第三話 あの日のお礼

 瑠那るなに続くように金髪モヒカンの男とゴリラ似の男が風成ふうせいに近付く。


「俺っちは、長髪ちょうはつしげる名字みょうじは長い髪って書くんだ。珍しいだろぉ、ヒャハハ」


 陽気に自己紹介をする茂。


(冗談みたいな名前だな、冗談は髪型だけにしてくれ)


 なお、風成は不躾ぶしつけなことを考えていた。


 茂に次いでゴリラ似の男も自己紹介をし始める。


「あっしは強力ごうりきおさむ

「俺は十月とおつき風成ふうせいです。最近のマイブームは、あえてショートケーキのいちごを最初に食べることです」

「こいつは、この通り頭おかしいけど許してあげてください」


 と啓子けいこは口を挟む。


「修さんって人、頭おかしいの?」

「あんたの事言ってんのよ! なんで私があんたに敬語で喋るのよ」


 啓子はおかしな解釈をした風成に突っ込み、呆れた顔を浮かべる。こいつは何を言ってんだといわんばかりの顔だ。


「確かに!」

「そこは認めるんかい」

「まぁな! そんな日が来た日には何でもしてやるよ」

「そーなんですかー、あっ、敬語で喋ってしまったー。なんでもいうことを聞いてくださいーー」


 とわざとらしさ満載の棒読みで敬語らしき言葉を発する啓子


「お前、それはふざけてるだろ。カウントに入んないから。はい、ノーカンノーカン」

「あんたにふざけてるとか言われたくないわよ! というか、うっざ!」


 風成と啓子はギャーギャーワーワー騒ぎ立てた。


「元気なのは良いことだ。ウホホッ」


 そんな二人を見て、なんだかんだ年相応な子達だなと思った修は言葉を漏らす。


「にしても俺、修さん見て驚きましたよ。能力者の世界の事は全然知らないけど、ゴリラに変身する能力もあるんですね」


 風成は修の容姿だけでゴリラに変身する能力者だと判断していた。というか、今はゴリラに変身している状態だと思っている。その上、


(なるほどな、普段からゴリラに変身した状態を保つことで身体を能力に慣れさせているんだろうな)


 無駄な深読みをする少年であった。しかし修は恰幅かっぷくが良く、全体的に毛深い、ちゃんとした人であり、ゴリラに変身する能力など有してない。


「ヒャハハハ! 修っち、ゴリラだったんか、ヒャハ、バナナいるかぁ?」


 茂は風成の発言におなかを抱えて笑い、茶化し始めた。一方、修が「普通にバナナ欲しい気分なんだが、ウホホッ」と言うと、風成は「だったら俺がえさをやりたいです!」と挙手。すると二人は風成の言葉で吹き出す。


「ね、あいつ馬鹿でしょ」


 少し笑った後、啓子は瑠那に対してポツリと呟いた。


「三人ともだな、修と茂に限っては二〇歳はたちだからな」

「それは言えてる……あ! まだあいつを瞬也しゅんやさんの所に連れて行ってないです」

「それじゃあ今から行こうか。えっと風成だっけ、今から瞬……じゃなくて所長の所に行くか」


 瑠那は風成に呼び掛ける。


「あ、その前にトイレ行きたいです」


 啓子は、そういえばそうだったと思い、風成を案内しながら施設の大まかな構造について説明をする。なお、説明の最初に地上にあるコンテナ内の階段を降りて一番最初に来た空間はエントランスだと言うと、風成は「さすがにそれは分かる」と言った。


 ちなみに、そのエントランスから集会所に繋がる通路を歩くと、資料室、治療室、様々な能力者の記録を管理・分析をするデータ室を通り過ぎることになる。また、集会所に着くまで十字路があり、十字路の左右の道はエントランスの左右に伸びている通路と繋がっている。


 エントランスの左側の通路の奥にはトレーニングルーム、右側の通路の奥は緊急時の出口として地上と繋がっている。そして、前者の通路には女性部屋、後者の通路には男性部屋が幾つか隣接しており、所属員は皆、自室を保有している。


――そして、啓子は風成に与えられた部屋、つまり、彼の自室まで案内した。


「ここがあんたの部屋になる場所よ。さっさとお手洗いを済ましてよ」

「ありがと、なんだかんだ本条は優しい奴だな」

「あっそ」

つめたっ」


 啓子はそっぽを向いて言うと、風成は思ったことを口にしていた。


 風成は貰った鍵で部屋の扉を開けようとすると、


「ねぇ、ちょっと言いたいことがあるんだけど」


 啓子は自分の前髪を手で整えながら、喋り掛ける。


「なんだ告白か?」

「ちっがうわよ! えっと、あのさ」

「……?」

「ありがとう、去年助けてくれて」


 その言葉に風成は、啓子と出会った日に能力者として覚醒したことを思い出した。


「それはお互い様だろ」

「でも、あんたがいなきゃ殺されてたかもしれないし」

「でも、それはお互い様だろ」

「もうっ、それはさっき聞いたわよ」


 啓子は風成のふざけた様子に素直になっている自分がアホらしくなっていた。お礼を言ったのを後悔しそうになったその時、部屋に入ろうとした風成は少女の方を振り向く。


「まぁ、お互い無事で良かったし。本条と会わなければ、ここには来れてないからな。だから、ありがとう」

「でも、ここに来たことで任務やトラブルに巻き込まれて……死んじゃうかもしれないよ」


 啓子は恐る恐る、死と近い世界であることを言ってみせる。


「そん時は、ご自慢のファイヤーパンチで助けてくれよ」


 ただ、風成は何時もの調子で軽口を叩く。


「そんな技ないから、名前ダサすぎ」

「ぐっ」


 少年は己のセンスをけなされ精神的なダメージを負うが気を取り直し、


「とりあえず、俺は本条を助けるから俺が困ったら助けてくれよ。ギブアンドテイク的な感じでさ、これで貸し借りなしだろ。だから礼なんていいよ」

「なんかムカつく」

「なんでだよ」

「そもそも、まだ三回しか会ってないのに信用し過ぎよ」

「本条は良い奴だからな、助ける理由はそれで十分だろ。それじゃあ、お手洗い、いってきまー」


 風成が部屋に入るのを見届けてから啓子は、


「かっこつけすぎよ、馬鹿」


 と呟き、風成と出会った日にとある能力者と死闘を繰り広げたことを思い出していた。

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