妙なV字型の頭部をした、怪人ドラコ666號の安らかな寝顔が垣間見えた。


「本当に残念ね……単純な戦闘力だけなら、どこの誰にもなんの文句も言わせない貴方なの、に……」


 悲嘆に暮れる博士の背後には、同じ白衣の助手らが並んでおり、一様に異様な重苦しさを醸し出していた。


「博士。なんとかこのドラコ666の細胞からクローンを造って、他の怪人にいかせないのですか?」


「何度も言わせないで。それは無理なの。ドラコ666細胞は、他のいかなる細胞も破壊するだけで……決して取り込まれることなんてなかった」


「はぁ……。それにしても、なんともやりきれないですね。この子、こうして処分される為に生まれて来たなんて……」


 若い女の助手は目に涙を溜め、データ端末機を強く抱いた。


「秋葉、仕方ないわ。何かのきっかけで、もしこの子が暴走したら、この組織はおろか、世界そのものが滅んでしまうんだもの」


 博士は鼻前を手で押さえ、のぞき窓にすがりついた。


「さようならドラコ666。きっと貴方なら時空のはざまに荒れ狂う力なんかで引き裂かれたりしないで、なんとか生きて、生きて向こうの世界にたどり着ける!私、信じてる!信じてるからぁっ!」


 呻(うめ)くように言ったフォロカレ博士は、決めた心が変わらぬようすかさず動き、かたわらの秋葉助手が抱えた端末機を取り上げるや、指先でそれを叩いた。


 するとそれに呼応するように、怪人の横たわる大型ベルトコンベアが滑らかなに作動し、その先にて淡いピンク色に発光する三角の開口部へと流れ出した。


 それを見送る研究員たちは立ち尽くし、このどうにもならない別れの儀式を静かに見守っていた。


 そこへ──


 突然けたたましい破壊音が鳴った。

 

 皆は度胆を抜かれ、とっさに振り返って見ると、研究室の壁の一つが外部から突破されており、何かがこちらへと雪崩れ込んで来ていた。


 それは壁の建材をまとって部屋の真ん中へと躍り出るや、スッと起き上がって一つの人型になった。


「フン!やっと見つけたわ!ここが悪の研究室ね!」


 言ったその闖入者は、滑らかな素材のピンクのつなぎ、またヘルメットをピッタリとまとっており、その声と身体の曲線からして若い女性であろうと思われる。


「なっ!?お、お前は!」


 泡を食っていた研究員のひとりがその狼藉者を指差した。


「そう!私は正義の戦隊マーベラスファイブのひとり!ピンクアロー!あなた達!覚悟しなさい!」


「うわぁっ!」

「ひっ!」

「マ、マーベラスファイブだっ!」


 研究員たちは即座に戦慄して恐れおののき、もつれ合いながら部屋の奥へと逃げまどった。


「ん?その怪しげな光を放ってる機械はなに!?くっ!また恐ろしい怪物を造るつもりね!どうやら他の隊員を待ってる余裕はなさそう!!」


 言うや、謎の女はピンクの稲妻となって転送機へと駆け、なんの躊躇もなく、その大型機械のコントロールパネルに炎を纏ったブーツの飛び蹴りを突き刺した。


 すると自動車ほどの転送機は、ブチブチと配線をちぎりつつピンクアローの脚を咥えたまま横倒しになり、更にその女の殴る蹴る、掌打の乱撃を食らい、バチバチと紫電を噴いた。


「ちょっ!あなた!な、なんてことするの!?」


 フォロカレ博士は目をむいて異界の門へと駆け寄るが、ピンクの破壊魔による猛烈な乱舞は止まる気配はなく、それどころかより一層加熱してゆく。


「問答無用!これ以上あなた達の好きにはさせないんだから!へあっ!!」


 ピンクアローはトドメとばかりに一際強烈なひじ打ちを落とした。


「博士っ!危ないっ!!」


 叫んだ若い女の助手が横っ飛びにフォロカレに抱きつき、その猛烈な破壊の衝撃波から彼女を遠ざけようとした。


 だが、当の博士は言われるまでもない、とばかりに、その場から華麗に退いていたので、助手は肩すかしを食らってそのまま飛び、火影に彩られたピンクアローめがけて、真っ直ぐに突っ込む形になった。


「むっ!あなた!カワイー顔して私に刃向かうつもり!?」


 細い腰を抱かれたピンクアローはヘルメットの内部で眉を吊り上げ、女研究員を見下ろした。


「はひいっ!!そ、そんなつもりじゃ」


 その時、破壊の限りを尽くされた転送機が断末魔の叫びのような大音響を伴って爆発し、目も眩むような七色の閃光を撒き散らした。


 これに博士と研究員たちは反射的に頭を抱え、たまらず身を丸めながら床に転がった。


 そうして数瞬。ほとんど落雷の直撃のような狂おしき光の爆裂が皆を包みこんだ。


 ──それから幾らかして、博士と研究員らは、まぶた越しに焼かれた目を擦りながら膝をつき、起き上がり、見なれた研究室の朧気(おぼろげ)な輪郭を見渡した。


「えっ!?」


 まずフォロカレ博士が声にした。


「あれ?ピンクアローは?」


「秋葉!?秋葉はどこだ!?」


「おいっ!見ろ!!」


 そう、あの大型転送機もピンクの破壊魔も、またそれに飛びついた女研究員も含めた、そこの壁の一角が、わずかなホコリだけを残し、きれいさっぱりと消え失せていたのである。

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