ティータイム
ややあって。
「邪魔す――。失礼致します」
そんな自身のていたらくをどうにか出来ないものか、とサマンサは主であるケイトへ相談しに執務室へとやって来た。
「ごめんなさいね。ちょっと今、かなり立て込んでいるのよ」
「お、おう……。まあ、大した話じゃねえですから」
「ありがとう。後でちゃんと時間を作るわ」
しかし、ケイトは事業拡大のために、書類の山と格闘しているところで、とても膝つき合わせて話す様な状況ではなかった。
彼女は、相変わらずシンプルなベージュのブラウスに紺のロングスカート、上着にカーディガンを羽織ってペンをひたすら走らせている。
「……ところで、んなとこで何やってんだエレ――イライザ」
サマンサから見て執務机の左側では、イライザとアイリスが何故か組手をしていた。
「はい。お嬢様を常にお守りしている以上、こういった繁忙期にはどうしても訓練場には足を運べませんので」
「同時に、私の運動不足を解消するため、という事情もございます」
「なるほど……?」
顔だけサマンサの方を向きながら、イライザとアイリスはそう説明したが、全く手足の動きの機敏さには変化がなかった。
「よろしければ、
「勘弁してくれ。アンタみたいな超人とやったら明日動けなくなっちまうよ」
「左様でございますか」
「では、
「ノーサンキューだ。言っとくが、アンタも十分人間止めてるからな?」
「はあ」
ティータイムに誘う様な気軽さでそう訊いてきた
「アイリス、お茶を」
「はい。少々お待ちください」
そのやりとりの後ろで、掌底で眉間の辺りをグリグリやったケイトは、伸びをして立ち上がり、アイリスにお茶を出すように命じると、彼女は執務室から出て行った。
「ご休憩でございますか?」
「ええ。またあなた達に心配かけるわけにはいかないもの」
おもむろに立ち上がったケイトは、ブランケットを手にしたイライザにそう言って、執務机前にある応接セットの、入り口から見て右側にある長ソファに座った。
「サマンサもお茶していきなさいな」
「良いんですかい?」
「あまり根を詰めるものではないわよ。仕事は上手く息を抜くのが大事なんだから」
「じゃあお言葉に甘えて……」
1人用のものに座って良いかどうか考えたが、ケイトが何も言わないのでそのまま座った。
「せっかくだから相談を聞くわ。このままで申し訳ないけれど」
隣に座ったイライザの膝に頭をのせたケイトは、落ち着いた様子で1つ息を吐いてサマンサへ言う。
「文句言う立場じゃねえですから」
「良いわよ別に。暴言とかじゃあないならいくらでも言いなさい」
「そもそもお嬢に暴言吐いたらイライザに絞められちまいますよ」
「流石にそこまで乱暴じゃあないわよイライザは。ね?」
「はい。お嬢様のご命令を頂かない限りは」
アイコンタクトで頭を撫でて欲しい事を察し、主の頭を優しく撫でるイライザは一瞬鋭い視線をサマンサに向けた後、穏やかな物に変えてそう言いつつ微笑んだ。
おっかねえ……。
命令さえあれば絞めるつもりだ、と察したサマンサは、イライザに甘えるケイトを見ながら、その背筋に冷たいものが
ややあって。
「それで、セシリアとの距離感が掴めないのかしら?」
元気を取り戻したケイトは身体を起こして足を組み、気品と主人の風格を漂わせながらサマンサへ聞いた。
ちなみに、席は一応入れ替わっていて、サマンサは長ソファの左隅に座っていた。
「いや、それはまあ何とかやってんですが」
「それは良かったわ」
「はい。自分があんまりにも不甲斐ないせいで、セシリアに迷惑をかけてるんで、どうにかしたいと思った次第でして」
「なるほど。と言っても、本家に預けるわけにも行かないのよね」
「私もそう思います。確実にセシリアが寂しがるでしょうから」
「そうね。まあ、そのうち慣れるでしょうから頑張りなさいな」
「ええ……。いや、それだとセシリアが……」
サマンサがケイトの適当な感じの返答に困惑したところで、アフタヌーンティーのセットを持ってアイリスが戻ってきた。
ケイトの隣に座っていたイライザは立ち上がって、ローテーブルへアフタヌーンティースタンドのセッティングを始めた。
「セシリアは人に頼られるのはむしろ好きなタイプよ」
「そうですっ。迷惑なんて思っていませんからっ」
「うおっ」
アイリスと一緒にサマンサを探していたセシリアも入ってきていて、フンス、と気合いが入った表情で宣言してサマンサを二度見させた。
「お前いつの間に……」
「あっ、驚かせてしまいましたね。すいません……」
「ちょっとビックリしただけだから謝んなっ」
全く気配に気が付かなかったため、固まって目を丸くしていたサマンサは、すぐに謝ってしまったセシリアにわたわたと言う。
「セシリア。あなたも一緒にお茶しましょう」
「えっ、良いのですかっ?」
「ええ。元々そのつもりだったもの」
「あっはい。お心遣い感謝致しますですっ」
畏れ多い、といった様子で遠慮しようとしたセシリアだが、ケイトに柔らかな笑みで促されサマンサの隣に座った。
「ねえセシリア。ミルクとティーの様子はどうなのかしら」
「はいっ。2匹とも元気いっぱいですよー」
「それは何よりね。年齢的に、そろそろ普通のご飯を食べてる頃でしょう?」
「そうですねぇ。どうもお魚よりお肉の方が好きみたいです」
「へえ。お母様がそういう話をしていたから、魚が好きなのかと思っていたわ」
「それはですねっ、沿岸部とか島嶼部の地域は、お魚が調達しやすいからそういうイメージがついているとか」
「なるほどね。言われてみれば、お母様は西部諸島の人だものね」
部屋の隅にある暖炉の上に設置された、幼い自分と母親のマリアナの銀盤写真が収められた額縁をケイトはフッと笑いながら見やった。
「前にも猫ちゃんを飼われていたのですね」
「いいえ。お母様の実家の周りにいた野良猫の話よ」
「野良猫」
「なんでも、その野良猫たちにもの凄く懐かれていて、本家の者が迎えに行ったときに本気で襲われたとか」
「お嬢様」
「どうぞ」
「ロバートが、そのときは酷い目にあった、と申しておりましたね」
「あら。それは損な役割だったわね……」
猫に襲われる、若き日のロバートの姿を想像したケイトは、気の毒そうな苦笑いを浮かべた。
「これは本当の事であるかは分かりませんが、マリアナ様が、止めなさい、と一喝した瞬間パタリと止まったそうです」
「お母様ならあり得そうね。余り怒らない人だったけれど、一度怒ったときは凄く怖かったもの」
「お嬢様でも、やんちゃされた時期があるのですか」
「違うわよイライザ。私へじゃなくて、私の持ってる服を燃やした兄上達へ、よ」
「なるほど。あの方々ならば当然――」
「イライザ」
「申し訳ありません。出過ぎた真似を」
「良いわよ。ただ、怒ってくれるのはありがたいけれど、あなたのそれは兄上達程度には過ぎたものなのよ」
「はい」
「サマンサも、兄上達に何か言われたら教えて頂戴ね。あの人達本当に幼稚だから、とりあえず無視して構わないわ」
「お、おう……」
怒りが
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