17.せっかく異世界にいるんだから楽しみましょう

 歓迎パーティが終わった後、『ラテテイ』の女子にあてがわれた部屋にいくと、すでにベッドメイキングがなされていて、寝るだけでよさげだった。

 いつもは宿に着いたらその次の日以降のこととかをいろいろ考えなきゃいけないのに、今回の旅ではそれがないから楽だ。それに一度は憧れていた王侯貴族の生活だったので、すごっくワクワクしていた。

 しかし、部屋に戻るとアイリーンがソレを目ざとく発見した。

「その髪、どうしたの?」

 普段は後ろで一つ結びにしているが、さっき私たちに紹介された一人に勝手に髪を解かれ、適当にまとめられたんだっけ。

「……ああ、質の悪い人に絡まれて」

「質の悪い人?」

 私の言葉にこぶしを握り締めるアイリーン。

 さっきの宰相補佐さんへの暴行事件は三人という目撃人がいる中で相手が先に失礼なことを言ってきたので、正当防衛とも言えなくもないし、王太子殿下が笑って許してくれたので問題行為とはみなされない……のだろうが、さすがに今回は私一人の証言でしかないから、アイリーンも自重したようだ。

 別に報復を望んでいるわけじゃない。でも、なんだかいつもの髪型を勝手に変えられると、すっごく嫌な気分になる。力なくコクリと頷いて、どんな特徴だったか思いだす。

 たしか王太子殿下より淡く、渡された飲み物と一緒の色……――

「そうだ、ピンク色の髪の……」

「タプ卿か」

 女子部屋なのに男性の声がしたと思ったら、ジェイドさんだった。

 さっきまでと違ってラフな服装だから、もう着替えてきて、私たちの様子を見にきてくれたのか。

「ええっと、そんな名前だっけ、タプ卿……ああ、ヴィルヘルムさん!!」

 名字ははっきりと思いだせなかったけれど、名前の方が先に出てきた。なんかシンプルな領地名だなぁって思った記憶があるから。

「ヴィルヘルム……――そういや、そういう名前だったな。普段は爵位と領地からタプ卿と呼んでるせいで忘れてたが、そうか……――あいつのせいか」

 なにを思いだしたのか、ジェイドさんはそういうなり黙りこむ。なにがあったのか聞きたいけれど、それどころじゃないような気がする。それに犯人がわかっても、アイリーンがブツを取りださない。

 さっきと同じ理由なのか、それとも嵐の前の静けさなのか。

「でも、ヴィルヘルムさんっていろいろこの王宮のこととか教えてくれましたし、そんなに悪い人じゃないような気がしましたけれど――――」

「そうだな。“悪い”人ではない」

 ミミィは私の気のせいでしょうかと首を傾げると、ジェイドさんはいいやと首を振る。

「それは“なにか”あるんでしょうね」

「まあ、な……」

 彼の言葉になにかがあると判断したアイリーン。それにも歯切れ悪い答えを返すジェイドさん。しかし、その違和感の正体を教えてくれた。

「アイツについては別に気にする必要はない。早くに両親が死んじまってるから、ひねくれた性格になっただけだ」

「そうなんですか……――」

 なんだ、そんなことだったのか。

 でも、あの人には絶対に近づかないほうがいい。そう私の直感が囁いた。


「それよりもあの黒髪の人の方が嫌でした」

 ミミィはシューっという威嚇音を出しながら珍しく苦手な人についてだった。

 どうやら私が気づいていない間に、なにかが起こっていたらしい。

「黒髪……ああ、ミデュア卿、エリックのことか」

「たしかそんな名前だったと思います」

「なにかされたのか」

 その名前を聞くのもいやそうなミミィに、事の次第を聞きだそうするジェイドさん。彼女は意を決して、さっき起こったことを話しだす。

「ヒトと猫耳族ケット・シーで『大撃弾』の発動領域が違うのか確かめたいから人体実験をしないかって言われたんです」

 アイリーンさんが間に入ってくれたから助かったものの、怖かったんです。

 私もミミィの被害を聞いて、そりゃ怖くなくなるわと思ってしまった。というか、ちょっと待て。なんか既視感というか似たようなやり取りをどこかで――――

「ああ……あの“研究馬鹿”が」

 ジェイドさんの悪態にピンときた。

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

 彼に聞こうとすると、すごく不機嫌そうな顔をされた。ダメだったかと思ったけれど、なんだと促してくれたので、少しずつ思いだしながら質問する。


「ユリウスさんが言っていた“魔術、スキルの研究に長けたもの”って、まさか――――」


 いつの間にかついていたアンクレットの話のときにたしかそんなことを言っていたような気がした。

 それを質問すると、もう一回げんなりとした顔をするジェイドさん。

エリック研究馬鹿のことだろうな」

 どうやらビンゴだったようだ。私でさえもげんなりしてしまった。

 しかもそれを許容する宰相補佐殿って……この先、私やミミィの命は保障されるのだろうかと不安になってしまった。

「大丈夫だ」

「大丈夫です」

 私の不安が表情に出ていたのか、ジェイドさんもアイリーンも頷きあう。

 え?

 目を思いっきり見開くと、


「お前に関わるようななにかが起きたら、タダでは済まさん」

「同じ目に遭わせてやります」


 物騒だけれど頼れる二人。二人に出会えたことを感謝しなければならない。

「私の場合には……」

 自分も被害を受ける可能性が高いんですけれどと悲鳴に近い声だった。

「ミミィ殿のことも守る」

「当たり前でしょう」

 いくら攻撃系のスキルを持っていようが、彼女も守るべき対象である。

 そう宣言したアイリーンに抱きついて、ありがとうございますぅという声は少し涙声になっていた。


 話がひと段落着いた後、ジェイドさんが女子部屋を訪れた目的を聞かされた。

「実際に動くのは一週間後なのね」

 そう。

“新種の魔物”の『洗浄』作業についてだった。どうやらなにか準備に時間がかかるらしい。

 私が多くの魔力をもっていないことも影響しているのだろうか。

 ジェイドさんはアイリーンの確認に頷くが、彼女はちょっと考えこむふりをして、それまでなにしろと?と尋ねる。その質問に彼はにやりと笑う。

 なんかヤな予感しかない。


「ああ……明日兄貴から言われるとは思うが、ミミィ殿は騎士団に混じって訓練、アイリーン殿は鑑定の精度を上げるために王宮に所属する鑑定士たちに師事。ミコ、お前は殿下にくっついてパッシブでの『洗浄』技術を学ぶこと――――というのは冗談だが、殿下が取り残したものそれを掃除・・する仕事だ」


 はぁ!? なんで私が殿下の周りのゴミ取りなんて!?

 私は驚いてしまったけれど、アイリーンはまったく驚いていなく、むしろそうね、なるほどと頷いている。

 解せぬ。

「あなたの『洗浄』は洗浄力・・・にムラがある。だから、いい経験なんじゃないの」

 なるほどぉ、そういうことかぁ……

 たしかに私の体調によって、封じこめることができる物体の量とか作業効率とかが左右される。だから、こないだみたいに“新種の魔物”でもきちんと封じこめればいいのか。

「わかりました」

 アイリーンやミミィに比べたら初歩的なことだけれど、それでも今の自分に見合ったことをこなさねばならない。

 微妙な雰囲気になったけれど、すぐに夜遅くに済まなかったと言ってジェイドさんが去っていき、私たちもそれぞれ無言で寝る準備をした。


「なんかこんなところにくるなんて思ってもいなかったわね」

 ベッドに入った後にアイリーンが呟いたが、それは私だってそう思ってるし、ミミィだって――――思っているはず。

「はい。でも、こうやって皆さんとここまで来れてよかったです」

「そうね」

 良かった、思っていた。

 久しぶりにゆっくりと寝ることができた。

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