死ぬまでリスト

いちや

第一節

 俺はいま、自殺の計画を立てている。

 家庭環境や、その他諸々が原因だ。

 それを語ったところで、「そんなことで悩んでるのか」「もっと苦しんでいる人もいる」と返されるのは目に見えているので、野暮なことをするつもりはない。

 ひとつ言えるのは、そういった言葉が人を追い込むということだけだ。

 とにかく俺は、自殺の計画を立てている。

 学校帰りにコンビニで買った小さな手帳に、日付と持ち物を書き込んでいるところだ。

 タオル等で首を緩く絞めると呼吸は保ったまま眠るように命を絶てるらしい。調べた中では最も苦しまずに済みそうだった。

 家からはだいぶ離れた場所にしたい。どこかの山の中だ。電車の路線を辿っていけば適当な場所が見つかるだろう。あとは徒歩で人が来ないところまで登ればいい。

 途中でお腹が空くだろうから、テイクアウトできる店も探しておこう。

 最後の晩餐ともなれば贅沢をしたい。ピザとハンバーガーは決定だ。デザートはどうしようか。

 書き始めてみると思った以上に筆が走る。終わりの期限が決まるだけでも心が安らぐものだ。

 考えるうちに現実味を帯びてきて、高揚感すら感じていた。

 そうこうしているうちに計画が固まった。決行日は一週間後だ。

 明日にでも行きたいところだが、私物の整理がある。余計なものは遺したくない。

 売れそうなものは二束三文でも売り払ってしまおう。少しは足しになるはずだ。

 学校帰りに近くの古着屋とリサイクルショップを周り、大方のものを片付けた。

 部屋が広くなると心の余裕が生まれるもので、計画を実行しようか少しばかり迷いが生じてしまった。

 そんな時には過去のことを思い出してみればいい。理不尽に殴られてきた痛みや、蔑まれた惨めさが意志を固くさせてくれる。

 やはり天秤に掛けるまでもない。そうに決まっているのだ。



 休日明けの教室はやけに騒がしかった。隣のクラスで何かあったらしい。

 バレンタインが終わったかと思えば今度は何なのか。まったく幸せな連中だ。能天気で羨ましい。

 一切の必要性を失った授業を終えて帰路に着く。

 自転車を漕ぎながら考えていた。自分と周りは何が違うのだろう。

 俺は俺なりの辛い過去がある。周りの連中にもあるのだろう。

 あんなに楽しそうには生きられない。物事の捉え方が悪いのだろうか。

 連日通っているリサイクルショップで査定をお願いし、軽くなった鞄を担ぎ直す。

 買い物をするつもりも無いため、店外のベンチでぼんやりと歩道の往来を眺めていた。

「隣いいかい?」

 ふいに声をかけられて振り返ると、店のロゴが入ったエプロンを掛けているおじいさんが立っていた。

「あぁ、はい。どうぞ」

 片手を挙げておじいさんが座る。

「いいのかあんなに売って?断捨離って言っても限度があると思うけどね」

 おじいさんは煙草に火をつけながらそう言った。

 今更になってベンチの隣の灰皿が目に入り、ここが喫煙所だと気付く。

 煙にむせて咳をすると、おじいさんは愉快そうに笑って灰皿の水に煙草を落とした。

「まぁ、なんか理由があるんだろうけど適当に笑っとけばいいんだよ。辛気臭い顔は大人の特権だからねぇ」

  内線で呼ばれたおじいさんが去っていき、取り残された俺は言葉の意味を図りかねていた。

 呆けたように明後日の方向を見る鳥を眺め、気楽でいいなと呟く。

 結局真意を汲み取れないまま、査定を終えて店を後にした。



 アラームが鳴り響く。

 呻きながら布団から身を起こし、携帯を手に取った。

 金曜の午前6時。今日が決行日だ。

 急激に冴えた目で部屋を見渡す。もうこの景色を見ることもないのだ。

 まるで牢獄のように感じていた自室との別れに哀愁を感じ、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 頬を数回叩いて布団から起き上がる。

 両親が起きる前に身支度を済ませ、買い置きのパンを鞄に突っ込んで外へ出た。

 我が家だった建物を後目に歩を進める。

 携帯の電源を落とし、用水路の中へ投げ入れた。これでもう俺の居場所は特定されない。

 実に晴れやかな気分だ。

 事前に近くの林へ隠してあった登山用のリュックを担ぎ、市の中心地へ向かうバスに乗り込んだ。

 車内には出勤中らしき女性、疲れきった坊主頭の学生、家族の愚痴を言い合うお年寄り。どれも浮かない顔ばかりだ。

 途端に優越感が芽生え、自然と口角が上がる。俺は今日そこから抜け出すのだ。

 目に映る全員が馬鹿に見えてほくそ笑んでいると、赤子を抱いた女性が乗り込んできた。

 赤子が屈託のない笑顔で声をあげて手をばたつかせた。

 たったそれだけで、墨を飲まされたような顔をしていた周囲の人間の表情が緩んでいく。

 不思議な光景だった。何の益にもならない赤子の笑みひとつで、人はここまで変わるのか。

 女性が謝りながら席についた後も、赤子は「あー、うー」とひとり言を続けている。

 みるみる和やかな空気になっていくのが疎ましく、早くバスを降りたかった。

 中心地で県外に繋がる電車に乗り換え、1時間も揺られるうちに降車駅に着いた。

 登山用のリュックを担ぐ学生を物珍しげに見てくる輩が多い。トイレに入って私服に着替え、制服は駅のゴミ箱に捩じ込んだ。

 目指す山はまだ先だが、この駅の近くにある店に用がある。ピザ屋は道中にここしか無いのだ。

 印刷しておいた地図を広げながら店を探し、少し迷子になりながらも見つけ出した。

 入店して名前を告げるとすぐに袋がカウンターに出てきた。

 確認の為にと店員が箱を開くと、湯気に乗って食欲をそそる香りが広がる。

 真ん中で半分に分けられたうち、左側はホワイトソース。

 きのことベーコン、アスパラガスがふんだんに入ったソースを敷き詰め、仕上げにセロリの葉をぱらぱらと散りばめている。

 ベーコンから溢れた肉汁が池のようにソースの上へ溜まり、少し焦げ目のついたアスパラガスが倒木を思わせる。

 寒暖色のグラデーションが実に見事だった。

 対して右側はペパロニだ。

 ガーリックたっぷりのトマトソースの上で、じっくり熟成させたサラミとリング状のピーマンがこれでもかと主張し、間からマッシュルームが顔を覗かせる。

 パルメザンチーズに加えてトッピングでミックスチーズも盛りつけ、具材が沈みそうなほどに包み込みこんでいた。

 今すぐ平らげてしまいたい衝動をグッと抑える。これは夜のお楽しみだ。

 昨日のうちに予約しておいて正解だった。電話で注文するのは初めてだったため不安もあったが、どうやら杞憂だったらしい。

 再び電車に乗って目的地を目指す。制服の次はピザが周囲の目を引いたが、気にしても仕方がないと開き直ることにした。

 暫くの後に電車を降り、一面の田畑と畦道を割るように伸びる大通りを辿った。

 脇道に誰かが設置したのであろう木製のベンチがあり、そこを一旦借りることにした。家から持ってきたパンを齧りながら地図を確認する。

 この道の先にハンバーガー屋があり、更に進んだ先で合流する山道を登れば、中腹辺りの旅籠屋で産みたて卵を使ったお菓子が買えるそうだ。

 すっかり冷めたペットボトルのお茶を飲み干してひと息つく。細長く伸びていく吐息がゆらゆらと揺れ、次第に薄れていった。

 ふと、先日のおじいさんの言葉を思い出した。

 今の俺は辛気臭い顔をしているのだろうか。

 そもそもどんな顔なのかもよく分からず、言われた時に鏡でも見てみればよかったと思った。

 ペットボトルを手に打ちつけて鼓音を響かせながら再び歩き始める。

 顔の冷たさがやけに滲みた。

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