21.友情と再会と絆
王命で動きはじめてから二十日後、私たちは前にローザさんと出会った街の近くでもあり、タプ侯爵領に近い街にいた。今日はここで一泊して、明日、別の街に向かう予定であった。
ありがたいことにここに来るまでにビリウの村は通らなく、そのことだけが少しホッとできるものだった。別にあの村に未練はない。
けれど、どうしてもあの村の近くにくると劣等感しか覚えない。だって、なにもできない武器職人の娘だよ。別にそれで差別されるようなことはなかったし、両親だって愛情持って育ててくれたけれど、それはそれで非常に刺激される。
なんで自分はみんなと同じように育ててくれても、できないんだってね。
だから、今のこの状態だってあまりいいとは言えない。
もちろん、アイリーンやミミィ、ジェイドさんと出会ったのは良かったし、四人で過ごす時間は楽しいけれど、それでも“劣っている”自分がどうしても出てきてしまう。
そんな私のマイナス思考なのか、『洗浄』もうまくいかない。
さすがにここまでうまくいかないと、やけ酒したくなってしまったが、そういうわけにもいかない。今日までの反省、そしてこれからの対策を夕ご飯後に話しあっていた。
「なかなかうまくいきませんわね」
ここに来るまでに五か所、“新種の魔物”の目撃情報をもとに『洗浄』したんだけれど、どこも同じような結果に終わってしまった。アイリーンが言っているのはそういうことじゃないってわかっているのに、ついうっかり自分を責めそうになってしまう。
「どちらかといえば、ミコの『洗浄』が弱いんじゃないような気がする。新種の魔物の“威力”が強くなっているわね。なんというのか、生命力が増大しているような気がするわね」
ありがとう。そう言ってくれるだけでもちょっとだけ気持ちが救われる。
たしかに放出する魔力は私自身も変わってないと思うけれど、跳ね返ってくる力が強いというのか、魔物の方が強くなっている……?
私もどういう原理で強くなっているのか考えていると、珍しくミミィもこの会話に参戦してきた。
「一度だけ『大撃弾』を打ちこみましたが、それでも魔物の消失反応を見せないということを考えると、もしかして今、私たちが追っているのって“魔物”ではないんでしょうか……?」
「可能性はあるな。だが、姿を見せない以上は断言もできない」
なるほど、たしかに“姿を見せない物体”イコール“魔物”と決めつけていたね。だから、その前提条件が違っていたのならば……今までやってきたことは水の泡、か。
「そうねぇ。ミミィの推測を正しいとして考えるのならば……臆病なレアモンスターと考えるのが妥当かしら」
「だが……なんというのか、不気味の悪さという意味では魔物に近いような気がするんだが」
ミミィの推測を受けてアイリーンが補足したのだが、ジェイドさんはその仮説にストップをかける。
たしかに魔物は人に危害を加えるもの、モンスターやレアモンスターは人に危害を与えないものという(厳密ではないが)定義がなされている。だから、今まで危害を加えていない“物体X”はモンスターということになるのだろうけれど、彼らがいたという不気味な場所からすると“魔物”と言いたくなるのもわかる。
ジェイドさんの言葉にそうねぇと深く考えるアイリーン。
「そういえば明日にはレオンが合流する」
反省と対策を打ちあわせた後、甘いお酒を持ってきたジェイドさんは注ぎわけながらそう爆弾発言をした。
え?
レオンさんってあの騎士団のトップの人だよね? なんでまた、そんな人がこんなタイミングで来たんだろうか。
アイリーンもミミィも同じ疑問を持っていたようで、軽く三人を見回した後に、ジェイドさんは説明をしてくれた。
「さすがに長丁場になりすぎた。こちらも疲弊してきたし、同行してもらっている騎士たちの交代もある。レオンが俺らの『洗浄』に付きあいたいって言っていたから、荷物持ちとして呼んだ」
そっかぁ、そうだよねぇ。もう王都を出てから二十日目だもんねぇ。
これまでの成果は一切なし。
なに言われても言いかえせないんだよなぁ、悔しいぃ。
というか、ジェイドさんとレオンさんってどんな関係なんだろう。
ジェイドさんは王太子殿下直属っていうだけで王宮内の地位としてはそんなに高くなかったはず。自分のよりも上の身分であるはずの騎士団長をこき使うっていうのがすごいなあ。
翌朝、朝食をとっていると、外から馬のいななきが聞こえ、宿の出入り口が開くと同時に大声でお待たせと叫ばれた。
なんか、知り合いだとわかっていても知り合いだと言いたくないあの感情がよくわかる。
昔、ご奉仕させていただいていた
他のお客様にご迷惑だ。
この場から去りたい気分。
「待ってない」
ジェイドさんもすごい苦々しい顔をしているし、アイリーンも鞄をごそごそと探っているし、ミミィはいつでも逃げだせるような準備を始めている。私も腰を数センチ浮かした。
「そんなつれないことを言わないでよ」
私たちを見つけたレオンさんは非常に情けない声をしていた。
うん、自業自得だから。
「……ったく、待ちくたびれた」
どうやらジェイドさんはレオンさんに甘いらしく、そっぽを向いてぼそりと言ったら、レオンさんはそりゃ、どうも☆と無駄にウィンクまでして言った。
「あの、レオンさんはいつもこんな感じなんですか?」
ジェイドさんとレオンさんのやり取りに困惑した様子のミミィは恐る恐る尋ねると、ああとジェイドさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「腕はいいし、人望もあるんだが、このテンションの高さがやりづらい」
「なるほどですね」
「むぅ、それって酷くない?」
「酷くない」
ジェイドさんたちの出会いはよくわからないけれど、でもなんだか楽しそう。
いつか、私たちにもこんなやりとりができると嬉しいな。
レオンさんと感動の再会(?)が終わった後、レオンさんは騎士団の代表者として私たちの報告を聞いていた。
「ふぅん、なるほどねぇ。まあ、しょうがないんじゃない?」
彼は事も無げに言ってくれたけれど、この二十日間、なにしてたんじゃオルァラと言ってくれた方がましだったかもというような気分になってしまった。
それはほかの三人にも伝わっていたようで、十分に重い雰囲気になってしまった。
「一応、陛下やギルドのお偉いさん、それにエリックたちが集まって文献の解析もやっているけれど、こちらもめぼしいものは見つかってない」
私たちの雰囲気の重さとは裏腹にレオンさんはにやりと笑いながらそう言ってくれた。とはいえ、その雰囲気は払しょくできず、おずおずとミミィが手を挙げる。
「あのぉ……」
「どうしたんだ」
普段は口を挟まない彼女が昨日からどうかしている。
レオンさんは目で促し、ジェイドさんは彼女がしゃべりやすい環境を整える。
「私たちのこの依頼って王様から命令されていますけれど、もしなにもできなかった場合って、なにか処罰が下されたりするんでしょうか……」
ミミィの質問は私たちもはっとさせられた。
たしかにこれは“依頼”だ。しかし、国王陛下から直々に下されたものだ。“失敗”は許されないんじゃ……――
「それはないな」
「ないね」
ジェイドさんとレオンさんはともに即答する。
どういうことですかと尋ねると、ジェイドさんではなく、レオンさんが丁寧に教えてくれた。
「そもそもこれは依頼としては特殊だからね。というか、そもそも国家のスキル持ちを総動員して探さなきゃいけないことを君たちに押しつけてるだけから、そんな責任は
うん?
その言いかただとなにかが引っかかる……?
「ということは、だれかは、いえ、一定数の貴族は責任を押しつける可能性が高いということですか」
私が感じたものと同じ違和感を指摘したのはアイリーンだった。
なるほど。
王様や王太子様、すなわちこの国を支配している人は良くても、それ以外の特権階級、貴族の中にはよく思わない人もいるっていうことか。
ただ、それは納得のいくものだった。
そもそも私たちは貴族でもないし、アイリーンやミミィはこの国の人間でさえない。だから王宮で“王宮浄化師”や“王宮鑑定士”、そしてその護衛としての騎士としての身分をもらっているが、そんなのは紙切れ一枚のものだ。
平民をよく思わない貴族からしてみれば簡単に破り捨てられるものだ。
「うん」
案の定、レオンさんもさっくりと頷いた。
デスヨネー。
「でも、それは絶対に阻止する。ね、ジェイド?」
レオンさんは挑戦的な笑みを浮かべながらジェイドさんに振るが、振られた方は非常に迷惑そうな顔をする。
「当たり前だろう……っていうか、俺に聞くな」
まあ、そうか。
ジェイドさんは一応ユリウスさんの弟であるけれど、今の身分は『ラテテイ』の一員。私たちが処分されるときはジェイドさんもともにっていう感じになってしまうのか。
なんだか嫌だな。
“物体X”の正体もわからないままなのに、未来のことを考えてしまっていた。
「あはは。でも、ジェイドならなにがなんでも絶対に阻止しそうだからさ」
悪びれもなく言うレオンさんにジェイドさんはすごいむくれているが、それでも止めないレオンさんもすごいな。
「ま、だから処分はされないし、させない。その答えでいいかい?」
レオンさんはむくれているジェイドさんを放置し、強引に話を戻して、アイリーンとミミィに確認した。
ってか、私には確認しないんかい。と思ったけれど、まあ私はそんなに心配していない。
というか、心配している余裕なんてない。むしろ、そうなってもあーあ、やっぱりかしか思わないだろう。
「はい! ありがとうございます」
ミミィは嬉しそうに頭を下げている。
それを見ているだけでも私は十分幸せだよって、田舎のお祖母ちゃんかい。
ううん、いいんだよとレオンさんはにっこりして、照れている彼女の頭を撫でる。
私の周りではなんだかお花畑が広がっているのは気のせいだよね。
それにしてもちょっとこのコーヒー、甘すぎませんかね?
出発の準備をして、馬車に乗りこむ前に私たちはレオンさんに連れられた騎士団の面々を紹介された。
これまでいた三人に加えて、五人。
騎士団で特訓をつけてもらっていたミミィとも見知った人がいたようで、すぐに打ち解けていたのはいいことだ。
「じゃあ、行こっか!」
私たちが馬車に乗りこんだのを確認したレオンさんは勢いよくそう言う。レオンさんの号令が聞こえたジェイドさんは馬車の中からお前が指揮を執るなと怒ったけれど、レオンさんはまったくにしていなかった。
こうして私たちは南部の街へ向かいはじめた。
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