修羅場を面白いと感じるのは第三者の立場だけ

 

「…………」


「…………」


「…………」


 第三準備室に男女合わせて三人。リリミカと俺と、そしてミルシェだ。

 ちなみに俺とリリミカは正座中だ。先日ミルシェに正座を教えたが、またしても俺が実践するハメになるとは……。その正面にミルシェが直立不動の姿勢を保っている。

 腕を組み高低差から見下ろすようにしている彼女を、俯きながら見上げる俺。こんもり膨らんだミルシェパイの向こうから鋭い眼光が俺達を貫く。


「それで? 二人で第三準備室の整理を行っていたと……」


「……はい」


「ムネヒトさんは目隠しして、リリは裸でですかぁ?」


「…………はい」


 冷や汗が止まらない。床の冷たさより、降りかかるミルシェの声が俺の臓腑を凍りつかせる。


「……もしかして、リリのおっぱいを触ってたんですか?」


 ばれてる。既にミルシェの中で、ムネヒト=おっぱい好きが定着してしまったらしい。

 俺とリリミカの沈黙を肯定ととったらしく、彼女の両肩がせりあがっていく。


「ムネヒトさんのバカ!」


「おっしゃるとおりです!」


「エッチ! スケベ! ヘンタイ!」


「返す言葉もありません!」


「このおっぱい王国民!」


「ふふっ、おいおいよせって……」


「なんで照れてるんですかッ!!」


 しまったそりゃそうだ。話の流れから賞賛のはずも無いのに。


「何が『お前の乳首はオリハルコン!』ですか! まったく名台詞ですね! 感動しますよ!!」


「ミルシェ! オリハルコンじゃなくてアダマンタイトだったわ!」


「そこはどうでも良いだろ!?」


 そしてそうは言ってねえ! でも否定も出来ねえ!


「『俺の手は二本しかない。つまりおっぱいの為だけにある!』アカデミーの教科書に載せられますよ! 後世に残したい名言としてね!」


「やめて残さないでやめて!!」


 ハナ達の乳首は四つだし、俺の手は必ずしもおっぱいの為にある証明とはいえないのでは!? 馬鹿か何を考えてるんだ!


「申し訳ありませんでした! 何もかも私めが悪う御座いました! どうかご容赦を!」


 天下の副将軍に平伏する悪い越後屋を先祖に持つと言われても、疑われないであろう見事な土下座だ。

 なんとも情け無い話だが、どの面下げてとは正に俺のこと。

 密室に女子高生を連れ込んで淫行に及んでました。しかもそれは滞在先の娘さんの親友で、俺はその牧場主の推薦を受けてここで勤めている教師だ。スリーアウトですわ。


「ともかく、もうこんな事はしないで下さいね!」


 豊穣な乳房が、まるで裁判官の木槌ガベルのように振り下ろされた。判決だ。


「ちょっと待って」


 俺が返事をする前に、リリミカが待ったをかけた。おい、どうした?


「勘違いしているといけないから言うけどさ、これは私から言い出したことなの。つまりムネっちは悪くないわよ」


 えっ。


「な、なにを言ってるのよリリ!? っていうか、リリから言い出したの!?」


 口を挟んだリリミカに、ミルシェは困惑の声をあげる。


「ええそうよ。ミルシェだって、まさかムネっちから『お前の胸を触らせろよげっへっへ』とか言うとは思って無いでしょ?」


「それは、そうだけど……」


 この微妙に情け無い信頼はなんなんだ。どうせ俺はヘタレだよ。


「待ってくれリリミカ。お前から言い出したことかもしれないが、最終的に決めたのは俺だ。だったら責任は俺に……」


「悪いのは全部俺だってヤツ? そういう男の美学ってめんどくさいから止めて」


 本当にめんどくさそうに彼女は言い捨てた。


「言っとくけどね。ムネっちが私の胸を触るって決めたように、私だって触らせるって決めたの。他人の決定だけで自分の行く末を定めるような事、私はしない」


 今は衣服に包まれた薄い胸を堂々と張り、そう言った。


「いやしかしだな、これは男女間での貞操観念の差異を考慮しなけりゃならないだろ」


 少なくとも俺はそう思う。例えば水着、男は下半身を隠すだけで足りるが女は二ヶ所……いや三ヶ所は隠さないとならない。だから三倍の貞操意識が必要だと単純な算数では無いが、異性間の価値観を同列同種に考えるなど俺には出来なかった。


「責任があるってんなら半分よ。ムネっちが悪いなら、私だって悪い。でも私は悪いことをしたとは思ってないから、ムネっちだって悪くない」


 なんだその理屈。


「だ、としても! こんな密室でそんな行為ってよく無いでしょ!」


 俺が反論を挟む前に、ミルシェが声を荒げた。


「ちょっとしたスキンシップじゃない」


「スキンシップってレベルじゃないよ! 何でそんなことになったの!?」


「実は、ムネっちに触られるとおっぱいが大きくなるのよ。だから、私のを大きくしてって依頼したの」


「えええ!?」


 結果論としては間違ってはいないが、その分析は正確では無いんだよね。


「これも言っちゃうけどさ、ムネっちの出身国ってクノリ家発祥の地なのよ」


「ええええええ!?」


「我が家のご先祖様が言ってたの! ニホン人は、女の子のおっぱいを育成する術を熟知してるって!」


「そ、そんなの迷信だよ! 他の偉業に比べたら信憑性なんてないじゃない!」


 ふふん、とリリミカはドヤ顔を作る。やばい何か変な事を言うぞ。


「実は既に証拠はあるわ! お姉ちゃんの胸が三センチも大きくなったのよ!」


「えええええええええ!?」


「姉のおっぱい事情を暴露してやるなよ!」


「レスティア先生って既に大きいよ!? それなのにまだ大きくしたかったの!?」


 あ、そうか。巷ではレスティアは魅惑の巨乳女教師なんだった。


「それだけじゃないわ! 肌もスベスベ、張りも色ツヤも見違えたの! まさにマイナスうんぬん歳、おっぱいだけ十代よ!」


 通販みたいになってるし。


「え、え? 待って。じゃあムネヒトさんレスティア先生のおっぱいまで触ったの?」


 あっ。


「触ったどころじゃ無いわ。一切合切揉みしだいたらしいわ」


「おまっ……!?」


「――――」


 ああああ……やばいやばいよ……スリーアウトどころかコールドゲームだよ。ミルシェの眉毛がキリキリとつり上がっていく。


「仮にそんな力がムネヒトさんに有ったとしても、それでもそういうのは良くないよ!」


 ミルシェの主張、弾劾の本質はつまりはその一点につきる。恋人でも夫婦でもない男女が及んでいい行為ではあるまい。まともな貞操観念を持つ第三者からの意見で、俺達のしていたことが健全からほど遠いことが自覚させられる。


「確かにちょっと人には言えないことだけど、双方の了承を得た後の行為だから仕事と同じよ! それも嫌々じゃなくてお互いにメリットがあったし! 私はナイスバディに近づけて嬉しい、ムネっちはおっぱいに触れて嬉しい。なんの問題もないじゃん!」


 しかしリリミカの解答はいっそ清清しい。彼女も一般的な貞操観念を持っているはずなのにだ。


「問題だらけだから! エッチな事してたって事自体が駄目だって言ってるの!」


「それはほら、ムネっちが目隠ししてたし」


「目隠しは免罪符じゃないでしょ!」


 当たり前だよね。目隠しした状態で女湯に乱入しても無罪にはなるまい。


「ムネっちはさ、胸に悩める女子達の希望の星になるかもしれないわ! 確かに不特定多数の女の子と関係を持つのは風紀的に容認できないから、私とお姉ちゃんがまずは実験台になろうとしてるのよ!」


 二人ともそんな会話してたのか。本当か?


「だっ! 駄目ッ! ズ……んんっ! リリやレスティア先生ばかりそんな目に合わせる事は出来ないよ! そういう事をするんだったら……わ、私のを……」


 ごにょごにょと後半は小声になるミルシェ。

 個人的には小躍りしたいほど嬉しい申し出だが、やはり駄目だ。ミルシェのおっぱいもリリミカのおっぱいもレスティアのも、俺の為にある訳じゃない。では何の為にあるかなんてのも俺が決めて良い話じゃないと思う。

 太陽が何の為に存在するのかなんて、俺には千年生きたって答えようが無いのだ。


「ミルシェは既にアカデミー最大じゃん! 私やお姉ちゃんにも、おっぱいを回してよ!」


 おっぱい回すって何だよ。


「だからレスティア先生は既に大きいって!」


「お姉ちゃんは心のおっぱいを大きくしてるのよ!」


「何なのそれ!?」


 心のおっぱいって何だよ。


「私だって女の子だもん! 身長はもう諦めたけど、スタイルに可能性があるならチャレンジしたいのよ!」


 さっきも似たようなこと言ってたな。素直な向上心というのは、時として乙女を奇行に至らしめるのだろうか……。


「大きくても良いことないよ! ジロジロ見られるし!」


「私が巨乳になれば、ミルシェに向かう視線を私にも向けて、分散させることが出来るかもしれないじゃない!」


「新説だな……」


 抗議の材料を変えたのか、巨乳のデメリットをミルシェは話し出した。

 負けじと反論するリリミカに、すっかり蚊帳の外の俺。持たない側にとってメリットもデメリットも他聞の知識しか持ち合わせていない。理解はすれど、実感も共感も不可能だ。


「夏は間や下に凄く汗かくし! それをいちいち拭くなんてことも出来ないんだよ!?」


「私は氷系魔術が得意だから、夏でも涼しいクールバストが可能よ! ミルシェにはクノリ家で開発中の溶岩地帯でも蒸れないブラジャーをあげるから!」


「大貴族ってのは普段どんな仕事してるんだ?」


「寝るとき苦しいんだよ!? うつ伏せも出来ないし、同じ姿勢も辛くて夜中に寝返りを何回もするし!」


「寝ないわ!」


「それは流石に無理だろ!」


 二人の口論はヒートアップしていく。倫理観や利害の言い合いが終わると、感情論でのぶつかり合いが占拠するようになっていた。

 少女達の言い争いの原因は俺だ。傍から見れば三角関係の修羅場にも見えなくは無いわけであって、そして俺は二人の言い争いを止めたい。いわゆる『私のために争わないで!』ってやつだ。


「お、おれの……」


 この台詞を言ったところで、実際に争いが沈静化されるかどうかは疑問だ。言葉通り展開に進んだ例など、俺には覚えが無い。

 ならばいっそ、道化ピエロを演じ口論をうやむやにするのはどうだ?

 うら若き乙女達に囲まれてテンパり冷静な判断が出来ないのは否め無いが、黙ってみていられなかった。


「お、お、おっぱいの為に争わないで!」


「「ムネっち(ムネヒトさん)は黙ってて(下さい)!!」」


「はい」


 スベった上に怒られた。俺は本物のピエロだった。


「もし私とお姉ちゃんのことを心配してくれてるならありがとう。でも私達……ううん、私なら大丈夫よ!」


 ことさら姉ではなく自分を強調したような言い方に、レスティアを思いやっているのか、それとも他に理由があるのかと邪推してしまう。


「なんでリリにそんな事が言えるの!?」


「だって凄く気持ちよかったから!!」


「ブフォッ!?」


 何言い出すんですかリリミカさん! しかもそれ大丈夫な理由にはならないだろ!


「き、気持ちよかったって……!?」


 ミルシェがバランスを崩したように二三歩よろめいた。

 ここを一転攻勢と見たか、リリミカは正座のまま身を乗り出し強く頷く。


「あんなに優しく丁寧に、それでいて情熱的されたこと無いもの! 財宝は財宝の価値が分かる者にこそ与えられるべきよ!」


「リリは彼氏いたこと自体が無いじゃない! 比較対象が無いのに分かるわけないでしょ!」


「ミルシェのおっぱいを愛で続けた私には、ムネっちが尋常じゃないことくらい分かるわ!」


 微妙に論点がずれてきてはいないか?


「それにムネっちは私の胸が最高って言ったし大好きだとも言った! だからいいじゃん!」


 紅顔を親友に向けて言葉を続けた。どうみても冷静じゃない。勢いに任せて恥ずかしい事を言ったが、引っ込みが付かなくなったのかもしれない。恥ずかしいのは俺もだが。


「そ……そんなぁ……私は言われたこと無いのに……」


 ミルシェもどうやら冷静じゃないらしい。後ろ首に手をやり、頭を抱えるように呟いている。


「いや俺が言いたいのは(おっぱいには)貴賤も序列も存在しないってことであって、ミルシェのおっぱいもまた最高だって事は疑う余地もなくてだな……」


 見苦しい言い訳をミルシェにする。そんなこと素面では恥ずかしくて言えない。リリミカの時だって、勢いと興奮のエンジンがあったから言えたのだ。


「えー……? じゃあ私に言った事は嘘だったの?」


 拗ねたようなリリミカの声。無意識の内に首を横に振っていた。


「嘘なものか。あの瞬間はリリミカ(のおっぱい)しか見えて無かった」


 世界全ての乳房が等価値だとしても、手の中にある実物がそれ以外に優先されてしまうのは仕方が無い。目の前にあるおっぱいを触りながら、別のおっぱい最高なんて言うほど俺は器用でも恥知らずでも無い。そもそもその持ち主と胸に失礼極まる。


「ふーん。そっかそっか……ま、悪い気はしないかな……」


 唇をモニュモニュ波うたせ、そっかそっかと繰り返し呟くリリミカ。ぐう、とミルシェが俺を睨む。

 しかし言葉を紡ぐほど、俺の醜さが浮き彫りになっていくようだ。ミルシェとリリミカをいったり来たり、卑怯なおっぱいコウモリではあるまいか。

 落とし所とケジメが必要だ。


「ともかくだリリミカ。ミルシェの言った通り、もうこういうのは無しだ。レスティアにも俺から改めて話すが一応は伝えておいてくれ」


 立っている少女は眉を開くが、逆に俺の隣で正座を続ける少女が憤然と目をつり上げた。


「はぁ!? 何よ今さら! この期に及んで止める気なの!?」


「今さらだろうが卑怯者だろうが好きに言ってくれ。何にしたって、若い男にさせることじゃない。ミルシェにレスティアにリリミカ、それぞれ一回ずつ同じ回数触ったから踏ん切りにはちょうど良い」


 言い訳も三流以下で俺自身も何がちょうど良いかさっぱり分からないが、何とか矛を収めてもらいたい。


「なによムネっち! アンタおっぱい触りたくないの!?」


「いや、それは……」


 嘘は付けない。息をするようにおっぱいに触りたい。


「おっぱい好きなんでしょ!?」


「お、おう……」


「身に付けた技術や能力は役立ててこそだと思わない!?」


「……まあ……確かに……」


「おっぱい触って女の子から感謝されるなら、それに越したことはないでしょ!?」


「そりゃあ……恨まれるよりずっと良いけど……」


「私なら感謝するわ! 今日はありがとね!」


「どう、いたしまして……?」


「だったら貴方は私のこそ触るべきよ!」


「……――論破されてしまった……」


「もう少し頑張って下さいよムネヒトさん!」


 気が付けば丸め込まれる俺の舌論の弱さと言ったら……。


「ミルシェも良いの!? このままじゃ、ムネっちは知らない女の胸を触りに行くわよ!? 歓楽街の娼館とか、おっぱいギルドとか!」


 おっぱいギルド!? なにそれ詳しく訊きたい!


「ムネヒトさんはそんなエッチなお店に行くような人じゃありませんっ!」


 結果的に未遂だったが、召喚直前の状況を思いだし後ろめたいぜ。


「私がを差し伸べないと、きっと後十年は女の子のおっぱいに触る機会なんてないわよ!?」


「余計な心配をするな!!」


 ミルシェを説得するふりして俺を苛めるのは止めろォ!


「ダメったらダメ! そんなエッチなことさせないもん!」


「何度でも言うけどイヤらしいことじゃないわ! 貿易国用語でビジネスなのよ!」


「だったら私が揉んで上げるから!」


「だからミルシェじゃ意味無いのよ! 私の家には『ニホン人に出逢ったらおっぱいを揉ませるべし』って言い伝えがあるのよ!」


「あるわけないでしょ!」


「あるったらある!!」


 二人の言い争いは終着点を見出せないまま、平行線を辿る。


「ミルシェとムネっちは恋人でも婚約者でも無いんでしょ!? だったら、誰とどうこうしようと関係ないじゃない!」


 眉をよせ、ミルシェは二三歩あとずさった。唇を一瞬わななかせ、それでも反論する。


「か、んけい無くないよ! ムネヒトさんは……私に、私の初めての人なんだから!」


「言い方ァ!」


「だったら私も同じよ! あんなことさせたのムネっちだけなんだから!」


「言い方ァァ!!」


 俺が手当たり次第に女子生徒に手を出してるクソ教師みたいになってるじゃねえか! あ! 実際そうだった!


「ミルシェもリリミカも落ち着いてくれ! 俺が言えたことじゃないが、まずは冷静になって――」


 ぐりん、と音のなりそうな速度で二人の顔がコチラを向く。目からレーザー光線でも出ていたなら、軌跡を描いて俺の頭部を輪切りししていただろう。


「だったら決めてよ! ミルシェと私の胸、どっちを触りたいの!?」


「そんな話だったか!?」


 巨乳vs.慎乳談義じゃなかっただろ!


「私なら育成する楽しさが味わえるし、小さいのも大きいのも触れて二度美味しいわよ!」


「耳を貸しちゃダメです! 不確実な未来より、今できる収穫を大事にするべきなんです!」


 二者二葉のプレゼンテーションをしながら、ズイと斜め前からと、斜め前上から迫るリリミカとミルシェ。

 まさか俺の人生において少女二人に詰め寄られる事があろうとは。漫画やラノベで目撃すると『爆発してしまえ』と思ったものだが、当事者になると凄いプレッシャーだ。

 自分の流す汗の冷たさを背に感じながら、回答のシミュレーションを行ってみた。


 回答①

『ミルシェのおっぱいが触りたい!』


『お姉ちゃんに言いつけてやる!』


 学校をクビ。


 回答②

『リリミカのおっぱいは俺が育てる!』


『おとーさんに言いつけます!』


 牧場をクビ。


 あれ? 詰んでね?


「さあ!?」


「どっちですか!?」


 一秒が一針と等しい。剣山に座す俺への追加発注は圧力と苦悩を増大させていく。秒針の意味が違うよ。


「えっと……その……あの……」


 琥珀色と青色の四条の光彩を浴び、腹の下から冷たい血流が上がってくる。やばい怖い許して勘弁して下さい。


「お、俺は……!」


 ジリジリと気が付けば距離が縮まっていた。わりと広い部屋だというのに、そのスペースを有効活用出来ていない。

 ごつ、と背が壁に接触した。無意識の内に下がり続けていたらしい。逃げ場など最初から無かった。

 ミルシェもリリミカも無意識だろうが、胸を張る様に身体を寄せてきた。

 102と76が迫ってくる。彼女達の体温が物理的な圧迫感すらもって俺に文字通り肉薄する。

 火と氷を圧縮したような時間の中で、それは唐突に訪れた。


「――お取り込み中かな?」


 俺達三人の誰の声でもない、本日何度目かの乱入者はこの準備室の管理者の一人だった。

 第三魔法科のノーラ・エーニュは、火の無いパイプ煙草を上下に遊ばせながら俺達三人を見やる。


「ふーむ……まさかハイヤ先生がこれほどのヤり手だったとはな……これはもしかして、現行犯というヤツなのか?」


 煙草を咥えたままニヤつくという微妙に器用な真似をしつつ、担任女史は俺を視線でくすぐる。

 俺達三人は咄嗟には反応が出来ない。

 なんかこのパターン多くない? 正直な俺の感想がそれだ。


「それとも合意の上での色遊びだったのか? だったら、あと二時間は誰も立ち入らないようにするが――」


「待ってください! ちがう、違うんです!」


 慌てて言葉を発したのは俺だが、ミルシェもリリミカも忙しなく立ち上がり何事かを担任に弁解している。

 そんな様子を見て不健全な行為をしているという自覚はあったのかと、少しばかり安心した。安心はしたが、だ。


「ハイヤ先生はちょっと話そうかー? なに、すぐ終わるさ。せんせーの物分りが良ければ、ね?」


 毒リンゴを用意した魔女のような顔を向けるノーラ女史と、どうも健全だが面倒なやりとりを思うと気が重くなる。


 結局うやむやになり、ミルシェとリリミカはバラバラで帰路に付いた。

 俺はにノーラ先生の仕事を手伝うことになったうえに、飲み物を奢る事になった。

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