第398話 テノルト (2)

「は、はい。」


戸惑いつつも、ピルテとの距離感が近付き、嬉しそうにするニル。それを横目に、ハイネに現在の状況を伝える。


「ただいま。俺達の方は上手く村に溶け込めそうだ。」


「それなら、このままシンヤさん達が村に居た方が良さそうね。スラタンと一緒に、私達も留守番しておくわ。拠点の事は心配しなくて良いわよ。」


「分かった。村に泊まるかもしれないから、暫くは帰って来ないものと思ってくれ。」


「ええ。分かったわ。」


「スラたんは研究か?」


「ここのところ寝ずに研究していたから、遂に耐えられなくなって眠っているわよ。」


「スラたんには感謝しないとな。」


「そうね。起きたら頭でも撫でてあげようかしら?」


「いや…どうだろうか…」


「ピルテは喜んでくれるけれど…?」


「女と男は違うからな…喜ぶ…とは思うが、あまりオススメはしないかな。普通に礼を言えば、それで大丈夫だと思うぞ。」


スラたんの頭を撫でるハイネ…ちょっと面白い光景ではあるが、見たくない気もする。


「そうかしら?それならお礼だけ伝えておくとするわ。」


ハイネの言葉に、ホッとしたような残念なような、変な気持ちになりつつ、俺とニルはきびすを返してテノルトへと戻る。


ザシュッ!


「モンスターが多いと言っていましたが、元がどの程度か分からないので、今が多いのかどうか分かりませんね…」


ザシュッ!


「一応、討伐数の指定ではないが、目安は有るから、それに従って倒せば良いだろう。ただ、向かって来るタイプのモンスターは優先的に倒すべきだな。」


森の中に生息していたBランクモンスター、グリーンスネイルを、俺は直剣、ニルは短剣で切り裂きながら話をする。海底トンネルダンジョンでも出てきた緑色のカタツムリだ。


俺はリハビリも兼ねてのモンスター討伐。出てくるモンスター達はBランク止まりで、俺とニルならばそれ程警戒しなくても良さそうだ。

ただ、やはり黒犬の事が気になり、気配を探ってはいるものの、何も分からない。豊穣の森に潜んでいる事がバレていたとなると、どこかで時折見られているのだとは思うが…

この世界には感知系の魔法というのが基本的には存在しない。魔法の世界という設定でよく見るサーチとかミニマップみたいな魔法は無いのだ。そういう魔法が有れば、色々と楽になるはずだが、そんな優しい運営さんではない。

一応、トラップ系の魔法で、間接的な感知は出来るものの、トラップというのは設置しなくてはならないし、その近くに居なければ掛かったとしても感知出来ない。

野営地に近付いてくるモンスターを感知するのは容易い事だが、黒犬はそんな事で感知出来ない。トラップに引っ掛かるような相手ならば、既に感知している。


「……黒犬の事が気になりますか?」


俺の意識が他のところに有ると気付いたニルが、そう聞いてくる。


「まあな…結構気にしてはいるんだが、全く分からない。」


「そこに居ないかもしれないけれど、居るかもしれない…酷く気持ちが悪い感覚ですね…嫌な感じです。」


「まあ、気にし過ぎも良くはない…か。」


そもそも、俺達の気が休まらないように、ロックをけしかけて来たという可能性も有る。

実は全く監視しておらず、盗賊達に任せているのに、自分達の存在をチラつかせて、警戒させるとか……いや、居ると思って行動しなければ、もしもの時に対処が遅れてしまう。その方が怖い。


「俺達に勝てないと判断しての事なら、何の策も無しに特攻は無いと思いたいがな。」


「ご主人様が倒れた後も、それらしい気配は一切無かったとハイネさんとピルテが言っていたので、何かしてくるとしたら、大きな動きが有ると思います。」


「大きな動きが起きる前にどうにかしたいんだが…ハイネ達に分からないのに、俺達に分かるはずが無いわな。」


ザシュッ!


出たとこ勝負というのは非常に怖いが…分からないものは仕方ない。


ハイネ達の事も気にはなるが、わざわざ拠点に三人残して来たのは、もし、黒犬が来たとしても、今の三人ならば追い返すくらいは出来るだろうと考えての事だ。


ハイネとピルテでは、少し力不足。しかし、そこにスラたんが加われば、同等に戦えるはずだ。逆に、スラたんだけだと、感知出来ないし、研究に集中していると、対処に遅れる。スラたんのみが狙われる可能性は低いとは思うが、人質にされる可能性も無いとは言い切れない。スラたんの足ならば、捕まる前に逃げられるかもしれないが、不意打ちとなれば別だ。つまり、どちらが欠けても成り立たなくなる。

情報収集の為に、街や村に入ってしまえば、人目も有るし、簡単には手を出せないだろうが、拠点は人の来ない森の中。必ず三人と二人で行動するようにしなくてはならない。

その事は伝えて有るし、恐らくは大丈夫だろう。


ザシュッ!!


「こんなところか。」


最後のグリーンスネイルを切り裂いた後、剣に付着した粘液を拭き取って鞘に戻す。


「やはり、どうにもしっくり来ませんね…」


ニルも短剣から粘液を拭き取って、鞘に刃を戻しながら言う。最初は短剣を使っていたはずなのに、今では短刀でなければしっくり来なくなってしまったようだ。


「何と言うのか…同じくらいの大きさだというのに、軽い…ですね。」


「剣と刀では密度が全然違うからな。」


剣というのは、武器であり、十分に殺傷力は高い物なのだが…何度も何度も叩いては焼入れ、叩いては焼入れと鍛錬した刀と比べてしまうと、硬さも粘りも…とにかく全てが違ってくる。


今の攻撃、刀ならば両断出来ていたのになー…なんて考える事もしばしば。ニルがしっくり来ないのも無理は無い。


「本当は、壊れてもいないのに、武器をコロコロ持ち替えるのは良くないんだがな。」


「えっと…武器によって僅かに使う時の姿勢や力加減に違いが有るから…でしたよね。」


「相変わらずよく覚えているな。」


「はい!勿論です!」


褒めてくれと尻尾を振る犬のようだ。可愛いやつめ。


ポンポンとニルの頭を撫でてから、話を続ける。


「ニルが今言ったように、短剣ってのは短刀に比べると軽い。見た目に対する重さ…という意味も有るが、ニルが言っているのはそういう事じゃないだろう?」


「はい。何と言いますか…刃が当たった時の感触と言いますか…」


「それは、金属の密度が違うからだ。刀は硬く粘りも有る。だから、硬いものに当たった時はガツンと衝撃を感じるし、逆に柔らかい物に当たった時は、何も感じない程にスルリと抜けるような感覚が残る。

剣ってのは、密度が低いから、どちらの感触もボヤッとしてしまうんだ。」


「そういう事だったのですね…言葉にして頂くと、より深く理解出来ます。

その軽さの違いが有ると、体の使い方も違うのですか?」


「一番大きな違いは、片刃と両刃の違いだろうが、細かい事を言えば、そういう軽さも関わってくるぞ。

分かり易いところで言うと、俺が直剣を使って、霹靂へきれきを放つとどうなるか…だな。」


「質の悪い物では粉々に、そこそこの物でも曲がってしまいました。」


「ああ。そうなると、全力は出せないだろう?

これは極端な例だが、ニルも使っていて、武器を振るタイミングとか、角度とか、色々と気を付けていると思うが?」


「無意識でやっていましたが…確かに変えています。」


それを無意識下で出来るというのは、かなり凄い事なのだが…それだけニルが強くなったという事だろう。


「そういう微妙な変化をコロコロ調整していると、バランスがおかしくなってしまうからな。」


「で、では、やはり短刀を使い続けた方が…いえ…それでは直ぐにバレて……ど、どうしたら良いのでしょうか?!」


泣きそうな顔をするニル。


「大丈夫だ。その事を知っていれば、意識的に調整出来るからな。知らずにバランスが崩れると、直すのも大変だが、知っていれば意識的に直せば良いだけの事だよ。」


「そ、それなら良かったです。」


本来は、とても微かな変化である為、意識しようにも感じ取れない。つまり、意識出来ない、という事も多いのだが、俺に天幻流剣術、ランカに柔剣術を習い、体の動きを敏感に感じ取る事が出来るニルならば、問題無い。


「今後は、そういう所にも気を巡らせながら、短剣を振ると良いぞ。」


「はい!分かりました!」


ニルは気合いを入れるように拳を軽く握る。


「それより、まずは討伐したモンスターを報告しにいかないとな。」


素材はどうしようか迷ったが、持てる分だけ剥ぎ取って、村に持って行く事にした。インベントリが使える事は一先ず隠しておきたい。


コンコン…


「はーい!」


ガチャッ!


ハナーサの家に行くと、勢い良く扉が開く。


「あら?何か分からない事でもあったかしら?」


「いや。薬草の採取と、モンスター討伐の途中経過だ。」


俺はインベントリに入っていた薬草と、モンスターの証明部位を見せる。


「嘘っ?!もう?!さ、流石はSランク冒険者ね…怪我もしていないみたいだし、薬草の状態も凄く良いわ。」


「Sランク冒険者として、面目躍如めんもくやくじょな仕事が出来たかな?」


「ええ。完璧よ。ケビンではこうはいかないからね。」


「ははは。」


「な、なによ?」


「いや、何に対しても、ケビンと比較するんだなと思っただけさ。」


「う、うっさいわね!」


顔を真っ赤にして怒るハナーサ。頭に血が上って怒っているという意味ではなく、かなり恥ずかしかったらしい。

彼女にとって、ケビンは大切な人なのだろう。身内に近い存在だからこそ、あまり褒めたりしないのだろう。


「悪い悪い。揶揄からかったわけじゃないんだ。

それより、これはどうしたら良い?」


俺は自分達の後ろに置いてあるモンスターの素材を見せる。


「す、凄い量ね…」


「持てる分だけ持って来たんだがな…ここに買い取ってくれる場所は…」


「そんな場所あるわけないでしょ。ギルドじゃないんだから。」


「う、うーん…」


「でも、素材自体は使えるものばかりだし、相応の人に持っていけば買い取ってくれるわよ。

例えば…これは斜め向かいの家。こっちは三軒隣の家。後は…これなんかはケビンが買い取ると思うわ。」


俺達が持ってきた素材を見ては、仕分けしてくれる。


「ただ、冒険者ギルドみたいに良い値段では買い取れないわよ?」


ギルドは、次もお願いしますという意味も込めて、少しだけ色を付けた値段で買い取ってくれる。つまり、素材自体はギルドで売る値段よりも少し安いのだ。その上、ここは裕福とは言えない村。あまり高いと、街で買ってきた方が安いし要らない、という事になってしまう。


「それは問題無い。買い取ってくれるだけで十分だ。俺達は持って歩けないしな。まあ、値段交渉はするつもりだがな。」


「ここの村人は、皆しっかりしているから、なかなか手強いわよ。」


「そ、それは…」


「ハナーサの紹介だって言ってから交渉すると良いわ。そこまで買い叩かれる事は無いはずよ。」


「そうか。それは助かる。」


「私達も助けてもらっているからね。差額はそのお礼だとでも思って。」


「ちゃっかりしてるなー…」


「そうでないと小さな村は生きていけないでしょ?」


「この村には、綿花以外に、何か儲ける手段は無いのか?」


「綿花以外に?そうね……たまに出てくるモンスターの素材を売るくらいかしら。村を見たらわかるでしょ?他には何も無い村よ。」


「そうか。」


ザレイン農場の事を知っていれば、何か反応が有るかもしれないと思ったが……まだこの村に来て初日だし、知っていたとしてもボロは出さないか。もう少し信用を得てから、色々と聞いてみる事にしよう。


ハナーサに教えてもらった通り、俺とニルは家々を回って、素材を売り回る。その際に色々と話をして、ジャノヤの状況について聞くが、重要そうな話は聞けず、フヨルデについても聞いてみたが、自分達はただの村人で、領主様と関係を持てる者達ではない、というのが答えだった。


「そう簡単にはいかないか。」


「まだ余所者よそものですからね。警戒というのか、観察されている感じですね。」


村の人々も、余所者を簡単には信じない。どんな奴で、自分達にとって良い相手なのか、悪い相手なのかをしっかり判断する必要が有る。簡単に相手を信じて、被害を受ける…なんて事にはなりたくないだろうし、これはこの村だけでなく、世界的に同じ事が言える。


「こちらもボロを出さないように気を付けるぞ。」


「はい。」


「おー!カイドー!」


ニルと話をしていると、横からケビンが現れる。

どうやら帰り道のようだ。


「早速モンスター退治と薬草採取をやってくれたらしな!」


「なんだ?もう話が回っているのか?」


「こんな小さな村だと、一分後には全員知っていると思った方が良いぞ!ぬはははは!」


「怖い話だな。秘密なんて持てないだろう?」


「秘密にするような事なんざ、何も無いからな!この村は、いも甘いも全員で乗り越えるんだ!」


「大きな家族って事だな。」


「おっ!良い例えだな。今度使わせてもらうとしよう。」


「それより、丁度良かった。実はケビンに売り付けたい物があってな。」


「なんだ?ゴミならゴミ捨て場が有るぞ?」


「失礼な奴だな。ほら。」


「おっとと…」


俺は森で倒したグリーンスネイルの甲羅の一部をケビンに投げる。


「これはグリーンスネイルの殻か。状態もかなり良いな。俺に渡すって事は、ハナーサが?」


「ああ。ケビンが欲しがるだろうってな。」


「相変わらず他人の事をよく見ているなー…ハナーサは。丁度いくつか欲しいと思っていたんだ。有難く買い取らせてもらうとするよ。」


持っている素材の残りを全てケビンに売り付け、持って来た素材は全て金に変換された。モンスター退治の依頼はもう少し残っているが、明日の一日で全て片付くだろう。


「それにしても、グリーンスネイルの甲羅なんて、何に使うんだ?防具は良さそうな物を持っているみたいだし。」


ケビンの防具は、見た限りAランク冒険者として相応しい物を使っている。Bランクモンスターであるグリーンスネイルの甲羅を用いた防具より全然良い物だ。今更グリーンスネイルの素材を欲しがる理由が有るとしたら、別の何かに使うのだろう。しかし、グリーンスネイルの甲羅は、あまり用途が多くは無い。防具か、綺麗に磨いて小物や装飾、アクセサリーにする程度。ハナーサの話では、割とガサツな性格だし、そんな物を作るとは思えない。


「いや。防具は防具なんだが、使うのは俺じゃないんだよ。」


「ん?でも、ケビンしか、この村で戦えるのは居ないんだろう?」


「今はな。何て言うのか…先生みたいなことをしているんだ。と言っても、相手はガキばっかりだけどな。」


「へえ。随分立派な事をしているんだな?」


「Aランク止まりだった俺の剣が、ガキ共にとってどれだけ身を守るものになるのか…それは分からねえけどな。」


「Aランクまで行ったなら上等だろう?って…これは俺が言うと嫌味になるか…」


「ぬはは!気にしねえよ!

まあ、親によっちゃ、危ねえ真似をさせるなとか言うがよ…自分の身くらい自分で守ろうとするのが男ってもんだろう?将来的には、嫁さんや子供だって守りてえ。それなら、腕っ節が強いに越したことはない。そう思わないか?」


「ヒョロヒョロで風に飛ばされるようなのは、確かに頼りないかもしれないな。」


「まあ、腕力じゃなくて、こっちの力が有る奴も頼りになるが、両方有れば言う事無しだ。」


ケビンは自分の頭を人差し指でトントンと叩く。


「文武両道ってやつだな。」


「ぶんぶ…?…ん?」


「いや。何でもない。」


どうやらケビンは、文武両道にはなれなかったらしい。どちらか一つでも持っているなら、それだけで恵まれているとは思うが…


「だが、子供に渡す防具としては少し良過ぎる気もするが、そこは良いのか?」


「渡すって言っても、俺が教える時に使わせるだけだぞ。稽古の時にのみ使わせるくらいなら、自分の体に多少合っていなくても良いからな。」


「道場みたいなものか。」


「そんなに大層なものじゃないさ。」


「しかし、子供用の防具なんて、上手く作れるのか?」


「お、俺だってやれば出来るぞ。」


「自信が無さそうに思えるのは俺の勘違いか?」


「うっ……」


「俺も上手いわけじゃないが、それなりの形にはなると思うが、どうする?」


「…い、いや…一度くらい自分で…」


一度くらいということは、その後頼るのはほぼ確定事項らしい。


「それなら、空いた時間に作っておくよ。」


「た、頼む!」


パンッと音を立てて手を合わせるケビン。


「今回はお近づきの印に、報酬は安くしておくよ。」


「金取るのかよ?!」


「なんだ?タダでやれって言うのか?」


「そ、そういう事でもねえけどよ…」


「…仕方ない。今回は子供達の為に、タダで作ってやるよ。」


「本当か?!いやー!助かるよ!」


いきなりタダで作ってやると言うより、ケビンは嬉しく感じるだろうし、この方が良い。


「それじゃあ、いくつか素材は預かっておくぞ。」


「預かっておくって…カイドーは何処か泊まる場所が有るのか?」


「泊まる場所というか…適当にテントでも張って寝ようかと思っていたんだが…」


「いやいや!そんな事させられるかよ!俺の家に泊まれ!別にどれだけ泊まって行っても構わないからよ!」


「良いのか?」


「良いも何も、村の依頼を色々とこなしてくれてるってのに、野宿なんかさせたら死んだ両親にぶっ殺されちまうよ!」


「そうか…それならお願いしようかな。」


「おう!任せとけ!こっちだ!」


ケビンは、子供に剣を教えていると言っていたし、元々面倒見が良い方なのだろう。上手く泊まる場所が見付からなければ、一度拠点に戻る事も考えていたが、そうならずに済んだ。

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