第364話 侵入 (2)

窓ガラスが割れ、そこから入り込んだ埃が部屋中に充満し、視界は真っ白だ。


「上手くいきましたね。」


「これで連中は、外からの脅威に対処しなくてはならなくなったからな。中に割ける人数を大幅に減らせるはずだ。」


外の埃が徐々に落ち始め、薄らと状況が見える。

どうやら、想像通り、正門付近を残して、外壁がほぼ全て崩れ去ったようだ。

そして、そうなると、盗賊達は外から襲ってくるモンスター達に対処しなくてはならない。

盗賊達が住んでいた為、この付近にはモンスターというモンスターがあまりいなかった。それは事実だが、普通の動物とモンスターは大きく違う。こんなに異常ともいえる爆発が生じれば、動物は一目散に逃げる。しかし、モンスターには、逆に近寄ってくる種類も結構居るのだ。


大きな爆発音を聞いて、逃げるのではなく、寧ろ寄ってくるモンスターというのは、特に獰猛どうもうで、強い種類が多い。爆発音に興味を持ってなのか、あの場所に獲物が居ると考えてなのかは分からないが、どちらにしろ、そんなモンスターが襲って来るというのに、悠長に城の中を守っているわけにはいかない。外壁や物見櫓が残っていれば、城に引き篭って戦う事も出来なくはないだろうが、それらはたった今、全て崩れ去った。


「まずい……これはまずいぞ!武器を持て!モンスターが来る前に戦線を作るぞ!」


「急げー!」


犯人探しどころではないらしい。予想通りの展開だ。


城の中に引き篭っていた連中も駆り出され、外壁だった物の残骸を積み上げ、簡易的な防壁を築いている盗賊達。流石に中に残っている連中はそこそこ頭が回るらしい。対処がそこそこ早く、的確だ。まあ、俺達を見逃してしまっている時点で、その程度でしかないが。


「ゴホッゴホッ!おい!無事か?!」


人影を見てなのか、図書室の入口付近から俺達に向かって声が掛けられる。ノーブルの一員だろう。

ニルが直ぐに武器を手に取ろうとするが、抜く前に俺が手で制し、口を開く。


「ああ!大丈夫だ!こっちは平気だから別の場所を手伝ってくれ!」


なるべく自然に振る舞い、声を掛けて来た者に返事する。


「そうか!まだ次の攻撃が有るかもしれないから、終わったら直ぐに外に出て待機していてくれ!」


「分かった!」


どうやら、俺達を盗賊の仲間だと勘違いしてくれたようだ。

ニルは武器を握る手の力を抜き、静かに人影が去るのを待つ。今のタイミングで声を掛けてきた者を殺すのは容易い事だが、その者が一人であるかどうかも分からない状況で斬り掛かり、こちらの動きが悟られてしまえば、折角隠密で侵入した意味が無くなってしまう。


「何とかなったな。」


「早まってしまうところでした…申し訳ございません。」


「状況によっては、ニルの行動の方が正しかった可能性も有るんだ。謝る必要は無いさ。それより、移動するぞ。ずっとここに居たら、見付かるのは時間の問題だ。」


「はい。」


「確か、天井裏に入るのよね?」


城の屋根と天井の間には、人一人が通れる程度の隙間が存在する。これは、この城に限った事ではなく、この世界の多くの城に言える事だ。大抵は、そのスペースを物置として利用していたり、奴隷のような身分の低い者が寝泊まりする為に使われていたりするのだが、今回はそこを使って城の中を移動する作戦だ。


「ああ。どうやら、丁度良い場所に入れたらしいからな。」


俺は図書室の天井を見上げる。

ハイネ達も同じように天井を見上げると、そこに天井裏へ入るための落とし戸が有る事に気が付く。


「ここからならば、簡単に入れそうですね。」


「そうだな。さっさと行くとするか。」


コンコンッ…ガコガコッ!


俺が持っている直剣で天井を軽く押すと、天井に収納されている梯子が勢い良く下りてくる。


一応、警戒しつつ天井裏へと上がると、天井裏独特の三角の部屋になっていて、何も物は置かれておらず、ただ埃だけが厚く積もっている。


「外の庭と言い、この天井裏と言い、誰も手を入れていないみたいね。」


「ここまで手付かずだと、こんな部屋が存在する事も知らないかもしれませんね。」


「こちらとしては、実に都合が良いわね。」


盗賊連中が、天井裏の存在を知らないならば、予想外の経路で俺達が進んで来る事になる為、天井裏を進んで行っても気付かれ難いだろう。


「天窓は無いし、壁を剥がして進むしか無さそうだな。」


天井裏の部屋は、壁がボロボロの木の板で出来ている。壁を形成している木の板は、所々割れたり、反り返ったり、剥がれてしまっている。

元々はボロボロではなかったのだろうが、人が住んでいないと、部屋というのは直ぐにボロボロになってしまう。


「これならば、簡単に剥がせそうです。」


ギギッ…ガコッ!


ニルが軽く壁板を引っ張ると、簡単に剥がれてくる。


「魔法の使用は極力避けたい。外が騒がしい内に、壁の板を外してしまうぞ。」


「はい。」


いくらボロボロとはいえ、壁板を外せば、それなりの音が出る。下の者達に気付かれる前に、全て外し終えられるように、四人で板を外していく。


「よし…これで通れそうだな。」


壁の奥は、建物の骨組みが剥き出しの状態になっており、はりはしっかりしているが、天板は寿命が近い物も多い。

当然ながら、掃除などされてはおらず、蜘蛛の巣がそこら中に張られ、かなりカビ臭い。


「梁の上を伝って行こう。天板は踏むなよ。」


廊下を歩いていたら、天井からいきなり人の足が突き出してきた!なんて事になるのは避けたい。あまりにも間抜け過ぎる。

ただ、これだけの騒ぎになれば、少しの物音は気にされないだろうし、それ以外の事はあまり気を付けなくても大丈夫だろう。

問題は屋根裏を伝ってどこまで行けるか、そして、ザナとやらが現在どこに居るかだが…今のところ、恐らくザナは、中央の一番デカい建物に居るだろうという推測で動いている。

一応、屋根裏に居て聞こえてくる話をハイネとピルテの聴覚で聞き分けてもらっているが、有力な情報は得られていない。ザナがこの盗賊団ノーブルの頭領ならば、こんな騒ぎの際には、皆の中心に立って指示を出していそうなものだが…


屋根裏を伝って、中央の建物へと近付いて行く。


「下の様子はどうだ?」


「かなりの人が入り乱れているわね。あっちに行ったりこっちに行ったりしているわ。シンヤさんの想像通り、まだかなりの数が城内に残っているわね。」


「外に随分と人数を割いているみたいだったが、それでもまだ、防御は厚いか。その上、俺達が屋根裏を進めるのはここまでらしい。」


屋根裏を中央の建物へ向かって歩いていたが、レンガ造りの壁が目の前に現れる。


「壁を突き破りますか?」


「それはお勧めしないわ。壁の向こうから、かなりの数の気配を感じるわ。間違いなく今までで一番人の密集率が高いわ。」


「ここを起点に盗賊達が陣を張っているわけか…」


ハイネの言葉に疑いは持っていないし、間違いなく壁の向こう側には大量の盗賊達が居るのだろうが、声や物音が全く聞こえて来ない。恐らくは防音魔法で覆われているのだろう。だとしても、吸血鬼族は五感全てが優れている為、匂い、振動等で、どれくらいの人数が居るのか分かるのだ。

詳細な状況が分からないのは痛いが、俺達の声もまた、向こうには届かない為、こうして相談が出来るのは有難い。


「どうしますか?もう一度、何か騒動でも起こして、もう少し人を外に割かせますか?」


「いや。それは止めておこう。既に警戒態勢に入ってしまった今、何かしようとしても、見付かる危険性の方が高い。」


「それでしたら、屋根の上に一度出てしまうのはどうでしょうか?」


ピルテの提案を却下した後、ニルが提案してくる。

ピルテとニルのライバル関係は、本当に羨ましいと思える程に良いものだ。仲は非常に良く、いつもは笑って会話をしているのに、いざ、こういう場合は互いの力量を高めようと競い合い、次々に提案をしてくれる。

全てが素晴らしい提案とは言えないが、それぞれが自分で考えて動き、提案出来るというのは、パーティとしてとても良い事だ。俺が思い付かない事を思い付いてくれる事も有るし、飛躍的に二人の実力が上昇していくのが見て取れる。

オウカ島の出来事からこっち、ニルの成長には本当に目を見張るものがある。既に俺の背中を預けられる程に成長してくれたのだが、それに留まらず、日々彼女は成長し続けている。

枷を付けていると言うだけの理由で、ニルを侮り、貶す者が居ても、大抵の連中はニルに手も足も出ないはずだ。もう彼女をただの奴隷だと罵る連中を見ても、哀れにしか見えなくなってきた。

戦闘奴隷等も居るから、ニルと同じように強い奴隷というのは存在するが、近い将来、最強の奴隷と呼ばれる日が来るかもしれないな…


「ご主人様?」


思考回路が別の方へ行ってしまっていたが、ニルの声に我を取り戻す。


「ああ、すまん。屋根に上がるんだったな。何故敢えて体を晒すんだ?」


「今現在、盗賊達の意識は外に向いています。しかも、外壁は全て崩れ去ったので、高い位置に敵はいません。屋根の上に出ても、視線を切るように気を付ければ、恐らく見付かる心配は無いかと思います。」


「…確かにそうね。屋根の上を移動する分には、見付かる可能性は低いかもしれないわね。」


「ですので、一度屋根の上に出て、中央の建物に、別の場所から入るのはどうでしょうか?

確か、記憶の限りでは、中央の建物の中腹辺りに、外から入れそうな場所があったはずです。」


中央の建物は、形で言えば削った鉛筆の様な形をしており、外周は八角形で、直径は五十メートルくらいだろうか。高さは三十メートル程。

中腹辺りに、人一人が通れる様な窓が各辺に一つずつ付いていた。その窓の事を言っているのだろう。

屋根の上に出れば、ニルの言っている窓までは高さで十メートル弱。俺とニルが連携して跳ばなくても、届く距離だ。それは身体能力の高いハイネとピルテも同じ。


「悪くない作戦だが、登っている時は下から丸見えになる。それはどうするつもりだ?」


「ハイネさんとピルテの認識妨害の魔法を使いましょう。」


「魔法は極力使いたくないという話だったわよね?」


「はい。それは承知の上です。

確かにノーブルと黒犬との繋がりが疑われている以上、魔法を使うのは得策ではありませんが、使ってバレるかどうかは、分からないですよね?」


「五分五分の賭けって事かしら?」


「いえ。ここからは推測になりますが…黒犬の連中が、今まさにこの付近に身を潜めており、私達の事を監視しているのであれば、森で過ごしている時に、何かしらのアクションがあっても良かったはずです。ノーブルの連中に伝えるだけでもするはずですよね?」


「ここまで上手く、簡単に侵入出来るという事自体が、黒犬の存在を否定する事になる…という事か。」


「それに加えて、見た限り、ノーブルの構成員は、戦いにあまり慣れていません。黒犬の手駒として差し向けるには、少し力不足かと思います。」


「なるほどね…ノーブルの連中を動かすより、もっと戦いに慣れている盗賊団を動かした方が、勝算は高いわよね。」


「こうして考えると、黒犬の連中は、この付近には居ない…もしくは、手を出す気が無いのではないかと。」


「黒犬の連中は、このノーブルという組織を、敵を観察する為の餌程度にしか見ていないってことか。」


RPGゲームで言えば、盗賊団との戦闘というイベントでの、チュートリアル的な扱いなわけだ。


「………そうだな。ニルの言っている事は理にかなっているように感じる。どちらにしろ、どこかで魔法を使う選択は迫られる事になるし、一度使ってしまえば、ここでの戦闘でそれを気にする必要は無くなる。ここで一度使ってみるのも良いだろう。俺はニルの意見に賛成だ。」


「私も問題は無いかと思います。」


「そうね。私も賛成よ。」


「…よし。それじゃあ、行くとしますか。」


俺達はニルの意見に賛成し、実行へと移す。


天井裏から、天井を形成している木材と、石材をなるべく静かに破壊し、屋根から顔を出してみる。


「そっちだ!絶対に通すなよ!」


「魔法を打ち込め!側面から叩くんだ!」


外では、盗賊達が集まってきたモンスターとの戦闘に四苦八苦している様子が聞こえてくる。魔法の爆発や剣戟の音が鳴り止まない。


「行くぞ。」


俺が先に屋根上に出るが、周囲には俺達に対して視線を通せる者は居ない。


俺達が顔を出したのは、中央の建物までの距離は数メートルの位置だ。予想通り、屋根から見て、高さ八メートル程度の位置に窓が付いている。


ニル、ハイネ、ピルテも屋根の上に出てくると、直ぐにハイネが魔法を展開する。これで外から見ても、建物を登る俺達に気が付く者は居ないはずだ。


一応、ハイネの魔法を感知して攻撃が来るのではないかと警戒をしていたが、ニルの予想通り、何の音沙汰も無い。


三人に向かって頷き、このまま行くという意志を伝えた後、俺は屋根の上を走り、思いっ切り踏み切る。


体が斜め前、上方向へ飛び、一足で窓に張り付く事が出来た。窓枠に手を掛けて張り付いた後、窓から中を覗くと、上へ続く階段の途中らしく、誰も見えない。

窓は当然ながら、外から開く造りにはなっていない為、割るしかない。音を遮断する為、その場で風魔法による防音魔法を掛けて、直剣の鞘で窓を割り、中へ入る。


階段の広さは幅二メートル弱で上からも下からも音は聞こえて来ない。

窓の外に顔を出し、大丈夫だと手を振ると、ニル、ピルテ、ハイネの順番で次々と入ってくる。


普通に考えれば、現在、城は緊急事態。ザナは指示を出す為に下の防音魔法が掛けられた区域に居るはず。俺達はそのままゆっくりと階段を下りていく。


ニルの予想が当たり、魔法を使っても大丈夫だと分かった以上、こちらも打てる手が格段に増えた。ある程度大胆に動いても大丈夫だろう。


階段は建物の内側をぐるりと回るように作られており、大きな螺旋階段状になっている。俺達が入ったのは二階から三階へと続く階段の途中で、少し下へ向かって行くと、直ぐに二階へ入る扉が見えてくる。


ガチャッ!


二階へ通じる扉の横に据え付けられている明かりが見えて来たタイミングで、唐突に二階へ入る為の扉が開く。


「おいおい…マジで抜け出すのかよ…?」


扉の奥から声が聞こえてくる。俺達は直ぐに身を隠し、その声に耳を傾ける。


「こんな場所に居ても、死ぬのを待つだけだって言ったのはお前だろう?」


「だが、俺達には例の魔法が掛けられているんだぞ?」


「別に裏切るわけじゃねえ。落ち着いたらまた戻ってくるつもりなんだから、これは裏切り行為とは言わないだろう?」


二人の獣人族の男が扉を閉めた後に、コソコソと話を始める。どうやら、仲間を見捨てて逃げ出すようだ。


二人が話している話の内容的に、裏切れないように魔法を施されている様子だ。十中八九、闇魔法、死の契約が施されているのだろう。

黒犬の存在がここには無いと仮定すると、盗賊に死の契約という恐ろしい魔法を教えたという事になる。手段を選ばないにも程がある。どいつが闇魔法を使えるのか分からないが…生かしてはおけないだろう。


「でも、どうやって逃げ出すつもりなんだ?どこに行っても、誰かの目は有るぞ?」


「それがな……実は抜け出せる道が有るのを知っているんだ。」


「どういう事だ?」


「この前、酔ってフラフラと城の中を歩いていたら、偶然、抜け道を見付けてな。」


「抜け道って…この城に有るのか?」


こういう城やそこそこ大きな屋敷というのは、何かあった時の為に、抜け道が作られているという事が割と多い。武器を身に付ける事が当たり前の世界だと、そういった身の守り方というのが当たり前なのだろう。


「階段を登って、上まで行くと、石像が有るのは知っているな?」


「ああ。前の所有者がそういうのが好きで作らせた物とかいうやつな。」


「あの石像の背面に、仕掛けがあってな。それを作動させると、石像がズレて、下に続く梯子が現れるんだ。そいつをずっと下まで行くと、噴水から流れ出た水を外に流す為のトンネルに出る。それを辿っていくと、城の西側に有る川の横に出るんだ。」


「そうだったのか?!」


「おい!静かにしろ!」


「す、すまねえ…」


「俺はそこから抜け出して、騒ぎが収まった頃に戻って来るつもりだ。お前はどうする?」


「そ、それは……行くに決まっているだろう。」


「そう言うと思ったぜ。」


ニヤニヤと笑う二人が、足音を消して階段を登ってくる。


「……??」


二人は、階段に付いてる窓ガラスが割れているのに気が付き、不審に思い、その場で足を止めてしまう。


ゴギュッ!ゴキュッ!


そのタイミングで、二人の男の頭が、回転し、首の骨が鳴ってはならない音を出す。


「……かっ……」


首が回転した事で、喉は塞がり、声は出ない。


そのまま絶命し、倒れる前に俺とハイネが抱える。


二人が階段を登ろうとしている事に気が付いた俺達は、三メートル近くも有る、階段の天井に張り付き、二人が通り過ぎるのを待った。窓ガラスが割れていると気付けば、そこで立ち止まるに違いないと思い、そのタイミングを待ち、二人の首を後ろから捻り、殺したという事だ。因みに、ニルは階段の上、ピルテは階段の下から人が来ないか見張ってくれている。


俺はハイネに一本の瓶を渡す。


中には、まるで白玉団子しらたまだんごのような物が詰まっている。これが、トラップでも使ったネンチャクキノコの胞子を詰めた粘着瓶だ。

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