第396話 変身魔法

「手の温もりで油が溶けて、ネチョネチョするまで混ぜるんだぞ!」


「はい!」


玉ねぎを炒め、それを混ぜてから捏ねるよりも、先に捏ねてから玉ねぎを入れる事で、玉ねぎが潰れず、良い食感が生まれるのだ。


「よーし。炒めたエーキク玉ねぎやら卵やらを混ぜて……」


混ぜたハンバーグの種を、片手でスッと頭の上まで持ち上げる。


パァン!パァン!


それを何度も反対の手に打ち付けて空気を抜く。超大袈裟にやっているが、別にここまでしなくて良い。何となくやってみただけだ。


「な、何ですかそれは?!」


「ふっ。これこそ、ハンバーグを美味しくする為の秘技である。」


「秘技……」


「とまあ、ここまでしなくて良いが、中の空気を抜かないと、焼いた時に破裂したり、形が崩れたりするからな。意外と大事な作業なんだ。」


「空気抜きですか…分かりました。」


こうして、人数分のハンバーグを作りつつ、トマト、醤油等でソースも完成させる。


「よーし。焼いていくぞー。」


ジュゥゥゥゥ!


ハンバーグの焼ける心地良い音と、立ち上る腹の減る匂い。ニルはニルで、野菜炒めやちょっとした卵料理を作ってくれている。既に胃の中は空っぽで、ついつい摘み食いしたくなる程の空腹感。しかし、摘み食いするよりも、我慢して食べた方がより一層美味しく感じるはず。

キューキュー言い始めた腹を擦りながら、焼き上げたハンバーグを皿に乗せて、少しだけ苦味の有る大人なソースを上から掛けたら完成だ。


「よし。」


「出来たの?!」


俺の声を聞いて、敏感に反応するスラたん。


「私達もさっきからお腹が鳴りっぱなしよ。凶悪な匂いね。」


「腹が減った分、口に入れた時の美味さが増すだろう?」


「待ちきれないわよ。」


「ふふふ。ご主人様の料理は、作っている時から美味しそうな匂いがしますからね。

こちらも全て出来ましたので、早速食べましょう。」


ニルが付け合わせの料理を一通り並べ終わる前に、全員がきっちり座り、餌を…もとい。食事を待つ。

当然、米も炊きたてで、見るからに美味そうな組み合わせ。美味くないはずがない。


という事で…


「いただきます。」


「「「「いただきます!」」」」


まずは、やはりハンバークからだろう。


箸を楕円形に整えたハンバークに押し込むと、ジュワッと肉汁が溢れ出してくる。


一口サイズに切り分けたハンバーグに、茶色のソースを絡めてから口へと運ぶ。


まず、口の中に広がるのはソースの味。最初口に入れた瞬間は、苦味を感じるが、苦味は直ぐに香ばしさに変わり、その後にデミグラスソースのような重厚な味が口の中へと広がる。

その後、口に入れたハンバークを噛むと、口の中でジュワッと飛び出してくる肉汁。目で見ずとも肉汁が溢れ出しているのが分かる程だ。

ただし、肉汁は脂っこくはなく、サラサラとした脂で口当たりが抜群に良い。それでいて、しっかりと香りは放っており、腹ペコ達を満足させる事が出来る味と香りだ。

ハンバーク自体も、程よい弾力を持ちながら、噛むとホロホロと解けて行き、噛めば噛む程に白米が欲しくなる味だ。


「流石はシェルバッファロー亜種の肉だな。そこらの適当な肉とは段違いの美味さだ。」


「シェルバッファローの肉よりも、弾力が有るのに、口の中でホロホロと溶けていきますね…」


「肉汁がジュワーって出てきて、それがソースと絡んで…ジュワウマー!」


スラたんがあまりの美味さに新しい言葉を生み出してしまったらしい。


「こんなの食べ続けて大丈夫かしら…私もピルテも、もう元には戻れない体にされてしまったわ…」


「凄く悪意を感じる言い方だな?!」


「ふふふ。」


これから、俺達は敵陣の中に潜り込み、情報を収集しなければならない。そうなると、当然危険な状況に自分から入って行く事になる。

いくら相手が盗賊とはいえ、敵だらけの中に入って行くのは、やはり緊張するものだ。そんな心境を少しでも和らげる為に、俺達は極力明るく振舞った。

全員で居る時くらいは、そうして気持ちを楽にしておきたい。ハイネとピルテも、同じ気持ちなのだろう。何かにつけて、いつもより笑ってくれている。


豊穣の森へ来た連中は、俺達を探していたわけではなかったが、それは末端の構成員だったからであり、目的が調査隊の調査だった為だ。しかし、ハンディーマンの主要メンバーは、俺達の事を知っているはず。

ノーブルには、奇襲がガッツリ成功した為、何なく倒せたが、ここからはそうもいかないだろう。ハンディーマンの下っ端達でさえ、あれだけの強さ、連携が出来たのだ。黄金のロクスとかいうハンディーマンのトップは、ザナのようにザレインでになっている事も無いだろう。ここからが盗賊討伐の本番という事だ。


楽しい夕食を終えて、ゆっくりとしていた時。ハイネが俺とニルのテントへとやってくる。


「今、少し良いかしら?」


ハイネの声は少し緊張しているような感じで、何やら大切な話をしようとしている事は、空気で感じた。


「ああ。」


「……少し、場所を変えても大丈夫かしら?」


「分かった。」


ハイネと共に、俺とニルはテントを出て、少し野営地から離れる。


「どうしたんだ?」


コソコソするような感じで野営地を離れ、その上で防音魔法まで使った為、何の話をするのか考えていたが、さっぱり見当がつかない。


「……ニルちゃんの事について、少し聞きたい事が有るの。」


「ニルの事…?」


「ええ……聞くタイミングが無かったのもあるけれど、聞いて良い事なのか分からなくて黙っていたのだけれど…………」


ハイネがニルの方をチラッと見ると、口を開く。


「ニルちゃん。」


「はい?」


「ニルちゃんは、魔族の血が流れている事に気が付いているの?」


「「っ?!」」


俺とニルは突然の話に、ビックリしてしまい、完全に固まってしまった。


「その反応からすると、二人共知っていたのね?」


「……な、なんで分かったんだ?」


「血よ。前に話したと思うけれど、私達吸血鬼族は、魔族の血を嗅ぎ分けられるのよ。」


そう言われてみると、ハイネとピルテがアーテン婆さんを探す為に、魔族の血を嗅ぎ分け、血の記憶を読み取っていたと聞いている。


「これまで、ニルちゃんは血を流す事が無かったけれど、ロックとの戦闘で、僅かだけれど怪我をしたわよね。」


確かに、ニルは小さいが怪我を負っていた。その時に出た血の匂いで、ニルが魔族の血を継いでいると気が付いたのだ。


「そう言えば、そんな事を言っていたな………隠していてすまない。」


俺は素直に謝る。ハイネとピルテを信用していないわけではないが、黙っていたのは事実だ。


「二人が黙っていた事を責めたいわけじゃないわ。この状況だもの。寧ろそれくらい慎重でなければ、黒犬と渡り合う事なんて出来ないわ。」


「分かってくれて助かるよ。実の所、ニルは、黒翼族なんだ。」


ニルに目を向けると、一度目を瞑ったニルが久しぶりに自分の姿を晒す。


見た目は殆ど変わらないが、髪の中に見える小さな黒い角と、ツルッとした尻尾。魔族形態のニルは本当に久しぶりに見る。


「確かに黒翼族ね。綺麗な尻尾と角だわ。」


「あ、ありがとうございます…」


ハイネの言葉に少し照れ臭そうにするニル。


「こうして話をしたけれど、私もピルテも気になって眠れなかっただけなのよ。何かしようって事じゃないわ。教えてくれてありがとう。」


「い、いや…」


黙っていた手前、お礼を言われたりすると居心地が悪い。


「ニルちゃんが魔族だから、私達魔族の事を助けようとしてくれているのかしら?」


「それも有るよ。大同盟の話が一番だが、ニルの両親も探していてな。」


「ニルちゃんの両親……ちょっと待って。それってつまり、ニルちゃんは一人で魔界を抜けたって事かしら?」


「はい。私の記憶では…」


「変ね…」


「変?」


「魔界に行くと分かるけれど、魔界というのは、全周を高く厚い壁で囲まれた地域なのよ。子供一人が外に出ようとして、出られるような場所じゃないの。」


「……………」


ハイネは単純な疑問を口にしただけだ。ただそれだけ。彼女の中には、そういう選択肢が無いから思い至らなかっただけだが……もし、ニルが一人で出たのではなく、誰かと出たとしたならば、ニルは連れ去られたかもしれないという事。いや、いくら子供だとは言え、連れ去られたとしたら、それは恐怖として残っている可能性が高いし、忘れていないはず。しかし、ニルはそんな話はした事がない。つまり、顔見知りが魔界の外に連れ出した。そして………実際のところは分からないが、誰かに奴隷商人に売られたか、若しくは、両親に捨てられた可能性が高い。


「……っ?!ご、ごめんなさい!」


ハイネがその事に気付き、直ぐにニルを見て謝る。


「いいえ。大丈夫ですよ。」


しかし、ニルは一切暗い顔はせずに大丈夫だと言い切る。


「そんな気はしていました。捨てられたのかもしれないと。

ですが、私はご主人様に出会えました。捨てられて良かったとさえ今では思っています。そのお陰で、私は唯一無二のお方と出会えたのですから。」


そう言って笑うニル。


ハイネは眉を寄せて悲しそうな顔をするが、俺には分かる。ニルは、本気でそう思っているのだ。本心から言っている。


「…だとしても、やはり両親の事は探したいと思っているんだ。見付からなければ、それはそれで良いが、俺はやはり知っておいた方が良いと思ってな。」


「…ふふふ。シンヤさんらしいわね。」


少し強引に話を逸らしてしまったが、それに乗ってくれるハイネ。ニルの両親の事は気になるが、あまり考え過ぎても良くない。こういう話は、悪い方悪い方へと考えてしまうものだ。


「それにしても…変身魔法なんてよく知っていたわね?」


「え?」


ハイネの言葉に、ニルがキョトンとする。


「変身魔法は、魔族の中でも使える人の方が少ない魔法よ?」


「そうなのですか?!」


ニルから聞いた時は、魔族では一般的な魔法だと言っていた。


「一般的な魔法だと思っていました……」


「どこでそんな事を言われたのか分からないけれど…一般的とは言えないわね。どこで覚えたのかしら…?もしかしたら、それもニルちゃんの両親を見付ける手掛かりになるかもしれないわね。

それと、その珍しい銀髪。もしかしたら、案外簡単に見付けられるかもしれないわ。」


「そうなのか?」


「変身魔法を教えられるという事は、その魔法を使える人がニルちゃんの近くに居たはずよ。ご両親かもしれないわね。

銀髪も、居ないことはないけれど、あまり多い髪色じゃないのよ。だから、銀髪の変身魔法を使える相手…となれば、かなり人数が絞られるはずよ。」


「そうだったのか…これは良い事を聞いたな。」


「私は本当に探さなくても良いのですが…」


「……これは私の意見だけれど、もし、ニルちゃんが……捨てられていたとしても、やはり調べるべきだと思うわ。

恨む相手の事さえ分からないなんて、寂しいもの。ニルちゃんが本当に知らなくても良いとしても、事実を知れば、キッパリ諦められるはずよ。」


「……そうですね…もし、見付かったとしても、既に私はご主人様に全てを捧げていますから、今後の人生を変えるつもりはありませんが、知っておいた方が良い…のかもしれませんね。」


「きっとそうよ。」


「……はい。」


それから、少しニルの事について話をして、ピルテにも伝えてもらうように言って、テントに戻る。

明日の事も有るし、俺とニルは直ぐに寝る事にしたが、どうにも寝付けない。

ニルの事が少しだけ分かったから、頭の中をそれがグルグル回っているのだ。


「ご主人様。」


そんな俺に、小さな声で横から話し掛けて来るニル。


「私はずっとご主人様の隣に居ます。」


もし、両親を見付けたとしても…という事だろう。


「……もう寝るぞ。」


「……はい。」


ありがとう…とは言えなかった。どちらがニルにとっての本当の幸せなのか…最初は、ニルを両親の元に戻してやる事がニルの幸せに違いないと思っていたが……もう分からなくなりつつあった。


翌朝。


俺は偽見の指輪を使って髪を青く変え、ニルは黒髪に変えて出発した。


歩いて森を抜けると、昨日見た綿花畑。畑の中には人がチラホラ見える。


「ハイネさんの話では、北西に小さめの街、北東に村が有るそうです。どちらに向かいますか?」


「そうだな……まずは村に向かおう。なるべく情報を仕入れてから、人の多い所に行きたい。何も知らないと足元をすくわれるからな。」


「分かりました。」


進路は北東。今までの山道とは違い、ほとんど傾斜の無いフラットな地形がずっと続いており、少し歩いていくと、村に向かうであろう道が、真っ直ぐに北東へ向かって伸びている。

綿花畑の間を歩いて行くと、たまに畑の中に居る人がこちらを見てきたり、商人の馬車とすれ違う。


「あの。ちょっと良いですか?」


「??」


通り過ぎていく商人の馬車にニルが声を掛け、この辺りの事についていくつか話を聞いてみる。相手は商人だし、金さえ払えば大まかな情報くらいは教えてくれる。


俺達が向かっている村の名前は、テノルト。綿花で生計を立てている村で、ジャノヤとのやり取りで食い繋いでいる村らしい。村の人口は数十人で、裕福という程ではないものの、困窮しているわけでもない。俺達が歩いている辺りの畑は、村の者の畑で、作業している者達も村の者達らしい。

話を聞いた商人は、南に向かい、綿花を用いて作られた商品を別の街で売り、食物を積んで戻って来る…という事をしているらしい。つまり、今からジャノヤ近郊を出て南へ向かうところだという事だ。

村の事を何も知らずに入って来たとなれば、怪しまれる可能性が高いし、ジャノヤ近郊から離れようとしている商人に話を聞けたのはラッキーだった。これで村に入って、最初から知っていた風を装っても、誰も嘘だとは思わないだろう。


「助かったよ。」


「いえいえ。こっちも貰う物は貰っていますからね。それでは。」


パシンッ!


商人は手綱を振ると、馬車を進ませて南へと向かって行く。


「大まかな話が聞けて良かったですね?」


「ああ。これで少し打てる手が増える。

俺達は冒険者で、仕事を探しに流れて来たということにしよう。Sランクの冒険者なら、ギリギリ言い訳も立つだろう。」


この世界において、Sランクの冒険者となると、普通はあまり仕事が無い。

Sランク相当の仕事となると、街の小間使いのような仕事は除外されるし、依頼料もかなり高くなる為、気軽に依頼を発注出来ない。故に、貴族連中の相手をする事が多かったり、稀に強力なモンスターが現れた時に駆り出されたりするが、相当に大きな街でなければ、仕事が常に有るという状況は生まれない。

一回の仕事で手に入る報酬が大きい為、バンバン依頼をこなさずとも、それなりにリッチな生活が出来るのだが、一つの街に何個もSランク冒険者のパーティが居ると、仕事の取り合いになったりして不毛な時間を費やす事になったりする事も多いらしい。


ターナの姉ラルベルが言っていたが、レンジビには何個かのSランク冒険者パーティが居る為、そんな状況もたまに見るのだとか。レンジビは大きい街だし、周囲の環境がモンスターにとっても過ごし易い環境である為、仕事は割と多いのだが、冒険者の仕事は密になる時もあれば疎になる時もある。疎になった時は、仕事の取り合いが起きるらしい。

そういった状況の中に、新たにSランクパーティが加わると、更に一つのパーティが受けられる依頼が減るので、どんどん仕事が受け辛くなっていく。

そういった事もあり、イーグルクロウの五人は、チュコの街を拠点にしているらしい。

チュコにはイーグルクロウ以外のSランクパーティは無い為、危険な仕事はイーグルクロウ、という流れが出来ているのだ。

つまり、俺達…というか俺はSランク冒険者だが、たった二人のパーティで、仕事が取り難い立場である為、良さそうな場所を探して転々としている…という事にしておけば、一応筋は通るはずだ。


「分かりました。」


村に入る前に、ニルと打ち合わせを済ませ、若干の緊張を持ちながら村へと入る。

村と言うだけはあり、建物はかなり少ない。宿屋は当然のように無く、建物は全て村の人間の住居だ。

村の周囲には簡素な木の柵が立っているが、大した防御力は無いだろう。この辺りでは、森に一番近い村で、モンスターとの遭遇が最も多いはずなのに大丈夫なのかと思えるが、その理由は、村の周囲に設置されている魔具を見れば分かる。

一定の間隔で村を取り囲むように地面に差し込まれている魔石付きの杭。男が立っている辺りだけ間隔が開いている。

目を凝らして見ると、空との間に境界線が見え、それは村を覆うように半球状となっている。光魔法のシールドに違いない。これである程度のモンスターは村に入る事も出来ないはずだ。

小さな村で、このような魔具を使っているのはあまり見ないが、それなりに人の住む街などでは、塀の中に埋め込んでいたりする一般的な魔具である。村に設置されていても、別に不思議という程ではない。金さえあれば普通に手に入る物だ。

村の外見を見る限り、貧しさからは遠いところにある様子だし、金を出し合えばこの程度の魔具ならば直ぐに設置出来るだろう。


「見ない顔だな。」


村の入口に向かうと、直ぐに人族の男に声を掛けられる。

ボサボサの黒髪、無精髭、左目から頬にかけて入っている大きな切り傷。左目は、元々は黒い瞳だったのだろうが、今は白く濁っており、見えていない様子だ。

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