第16話 『私の毒吐』

 

 

 初めて『嫌な奴』になったあの日を鮮明に覚えている

 

 私が、小学1年生6歳の時

 

 主人公の幼少期の同級生役

 

 もっというと、主人公をいじめるいじめっ子役

 

 忘れたくても忘れられなくて、いつも胸の中で毒々しく渦を巻いている。

 

 少しでも自分をよく見せようと演技したら、監督が納得するまで永遠と撮り直しをさせられた。

 

 初めての月曜9時枠のドラマの撮影は、流石としか言えないほどの役者のラインナップ…。

 

 撮り直しが嵩む度に、彼らの視線は冷たく白いものになっていくのを肌で感じた

 

 思う様に演技が出来ず、泣き出しそうになった私を須藤が珍しくアドバイスして来たのを覚えている。

 

 そして…その時の演出家に言われたんだ…

 

 『「はなちゃん、今の君は『道野はな』なんかじゃない…演者になるなら自分を捨てなさい」』

 

 演出家から厳しく投げかけられる瞳に背筋が伸びて、不思議と胸の奥にストンと治った…

 それから、私はNGを出さなかったんだっけ…。

 

 それから、私はずっと『嫌な奴』だった。

 

 テレビに出る度、撮影をする度に、私は有名になった…悪い意味で…。

 

 小学生の低学年から中学2年生まで、私は子役として活躍し、人から『嫌われてた』。

 

 嫌な奴を演じる度にSNSは荒れて、私の事務所に届くのはファンレターではなくクレームや殺人予告で、いつも須藤はそれを見て可笑しそうに笑ってたのか、悲しそうに笑ってたのか、なんかあんまり思い出せない。

 

 承認欲求が満たされず、いつも胸が苦しくて、家に帰っても家族は私を空気の様に接してた。

 

 それからの記憶は朧げで、演じた役なのか本来の私なのか分からなくて、常に『嫌な奴』だったのはなんとなく覚えているの…

 

 私の気持ちも、わからないまま…私は死んだんだ

 

 自分が何をしたいのか、なんであんな事になったのか、私は思い出せないでいる。

 

 中学に入ると、小柄な母を追い越した身長は160センチ後半に差し掛かり、顔も童顔な父と母には似ずに、大人っぽいキツめな顔立ちに成長した…。

 

 その頃から、子役としての仕事は一切来なく、グラビアやモデルの仕事が入り込んできた…。

 そんなのやりたくない、私は演者だもの…演技がしたい。

 その一心で、体の成長を止めようと、食べる事をやめた

 

 1日、水とビタミン剤を飲んで必要最低限の栄養素しか摂らなかった。

 

 それでも、私の望んだ仕事はこなかった…

 

 見かねた須藤がオーディションを受けないかと持ちかけてきて、私は決死の思い出受けたのに、それなのに…

 

 オーディションは、最低だった…。

 

 『「今から死ぬ演技をして下さい」』

 

 集団面接の様に横に5人並べられ、私は5番目だった

 

 私の前の受験者達に与えられた題は、簡単なもので『喜ぶ演技をして下さい』『怒る演技をして下さい』『悲しむ演技をして下さい』等で、演技の基本だった…。

 

 それくらいなら私にも出来ると息込んだのに『死ぬ演技』なんてした事なかったから思わず俯き何も答えられないでいた、私に題を与えた面接官は、私が『死ねない』と知って失望したのか、面接官の瞳にはもう私は写っていなくて、『もうお前に用はない』と見切られた気分だった。

 

 それからは荒れに荒れた、『死ぬ演技』を極めようと色んな事を試して、色んな作品を部屋に篭って見漁った。

 

 2年くらいそんな生活をしていたら、最初の一年目に、家族があまり家にいないことに気付いて、年に何回も外国に行っていることを知った。

 写真立てに飾られた、二つ上のユズルは、何故か痩せていて、体も小さくて驚いたっけ…。

 両隣に寄り添う両親の姿はやつれていて記憶の中にある彼らとは違い置いた印象だったし、私だけが時間に置いてかれた様だったな…。

 

 いつ頃撮ったものかわからないけれど、もう何ヶ月もユズルに会っていなくて、両親にもそれくらい会ってなくても私は気にしなかった。

 でも、ある日、私の子役時代に振り込まれていた口座の残高を確認したら、もう底をついていることを知って、久しぶりに自分から父親に連絡した。

 

 久しぶりに話した父親の声はしわがれて疲れ果てていた

 

 怒りより先に湧き出た感情はなんだっけ?

 

 『…ユズルの為なんだ、協力してくれ』

 

 は?ユズルのため?

 何言ってんの?馬鹿にしてんの?

 そんなんで納得できるわけ何じゃない…

 あんたらの娯楽のために、私の築き上げた財産をパーにしたのよ?

 今まで、あんたらが私に与えてくれたものは何一つないじゃない…。

 

 許せない…私に何ひとつ、愛ひとつ与えなかった両親に、それを譲らなかったユズルにも…

 

 私だけが辛い思いして馬鹿みたい…。

 

 声を荒げて父親を電話越しに罵ったけれど、あの人は謝るばかりで、壊れたロボットみたいだった

 

『何よ、そんなに私が嫌い?』

 

 咄嗟に出た言葉に、返答をくれたのは父親ではなかった

 

『ユズルが大変な時に、あんたって子は本当に『嫌な奴』ね…大嫌いよ、あんたなんて…生まれてからずっと嫌いだった!!』

 

 金切声の母親の声だった

 

 遠くで父親が何か怒鳴ってたけれど、すぐに電話は切れてしまった…

 

 その後、何十回も電話が来たけれど、一度も出られやしなくて…

 

 結局、一番やりたくなかったモデルの仕事を引き受けたのが、中学3年の春だった。

 

 周りが受験で忙しい中、私は仕事に没頭した…

 いつか、演者として返り咲くために…

 

 私は一生懸命頑張ったはずなのに…思っていた以上に私には敵が多かった

 

 『道野さんにいじめられました』

 

 『道野さん、この間援助交際してるの見ました』

 

 『あの人、枕営業なんでしょ?』


 無害だと思っていた学校でも私の居場所はなくて、馬鹿な連中は証拠もないのに野次馬心からか面白おかしく捏造し信じた。

 

 私も馬鹿だ…誰も信じちゃいけないのに、軽々しく口を開いた

 

 私の居場所はテレビの中だ…役を貰えれば、私はそこにいられる、認知してもらえる…

 

 今の私は透明人間…

 

 早く戻らないと…私の居場所に…

 

 

 

 

 

 …戻ることはできなかったけどね…

 

 

 後悔なんてしたくない、そう思ったのはいつ?

 

 死んでから?それとも死ぬ前?

 

 

 …もう今では何もわからない…。

 

 後悔しない様に生きたいと思う度に、私は今にも死にたくなる

 

 この矛盾を抱えて、私は2回目の人生を生きるの…

 

 

 

 私の人生に、意味を持たせるために、生きるの

 

 

 

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