第20話
「う〜ん・・・」
白が獣人の男達のパーティと出会した頃。
それより、更に深いダンジョンの最下層一歩手前。
漆黒の装備に身を包む男が、独り唸っていた。
「確かにこの階層の筈なんだが」
それも酷く不恰好な中腰の体勢で、ダンジョンの壁を覗き込みながらである。
「凸・・・、いや、凹か?」
奇妙な独り言まで発してである。
実に気色の悪い光景であったが、この階層には現在彼しか人はおらず、それにツッコミを入れる者はいなかった。
彼の名は『
年齢は今年で四十一歳になる本厄の男。
現実世界では地場企業の商社の食品部門の係長を務めていた。
「本当、駄目だなぁ・・・、俺は」
四十代でヒラを務める者も多い中、一応順調な昇進している光夫は優秀と感じられたが、本人は自身の昇進の理由を、一族経営の会社で優秀過ぎず、しかし、人間関係にも問題を起こさなかった結果の産物だと理解しており、自身の力の限界も理解していたのだった。
「いや、ここで諦めるなんて・・・!」
穴が空く程確認した壁を、再び舐める程の勢いで確認し始める光夫。
何故、彼がこんな事をしているかというと、それはこのカフチェークを始めるに当たり、ネットで検索した時に出会ったサイト。
それこそ星の数程あるサイトで、光夫の様にある種特殊な几帳面さが無ければ出会えなかったそのサイトで得た情報。
それは、このカフチェークの元となるオンラインゲームが、十年程前、ある同人のサークルによって作られたという事。
そして、どうやら製品版も同じ世界観であるという事。
そして、十年前のカフチェークに、特別な装備に身を包んだ、最強の暗黒騎士が居たという事だった。
「おおっと・・・」
無理な姿勢を取っていた為、膝から崩れ落ちそうになり、壁と激突する直前で間一髪、踏み止まった光夫。
「・・・ん?」
慌てて身体を起こし、距離感が掴めず唇の先が壁に触れ、しかし、奇妙な感触を得る。
「これは・・・」
其処へと無警戒で手を伸ばす光夫。
すると・・・。
「おおおぉぉーーー‼︎」
眼前に広がる光景に対する光夫の絶叫は、フロア中へと響き渡ったのだった。
「もうそろそろか・・・」
光夫の絶叫より時はたった十分程前。
極力戦闘を避け、そこより二つ上の階層まで辿り着いていた白。
記憶の書庫の鍵を持つ者のデータで、『虹霓の闇衣裳』の置かれた場所を再確認し、其処へと繋がる隠し扉の作動箇所をチェックする。
虹霓の闇衣裳とは、固有スキル『
「彼奴は間違って装備すると、呪い解除時に経験値に恐ろしいペナルティが待ってるからな」
白の言葉通り、その為装備して魔法攻撃のみのモンスター相手にレベリングを行う事も意味が無く、運命を破壊せし叛逆者を持つ白にしか操れない装備なのだった。
「この先で問題があるとすればモールニヤ・・・、それに」
独り呟きながら目的地へと進む白。
その視界の先には、いよいよ下層への階段が見えて来たのだった。
「な・・・、んで?」
目的の階層まで下り立った白は、逸る気持ちを抑えながら、周囲への警戒を怠らず、やっとの思いで辿り着いた虹霓の闇衣裳の置かれた隠し部屋。
しかし、其処に鎮座している筈の目的の品は無く、ただただ空虚な空間が広がっていたのだった。
「確かに、そう記されているが・・・」
記憶の書庫の鍵を持つ者を開き、もう一度確認した白。
雪の性格上、流石にこれに細工をしているとは考え辛く、誰かが一足先に取っていったと考えた。
「コレクターアイテム位の価値しかない訳だし、市場に出回る可能性も有るが・・・」
ペナルティの件は誰でも分かる事なので、ファッション性で装備する者も現状のカフチェークでは命取りとなる為居らず、買い取る事も可能だと考えた白。
「とにかく、戻るか・・・」
無駄足となり、脱力感から身体の重みが増したが、直ぐに首を振り隠し部屋から出て行く白。
「わ!うわぁぁぁーーー‼︎」
「っ⁈」
その耳に飛び込んで来た男の声の絶叫に、白は背筋に電流を受けた様に身を伸ばす。
「な、何だ!」
通常ならこのまま身を隠し、状況を確認した白であったろうが、一日中緊張状態を保ち続けた疲労感と、叫び声に一切の余裕を感じられなかった事から、直ぐに隠し部屋を飛び出してしまう。
「何が・・・」
「うっわぁーーー‼︎」
「あれは⁈」
部屋を飛び出た白の視界の先に見えたのは・・・。
「ネフスキーさん⁈」
先日、ラードゥガで出会ったばかりの暗黒騎士ネフスキーであり、白の目的の品であった虹霓の闇衣裳を纏い無数のモンスターに追われていたのだった。
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