第454話 フミヤ

「アミュの奴何やってやがる!」


飛んで来ない矢に、苛立ちの声を出すフミヤ。


それもそうだろう。取り囲まれているとなれば、鐘楼からの射線は、いくつか通っているはず。しかし、鐘楼からの援護が無い。何をしているのだと怒りたくなるのも分からなくはない。


「どこからだ?!」


「防御魔法を張れ!」


「馬鹿野郎!敵から目を離すな!」


バキィィン!ザシュッ!

「ぎゃあっ!」


僕から目を離し、魔法陣を描こうとしていた奴にダガーを走らせる。僕の前では一瞬の気の緩みが命取りだ。

防御魔法が掛けられていて、一撃で斬撃を貫通させるのはなかなかに大変だけど、中級の付与型防御魔法らしく、何とか無理矢理攻撃を通せる。

流石にマジックスライム達が放つ魔法程度では貫通しないが、数さえ撃てば付与型防御魔法を全て消費させる事も出来るはず。


ここからは、僕とスライム達が戦闘の流れを掴む番だ。


ビュンッ!ガンッ!


「クソッ!」


ビュンッ!ガンッ!


次々と広場の外側から飛んで来る魔法が、手下達のシールドを削っていく。


「隠れていた二人がやっているのか?!」


「それにしては手数が多過ぎる!どうなってんだ?!」


ハイネさんとピルテさんが攻撃を仕掛けていると思っているみたいだけど、探しても見付からない。見付かるのはマジックスライムとスライムだけ。

外からの攻撃を嫌がって、それを抑えに人数を割いてくれるなら、広場内の人数が減って戦い易くなる。それを嫌って広場に残るなら、スライム達の攻撃でシールドを削り続け、外と内、両方からの攻撃が出来る。

どちらにしても、僕がスピードを活かして走り回りつつ戦わなければならないという前提条件は有る。しかし、スライム達が鐘楼からの攻撃を受けていないということは、ニルさんが注意を引き付けてくれているという事。つまり、スライム達の更に外側からの攻撃には気を張る必要が無く、僕はここから自由に動けるということ。

そうなれば、この広場を選んだ利点が活かせる。


広場の大きさは直径約五十メートルの円形。周囲を湾曲した建物で囲まれており、コロッセオのような構造となっている。


この構造の中での戦闘となると、遮蔽物は無いし、逃げ場も無い。人数が多い方が有利。それが普通の感想だろう。でも、僕がここを選んだ理由、僕にとっての利点が有る。それは、遮蔽物が無い事と、広場を取り囲む建物が湾曲している事に有る。


この街の、こういう広場には、どこにも大抵は石像が建っていたり、噴水が設置されていたり、何かと遮蔽物となる物が建てられている。これは周囲を確認したニルさんが言っていたから間違いない。

でも、この広場だけには、何も無かった。

元々は何かが建てられていたような形跡が残っている事から、恐らく最近設置物が取り払われたのだと思うけど、それは別にどうでも良い。

僕がスピードを活かして戦う時、ぶつかる物が無いというだけで、かなり安定してスピードを維持する事が出来る。

また、そういった設置物に背中を預けて戦われると、僕としては非常に戦い辛くなる。

壁際に立っている者へ攻撃する時、全力疾走して近付いたとして、普通、誰でも足を止めて攻撃するはずだ。そのまま走り込めば、敵の向こう側の壁に激突する事になるし、僕の場合超速で突っ込む事になるから、自分に返ってくる衝撃は尋常なものではなくなってしまう。

となれば、相手は広場の際、建物の壁に背を預ける形で、僕の攻撃を防ごうとするはず。しかし、この広場の周囲の建物は、円形の広場に合わせて湾曲している。僕の持つ超速であれば、この湾曲した建物の壁面を、ひたすら走り続ける事が出来るはず。

僕のスピードと広場の円周距離、僕の体重から算出した遠心力は……詳しい事は省くけど、簡単に言えば、僕が壁を走っても、落ちる事無く、地面と同じように走れるはず。

こうなると、いくら外周の壁面に背中を預けても、そこは僕の通り道になる。つまり、この広場のどこにいても、僕は何かにぶつかる事無く、超速で横を通り過ぎて、斬撃を与える事が出来るということなのだ。


いくら手練の連中ばかりとはいえ、そう長くは僕の攻撃を避け続ける事など出来ないはず。


「このままではまずい!直ぐにこいつを殺せ!」


「外からの魔法は弱い!何人居るかは関係無い!無視してそいつを狙うんだ!」


「前衛で取り囲め!」


どうやら、連中は僕一人を狙う作戦に出たようだ。

であれば、マジックスライム達にバンバン魔法を撃ってもらうとしよう。


タンッ!


「そっちに行ったぞ!」


「足を使わせるな!」


ビュンッ!ガンッ!


「クソッ!外の奴が鬱陶しい!」


「さっさとそいつを殺すんだ!」


あちこちから飛んで来る声。どれも怒声に近く、僕を殺す為の声だ。


ガキィン!


「危ねえ…」


タンッ!ザシュッ!

「ぐあっ!」


僕の攻撃は軽く、鎧を突き通す程の威力が無い。そうなると、狙うは全身鎧に守られていない部分なのだけど、あまり面積的には多くない。手首、足首等の関節部、顔、首辺りだろう。狙える場所が結構有るように聞こえるかもしれないが、鎧というのは刃から身を守る為の物で、なるべく隙間が無いように作られている。

関節部だって、そう簡単に刃が通らないように作られているし、ダガーの刃がギリギリ通るか通らないかの隙間だ。

フミヤの手下共はそこそこ腕の立つ連中だし、僕の動きが微かでも見えているならば、僕の攻撃を受けないように体を捻ったりする。

動いている相手に対して、刃一本分の幅しかない隙間に、的確に攻撃を通すなんて、簡単な事じゃない。当然、僕の斬撃のいくつかは弾かれてしまい、虚しく火花を散らすだけ。

もし、上手く隙間を通して攻撃を当てられたとしても、関節部では動きを制限させるのがやっと。相手を即時死に至らしめるような箇所は顔と首だけ。相手もそれは分かっているし、最も防御を厚くする部分であり、僕のスピードでも攻撃を当てるのは至難。

相手が鎧を着ているというだけで、僕はここまで弱くなる。本当に自分の無力が恨めしい。

でも、やらなければならない。ここは僕に任された戦場だ。


ガキィン!カンッ!ザシュッ!ギィン!


広場内に響き渡る斬撃の音。


「壁に寄れ!背後を取られるな!」


フミヤの指示によって、手下達が次々と広場外周の壁に寄っていく。


全周囲を警戒し、どこから来るのか分からない状況を避ける為だ。僕の予想通り。


僕は広場内を走り抜け、壁に対して斜めに走り込む。


「来るぞ!」


ザシュッ!


「がぁっ!」


僕が足を止めると思っていた手下の一人。その者の首を掻き切って、そのまま壁に足を掛ける。


タタタタタッ!


僕の計算した通り、壁を地面に見立てて走っても、僕の体は落ちたりせず、ひたすらに走る事が出来る。


「なっ?!壁をっ?!」


ザシュッ!ザシュッ!


「ぎゃぁっ!」

「がっ!」


壁に対して垂直となるように、つまり体が水平のまま走り続ける僕を見て、驚愕している男達。

その驚愕が消え去る前に、何人かに攻撃を加えていく。


「このクソ野郎がっ!!」


ブンッ!


僕の動きに合わせて攻撃を出そうとしたみたいだけど、フミヤの一撃は虚しく空を斬る。剣速は、敵の中でも圧倒的と言える程に速いものだけど、僕にとっては、それ程珍しいものでもない、しっかりと回避して通り過ぎ、僕の事が捉えられていない手下の一人へ攻撃を繰り出す。


バキィィン!


どうやら未だ付与型防御魔法が残っている連中も居るらしく、刃が魔法のシールドに押し返されてしまう。

流石に壁を走りながら攻撃を仕掛けようとすると、踏み込みは浅くなる。足は常に壁を走る為に使っていて、攻撃の為に踏み込むような事になれば、動きが止まってしまい、地面に落ちてしまう。

今現在は、僕が壁を走る事で、相手が驚きで対処出来ずに居る。それが無くなり対処に動くまでは、このまま削る。


ガキィン!ザシュッ!ガッ!ザシュッ!


「ぬぐぁっ!」


「クソッ!駄目だ!壁から離れろ!」


壁を走る僕は、少し壁の上部へと移動するだけで、相手の手の届かない位置に移動する事も出来るし、地面へ戻り攻撃する事も出来る。この広場において、壁すらも僕の通り道。三次元的な動きが可能となった上に、走り回るには丁度良い広さ。

街中で戦うには、まさに理想的とも言える状況が出来上がったと言える。壁際が安全ではないと悟り、兵士の何人かが我慢出来ずに離れ、広場の中央へと走り出す。

先程までは何とか対処していたから、中央に戻れば先程と同じように対処出来るだろうと考えたくなる気持ちは分かる。しかし、それは間違いだ。


「駄目だ!壁から離れるな!」


ザシュッ!ガンッ!ギンッ!ザシュッザシュッ!

「ぐああああぁぁぁぁっ!」


僕はそれを見逃さず、即座に孤立した男を狙って何度も往復して男を切り刻む。

全ての攻撃が当たったわけではないが、僕の斬撃の往復は、一人の手下を一瞬で傷だらけにする。


「馬鹿野郎!飛び出すんじゃねえ!」


フミヤの言っている事は実に正しい。


広場の外周に全員が集まった瞬間、この広場の中には、二つの領域が生まれた。それは、彼等の居る空間と、そうでない空間である。


広場に彼等がバラバラになって広がっていた時、どこに居たとしても、彼等は突出するという事が起きなかった。必ず、どこかには誰かが居る状況なのだから、突出も何も無いのは当然のことだろう。しかし、今、中央には、誰も居ない空間が広がっている。そこに一人で飛び出せば、それは突出するという事であり、それはイコール、誰の援護も受けられないという事である。

僕はニルさんのように、強引に相手の陣形に割って入るような防御力も、シンヤ君のように圧倒的な戦闘能力で引き裂く事も出来ない。僕が彼等の待ち構える集団の中に突撃してしまえば、防御力も攻撃力も無いのだから、まず間違いなく即死してしまう。これが先に戦った休憩所の兵士達レベルならば、無理矢理切り刻む事も出来たけど、相手は僕の動きを少なからず捉えている。一撃でも貰ったら終わりなのだ。外側から徐々に削り取って行く戦い方しか出来ないのは当然の事。そんな中、突出してしまう者が居れば、それを狙わない手は無い。当然、即座に食らい付く。


ここまでかなり削り取って来たけど、まだ兵士達も二十人は居る。あまりもたついていると、他の兵士達も来てしまうかもしれない。ここには弓兵や魔法使いがほぼ居ないのを見るに、恐らくどこか別の場所に居るはず。そいつらが現れたならば、状況は一変してしまう。僕の足を止める為の手立てが増えるのは、僕にとってはかなり辛い。

このまま相手が動かないならば、体力も無限ではないし、少し早いけど、勝負に出る必要が有るかもしれない。


そんな事を考えながら、更に走り回っていると…


「集まるんだ!」


フミヤが動く。


「集まって防御を固めろ!」


来た!


僕の攻撃を防ぐ方法として、もう一つ有効な方法は、フミヤがやっている事。つまり、団子状態になって、防御をガッチリ固める方法だ。


全周囲を盾でガードし、入る隙間を与えない。そうなれば、彼等自身が障害物となる為、僕のスピードを活かした攻撃も防ぐ事が出来る。


実に正しい。


そして、だからこそ、僕のような戦闘に慣れていない者でも……出来た。


このフミヤという男、最初こそ分かり易い挑発を敢えてする事で、僕の足を止めるという戦法を取って来たけど、本質的には実に堅実な戦い方をする。

僕とフミヤは、どちらもスピードを重視するタイプで、よく似た戦闘スタイルを得意としている。そして、その最も得意とするスタイルだけで見た場合、僕の方が上。スピードでは僕に分がある。

フミヤがそれに気付いた時、自分一人では勝てないと判断し、まずは鐘楼からの援護を活用し、挑発を行い、数を揃える手に出た。

そして戦いが進み、鐘楼からの援護が無くなり、広場外からの攻撃が始まった時、仲間を分散させる事を嫌い、僕を倒す事に集中した。これは、人数の差こそが、自分達が勝っている部分だと把握していたからだ。そのアドバンテージである人数差を減らしてしまえば、僕に勝つ確率が減少してしまう。それを嫌い、安全策を取った。

そして、壁際へ移動した。これも、死角を減らし、相手からの攻撃範囲を絞るという教科書通りの動き。

つまり、このフミヤという男は、その時その時の最適な選択肢を選ぶという事。

当たり前の事をしていると思うかもしれないけど、これは意外と当たり前の事ではなかったりする。シンヤ君やニルさんの立てる作戦を考えると分かり易いと思うけど、最善策を考えた上で、プラスアルファで何か仕掛けを作るとか、相手が思い付かないであろう作戦を打ち出したりする。それには、相手の裏をかくという意味が込められており、最善策では素直過ぎるという意味でもある。誰にでも思い浮かべる事の出来る策は、対策も立てられ易い。それを分かっていないのか、自分の考えが正しいと自負しているのか、これまでは凝った策を立てる必要が無く、そういう発想が出来ないのだろう。

かく言う僕も、皆からそういう事を教えて貰えなければ、作戦も何もなかっただろうけど…こういうのは、対人戦闘のスキルだし、僕もゲーム時には知る事なんて無かったけど、恐らくフミヤもそうなんだと思う。

この十年で、盗賊として対人戦闘はかなり行って来ただろうに……今回の作戦を立てたのは、フミヤではなく、別の者なのかもしれない。全体的に見ると、かなり嫌な戦い方を考え付く者の作戦に見えるし、もし、フミヤ達のリーダーが考えた作戦ならば、シンヤ君の所に赴いている可能性が高い。僕達三人の中では、シンヤ君が最も危険視されるだろうし。まあ、シンヤ君が負けるとは思えないから、大丈夫だとは思うけれど…


それよりも、僕はこっちに集中しないと。


フミヤ達が作った陣形は、壁に接した半円状の陣形。作戦としては善いものなのだから、攻めるのは難しい。でも、僕はそれを予想して、既にそれに対する策を講じてある。


「足を封じるんだ!魔法でも何でも良い!」


「俺達が守るから急いで魔法陣を!」


盾の連中が必死に外側を守り、中に居る連中に声を掛けている。守りを固めたとしても、僕の足を止めない限り、連中の攻撃もまた当たらないから、それは正しい判断だ。


でも……


「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!」


突如、陣形の中から叫び声が響き渡る。


「な、なんだ?!なんでこんな場所にスライムが?!」


「助けてくれええぇ!」


「待ってろ!今助ける!」


ボトッ…


「ひっ?!」


ボトボトボトボトボトッ!


次々と落ちてくるスライム達。


僕の指示で、マジックスライム以外は、フミヤの背後に建っている建物の上部へと移動してもらっていたのだ。

もし、密集陣形を取るなら、フミヤを基準として集まるだろうと思っていたが、やはり正解だった。


スライム達をそのまま戦闘に参加させようとしても、相手はそれなりに強い兵士達だし、攻撃する前に殲滅されてしまうのが目に見えていた。壁際に移動した時も、彼等一人一人の上にスライム達を配置するのは時間が掛かるし、上手く配置出来たとしても、落ちて来たスライム達が、確実に被害を与えられるかは分からない。それならば、相手がまとまってから、一気にその集団に落下するのが、最も効率的だ。

しかも、スライム達は流体である為、鎧の隙間にも入れるし、核が入る隙間も、首元や腰等、結構有る。一度鎧の内側に入ったスライムは、鎧を着たままでは引き剥がせない。


「嫌だぁぁ!助けてくれえぇぇ!」

ガランッ!ガランッ!


次々とスライムに取り付かれた兵士達が、自分の鎧を脱ぎ捨てていく。


体の表面から、徐々に分解されていくのだから、痛みは想像を絶するだろう。


「やめろ!脱ぐな!今鎧を脱いだりしたら!」


ザザザザザザッ!


当然、鎧を脱いで、武器を手放せば、僕の攻撃で息の根を止められる。

脱がなかったとしても、スライム達が体中を分解して死に至らしめる。

まあ、鎧を脱がないという選択肢は、本人達には無いだろうから、実質一択なんだけど。


「クソッ!」


ゴウッ!!


「っ?!」


陣形の中で赤く淡い光が放たれたと思った瞬間、周囲に大きな炎が立ち上がる。

炎は波となって周囲へ広がり、スライムに取り付かれたフミヤの手下達と、スライム達を飲み込んで行く。

恐らく、上級火魔法、炎波だと思う。


スライムは、魔法に対する抵抗力の高いモンスターなのだけど、普通のスライムに上級魔法となれば、抗う術は無く、消失させられてしまう。


広場に落ちて来たスライム達は、全て炎波によって抹殺され、フミヤの手下も、殆どが真っ黒に炭化してしまった。


やったのは陣形の中に居るフミヤ。スライムをさっさと始末したいと思っての一撃なのだろうけど、まさか手下ごと燃やし尽くすとは…


「い…いで…え……」


「あ……づい……」


全身が真っ黒になっても、息をしている者は何人か居て、掠れた声を出している。


「……やってくれたな……」


残った手下はたったの四人。全員が盾兵。


盾の後ろで肩を震わせているフミヤが、僕に届くギリギリの声量で、そんなことを言ってくる。


最終的に彼等を燃やしたのは僕じゃなくてフミヤだと思うのだけど…

他の魔法でも、スライムを一掃しようとすれば、それなりの威力の魔法になるし、結局、同じような状況になっただろうと考えると、僕のせいだけど…


「僕を殺しに来たのだから、殺されても文句は言えないでしょ?

それに、僕だって仲間を殺されているんだ。お互い様じゃないか。」

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