夜遊び(上)

 

 ――B地区の主、ハイヤ・ムネヒトが消息を経って四日――。


 そう表現をすれば深刻さが増しそうなものだが、サンリッシュ牧場ではいつもの朝を迎えていた。

 親友のミルシェは牛達と触れあっているし、メリーベルは剣の素振りだ。日に日に機嫌が悪くなるのはリリミカだけだった。

 メリーベルもよくは知らないらしいが、どうやら彼は裏ギルドの極秘調査を行っているという。

 胡散臭い。裏ギルドといえば、エッチなお店が有名な王都の歓楽街じゃないか。


「大丈夫だよ、ムネヒトさんは忙しくて帰ってこれないだけだって。もう少ししたら帰ってくるよ」


「ムネヒトには、ジョエルさんから特別な任務を任せてある。確かに、隠し事されているようで少しは気になるが……健在なのは間違いないのだから、信頼して待とうじゃないか」


 なんだその『自分だけは分かってますよ』的な顔は。気楽な同世代女子達にリリミカはムスっとして牛乳を飲み干した。

 ムネヒトは居ないし、皆は能天気だし、自分のおっぱいは大きくならないし、まったくもって面白くない。


「私だって気になっているのよリリミカ。けど、ジョエルさんは私にも報告を寄越してこないし、ムネくんの居場所も分からない。あと三日後には現場に赴くって話だけど、そこにもジョエルさんだけで向かって言うし……」


 唯一、姉のレスティアとだけは深刻さを共有出来ている。

 やはり持つべきものは大きなおっぱいではなくて頼れる貧乳姉だ。でも豊かな魅惑の重量も欲しい。その辺りの乙女心を分かって貰いたい。


(やっぱり何かあったのは間違いない……ジョエルさんに訊くのが一番早そうたけど、お姉ちゃんでも無理だったのなら、私に教えてはくれないわよね……)


 ああ見えてジョエルという男は口が堅い。

 お喋りのクセに肝心な事は一切漏らしやしないし、飄々としているのに何がしら思慮を巡らせている節がある。

 古株なだけの昼行灯というのが第二騎士団以外からの評価だが、油断ならない存在だ。


 逆説的に、そのジョエルが関わっているという事はムネヒトの身に何かあったと考えるべきだ。もちろん、真に深刻な事態ならば副官レスティア副団長メリーベルが知らない筈は無い。

 ならばいったいどのような案件だというのか。緊急も深刻でも無いが、秘密を守らないとならないような事案。


「ああー! もう! 分かるわけないじゃん!」


 やはり誰かに訊くのが手っ取り早いし確実だが、レスティア以外に事情に詳しそうな人物は居るだろうか。


「……ジョエルさんが無理なら周りから崩すべきよね……アザンさんとかゴロとドラとかなら、何か知ってるかも……」


 まずは騎士団の関係者を思い浮かべる。彼らだって素直に教えてくれるとは思えないが、突付けばボロくらいは出るかもしれない。

 リリミカはそう結論付け、ミルシェとメリーベルに内緒でこっそり出掛ける。

 古来より巨乳は隠密活動には向かないのだから、二人は足手まとい……いや乳まといだ。確かに彼女らは羨ましい重さを纏ってる私にも纏わせろちくしょう。


 ・


 王都【クラジウ・ポワトリア】南東部、商人街の一角にアザンが代表を勤める【カタスティマ商会】はある。

 もともと王都でも有数の商会だったが、最近は更に勢いを拡大している。

 アザン自身が在籍している第二騎士団の活躍が著しい事と、元第一騎士団副団長補佐のモーディスが支配していた商圏をそのまま【カタスティマ商会】が治めるようになった事が大きい。


「まったくお前達ときたら……」


 アザンは今日も早朝から多忙を極めていたが、更に頭の痛くなるような事案を持ち込まれ、深い溜め息をついた。

 応接間のソファにアザンは座っているが向かいには誰も座っていない。


「お願いします! 一生のお願いです! もう他に思いつかないんでさあ!」


「お金は俺とドラワットとムネヒトで必ず返しますッス! だから、このとおりっス!」


 来客は彼と同じ目線には無く、樫のテーブルの側に二人並んで土下座をしていた。第二騎士団の名物双子、ゴロシュとドラワットだ。

 額を何度も床に打ち付けているので、ソコは真っ赤になっていた。


「大きな声を出すな、向こうにも客が来ている」


 先に二人を応接間に通し、やや遅れてアザンが部屋に入った時にはゴロシュもドラワットも床にぬかづいた姿勢だった。

 やや面食らったが、彼らの表情にアザンは覚えがあった。

 助けを求める商人が、代表である自分に頭を下げる時の顔にそっくりだったのだ。

 モーディスの商会を獲得してから、そういった商人は一挙に増えた。

 真面目に労働していたのに事業に失敗した者達はともかく、中には悪事に手を染めて私腹を肥やしていたくせに、大黒柱のモーディスが居なくなってしまった為に破産してしまった者も居た。

 そういう奴らに限って『義理』とか『人情』とかを持ち出して涙ながらに金を無心するので、アザンとしては噴飯に堪えない。

 そういった連中は丁重に第二騎士団へ案内した。今頃は肥やしていた腹が減るような肉体労働に従事しているだろう。


 ゴロシュとドラワットは酷く申し訳無さそうな顔をしているから、どちらかと言えば前者に近い。

 真に困窮しているならと話を聞いてみたのだが、あまりの下らなさにアザンは頭を抱え何度も溜め息をつく事になったのだ。


「……あれから四日、俺もアニキも何とか金を稼いでみようと色々と頑張ってみたんでさあ……」


「犬の散歩、迷子猫の捜索、庭の雑草とり、ドブさらい、思いつく限りの事はしやした……それでも、全然足りないんス」


 二人は何処からか『オーク貯金箱』を取り出した。ジャラジャラと鳴ってるが、大半は銅貨と少量の銀貨らしい。


「駆け出し冒険者みたいだな……。まあ、ギルドに高額な仕事を斡旋してもらうわけには行かないから、その程度が関の山か……」


 騎士と冒険者は原則として兼業できない。例外が許されるとするなら、ポワトリア王国専属の『国家冒険者』になることだろうが、未だ例外は出ていない。


「『試勇しゆうどう』には潜らなかったのか? 戦利品を売った方がまだ割は良いだろうに」


 アザンのいう『試勇の洞』とは、王国と帝国の真下に存在する世界最大のダンジョンだ。

 世界各地に入り口が存在し、嘘か誠か、王国と帝国の領土を足してもなお及ばないほど巨大な地下迷宮だという。


 完全踏破した者は皆無で、どれほどの深さかも分かっていない。仮に知る者がいるとすれば、王宮騎士団の幹部か、宮廷魔術師の重鎮といった王国中枢に位置する者達だろう。

 誰かが造ったのか自然に生まれたのかは不明だが、現在では『聖脈』の跡地に勇者ヴァルガゼールが作成した説が有力だ。


 冒険者だけではなく、騎士にもそのダンジョンに潜る資格が与えられている。

 訓練の一環としてダンジョン探索をする場合や、最深部にあるという【聖剣ヴァルガゼール】を獲得する為だ。


 ――かの聖剣を得た騎士こそが勇者の正当なる後継。ひいては、その者を産み育んだ王国こそが真の勇者の国、人類の正当なる系譜である――。


 そんな文言を現実の物にすべく、騎士団においても定期的な組織的ダンジョン遠征が行われている。

 遠征しているのは主に第一騎士団や王宮騎士団だが、第二騎士団もダンジョンアタック自体が出来ない訳では無い。

 許可さえ降りれば割と簡単に入る事が出来る。アザンはその事を言っているのだ。


「あ、ああ……いや、その……出来れば、俺らが金を稼ごうとしている事は内緒にしたいんでさあ……」


「ダンジョンに潜るにしても、アイテム売るにしても記録が残るっしょ? 俺ら普段ほとんどダンジョンに行かないんで、悪目立ちしそうで……」


 とはいえ、騎士である以上はダンジョンアタックも公務に類する。

 ダンジョンで得たアイテムや素材は、持ち帰るにも売却するにも記録が義務付けられており、違反者には厳しい罰則が課せられる。

 未だ杞憂に過ぎない制度だが【聖剣ヴァルガゼール】を他国へ持ち逃げされないようにする為だ。


「金を貸してくれというなら貸すけど、ジョエルさんには勝手な行動はするなと言われたんだろ? だったら、しばらくは任せておけば良いじゃないか」


 というか大人しておいて貰いたいとアザンも思う。

 彼らは基本善良だが、喧嘩っ早いし思い込んだら良い意味でも悪い意味でも一途だ。

 二人の『良かれと思って……』が、面倒を引き起こさないとも限らない。いや既に起きているのか、双子が良かれと思ってムネヒトを置き去りにしたのが面倒ごとの始まりだ。


 彼らは事態を好転させようとして、よりややこしくしてしまう。ジョエルは、それを恐れたに違いない。


「だからって、ジっとなんてしていられやせん! 下手すりゃムネヒトは騎士をクビになってしまうッス! オマケにおっぱいギルドみたいな女所帯で、どんな扱いを受けているのかしれやせん!」


 パパー。コンコンコンコン。


「馬鹿みたいな借金を抱えた後輩のケツを持つのも先輩の務めでさあ! なのに俺らを飛び越えて、大先輩のジョエルさんにだけ迷惑は掛けられないんス!」


 パパー。コンコンコンコン。


「……それで俺に金を貸してくれというのも、ちょっと違うんじゃないか?」


 パパー。コンコンコンコン。


「だからこうやって頭を下げてるんス! このとおりッス! 俺らの事は犬とお呼びください! なんでもします!」


 パパーってばー! パパー、ぱーぱー! コンコンコンコン!


「ゴロ犬とドラ犬とムネ犬で【カタスティマ商会】の番犬ケルベロスになりまさあ! なんならのペットでも良いですよ!? 可愛い娘さんのために芸でも何でも仕込んで下さい!」


「お前らのようなペットは要らん」


 娘の教育に悪い……ん?


「パパってば! さっきから呼んでいるのに、お返事しないんてしっかくよ!」


 いつの間にいたのか、アザンの一人娘であるソフィア・カタスティマが応接間の入口に立っていた。

 四歳に届かない愛娘は、母親譲りのウェーブかかったオレンジ色の髪と、父親譲りの深緑色の瞳をしていた。

 その利発そうな雰囲気も父親譲りだろうと皆が言うので、アザンとしては面映い限りだ。


 絵本から出てきたかのようなあどけない少女だが、あと十数年もすれば王都中の男達が放っておかないだろう。

 今に商会に届く書類の半分は、ラブレターになってしまうに違いない。娘のボディガードは5ダースで足りるだろうか。


「ソフィア、勝手に入っちゃ駄目じゃないか。せめてノックをしなさい」


「したもの! たくさんしたもの! でも、その方たちが頭で何度も床をノックしているから聞こえなかったのよ!」


 ゴロシュとドラワットは視界の隅で小さくなった。

 話しに夢中で気が付かなかったが、そういえば声もノックも聞こえていたような気がする。彼女が硬いドアを小さな手で何度も叩いたと思うと、途端に申し訳なくなってしまう。


「もう! パパってば、またおしごとにむちゅうなんだから! いっつも私のことなんて後回しなんだもの! そんなおしごとが好きなら、おしごとと結婚すればいいじゃない! アナタのようなはもう知らないわ!」


 いったい何処でそんな言葉を覚えたのか。


「ゴメンよソフィア、それでお父さんに何のようだい?」


「つーん」


「……ソフィア・カタスティマ、業務報告を行いなさい」


「かしこまりましただいひょう! もうしあげます!」


 仕事っぽく言うと、娘はシャンと背筋を伸ばした。

 いずれはこの商会で働く気でいるらしく、今から敏腕秘書のような振る舞いを心がけているそうだ。

 見た目が見た目なのでママゴトのような微笑ましさがあるが、ソフィアは至って真剣だ。お仕事に夢中とアザンを咎めておきながら、自分は業務に精励する矛盾をまだ彼女は理解してはいまい。


 そこもまた愛らしいところなのだが、アザンもまた小さな矛盾を抱えている。

 今から将来を定めなくても、娘にはもっと好きなことをして貰いたいと感じているのだが、頼もしい後継者が出来そうで嬉しいという気持ちも偽れないでいた。


「クノリこうしゃくけの次女、リリミカさまがだいひょうに面会を求めております! おとりつぎしてもよろしいでしょうか!」


「……なに?」


 アザンは眉を片方だけ上げ、仕事を遂げ誇らしげな愛娘の顔を、次に青白くなっていく双子騎士の顔を見る。二人は首を横に振っていた。


「……すまないが、少々待って貰うように伝えてくれないか? 先客が居るんだ」


 可愛らしい秘書にそう命令し、アザンはゴロシュとドラワットに『隠れているんだ』と視線で言う。

 二人はほとんど同時に立ち上がり、アザンの言うとおり姿勢を低くして奥へ引っ込もうとする。


「リリミカさま。先客がいらっしゃるそうなので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


 だがソフィアは立ち位置を変えないまま、すぐ隣へ話しかけた。部屋の中にいる男三人は「えっ」と揃って顔をそちらに向けた。


「もちろん良いわよ、忙しいところにアポもせず来た私が悪いんだから。でもアザン代表は忙しいみたいだから、そこに居る暇そうな二人から話を訊くわね? 良いわよね?」


 三人からは死角だったドアの影から応答があった。返答と同時に彼女――リリミカ・フォン・クノリは姿を現しソフィアの直ぐ隣へ並ぶ。彼女はとうに部屋の近くに居たらしい。

 後半は部屋の中にいる双子へ尋ねたものだ。質問というより牽制ではあったが。


「ごしんしゃくありがとう存じます! ただいまお茶をご用意いたしますので、どうかこちらにてお待ち下さい」


「ここで良いわ、直ぐに済みそうだもの」


 別室へ案内しようとするソフィアをやんわり制し、有無を言わさない眼光でゴロシュとドラワットを縫い付けた。気のせいか、リリミカの足下に霜が下りている。

 此処の話が筒抜けだった可能性は高い。


「あー……そうだった。向こうで【ジェラフテイル商会】からの使者を待てせているんだった。急で済まないが、失礼するよ。ソフィア、彼女達にはこの部屋を使って頂きなさい」


「「!?」」


 アザンは二人を見捨てる事にした。

 商会からの使者は嘘では無いが、今は担当の者に任せているので自分が行く必要はない。つまりタダの避難だ。

 アザンはリリミカと入れ替わるようにして部屋を出る。ソフィアは「おくちゅろぎ下さい」と言い残し、下の階へ茶の準備に小走り向かった。

 ちなみにリリミカはアイスティー、二人はホットコーヒーだ。


「なーんか面白い話が聞こえて来たんだけど、ムネっちの借金がなんだって? おっぱいギルドでどうしたって?」


 リリミカは二人の側にあるソファへ腰を下ろす。その視線は、ソフィアが用意しているアイスティーより冷たいに違いない。


「アニキぃ……最近このパターン多いぜぇ……」


「どれもこれも、全部ムネヒトのせいだぁ……」


 寒いわけではないだろうが、ゴロシュとドラワットは小さく震え出した。

 やっぱり余計な事はすべきじゃなかったなと、アザンは哀れな双子を後ろ目で見送った。


 ・


 ゴロシュとドラワットから事情を聞いたリリミカは、その日の内に『クレセント・アルテミス』へ向かう算段を付けた。


 ・


「馬鹿じゃないの?」


「……返す言葉も御座いません」


 三人の娘、リリミカ、レスティア、ノーラはソファに座り、俺は絨毯の上で正座だ。自然と見上げる形になり、圧力を感じる。

 今はリリミカが一人で喋っており、二人は様子を伺っているのみ。ノーラはニヤニヤしながらワインを飲んでいるだけだが。


「例の条約はどうしたの? ナントカを封印したんじゃないの? 四日の間に何十人も破っちゃって、恥かしいとは思わないの?」


「……不徳の致すところ……まこと痛恨の極みであります」


「それで? 誰のおつまみが一番美味しかった? やっぱり噂の『四天乳テッセラマストス』は味まで違うの?」


「……あの、本当にすいませんでした……勘弁して下さい……」


「は? 私は誰のおつまみが一番だったのか訊いてるんであって、謝罪しろなんて言ってないんだけど? 何がすいませんよ。いませんって言っておきながら、つまみはするんだ? 面白いと思ってるの? トンチのつもり?」


「すませんでした……」


 怖い、怖いよ……ハナ、助けてぇ……。


「もうその辺で良いでしょリリミカ、ム……オリくんだって、反省しているんですし」


 レスティアさん……! アンタ女神やでぇ……!


「甘いよお姉ちゃん! 此処には王国中のおっぱいが……私たちより遥かにボインな連中が集っているのよ!? それがオリオンっちの手に掛かってスーパーボインになったらどうするの!? それでもコイツを許せるの!?」


「死罪も止むなしですね」


 女神は女神でも地獄の女神でしたか。


「あの、リリミカ……さんは、十八歳未満だろ。こんなトコに来て良いんですか?」


 俺にも当然の指摘をする権利くらいはあるはず。しかしそう訊ねてみても、リリミカは平然としていた。


「決まりではもちろん駄目ね。でも、若い冒険者がダンジョンに潜る前とか娼館で済ませておくって、ワリとメジャーな話よ。下手すればいつ死んでも可笑しくないもの。だからせめて死ぬ前に……ってのは自然じゃない?」


 なるほど、気持ちはとても分かる。俺も死ぬ前にはおっぱいに埋もれたい。


「そういう連中は山ほどいるから、店側もある程度は黙認してるのよ。まあ私が入店できた理由はもっと単純で、コレの力だけどね」


 リリミカは親指と人指しで丸を作った。

 お前、貴族っぽいことはしたくないとか前にも言ってたのに……。


「私も一度は『おっぱいギルド』に来たいと思ってたけど、まさかこんな形でくる事になるなんて考えもしなかったわ!」


「……リリミカさんには、なんとお詫びをすれば良いか……」


「なー、説教はもう良いんじゃないかー? いい加減、酒が不味くなってしまうだろー」


 既にワインの三本目に掛かっているノーラは、やや据わった目で俺達を睥睨してきた。

 というか、何でコイツも此処にいるんだ?


「……ご……んん、街中でウロウロしているところを拾ったのよ。私もリリミカもこういう店は来たこと無かったから、手伝ってもらおうと思って」


「おい、誰が合コン全敗女だってー? 私はお持ち帰りされないんじゃない、お持ち帰りんだ」


「せっかくボカしたのに、何で自分から言ってしまうの」


「隠して伝える方がヤマしいだろー。何も後ろめたいことしてるわけじゃないのだから、堂々としてればいいのさ」


「よく言うわね。合コンに失敗した時は私の部屋でワンワン泣くのに」


「……女の涙は、宝石に勝るのさ……」


 ノーラは合コン戦士だったのか……。


「はー……喋ってたらノド渇いちゃった。何か頼まない? 」


 言って、リリミカは羊皮紙で統一されたメニューを取り出し酒やソフトドリンクや甘味の項へ目を通していく。


「……えっと、何か注文するって事か? 俺の成果になるんだけど……」


「当たり前じゃない。もしかして、アンタを説教するためだけに指名したと思ってるの?」


 さも当然のようにいうので、コチラとしては面食らってしまった。てっきり、裏切り者の俺を血祭りにあげるために乗り込んできたものと思っていたのだ。


「リリミカがあまり口汚くオリくんを叱るからでしょ? 本当は心配だったくせに、無事なのを確認した途端に不安を裏返しちゃって……」


「そういう事は言わなくて良いのっ!」


 レスティアの呆れた様子に、リリミカは声を荒く弾ませた。それからキョトンとする俺の視線から逃れる様に顔を伏せると、指で亜麻色の髪をいじり出す。


「……ある筋から借金の経緯は訊いたけど、あんなバカな理由じゃ納得できなかったのよ……でも『クレセント・アルテミス』のギルドマスター、ディミトラーシャを


「? どういう意味だ?」


「コッチの話。彼女の気持ちを考えたら、そりゃあ無理筋を承知でも帰したく無いわよね。ほとんど奇跡だもん」


 見ればレスティアもノーラもリリミカの言葉に頷いていた。俺には一向に話が見えないが、女性陣には事情を察するだけの材料があるらしい。


「でもだからって『はいどうぞ』じゃ済まないわ。私達にだって、譲れない物はあるもの」


「ええ、そうね。オリくん、とりあえずココからココまで全部持ってきて」


 リリミカに相槌をうち、レスティアはページの初めから終わりまで指でなぞった。それは俺も一生に一度はやってみたかった『メニューの中身、全部持って来い!』というヤツだ。

 ただ彼女のその仕草は非常にサマになっており、気品すら感じさせる物だった。しかもレスティアが開いていたページは、コップ一杯で銀貨が十枚単位で吹っ飛ぶようなお高い酒だった。


「おい待て! いきなり過ぎて話が分かんないんだけど、つまり皆は何しに来たんだ!?」


 王国最大の貴族姉妹が、男性向けのエロい店にやって来て高い酒を総なめに注文していく。その理由が俺には発見できない。


「なーに? まだ分かってなかったの? ちょっとは人の気持ちを察する努力したら?」


 リリミカは呆れたように笑い、姉に視線を投げる。レスティアも一つ頷いて、懐(偽りのG)からドサドサと紙の束をテーブルに無造作に置いた。


 帯紙に束ねられた、ポワトリア王国の大紙幣だった。


 一枚で銀貨十枚分の役割を果たす、流通している通貨では上から二番目に高額の紙幣。恐らくは百枚で束ねられたものが、約十。全てを金貨に換算すると、100枚分だ。


 見たことの無いような大金に、思わず仮面を取って目を擦りたくなってしまう。


「アンタの借金、一夜で完済させてあげる。一緒にB地区へ帰りましょ?」


 ニッとリリミカは歯を見せて笑った。


「り、りりみかぁ……れすてぃあ……お前らってヤツはぁ……!」


 美人姉妹が太陽のように輝いて見えた。突き上げる涙のせいで解像度の低いモザイクのようにぼやけても、その輝きは一向に衰えない。

 伏し拝んだ姿勢から二人を見上げたので、彼女達の後ろで吊るされたシャンデリアが更に後光のようにすら思える。


「俺みたいな情けないクズ野郎の為に……ありがとう、ありがとう……! お金は何年経ってもきっと返します……!」


 もう彼女らに足を向けて寝られない。帰ったら、二人のおっぱいを全身全霊でオモテナシする所存であります。


「良いってことよ。ま、私は酒がタダで飲めるからってやって来ただけどなー」


 ノーラは空気を読まなかった。いやもう、彼女のマイペースぷりも今は愛らしく見えてくるぜ。

 帰れる、俺はこの天国のような地獄のようなおっぱいの園から帰れるんだ!


「じゃ、とりあえず脱いで」


「はい! ……はい?」


 涙を拭いた俺に降ってきたのは、予想とは違うリリミカの言葉だった。


「……気のせいかな? 脱げって聞こえたんだけど……」


「気のせいじゃないけど?」


 リリミカは札束を一本持ち、それで俺の頬をぺちぺち叩いてくる。


「お金、欲しいんでしょ? ここはおっぱいギルドなんでしょ? 最初に言った通りいっぱいサービスしてよね」


 ニヤと、今度は犬歯まで見せて獰猛に笑った。


「……え?」

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