23.馬鹿を見たっていいんだ
なにか柔らかいものが顔に当たっているな……うん? 今、ここってどこだ――――?
「ここ、は……――――?」
なんだかいつもと違う雰囲気に気づいた私が目を開けた瞬間、ものすごい量の瘴気を感じるとともにまがまがしい色味の調度品が並べられた部屋が目に入った。
ここはどこだっけ?
というか、今まで私ってこんなところにいたっけ。たしか私は今までの魔物の特徴を持っていない“新種の魔物”の捜索と討伐、封じこめ作戦を行って――――
「起きたか」
そこまで考えたとき、脇から声をかけられたのでそちらを見ると、淡い赤い髪の男性が私を見下ろしていた。あれ、この人ってニコラス殿下に紹介されたよね……?
「ヴィルヘルムさん、ですよね!?」
そうだ。
自分で名前を出してから思いだした。
この人は私の目の前に現れ、不気味な予言を残して、髪の毛をぼさぼさにして去っていった人!!
「気づいたか」
「気づくもなにも――あいたっ……! なんですか、これ!?」
無表情でヴィルヘルムさんは肯定する。そのすまし顔で私をこんなところに連れてきやがったのかとつかみかかろうとしたのだけれど、無理だった。
左の足首に、アンクレットの上側になにか金属のようなものが繋がっていて、それに引っ張られてしまった。
「見ての通りのものだが」
で しょ う ねっ!!
重くて鈍い音を立てたそれは、私とどこかを結びつけるための鎖でしょうよ。
それくらいは愚鈍な私でもわかるわいっ。
「いやぁ、私が言いたいのはそういう問題じゃないんですがねぇ」
落ちつけ自分。
ヴィルヘルムさんをじっと見つめながら落ちつこうとするけれど、彼は私の言葉にふっと笑って、冷たく言い放つ。
「たとえそれがなにであったとしても、キミはここからは逃げられないさ」
はぁ……って、待って。それってどういう意味ですかね。つまり、逃げようとしても――――
「その通りだ。逃げようとしても無駄だ。この
なんじゃそりゃというのが私の感想だ。
いやだってさ、そんな結界術師みたいなの、なんていうんだっけ、ああ、陰陽師みたいなことができる人ってこの世界に存在するんだ。
しかし、“城”ってどういう意味を成すんだろうか……?
概念的な何かだろうか、それとも――――
「ああ、キミたちで言うところの“タプ城”だった場所だ。もっとも、そんな城なんて
目の前の男性、ヴィルヘルムさんは酷薄な笑みを浮かべながら言う。
……――――!!
でも、それってどうやったらそんなことが?
だって、城(物理)を丸ごとなくすなんて、じゃあ、ここはなんなんだ?
「正確に言うと、あちらの世界にあった城を魔界へ転移させたのさ」
「どう、いうこと、なんですか……?」
私はただ怖かった。
目の前にいるこの人が恐怖でしかならなかった。
「いいねぇ、その瞳、その怯えた表情」
ヴィルヘルムさんはそんな私の顎をくいっと持ちあげて、冷たく嗤う。
「キミが非常に邪魔だったんだ。『厄除け』を持つキミは私の
ここで、なんで『厄除け』が出てくるんだろう……――?
というか、そもそも“私の
あなたはいったい何者なの?
「そうそう、名乗ってなかったね」
まるで私の疑問に気付いたかのようにヴィルヘルムさんは唇の端を吊りあげる。
そして次の瞬間、今まで私たちを取り囲んでいた瘴気が一層、増大して、ヴィルヘルムさんの雰囲気を一変させる。
「私の名は原初の魔王の一人、ガープだ」
“原初の魔王”。
それは七十二柱の存在。
かつてこの世界を創造した創造主が光ならば、魔王たちは闇。この世界の覇権を争って創造主、そしてその代理人であるヒトと争いを繰り広げてきた存在。
創造主の代理人であるヒトにことごとく敗れ去った魔王はいつしか、連鎖的に消滅するようになり、すでに最後にいたとされる魔王もこの世から消えて五百年以上と言われている、いたはずだ。
それなのに、なんで――――?
「私の名は原初の魔王の一人、ガープさ」
なにかを期待したヴィルヘルムさん、いや、魔王ガープは私にそう宣告するが、もうへぇとしか言えなかった。
「もっと驚いてもいいと思うんだが……」
私の反応の薄さに逆に驚いた魔王ガープは頼みこむように言ってくるが、いや、十分に驚いてますとしか答えられなかった。
「嘘をつくな!」
いやぁ、無理ですねぇ。
これ以上、どう驚けと言うんですか?
だってさぁ――――
「ユリウスさんとジェイドさん、ジェーンさんを見たときに比べれば」
あの美形兄妹のインパクトには勝てんよ。三人全員が揃ったところを見たことはないけれど、二人そろうだけでも十分に見ごたえがあるんだもん。
「ああ、あそこの兄妹は本当にそっくりだから、よくわかるが――――って、あそことはまた違う話だ!」
魔王ガープは私のボケ?にセルフノリツッコミを行っていた。
うん、見ている分には面白いね、この人。
とはいえども、ここでのんびりしていられる暇はない。
というか、そもそもなんで私が『厄除け』を持っていることに気づいたのか尋ねてみよう。
「で、なんで私が『厄除け』を持っていることを知っているんですか? あれってギルドでも認定されなかったんですよ。だから、私が持っていることは自分自身しか知らないはずなんですよ。それに、それを持っていることによって、あなたの魔王復活?が阻まれる理由を知りたいですね」
矢継ぎ早の質問に魔王ガープは怒ることなく、ただ目を細めただけだった。
「ずいぶんと肝の据わった娘だな」
「ええ、
うん。
その言葉は間違ってはいない。
前世からよく言われてきたことだ。お正月のご祈祷の長蛇の列にも動じず、万札飛び交うお守り授与所も見慣れたもの。
さすがにお守り授与担当が私一人のときに大量の参拝客が押し寄せたときは肝を冷やしたけれど、さすがは日本人というか、だれかが号令をかけずとも自然と一列になって順番待ちしていた光景は今でも忘れない。
だから、この状態――魔王と名乗る人に拉致監禁されたところで、そこまで驚く必要はない。もちろん、魔王ガープと名乗る人は恐怖の対象だけれど。
「褒めてない」
しかし、その答えは気に食わなかったようで、吐き捨てるように魔王ガープは言う。
「だが、そうだな。キミは知らないおじさんについてしまうとても愚鈍な娘。しかし、その肝の据わり方は並大抵の努力じゃできないな」
あーそうですよねぇ。
レオンさんが待っていると信じてのこのこ一人になった私は馬鹿だったよねぇ。
でも、後悔はしてない。
多分みんなはここを探しだしてくれる……!
「キミの仲間、それに王国の連中にはここを特定できても訪ねてくることは
私の思考をまた、読んだかのような魔王ガープの言葉は、私を絶望に陥れるものになる
「だから、アイツらの助けを期待するな」
「一生、ここで過ごすがよい。私の“領域”へと踏みこんだ罰だ、ミコ・ダルミアン」
ごめんよ、魔王ガープ。
私の質問に答えてもらってないんだけれど。だから、あなたがどんなことを言ったって私は動じないんだ。
というか、そもそも『厄除け』の意味を教えてくれない?
とはいえ、魔王ガープの言葉は本当だったようで、助けが来る気配はなかった。こちらの時間、すなわち魔界時間でここに閉じこめられてから二十二日経った。
ポンコ……ものぐさ魔王ガープはここの時間とあちらでの時間のずれを気にすることもなく、ただ“気まぐれ”によって日を昇らせたり、沈ませたりしていた。
で、あまりにも暇すぎた私はせっせと働いていた。
「キミはいったい、なにしてる」
魔王としての仕事を終わらせたのか、ガープは私が働いている真っ只中の場所にひょっこりやってくる。
あまりにも私が暇そうにしていたので、城の結界の強化を施したうえで、私を自由にしてくれたけれど、スキルは封じられているのか使えなかった。
「暇なんです」
そう。
私がしていたのはこの魔王城の掃除だった。
魔王ガープって本当にポンコ……ものぐさのようで、いろいろな書類や置物、装飾品類がほったらかしになっていたのだ。前世の掃除の習慣が身についていたからか、全然苦じゃないのだ。
というか、そもそも使用人代わりの魔物とかはいないんですね。
「いや、やってることは見てればわかるわ。というか、そもそもキミを暇にしたのは私なんだから、そこについては問わない」
「掃除してるんです」
「それも見ればわかるのだが……ったく、キミは仕事熱心だな」
「いえ、仕事じゃありませんよ」
「仕事じゃない? じゃあ、なんなんだ?」
「趣味です」
「趣味ぃ!?」
禅問答のようなやり取りをしていたのだけれど、掃除イコール趣味の人はあまりいない、というか見かけたことがなかったのだろう。素っ頓狂な声をあげる魔王ガープ。
「はい、趣味です」
私は今、掃除していた棚から離れ、はたきを魔王ガープの目の前につきつける。
「だから暇なんで、掃除してるんです」
「ヘプッショッ……――やはりどうしてそうつながるのか理解できないが、まあよい」
いい心がけだと言わんばかりに目を細めるが、最初のくしゃみで台無しだ。
そこにおいてある壺から大魔王が出てこないといいね。
それからも魔王の気配を背後で感じながら掃除を続けた。
今日で十二部屋目を清掃完了させた。
十日前あたりに気分転換といって城内の探索をして、三十五部屋あることがわかっているので、残り二十三部屋。
うーん、趣味といえどもやりがいはある。腕が鳴るねぇ。
おっと、そろそろ夕食の時間か。空の色が日が沈みそうなものになってきている。
最初こそ鎖でくくりつけられていたから、食事をわざわざ部屋にもってきてもらったけれど、最近は大きな食堂でガープと一緒に食べている。
その食堂へ行くと、すでに魔王が来ていた。遅くなりましたと言って、席に着くと、どこからともなく食事が自動で運ばれてくる。
清掃要員はいないけれど、食事担当の魔物はいるようで、裏で働いているらしい。
いつものように今日なにをしていたのか、どんなことに気づいたのかということとかを魔王に話して、監禁されているとは思えない和やかな時間がしばらく流れた。
デザートが運ばれてきて、それを食べているときに限って会話が途切れてしまった。
私は禁断の質問をしてみることにした。
「それはそうと、なんでヴィルヘルムさんが魔王……なんかになったのですか?」
そもそも“ヴィルヘルム・タリンプという人間”がなぜ魔王になったのかという質問を。
「ククク。そんなもん単純な話だ」
ガープはその質問にすっと目を細めて嗤った。
「そもそも
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