第170話 合流
俺の質問に対し、言葉を喉に詰まらせるゴンゾー。
「ど、どれくらい外に出るつもりでござるか?」
「分からないが…タイガでも取りに行けたという事は、そんなに危険な場所というわけではないと思う。しかし…距離がどれ程あるかは分からないな。」
「ぐぬぬ…あまり長く出ないのであれば、共に行きたいのでござるが…」
「外に出る事自体は大丈夫なのか?」
「夜に出て、また夜に帰ってこられれば、そう目立たず出入り出来るでござる。ただ、あまり長く留守にしていると、怪しまれるでござろうな。
どこに目が有るか分からぬでござるから、留守に出来て数日でござる。」
ゴンゾーの、自分も行きたい、という気持ちは分からなくはない。
この街は島のほぼ東端に位置しているし、ゴンゾーが共に行けるのは恐らく、闇華の採取のみだろう。
「他の三種は行けそうに無いでござる…せめて闇華だけでも…」
「取り敢えずタイガに聞いてみて決めたらどうだ?」
「そうでござるな!そうするでござる!」
俺の提案に対し、嬉しそうに笑うゴンゾー。
本当は全ての四鬼華を共に探しに行きたいだろうに…
「四鬼華なんだが…実は、鬼士隊も探しているらしい。」
「鬼士隊が…?シデン殿を抑える為でござるか?」
「分からない。ただ、ガラクが街の外に居るのは、この街に居る事が出来なくなったから以外にも、もしかしたら、四鬼華を探す為…かもしれない。」
「………闇華の収集を終えたら、拙者が独自に調べてみるでござる。もし本当に四鬼華を集めているのだとしたら、何かしらの理由があるはずでござる。もしかしたら、逆に相手を
「そうだな。頼むよ。
それと、今後の事だが、シデンやゲンジロウは四鬼で簡単には動けないし、ゴンゾーも動けないだろう?
出来れば、四鬼華を集める為に、土地勘の有る者を同行させたいんだが…」
「確かにシンヤ殿達だけで探しに行くとなると、かなり大変でござるな…」
「適任者が思い付かなくてな。というか、誰なら動いても怪しまれないかとか…そういうのは分からない。」
「それもそうでござろうな………下民の者でも良いでござるが、連れ歩くには少し目立つでござる。
下民は連れて歩くものではないでござるから、出来れば平民の方が良いでござろう。
島全体に対して土地勘が有り、尚且つそれなりに自分を守れて、鬼士隊との繋がりが無いと信頼出来る者…………拙者の知る限り、そうなるとセナしか居ないでござるな。」
「セナ?刀匠のセナか?」
「そうでござる。」
確かにゴンゾーにとってこれ以上信頼出来る相手はいないだろうけれど…
「結構危険な旅になると思うが…?」
「さすがに強敵を相手にするには力不足でござるが、自分の身くらいは守れるでござるよ。
セナは、刀匠でござるからな。刀を振れぬ刀匠は居ないでござる。それなりに使えるでござるよ。
加えて、島中のあちらこちらに、自分で素材調達に向かう事も多いでござる。」
「自分で素材調達?!」
「セナは決して弱くないでござるよ。あくまでも一般から見て…でござるが。」
その言い方だと、俺達が一般から掛け離れていると言われている気が……いや、まあ一般人に海底トンネルダンジョンはクリア出来ないか。
「でも…良いのか?」
ゴンゾーにとってはサクラ同様に大切な人のはず。こんな危険な旅に同行させるのは心配だろう。
「シンヤ殿達と共に行くのであれば、何も心配は要らないでござる。
それに、セナはシンヤ殿とニル殿の刀を作ると言っていたでござる。最高の物をと……どこに行くつもりか知らないでござるが、一人で行かせるよりシンヤ殿達と同行させた方が寧ろ安心でござるよ。」
俺達の向かう先は秘境。貴重で希少な材料も手に入る可能性は高い。
材料調達、兼、四鬼華採取…という事か。確かに一人で行かせるよりゴンゾーとしては安心か。ラトも居るしな。
「分かった。それじゃあセナを連れて行くよ。
闇華を採取したらそのまま他の四鬼華を探しに行くつもりだし…」
「拙者が呼んでくるでござるか?」
「頼めるか?」
「任せるでござる!」
ゴンゾーに集合場所と時間を伝えると、早速セナの元へと向かってくれた。
そろそろ日が落ちる。
まだ鬼士隊については分からない事だらけだが、絶対に四鬼華全てを手に入れてサクラを救ってみせる。
日が落ち、暫くした後、俺達は宿を出る。
せめてもう何日か、この宿に泊まってみたかったな…
また帰ってきたらこの宿を使わせてもらおう。
その旨を店主に伝えたら、部屋は空けておくから、いつでも使ってくれ…と言われた。
かなりのVIP待遇で恐縮してしまう。ゲンジロウ様様だな。
俺達が向かう先は南地区の外門付近。
タイガ
門や外壁が無意味になるよね?!と思ったが、これは下民の知恵らしく、下民以外の者達は知らないらしい。
もしかしたら知っている者もいるかもしれないが、地下洞窟内は複雑な構造になっていて、道を知らなければ外に出る事は出来ないとの事だ。
この話をしたら、ゴンゾーも知っていた。
桜の木を取りに行った時に使ったらしい。子供時代、門番も居るのに、どうやって門を出入りしたのか気になっていたが、これで解決した。
それにしても、魔法で水を作り出せるこの世界に井戸とは……この世界では、水に困らない為、水道関係の物はほぼ見た事がない。
ただ、例えば地下水だとか、湧き水だとかを、質の良い水として料理に使ったりする事はあるらしく、料亭や宿屋が多い場所には井戸があったりするらしい。
良質な水と言ったが、水…と一口に言っても、色々な水が存在する。
最も分かりやすいもので言えば、
日本の水は殆どが軟水だ。とか聞いたことがある人も多いだろう。
この軟水と硬水というのは、水の中に含まれるカルシウムとマグネシウムの量によって、水を区別した言い方で、量が多いと硬水に、少ないと軟水になる。
この軟水、硬水の違いにおいて、分かりやすい最大の特徴は、飲んだ時に腹を壊すか否かだろう。
海外の水を飲むと腹を下す。なんて話を聞いた事があるかもしれないが、これは、硬水に多く含まれているマグネシウムによるものである。マグネシウムは下剤にも使われていて、内蔵に対する刺激が強過ぎるという事だ。
つまり、魔法で作られる水は、軟水となる。
では、中にそう言ったカルシウムやマグネシウムが無いという事なのか。というと、恐らくそうではない。
水の別の区別の仕方に、水の中に含まれる不純物の量によるものがある。
例えば、
では、この蒸留水とか純水という水が、どのような物なのか…正確に把握している人は少ないのではないだろうか。
例えば、川で水を
まず思い付くのは、コーヒーフィルターのような物で水の中から砂とか水草だとか、そう言った目に見えるような不純物を取り除くという方法が有る。
フィルター等を通して不純物を取り除く行為の事を、
目に見えないような汚れや、ゴミまで取り除きたい!となると、水を沸騰させ、水蒸気を集め水に戻す方法がある。この手法を蒸留と呼び、その後得られる水を蒸留水と呼ぶ。
アルコールの入った飲料物を作る際にも使われる技法で、ウイスキー等が好きな人は知っているかもしれない。
水より先に蒸発するアルコールを採取する事で、よりアルコール度数の高いお酒にする事が出来る。この場合は、水分が不純物というイメージだ。
話を戻そう。
蒸留水までやればかなり綺麗な水と言えるが、それでもまだ足りない!という場合は、更に綺麗にする事も可能だ。
これには、
活性炭というのは、十から二百
顕微鏡でも見えないようなとても小さな穴が沢山空いた炭。これが活性炭だ。
この活性炭を水に通すと、穴が汚れをキャッチしてより綺麗にしてくれる。
更に、イオン
プラスとマイナスに帯電したイオンが…と言っても分かりにくいだろう。
簡単に言えば、軟水と硬水を決めるカルシウムやマグネシウム、こう言った成分を、取り除いてくれる物だ。
これを使ってとてつもなく綺麗にした水のことを純水と呼ぶ。
ここまですれば最高に綺麗で美味しい水になっているはずだ!と…思うかもしれないが、実はそれは間違いだ。
ここまで綺麗になってしまった水というのは、綺麗になり過ぎて、飲むと体内からカルシウムやマグネシウムのような成分を逆に奪ってしまう為、お腹を壊してしまう。
つまり、適度な不純物を含む水。これが飲水としては最良なのだ。
そして、魔法で生成した水は飲んでも腹を壊さない為、この適度な不純物を含む水という事になる。
ただし、例えば温泉や地下水のように、特殊な成分を多く含む水とは違う為、同じ物は魔法で作り出す事が出来ない。
「ご主人様…?」
俺が長々と考え事をしていると、心配したニルが声を掛けてくる。
「な、なんでもない。それより、この辺りのはずだよな?」
南地区の中にも、やはり寂れた場所というのは有るもので、ここは建物や人が少ない場所だ。
「そうですね。聞いた話ではこの辺りのはずですが…そもそも井戸というのがどういったものなのか私には分かりませんので…」
大陸にも有ったとは思うが、珍しい物だし見た事がないというのも不思議ではない。
俺も実物は見たことが無い。ただ知識としては有るし、見れば分かるはず。
「井戸……井戸………あれか…?」
それらしき物が見えるが、俺の想像していた井戸とは随分様子が違う。
イメージとしては、
どこかの公園の噴水くらいの大きさがあって、五角形。それぞれの辺の中央に金具が取り付けてあり、そこに切れた縄と壊れた
五人が同時に水を汲み取れるようになっているらしい。土魔法を使って簡単に穴が掘れてしまうこの世界だからこその形状だろう。
「思っていた井戸とは違うが、これに間違いなさそうだな。」
「ここから水を汲むのですね……しかし、何故こんな面倒な事をするのですか?」
「それはだな…」
俺が長々と考察した結果を話そうとした時…
「お。来たな。」
暗闇から現れたのはタイガ。どうやら先に来ていたらしい。
「ここに入るのか?」
「ああ。外に出るまではずっとこの下を通っていくから、足元には気を付けるんだぞ。」
「分かった。」
「それじゃあ…」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
タイガが井戸の中へ下りようとしたが、引き止める。
「遅れて申し訳ないでござる。」
「ゴンゾー様?!」
俺がタイガを引き止めたタイミングで、ゴンゾーとセナが現れる。
「すまないでござるな。拙者達も同行させてもらいたい。」
「言うのが遅れたが、ゴンゾーに話したらせめて闇華だけでもってな。大丈夫だったか?」
「もちろん大丈夫だ!」
タイガは少し興奮気味。彼にとってゴンゾーはヒーローみたいなものだ。
「そっちの方は?」
「うちはセナ。なーんか知らないけど、いきなりゴンゾーが来て連れ出されたの。」
「せ、説明はしたでござるよ?!」
「あれが説明?」
「うっ…」
ジト目でゴンゾーを見るセナ。ゴンゾーが言葉に詰まる。
どんなやり取りだったか大体想像出来たが、それでも付いてくる辺りはセナとゴンゾーだからだろう。
「目的の場所まではどれくらい掛かるでござるか?」
「明日の夜には辿り着く予定です!」
「それなら同行出来そうでござるな。」
とりあえずゴンゾーも同行出来そうだ。良かった。
「あー…色々と話をしたいのは山々だが、下りてからにしよう。ここだと目立つ。」
「そうでござるな。タイガ…だったでござるな。よろしく頼むでござる。」
「はい!」
キラキラしたタイガが井戸の金具に縄を取り付け、それを頼りに中へと入る。
「下までは結構あるから、落ちないように気を付けてくれ。」
「分かった。」
「じゃあ先に下りてるぞ。」
タイガはスルスルと井戸の中へと入っていく。
「ラトは大丈夫か?」
『うーん…』
ラトが井戸の中を覗き込み、スンスンと鼻をひくつかせる。
『大丈夫!』
そう言うと、ラトが井戸の中へと飛び込む。
タンッ!タンッ!
ラトは井戸の壁を蹴って、蹴ってと何度も横に移動し、落下スピードを調節しながら下りていく。
野生の狼すげぇ…いや、これはラトが凄いのか。
「俺達も行こう。」
「いきなりこんな所に入るなんて…うちは普通に門から出ても良いと思うんだけど…?」
「行くでござるよ!」
「はぁ…なんでこんな事に…」
セナは少し不満みたいだが、ゴンゾーが強引に井戸へと誘う。
最初は月明かりもあって、明るかったが、少し下りるとそれも届かなくなり、完全な闇となる。
湿った土と石のにおい。下りていくにつれて下がっていく気温。
ダンジョンとはまた違った不気味さを感じる。
暫く縄を頼りに下りていくと、やっと底面に足を着けることが出来た。
どうやら、
ピチョン……ピチョン……
暗闇の奥からは、未だ僅かに残った水なのか、雨水が染み出して来たのか、水音が聞こえてくる。
「ちょっと肌寒いわね。」
「井戸でござるからな。」
「痛っ!ちょっと!ゴンゾー!足踏まないでよ!」
「も、申し訳ないでござる!」
暗闇の中で何も見えないし、明かりが欲しいが…
「全員下りたか?」
『ちょっと狭いなぁ…』
ラトは無事下りられたようだ。それに、この暗闇でも周りの状況を把握出来ているらしい。
「ランタンは駄目なのか?」
「井戸の外に明かりが漏れると目に付くからな。もう少し先に進んでからだ。
右手側に寄って、壁伝いに、俺の声を頼りに続いてくれ。」
「分かった。」
右に手を伸ばし、少し歩いていくと直ぐに硬質な岩肌の感触が手に伝わってくる。
冷たく、湿った岩肌で、ザラザラしている。
タイガの後ろを歩いて暫く進んでいく。
「そろそろ良いだろう。」
タイガがランタンに火をつけると、やっと視界が確保出来る。
「やっと見えるー!るーるーるー……」
空洞は街の外まで続いている巨大な物だ。
セナの声が反響して先の方へと飛んでいく。
「あまり大きい声を出すなよ?隠れている意味が無くなってしまうからな。」
「ご、ごめん…」
「トントン
「ここまで来てやっぱり止めとく…なんて言えないでしょ。付いて行くわ。」
両掌を上に向けて肩を持ち上げるセナ。
「何か…すまないな。」
「シンヤさん達のせいじゃないから気にしないで。悪いのは全部ゴンゾーだから。」
「ぐぬっ……」
「まあ、とは言っても、私もサクラの力になれるなら協力は惜しまないわ。助かる可能性が僅かでもあるなら、私は何でもするわ。」
「セナ…」
「四鬼華の伝説が本当で、何か手があるなら、そして私に何か出来ることがあるなら、何でも言って。」
「…助かるよ。」
「何言ってるの。サクラは私の親友。お礼を言うなら私の方。
必ず…四鬼華を見つけてやる。」
「…ああ。」
色々とゴンゾーに文句を言っていたけれど、やはりセナも本当は行きたくて仕方なかったのだろう。意気込みはもちろん、先に先にと急ぐ気持ちを必死に抑えている…そんな顔をしているように見える。
地下洞窟は、元々水で満たされていた為、所々に水溜まりが有り、ランタンの光が反射されている。
それが浅いのか深い
いくつもの別れ道があったけれど、タイガは慣れているのか迷わずサクサクと進んでいき、ものの二十分程で出口へと辿り着いた。
言われていた通り、案内無しでは間違いなく迷うタイプの空洞だ。ラトは出口に通じる道に気が付いていたみたいだが、普通はラトのような仲間は居ないし、奥深くまで迷い込んで出られなくなる可能性は高いだろう。
こんな薄ら寒くて暗い場所から死ぬまで出られないなんて、想像するだけで鳥肌が立ってくる。
「これで一先ず安心だな。」
出てきた先は、街から少し離れた谷。木々が生えていて、周りからは見えにくい地形をしている。
「それで、肝心の闇華はどこにあるの?」
「ここから少し南に行った所に、
「常闇の森?!あんな
セナの反応からして、誰でも知っている危険な場所…というやつかな。
「拙者は行ったことが無い場所でござる。」
「うちは一度だけ行ったことがあるけど、あそこは本当に何も無い場所。何も無いくせにモンスターだけはうじゃうじゃ居るし、真っ暗だし…本当にあんな場所に闇華が咲いてるの?」
「普通の方法では手に入らないんだ。まあ行けば分かる。」
タイガはそう言うと、南へ向かって足を進める。
「行かねば闇華は手に入らないでござる。ならば、それが例え地獄であろうと、拙者は行くでござる。」
「地獄ねぇ…良いわ。どうせやるならそれくらいの方がやり甲斐があるってもの。行ってやろうじゃない。」
ゴンゾーもセナも、やる気満々だ。頼もしい限りだ。
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